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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第230話 お節介と胸騒ぎ

『うぅぅぅ……。ぐっ、うぅ……』


『三月さん、私がいます。ずっと、私が付いてるから……。だからもう、そんなに悲しそうな顔をしないで……。ね、大丈夫だから』


 それは、すべてが始まった夜のことであった。

 二つの異世界転移に巻き込まれ、三月が元の現実世界に戻ってきた夜。


 夕緋が忘れたストールを握りしめ、三月はアパートの部屋の前に立ち尽くした。

 訳もわからず泣き崩れた三月を、夕緋は理由を聞かずに背中をさすって慰めた。


 やがて三月は泣き止み、夕緋は帰路についた。

 その後の夕緋の帰り道の出来事である。


「夕緋、ちょっといいか?」


「なに、フィニス?」


 薄暗い住宅街の道を歩く夕緋の背後、ハスキーな声が呼び掛けてきた。

 意識を向ければ、銀色の髪で耳が長く、長身で褐色肌の女性が浮かび上がる。

 ダークエルフ、フィニスであった。


「気付いたかい? あの坊やに取り憑いた妙な気配を」


「ええ、だけど何かしら。悪い感じはしなかったけれど」


 すぐ後ろを歩くフィニスの姿は他からは感知できず、視認はされない。

 二人が話すのは、この日の晩に三月に紐付いた異世界の絆についてである。


 正直、夕緋はこの時点ではそれほど気に掛けていた訳ではなかった。

 ただ、フィニスは出し抜けに言い始めた。


「夕緋のかつての故郷に、あの坊やを近付けないほうがいい。これはアタシの勘だ。……何か嫌な予感がする」


「私の故郷って、──神巫女町かみみこちょうに? 三月は過去に強いトラウマを抱えてるからね。そうそう帰ったりはしないとは思うけど……。どうしたの、急に?」


 夕緋は驚く。

 今までフィニスが現実世界のことに口を出してくるなどほとんどなかった。

 なのに、急にこの日から言及をしてくるようになった。


「……どうにも懐かしい匂いがするのさ。あの場所はまだアタシの世界と繋がったままだ。神々の世界ともな」


 長身のダークエルフは鼻を鳴らして答えた。

 目を細め、どこか遠くを眺めるみたいにして続ける。


「坊やからアタシの同胞だった奴らの気配を感じた。もう追っ手は掛からねえと思ってたが、今になってアタシを追う者が現れたのかもしれない」


 夕緋がそうであるように、フィニスも三月の背後に何かを感じている。


 まさかそれが、同じ種族で親類でもあるエルフだとは知らない。

 アイアノアとエルトゥリンは姉の孫に当たるのだから。


 そして、その二人が自分の居場所を突き止め、パンドラの地下迷宮の深奥に至ろうとしているとは露とも思っていない。

 迷宮の異世界の三月、勇者ミヅキと運命を共にしている、とも。


「破壊神ヤヨイの力が解放されたお陰でアタシの願いはもうすぐ叶う。……夕緋は不本意だったろうが、これでもアタシは感謝してるんだ」


「……何が言いたいの? あのときのことを思い出させて私を怒らせたいの?」


 フィニスの言葉に夕緋はさっと気色けしきばんだ。


 異世界の破壊神たる夜宵やよいの神威を借り、イシュタール王国の人間共々世界を滅亡させようとしているなど、別世界の夕緋には関係の無い話だ。

 パンドラの地下迷宮が暴走した果てに、かの異世界は滅ぶのであろう。


 そうした異世界の凶行に巻き込まれ、人生を滅茶苦茶にされた夕緋も三月同様の被害者であることに間違いはなく、憤るのは最もであった。


「いいや、そんなことは思ってない。夕緋の一番の願い、あの坊やとは何とか添い遂げて欲しいと思ってる。だから、恩返しじゃないが何か力になれないかってな」


 但し、フィニスは首を横に振って言った。


 戦乱の魔女としての目的がほぼ達成された今、夕緋の境遇には同情をしている。

 こうなってしまった以上、せめて夕緋の願いだけは叶って欲しいと思っていた。


 そのうえで。

 フィニスは鋭い感性で警戒をし、夕緋に忠告をするのである。


「何ができる訳でもねえだろうが、今更パンドラの底にちょっかいを掛けられるのは面白くねえ。夕緋のしたいことの邪魔になるんなら手を打っておくべきだ」


 それを聞いた夕緋は怒りを収め、ため息交じりに少し笑った。

 笑みはおごりでも自惚うぬぼれでもなく、絶対の自信からくる感情の産物だ。


「心配性ね、フィニスは。三月はただの人間なのよ? ちょっとくらい変なものが憑いたからって、おかしな真似ができるとは到底思えないわ」


 力ある強者のくせに、必要以上に用心深い異世界の知り合いには呆れる。


 三月と繋がった神秘やら怪異の不可思議は正体が知れなかったが、特に悪い何かは感じなかった。

 まして、取り憑いたのが普通の人間の三月で、もうすでに監視の対象としているのだから、自らの強大な権能でどうとでも対処は可能であった。


「恩返し、だなんて見当違いもいいところだけど、私は自分の力だけで三月を振り向かせたいの。フィニスの気持ちだけ受け取っておくわ。だから、今はまだおとなしくしてて欲しいかな」


