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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第229話 望む世界 【第1部完】

「ご機嫌斜めだな、夕緋」


 三月の浮気紛いの行為に夕緋が立腹していると、律儀りちぎに玄関の扉をくぐり、朝の陽光の下に裸足で出てきた八咫やたは夕緋の後ろに立った。

 日の光を受け、青白い顔色はさらに病的な白さを帯びる。


黄泉(よみ)がえりの小僧は取り逃がしたようだな。黒の黄龍が付いていながら、ふん、フィニスめ、使えぬ奴だ」


 吐き捨てるように八咫は言い放つ。


 黄泉がえりの小僧、とは三月のことを言っているのだろうか。

 まんまと逃げられてしまったフィニスのしくじりに苛立ちを覚えている。

 いや、八咫が本当に煩わしさを感じているのは三月本人に対してである。


「……あの小僧、こそこそと何を嗅ぎ回る? 気に食わんな、やはり殺すか」


 物騒な台詞が平然と飛び出すと、夕緋は後ろを振り向かずに眉をひそめた。

 取るに足らずとも身体を傷つけられたことと、不可解な状況に悩まされたことで夕緋の機嫌は芳しくない。

 怒気をはらみ、静かながら荒げた声で言った。


「八咫、やめなさい。昨日こっぴどくお仕置きしてあげたのを忘れた? 私の三月に手を出さないで。ようやく手に入りそうなのよ、邪魔は許さないわ」


「くくく、許さなければどうする?」


 期待通りに返ってきた怒りの感情に八咫は冷たく笑う。

 夕緋は残酷な悪神に、残酷な言葉を突き返した。


「また精神をばらばらに切り裂くわ。いくら八咫が不滅の神様だろうと存外に応えるものでしょう? 痛がったり苦しんだりしてるの、私にはわかるんだから。復元するそばからぐちゃぐちゃにしてあげる。ごめんなさいができるまで何度でもね」


「ぬ……」


 敢えて振り返らずとも、夕緋の冷徹な視線が八咫にはわかる。

 夕緋の言った通りの昨日、同じくらい恐ろしい目で射竦いすくめられたのだから。


 新居探しのデートの日の夕方、危険な運命に自ら近付いていく三月に夕緋が感情を乱した瞬間、立ち並ぶビル群のガラスが次々と割れる事件があった。

 あれはやはり八咫の仕業だったのだ。


 神通力を使ってビルのガラスを割り、鋭い破片を操って三月を害そうとした。

 夕緋のお陰で三月は無事で済んだが、その後彼女は煙のように姿を消す。

 あの時、夕緋はどこで何をしていたのか。


「八咫、さっきのはどういうつもり? 三月には何もしないでって言ったはずよ」


 時は1日前にさかのぼる。

 夕緋は八咫と対峙していた。


 場所は夕暮れの滅んだ神巫女町、その中心部のクレーター湖の上空で。

 冷たい風に吹かれながら、当たり前のように空中に浮遊して直立している。


 対面には同じように宙に浮かぶ、飄々(ひょうひょう)とした八咫の姿があった。

 八咫はまったく悪びれる様子もなく、険しい剣幕の夕緋に言う。


「夕緋を泣かせた。おれにとって小僧は万死に値する」


「余計なお世話よ。怒って泣いたって、私の三月への気持ちは変わらないの!」


 身体を震わせ、長い髪の毛をざわつかせ、夕緋は叫んだ。

 三月のしたこと言ったことが、夕緋を怒らせ悲しませてしまったのは確かだ。


 八咫は殺意を隠さず、そのせいで三月に手を出したと言った。

 しかし、それは夕緋に激情の矛先を向けられるのに充分な理由だった。


「関係のない街の人まで巻き込んで、三月に危害を加えようだなんて許せない!」


 感情の高ぶりに伴い、ごうっと夕緋から金色の炎が立ち上った。

 長い髪の毛を揺らめかせて全身に神聖なオーラをまとう。


「このところ、おとなしくしてたものだから油断してた。そろそろ痛い目に遭って私の恐ろしさを思い出しなさい。──八咫、お前にはお仕置きが必要よ」


 完全に目が据わった夕緋の口から殺意の言葉が紡がれた。


黄龍(こうりゅう)は私の心のうつし身。龍脈の女神様の神通力そのもの……!」


 何も居なかった夕緋の背後に、長大な黒い影が鎌首をもたげて立ち上がる。

 黒の黄龍が聖なる金の炎に巻かれて威風堂々と姿を現した。


 ピイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ……!!


