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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第236話 揺れる心象空間2


「ここは三月の心の中だ。思いがそのまま力に変わる。パンドラの魔素まそも、太極天たいきょくてん恩寵おんちょうも必要ない。こんな所にまで入り込んできたことを、あいつらに後悔させてやろうじゃないか」


 この心象空間が三月と雛月の自在空間、とはさっき言った通りだ。

 心を食らう精霊が相手だろうと、雛月の目が黒いうちは好きになどさせない。

 飛んで火に入る夏の虫、とはこのことであった。


「まずはぼくが出る。三月も後に続くんだ!」


「つ、続けったって、俺は丸腰だぞ……!」


 いつの間にか茶褐色のローファーを履き、爪先で地面をこつこつ叩きながら雛月は焦る三月を振り返る。


「ほらこれっ! 三月も使って!」


「うわわっ!? これは、──不滅の太刀? って、二振りある?!」


 そして、手品みたいにどこからともなくもう一振りの不滅の太刀を取り出して、無造作に三月に投げてよこした。


 危なっかしく太刀を受け取り、雛月の手のものと見比べて目を丸くする。

 当たり前にお揃いの武器をコピーして用意し、雛月はぱちんとウインク一つ。


「それじゃ、健闘を祈るよ」


 後ろから三月は何事かを叫んだが、構わずに雛月は飛び出していった。


「はッ! やぁッ! えいッ!」


 いつもの理知的に語る雛月とは一転して、勇ましく掛け声をあげて戦場を舞う。


 一太刀浴びせて敵を両断し、それを二度三度と素早く繰り返した。

 一拍遅れ、斬られた闇の精霊たちは、ぶわっと煙が霧散するみたいに消滅した。


「遅い遅いっ! 止まって見えるよ、真面目にやってるのかい?」


 対して闇の精霊の反撃は簡素なものだ。

 本体を覆う黒いもやもやを硬直させ、やや早い動きで直線的な体当たりを繰り出すのみ。


 精々、自転車の通常速度と同じくらいの勢いである。

 アパートの部屋の心象空間を揺らせても、雛月の速さを捉えることはできない。


「やれやれ、地平の加護を舐めすぎだろう。この程度の微弱な精霊で太刀打ちできると思ってるなんて、へそでお茶が沸いちゃうよ」


 敵の弱さには呆れてため息が漏れるほど。

 無抵抗な相手ならともかく、地平の加護そのものである雛月と戦うには戦力不足が著しい。


「いいや、これも敵の手心てごころか。三月を傷つけられない事情はこちらに有利だ」


 雛月は鼻を鳴らしてにやりと笑んだ。


 地平の加護の強さを知らないのは当然として、こんな襲撃をすれば雛月の宿主である三月も無事で済まないことは想像できたはずだ。


 だからこそ、三月へのダメージを最小限にするため、弱い刺客たちが送り込まれてきたのだろう。

 夕緋が三月を大事に思うのなら、それらの事情は好都合に他ならない。


「……但し、これでぼくの存在と危険性はばれてしまうな、背に腹は代えられないとはいえ、随分と踏み込んでくるもんだ。ずけずけと人の心にさッ!」


 雛月は好戦的に目をぎらつかせ、ボブカットの髪の毛をざわめかせた。


 これで夕緋に、地平の加護がどの程度かが伝わってしまうだろう。

 これまで明るみに出るのを伏せ、存在をひた隠しにしてきたのに、とうとう夕緋と闇の眷属けんぞくたちに認知されてしまう。

 夕緋らへのこの反撃は、開戦の狼煙のろしを上げるに等しい。


 戦うためにつくられた雛月は、いよいよの時を迎えて奮い立った。


「ああくそっ、人間の身体はどうにも重くていかん……。夢の中なのに息切れするなんて、現実の世界と何も変わらないじゃないか……」


 手近に迫る闇の精霊を切り払いながら、三月も雛月の背に追いついた。


 身体が動かないこともないが、激しく動けば普段の運動不足がたたって、すぐに息が上がってしまう。

 本当にここは自分の心か、夢の中なのかと疑うばかりの現実さであった。


