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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第239話 世界を救う力


「んっ、んむぅーっ! 夕緋っ、苦しいっ……!」


「……あ、三月、ごめんなさい」


 噛みつくみたいなキスだったものだから、拘束気味に捕まえられていた三月はろくに呼吸ができない状態である。

 三月がもがいているのに気付き、夕緋はふっと怒りを収めて唇を離した。


 夕緋とのキスは柔らかで優しいものではなく、唇がじんじんするほど荒々しい感触であった。


「私は三月が好きよ。愛しているわ。プロポーズしてくれて本当に嬉しかった」


「夕緋……」


 顔を上げ、頬を赤らめ、夕緋は隠さずに気持ちを伝えてきた。

 念を押すように今の自分たちの関係を迫り、問い掛ける。


「私と三月は婚約状態にある。私と三月の間で結ばれた確かな約束。約束は絶対に守られなければならない。女神様と契約を結んだ三月になら、私の言ってる意味、わかるよね?」


「うん、わかるよ……」


 三月が答えると、見下ろす夕緋の顔が切なそうに歪んだ。

 絞り出す声でもう一度、三月の気持ちを変えられないかと懇願こんがんする。


「わかるんなら……。ねえ三月、やっぱりお願いよっ。もう余計なことをするのはやめましょう? 私が三月を幸せにしてあげるから、何もかも全部忘れて二人で身を寄せ合って生きていきましょう?」


 夕緋には三月の行動が、自分の望みにそぐわないものに見えているようだ。

 例えそれが、避け得られぬ女神の試練だったとしても、相対する気構えによってはまるで意味が違ってくる。

 だから、変にやる気を出さず、受動的に無事でいてくれればいい。


「三月の好きな料理を毎日つくってあげる。三月の望みは何だって叶えてあげる。だから約束して。もう危ないことはしないって、私が嫌な気持ちになるようなことはしないって……。ね? 私の言う通りにして……」


 夕緋は三月のためを思って言っている。

 それなのに、三月は言う通りにせず、行ってはならない場所へおもむくし、結んではならない神様との約束を何度でも結んでくる。


 危ない目に遭ってほしくない一心なのに、進んで危ない目に遭おうとする。

 こんなにも思い通りにならない人間は三月くらいかもしれない。


「……何だからしくないな。夕緋がそんなに必死になるなんて」


「必死にもなるよ……。私の夢が叶うぎりぎりのところまで来てるんだから……」


 三月からしても、こんなにも必死になっている夕緋は初めてだった。

 長い付き合いの幼馴染みで、高嶺たかねの花だと思っていた女性にこうまで想ってもらえるなんて、こんな幸せなことも他にないかもしれない。


 手を伸ばせば、簡単につかめるところに幸せがぶら下がっている。

 何なら相手のほうから手を伸ばしてくれてさえいる。


──俺だけの事情なら……。もう俺の願いなんて取り下げて、或いは夕緋との人生を選んでもいいのかもしれない……。フィニスと八咫のことは気になるけど、夕緋と一緒ならうまくやっていけるのかもしれない……。──だけど!


 三月の脳裏に、別の必死に叫ぶ彼女たちの声が響き渡った。


 命をかけ、世界の壁を越えてまで三月に手を貸してくれている彼女たちが居る。

 異世界の仲間、アイアノアとエルトゥリン。


『ミヅキ様ぁっ! 今は逃げて下さいましっ! 無事に落ち延びてっ、どうか試練に打ち勝ってッ……! 必ずや願いをっ、叶えて下さいッ……!』


『ミヅキィッ! 早く、行ってぇッ! あなたが世界を、救いなさぁいッ!!』


 戦いに敗れ、落ちぶれて力を失い、今や一人きりで眠る女神が居る。

 三月が助けてやらねば、滅んだ故郷と共に永劫に目覚めることはない。

 願いを叶えるいしずえとなる女神、日和。


『──みづき、またいつか……。我が社に祈りを捧げておくれなのじゃ……』


『……独りで眠るは、ほんに寂しいのでなぁ……』


 夕空ゆうぞらを舞う黒龍に噛み潰され、消滅させられたエルフの姉妹。

 神巫女町かみみこちょうから逃れ、敵を撃退するために力を貸してくれた小さく弱った女神。


 散ってしまった儚い姿は、三月に関わり深い女性たちのもの。

 彼女らと望まぬ別れを交わしたのは、つい昨日のことであった。


 言うまでもなく、それらの記憶は傍らに立つ雛月が差し込んできたものだ。

 唇を噛みしめ、雛月の顔は怒ったようにも悔しそうにも見えた。


──雛月、言われんでもわかってるよ。そんな怖い顔しなくたっていい。


 目の端に雛月を見つつ、もう決まっている意思を再確認する。

 三月を助け、三月の助けを待っている彼女たちを放ってはおけない。


 きっかけはともかく、もう関わってしまった。

 事はすでに、何もしない、だけで済む話ではなくなっている。


 目先にある夕緋との幸せに甘んじて、全てを忘れて生きていくなど元より無理な相談であったのだ。


──神様の世界でまみおがやられそうになったときに、散々俺がわめいてたことだ。知ってしまったらもう無関係は決め込めない。同情した相手をどうにか助けてやりたいって気持ちには嘘をつきたくない。


『困っている人がいたら、手の届く範囲でいいから全力で助けてあげなさい。三月の思う通り、力になりたいと思う人たちのために後悔が無いよう動きなさい。それはきっと、最後には三月のためにもなる大事なことだ』