 化鳥けちょうの如き、甲高い咆哮(ほうこう)が響き渡る。


 これは夕緋の神通力。

 巫女の神薙ぎとしての権能が呼ぶ女神の加護、身に宿す龍神の発現であった。

 夕緋は自らの分身たる龍を、意のままに操ることができる。


 龍の出現と、八咫へのお仕置きの始まりは同時だった。

 漆黒の巨体をびっしりと覆う鱗が次々と剥がれ落ちている。

 かと思えば、それら無数の龍鱗(りゅうりん)は意思を持ち、一斉に八咫に襲い掛かった。

 鱗一枚一枚が鋭利な刃に変じ、嵐の如く飛び交って蜘蛛の男神を切り裂いた。


 ズバズバズバッ……!


「うっ、うぐおおおぉぉっ……!?」


 八咫の苦悶の叫びが夕闇のクレーター湖に響き渡る。


 瞬く間に身体をばらばらの細切れにされ、その破片はぼちゃんぼちゃんと水面に落ちていった。

 水中が八咫の流した血で赤色に染まりゆく。


「ふぅぅぅっ……!」


 寸断された八咫が沈んだ辺りの水面に目掛けて、夕緋は息を吹き掛ける。


 そうすると背後の龍が連動して動き、大顎を開いて黄金色(こがねいろ)の炎を吐き出した。

 炎の息というより、灼熱した熱線砲という表現が相応しい。


 ドオォンッ!!