「それは三月がそう思い込んでいるからだよ。もっと柔軟に考えて。人間の身体で不自由なら、戦いに適したシキの身体になればいいじゃないか」


 それに対して、雛月は三月に振り返って言った。

 らんらんと光らせていた目はなりを潜め、にっこりと笑いかける。


「え、だけど……」


「太陽の加護が無くたって大丈夫。神々の世界の力を使えるはずさ。ここは三月の夢の中なんだから自由な発想を持たなくちゃ」


 困惑する三月に構わず、雛月は制限となっている気掛かりを払拭ふっしょくする。


 太陽の加護の補助無くしては神々の世界の力は使えない。

 そんなルールも夢の中では意味を成さないと証明して見せた。


「対象選択・《人間の三月》・効験付与・神降かみおろし・《シキみづき》」


 三月の顔を見つめたまま、雛月はそう口にする。

 すると、目の前で光がぱちんと弾け、身体がすぅっと自然に変化を遂げた。


 人間とは比べものにならない身体の軽さと全身にみなぎる力強さ。

 菊綴きくとじの付いた修験者しゅげんじゃ風の白い装束姿はシキのみづきのもの。

 三月の記憶が覚えている姿と力を、地平の加護は容易く再現する。


「本当だ、身体がシキになった! ああっ、身長まで縮んでるじゃないかっ!? こんな細かいところまで再現しなくていいっ!」


 タイムリープをしている時期とリンクしているのか、成長しきっていない当時の三月の面影さえ再現しつつ──。

 シキの力は夢の世界で現実のものとなった。


「さあ三月、こんな奴ら蹴散らしてやろう!」


「あっ、待てって雛月! 俺も行くっ!」


 騒がしい三月のクレームには知らん顔で、雛月は叫んでまた飛び出していった。

 格段と軽くなった動きを感じながら、三月もそれに続いた。


 そこからの戦いは一方的であった。


 数で大きく上回る闇の精霊ではあるが、個々の力は本当に微弱なものだ。

 三月と雛月に、されるがまま次々と撃破されていくのであった。


「あはははっ! それそれっ! 主の元へ、尻尾を巻いて逃げ帰るといいっ!」


「ああもう、雛月、もっとおしとやかにだな……。そんなに跳んだり跳ねたりしたら駄目だって。勢いよく回るのも駄目だ。スカートが舞い上がっちまうだろ……」


 仮想の天神回戦会場を舞台にして、三月と雛月の無双劇むそうげきは続いている。


 スカート姿なのを気にせず、天真爛漫てんしんらんまんに駆け回り、躍動やくどうするままに太刀を振るい続けている。

 何回かウエスト部を折って、短めなスカート丈になっているので、何とも見た目が大胆できわどい。


 三月もよそ見ができるくらいには余裕で、闇の精霊たちを斬り捨てつつ、雛月の華やかな様子をはらはらしながら見ているのだった。


「……まったく、目のやり場に困るから大人しくしててくれよ」


「こんな非常時さ。役得やくとくだと思ってぼくの美脚に悩殺されてなよ。ほらほらっ」


 周りの敵を露払いして合流すると、三月は渋い顔を雛月に向けた。

 但し、注意を受けてもどこ吹く風の様子で、雛月はお尻をふりふり揺すって三月に白い脚を見せつける始末であった。


 揺れるスカートから目を離せない男の悲しい性を感じる三月を尻目にし、再び雛月は戦場へと身を投じていく。


「制服姿で戦う女子高生、格好いいよね! 一度やってみたかったんだ!」


「雛月がそう思ってるってことは、これも俺の願望の一つなのか……。なんか複雑な気持ちになるなぁ」


 子供みたいに高笑いをして、危なげなく連続して敵を葬る雛月の勇姿。

 ブレザー姿の女子高生が刀を振るい、華麗に切り結ぶ様子は確かに痛快だった。


 改めて自分の趣味な一面を見せられ、三月の口許に浮かぶ苦笑いは呆れと自嘲。

 ただ、愉快そうに戦う雛月に気分良くさせられたのは本当だ。


「それにしても、俺の夢の中だっていうのに、何でもかんでも好き放題って訳にはいかないんだな……。夢なんだからもっとこう、一気に大逆転って感じでもいいと思うんだが、自由自在にはいかないもんなんだな……」