 亡き父の言葉に従うまでもない。

 最後に自分のためになるのを差し置いても、後悔をしないように力になりたいと思う誰かのために何かをしてあげたい。


 正しいか正しくないかの理屈ではない。

 三月の宿命が呼び起こす信念であり、誠意であり意地でもあった。


「……俺も、ちょっといいかな」


「三月……?」


 無造作にむくりと起き上がり、夕緋に対面に向き直って座り込む。


 そして、一つの質問を投げ掛けた。

 それは夕緋にとって、本当に唐突で意外な問いだった。


「逆に夕緋に聞くよ。──もしも俺に世界を救う力があったらどうする? みんなが幸せになれる世界を取り戻せる凄い力がさ」


「えっ?」


 虚を突かれて夕緋は一瞬表情を失った。

 何度かまばたきをしてから、夕緋自身がした質問の裏返しだったと気付く。


「あくまでもしもの話さ。夕緋が世界を滅ぼせる力を持ってたら、って言ってたのと同じだよ。夕緋にも願いがあるみたいに、俺にもやりたいことがあるんだ」


 夕緋の願いが自分との結婚だと知ったうえで、三月もを通そうとした。

 全部を打ち明けられなくても、気持ちだけは伝わると信じている。


「夕緋は俺のことをいつも思いやってくれる。だから、俺の気持ちだってわかってくれるって信じてる。女神様の試練は俺のためだけじゃない。夕緋のためにもなる大事なことなんだよ」


 失われた過去を取り戻すのは夕緋にとっても重大事であるはずだ。

 これまで三月の意思を尊重し、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いてくれて、時には厳しい一面を見せつつも、見守ってきてくれた夕緋ならわかってくれる。


「……」


 三月の言葉を夕緋は黙って聞いていた。


 心なしか、瞳と唇が小さく震えているように見える。

 そんな夕緋の態度と様子の理由は、すぐにわかることになる。


「夕緋が心配してくれるのは嬉しいけど、俺は試練を──」


「ぷっ……!」


 まだ三月が話している途中で、急に夕緋は吹きだした。

 それまで堪えていたものを吐き出す風で、天井を仰いで高らかに声をあげる。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ……! おっかしいっ、三月ったらぁ……!」


「ゆ、夕緋……?」


 思わずぎょっとしてしまった。


 せき止めていたダムが決壊したかの如く、夕緋が大笑いを始めた。

 婚約者に使う言葉ではないが、狂ったみたいに、というのが適切であった。


「アハハハハハ……。もう、何を言い出すのかと思ったら……」


 あまりに笑いすぎて、少し苦しそうにしながらも夕緋は三月を見返した。

 その目に射竦いすくめられ、さらに絶句してしまう。


 これ以上ないくらい目を大きく開き、裂けるばかりに口を開いて笑って、夕緋は三月を大いにあざけるのである。


「世界を救う? 何を馬鹿なことを言ってるのよ?! そんなこと三月にできる訳がないじゃない。万に一つでもそんなことが可能だというのなら、是非ともやってみせて頂戴ちょうだいっ!」


 夕緋の豹変ひょうへんぶりに面食らいながら、矢継ぎ早な強い口調の雨を受け止める。


 いや、あまりの迫力に何も言い返せなかったのか。

 とにかく激しくまくしたてられ気圧けおされる。


「私のため? みんなが幸せになれる世界を取り戻す? それが世界を救うということなの? そんな大それたことを三月が何とかしようというの? 三月のことは何でもわかってあげたいけど、こればっかりはさっぱりよ!」


 そこまで言って夕緋は笑みを消した。

 小首を傾げて、下から睨み上げるように三月をじろりと見つめた。


「それが三月の答え? 私と結婚する前に足掻きたくなっちゃった? それって、マリッジブルーみたいなものかしら?」


 奈落ならく深淵しんえんを思わせる黒瞳こくとうから目を離せない。


 少しでも油断をすれば、その闇に捕らわれ、魂を喰らい尽くされる錯覚に陥る。

 そんな必要もないのに絶体絶命の危機を肌が感じていた。


 しかし、三月は引かない。


「夕緋、何と言われても俺は本気だ」


「……」


 何をもって何が本気であるのか、夕緋に正確に伝わってはいないだろうが、三月はきっぱりとそう言った。

 豹変の婚約者は鋭い目つきのまま押し黙った。


 短くとも長くとも取れる時間が経過し、その間は二人とも何も言わずにいた。

 そうした睨み合いの沈黙の後、緊迫の空気は不意に緩む。


「……ふぅ、わかった」


 血走った大きな目を閉じ、夕緋はゆっくりと長い息を吐き出した。

 次に目を開けるときには、いつもの穏やかな感じの表情に戻っている。


「私もお願いをしてるんだから、三月の意思も尊重してあげなくっちゃね。結婚をしてもいいって、そういう気持ちになるまで待って欲しい、だったよね」


 夕緋とて、以前に三月と交わした約束には納得し、それを忘れてはいない。

 過去に負ったトラウマを克服するため、ゆっくり段階を踏んで交際を重ね、心が安らぎを取り戻せるまで積極的な交際や、最終的な結婚を待ってもらう。


 10年前の惨禍とすでに向き合った今となっては、この約束も少しずつ別の意味を持ち始めている。


 意味合いは悪いが、これは時間稼ぎに他ならないのだ。

 夕緋の言う通り、マリッジブルーで怖じ気づいたり、婚期を先送りにしていると思われたりしても仕方がない。


 しかし、三月の願いを叶えるにはまだまだ時間が必要であるのも本当だった。



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