 炎の筋は湖に突き刺さり、大量の水しぶきを伴い爆発の柱を激しく上げた。

 やがて、波が落ち着く湖面に、首だけになった八咫がぷかぁっと浮かぶ。


「く、くくく……。いつもながら、苛烈な氣の波動だ……。そうして神通力を使い続けるがいい……。いつかお前の力が尽きる、その時が来るのが楽しみだ……」


「……」


 反省の色を見せず、なお挑発の言葉を吐く八咫を夕緋は無言で見下ろしている。

 冷ややかな表情はそのままに、夕緋は口をあーんと開いた。

 そして、がちんと歯を鳴らすほど口を閉じ込む。


 その瞬間に龍は湖面へと顔面から突っ込み、首だけの八咫をかっ喰らった。

 最早断末魔の声もなく、悪神八咫は龍の大顎おおあごに飲まれて消えた。

 後には、汚物でも見るような冷たい目をした夕緋が残るのみであった。


 これがあの日、三月とのデートの後にあったことの顛末(てんまつ)だ。


「おれの身と魂は不滅なれど、連日消滅させられては気分が悪い。今日のところは従順に控えていよう。くっくっく……」


 八咫は一日経つと、素知らぬ顔で夕緋の元に戻ってきた。

 振り向いてじろりと睨むと、八咫はいかにもな悪人面でへらへらと笑っている。

 不滅の悪神の悪辣あくらつさに呆れつつ、前に向き直ると重苦しいため息をつく。


「……フィニスもフィニスよ。私に黙って三月に魔物をけしかけてただなんて」


 今度はここには居ないもう一人の眷属を思い浮かべる。

 魔物の大軍を従え、三月を神巫女町から追い払ったダークエルフ、フィニス。


 人知れず夕緋が八咫にお仕置きをしている間に、三月は自宅アパートでゴブリンに襲われていた。

 あれは、フィニスが差し向けた闇の刺客であったのだ。


「三月のアパートに結界を張っていなかったら今頃どうなっていたか。もう、八咫もフィニスも、どうして三月にちょっかいを掛けようとするのかしら」


 夕緋はもう一度大きなため息をついた。

 三月のアパートの部屋は夕緋の結界で手厚く守護されている。

 無理に侵入しようものなら、並の魔物では破邪の炎で灼かれて終わりである。


 当然ながらフィニスだってそれは心得ている。

 大した害は及ばないだろう、と。

 あれは三月に対する何らか脅しの類いだったのだろう。


 ただ、そっとしておいて欲しい夕緋にとっては迷惑以外の何物でも無い。

 八咫の蛮行だけでなくフィニスの暴走も、憂鬱(ゆううつ)な悩みの種に違いはなかった。


「でも、驚いたわ。まさか三月が神巫女町へ帰ってくるなんてね。まったく、ここへは来ちゃ駄目だって言いつけておいたのに」


 夕緋は口許に手を当て、独り言みたいに言った。

 怪しい素振りは見せていたものの、実際に三月が神巫女町へ帰るかどうかは半信半疑だった。


 夕緋自身も味わった絶望を、三月が克服できているかは五分五分であったから。

 だから三月が現れたことに驚き、言いつけを破られたことを残念に思った。


「三月が来るのを知らずに鉢合はちあわせでもしていたら、どう言い繕っていいのかわからないところだったわ。ここが三月にばれないよう結界を張っておいて正解ね」


 三月が訪ねた女神社を眺め、背後の自宅に振り向き、視線を往復させる。

 夕緋がこの場所に居るのは当然三月も知らない事実だ。


 不思議な力で近付く者を遠ざける結界を張り、不測の遭遇を回避したのである。

 少し落胆して見える夕緋の背中に八咫は言った。


「小僧に贈った魔除まよけの黒瑪瑙くろめのうは機能したようだな。黒龍の氣にあてられて粉微塵こなみじんになってしまったようだが」


「そうね、あれのお陰で三月の所在がわかっていたんだからね。フィニスに魔石の作り方を教えてもらってせっかくつくってあげたのに、三月の馬鹿……!」


 魔除けのお守りとして三月に黒瑪瑙の魔石を渡した。

 想い人を護ってあげたいと願った気持ちと効能は本物であった。


 ただ、お守りには三月の居場所を知らせる、言わば発信器の機能を付けていた。

 心配と懐疑の気持ちが半々で、初めから動向を監視するつもりだったのである。


 贈り物の意味合いもあったのに、こんな結果になって悲しくもあった。

 ある意味、複雑な乙女心を八咫はわらう。


「お前の本性が小僧に露見し、為す術も無くなった窮地きゅうちを眺めるのも一興ではある。破れかぶれな策に打って出るなら手を貸すぞ、夕緋」


「ふざけないで。私がどんな人間かなんて、三月はずっと知らなくたっていいの。三月に発信器まがいの物を持たせてたのは絶対に秘密よ。気味の悪い女だって思われたくないもの」


 冷ややかに笑う八咫に夕緋はきっぱりと釘を刺した。

 三月には綺麗で純真な自分だけを見て欲しい。

 醜悪な自分など知らなくていい。

 そんな夕緋を、八咫は滑稽だとなお嗤う。


「くくく……。どの口が言うのだ? 小僧の食事に何を混ぜているのか、知らぬとは言わせぬぞ、夕緋よ」


「それは仕方のないのことよ。三月のためだもん」


 但し、夕緋はにべもなく言い切った。

 自分のしていることに迷いはなく、疑いなど持ちはしない。


『約束通り、朝ご飯つくるね。ううん、つくらせて』


 それは昨日の朝食の時も同様であった。

 異世界渡りから帰還した三月を背にして、キッチンに立つ夕緋は見えないように味噌汁の鍋にあるものを混入させていた。


 包丁の先端で自分の指先を浅く切り、僅かにしたたる自らの血を数滴、ぴちょんぴちょんと煮立つ表面に垂らした。


 薄く笑う夕緋は傷つけた指先をぺろっと舐める。

 切り傷は即座に治っていた。

 そして、何食わぬ顔で三月に血液入りの味噌汁を出したのだ。


「初めて飲ませた時はぞくぞくしたわぁ……。私の一部が三月の身体の中に入っていくのがえも言われない感覚だったなぁ……」


 恍惚としたうっとり顔で、夕緋は頬を赤く染めていた。

 普通ではない行為に背徳感を感じ、意中の相手を征服するような錯覚に陥る。


 涼しい顔で微笑み、三月が食事をするのを眺めている時。

 その胸の内は快感と興奮で無我夢中むがむちゅうだったという訳だ。

 他から見れば奇行としか思えないその行為は今までずっと続いていた。


「初めは三月の身体の健康のためだったのに、まさかあんなことがわかってしまうなんてね。私だってびっくりしたんだから」


 当初から三月の体調を良くするために始めたことだ。

 龍の氣が込められた血を体内に取り込むことで、三月はすこぶる健康体となり、夕緋と再会してからずっと風邪の一つも引いたことがない。


 しかしその結果、夕緋にとって思い掛けない副産物が付いて戻ってきた。


「私の血を通じて、三月の肉体や精神が日和様と夜宵様に触れているのがわかるようになった。多分その影響で、女神様に紐付く事柄を三月が思い浮かべると、私には察知できてしまうんでしょうね。……本当、嬉しい誤算だったわ」