「そうか。まぁ、全部が済んじまった今となっちゃ、坊やのことは些事さじに過ぎないのかもしれねえが、何もかもがうまくいってるときほど用心したほうがいい」


 三月のことが好きで堪らない夕緋は、実力を以て想いを実らせようとする。

 決して味方とは言えなくも、フィニスの気遣いは嫌いではなかった。


 フィニスも何を思うのか、夕緋に対して妙に世話を焼きたがる。

 どうやら本気で、夕緋と三月に結ばれて欲しいと思っているらしい。


「それはフィニスの経験則かしら?」


「ああ、そんなとこだ」


「わかった。一応気にしておくわ」


「アテにしてるよ。夕緋だけが頼りなんだ」


 夕緋は忠告をフィニスの厚意であると受け取っている。

 戦乱の魔女の異名を持つダークエルフの目的はさて置き、夕緋の恋模様に関しては味方の立場を守っているようであった。


「……くくく、何やら面白そうな話をしているな」


 比較的、親しげに話していた夕緋とフィニスの傍ら。

 どこからともなく、和やかな雰囲気をぶち壊す陰湿な声が聞こえてきた。

 文字通りの、悪神の悪声であった。


「……八咫やた


 夕緋は立ち止まり、冷えた視線を道ばたの電柱の陰に向けて呟いた。


 すると、電柱の影からぬっと男が抜け出してきた。

 蜘蛛の巣の柄の着物を着流し、痩せぎすでひょろりとした上背うわぜいで、人相が悪いことこの上ない。


 それは、フィニスと同じく行動を共にしている異世界の存在。

 蜘蛛の禍津日ノ神(まがつひのかみ)、八咫であった。


「んだよ、しゃしゃり出てくんなよ、陰気臭ぇ蜘蛛野郎がよ。今はアタシが夕緋と話してるんだろうが」


「さえずるな、あばずれ。おれからも忠告だ、黙って聞いておけ」


 がら悪く憎まれ口を叩くフィニスを一蹴し、八咫はすぅっと夕緋に近付いた。

 過剰に青白い顔を寄せると、ささやく風に夕緋に言った。


「夕緋、フィニスの言う用心、真に受けておいたほうがいいぞ。──確かに、小僧をあの場所へはやらぬが得策だ」


「それはどういうこと?」


 こんなことは珍しい。

 八咫までも三月のことに言及をしてきた。


 夕緋は思わず聞き返してしまう。

 すると、すぐ間近で青白い顔が愉快そうにわらった。

 普段はつれなくされている八咫は、夕緋が興味を持ったのが嬉しいらしい。


「自分で調べてみるがいい。あの小僧の魂が何と結びついているのかを知れば夕緋も気が気ではいられなくなる」


 自分で話を持ってきておいて、結局はもったいぶって話さない。

 口が裂けるほどにやりと笑い、意味ありげな言葉を残してたのしんでいる。


「──今のこの世界を、お前が気に入っているのなら尚更にな」


「お前にだけは言われたくはないわね。誰が好き好んでこんな世界……」


 今度こそ夕緋は怒りを露わにした。

 先ほどのフィニスに向けた苛立ちとは明らかに違う激情だ。


「そう毒づくな。この世界こそお前の望んだ世界だ。どのみちあのままの世界では、夕緋の願いは成就できなかったろう」


 しかし、八咫は夕緋の強い感情になどどこ吹く風の様子である。

 何故ならば、お気に入りのこの人間が心の底に抱えている闇を知っているから。


「邪魔者がすべていなくなり、小僧と二人になれてさぞや幸せだろう? なれば、おれも、フィニスも、その立役者たてやくしゃではないか。くっくっく……」


「八咫、そのへんにしておきなさい!」


 夕緋は語気を荒げた。

 顔のすぐ近くの八咫をぎろりと睨み付ける。


 悪辣な男神は満足して後ろに下がり、元いた電柱の陰に消えていく。

 消える間際に言葉を残した。


「……おっと、また仕置きをされてはたまらん。忠告はしておく、小僧をあの場所に近付けるな。夕緋がかの破壊の神威にどう関わっていたのか、小僧にだけは絶対に知られたくなかろう」


「黙れッ! お前に言われるまでもない!」


 夜分の住宅街だというのも忘れ、夕緋は大声をあげた。

 もう八咫はおらず、背後に居たはずのフィニスもいつの間にか消えていた。


 憤りに肩を震わす夕緋の周り、付近の住宅に住まう人々が急な大声に何事かと窓を開けたり、カーテンの隙間から外の様子をうかがっている。

 ただ、辺りが騒々しくなる頃には、もう夕緋もその場にはいなかった。


 ひゅうううっ……!


「……フィニスも八咫も、急にどうしたっていうのかしら? あれから10年間、何も言ってこなかったくせに……」


 夕緋は空気の冷たく、暗い夜空の上に居た。

 風を切りながら、身体を横向きにして空を真っ直ぐに飛んでいた。


 背には巨大な黒龍が顕現していて、一緒に空を駆けている。

 瞬時に龍の力を呼び起こし、瞬く間に高い上空へと飛び上がっていたのだ。


「何だろう、胸騒ぎがする……。本当に何かが起ころうとしているの……?」


 三月と再会してからすべてが順調だったのに、不安を覚えて眉をひそめた。


 神巫女町大災害の発災から10年が経ち、今頃になって事態が動き出している。

 何があっても触れられたくない過去が再び動き出している。


 何事も起こらず、杞憂きゆうに終わってくれればいい。

 このときの夕緋はそう思っていた。



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