 ひとしきり戦い、また集まった三月と雛月は背中合わせに立っている。


 二人を取り囲み、まだまだ多くの闇の精霊たちがじりじり距離を詰めていた。

 三月のぼやきを受け、剣を構えたまま雛月は目線だけを後ろに向ける。


「いい機会だから解説しておこうかな。抽象的ちゅうしょうてきな思いつきじゃなくて、洞察済みの具体的な能力を付与する理由をさ」


 雛月が語るのは夢の世界の話だけではなく、異世界で戦う三月にも通じる話だ。

 ある程度の過程はすっ飛ばしているとはいえ、今この戦いに用いているのは現実に地平の加護を介した戦い方そのものだ。


 三月の剣術、ドラゴンの炎、シキの力も然り。

 抽象的な凄いこと、ではなく、実質的に証明された技能を使っている。


「イメージしやすい能力を使うのは何故か考えてみてよ。三月に質問だけど、例えば最強の力、絶対の死ってなんだい?」


「えっ? それは──」


 唐突な質問に、三月は頭の中で思い浮かべてみる。


 最強というのだから、この世で一番強い者のことをいうのだろう。

 但し、それは神か悪魔か、居るかどうかも不明な未確認の存在に依存する。


 そうなると、果たして最強で究極の何か、とは何だろう。


 絶対の死にしてもそうだ。

 三月にわかるのは、現実世界に生きる生物の生死の概念だけである。


 ファンタジーの魔物や、天上の神々の生死については不明なことのほうが多い。

 そもそも今こうして生きている三月に絶対の死など想像はできない。


 何をもって最強とするか、死とするか、そんなもの誰にもわからないのである。

 雛月もそれはお見通しだ。


「わからなくて当然だよ。思い当たったとしても、それは人間の三月に想像できる範疇はんちゅうの概念さ。戦う相手が人間じゃなく、異世界の神や魔物なんだとしたら、その想像力を当てにするのは危険だって言いたいんだ。──だからこそ、だよ」


 雛月が振り向き見て、背中越しのすぐそばで目と目が合った。

 相変わらず超然ちょうぜんとした雰囲気の中、地平の加護としての力を喜々として語るその目はきらきらと光り輝いていた。


「三月が見聞きして、実際に体験をして、洞察の末に我が物とする。そうすれば、もうそれはちゃんと存在しうる概念さ。神の奇跡だろうと悪魔の力だろうと、三月が認識した不可思議を概念化するのが早道はやみちとなり、確かな力となるんだ。それとは逆で、三月が独自に考えた能力は、何物も起源としない想像しただけの産物と成り下がってしまうだろうね。エビデンスが無いデータみたいなものかな」


「なるほど……。なんか窮屈きゅうくつな感じだけど、これまでに洞察を完了させて俺が認識できてる能力なら、しっかりと効果を発揮できるって訳なんだな」


 地平の加護の性能を、加護本人である雛月に解説され、三月は納得していた。

 それが伝わっているようで、雛月は満足そうに大きく頷くのであった。


「ご名答だ。これこそが地平の加護の真価であり、戦い方ってことさっ」


 聞けば聞くほど地平の加護という権能は、自分の性格に合っていると感じる。


 加護と雛月をつくったとされる創造主の考えが自分に似ていたり、そもそも今やっている異世界渡りが回り回って自分のためになっていたり。


 都合の良過ぎる至れり尽くせり感には呆れ半分感謝半分。

 最終的なタイムリープで、惨禍の過去を変えられるなら言うことはない。


「……ここまでお膳立てしてくれてるんだ。四の五の言わず、ありがたく乗っからせてもらうだけだ」


「うんうん、大いにぼくを頼ってくれたまえ。地平の加護は全面的に三月の味方だよ。差し当たり、この局面を切り抜けようじゃないか」


 道具や機械は使われてこそ価値がある。

 素直に自分を使おうとする三月に、雛月は歓迎の笑顔で応えるのだった。



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