 秘密を暴ける鍵を偶然手にし、夕緋の笑顔は子供のように無邪気だった。

 巫女として為し得る霊験により、血液を介して常世幽世とこよかくりよと繋がれる異能、その感応力がゆえである。

 そんな夕緋を見て、八咫は大層満足げだった。


「くくっ、良い毒の回り具合だ。ますますおれ好みの女になっていくな、夕緋よ。お前の血にはおれの毒も混ざっている。闇に落ちるのも人間のさがよな」


 正邪を併せ持つ人間の本質は悪神の好むところであった。

 少しつけ込んでやれば、奈落への崖を簡単に転がり落ちていくのがたまらない。


「いっそのこと、小僧を意のままに操れる毒をおれが盛ってやろう。手間を省いて夕緋のものにしてやろうではないか」


「あら、いやにお節介せっかいを焼くのね。八咫が私の願いに協力的だなんてどういう風の吹き回しかしら」


 機嫌を良くした八咫のよこしまな申し出に、夕緋は不敵な調子を崩さない。

 悪神の提案などろくなものではなく、事実予想通りにそうだった。


「夕緋が色目を使うのが気に食わん。小僧を傀儡かいらいの人形にしてしまえばおれの溜飲りゅういんも下がろうというものだ。夕緋、お前はおれのものなのだからな」


「つまらない焼き餅を焼くのはよして。ほんと見苦しい。八咫は何もしなくていいから黙って見ていなさい。わかったわね?」


 八咫はお気に入りの人間を独り占めしたい欲望を剥き出しにする。

 夕緋はいつもながらの迷惑な嫉妬心しっとしんに、いい加減うんざりしている。

 二人の間に漂う剣呑な空気から、ただならぬ関係性がじくじくと滲み出る。


「そんなことよりも、八咫」


 くるりと踵を返し、腰に両手を当てた夕緋はおかんむりの様子だ。


「また雨漏りしてるわよ。少し前に直しておいてって言ったのに、ちっともできてないじゃないの。ちゃんとしてくれないと困るんだから」


 ぼろぼろになった生家を一瞥いちべつし、夕緋は不機嫌そうな視線を八咫にやる。

 夕緋が隠れ家にしている神水流の家は、一見してもう倒壊する寸前に見える。


 ただでさえ災害で損傷しているうえに10年の年月が経っていて、家屋の体裁を保っているだけ奇跡というものであった。

 と、睨まれたほうはふんぞり返ってふてぶてしく鼻を鳴らした。


「ふん、物を直すのは専門外だ。おれに頼む夕緋が悪い」


「神様のくせにだらしないわね。言い訳してないで、神様らしく願いを叶えていなさい。それとも、私の言うことが聞けないというのかしら?」


 悪態をつく八咫に、夕緋は冷たい声で凄んだ。

 すれば、ぴしッと空気が張り詰め、凍り付く。


 ざまな口は聞けても、夕緋を相手に本気で逆らうなど許されはしない。

 直接的な暴力のお仕置きならともかく、行動を制限される封印のようなお仕置きに切り替えられてはさしもの八咫もたまらなかった。


「……えぇい、後でやっておく!」


 表情を歪め、苦々しい台詞を吐き捨てると八咫は身をひるがえしてするりと消えた。


 頼んだわよー、お願いねー、と手を振り振り、夕緋は笑顔で八咫を見送った。

 邪悪の男神に雨漏りの修理を半ば無理やりに「お願い」をして。


 八咫の気配が消えると、夕緋は空を振り仰いで憂鬱ゆううつなため息をついた。

 憂い思うのはもちろん三月のことだ。


「ふぅ……。三月、私の知らないところで何をしているの? ようやくプロポーズしてくれたと思ったら、よくわからないものを心にくっつけて、こんな所にやって来て怪しい女たちと密会なんかして。会社の飲み会だなんて大嘘じゃない……」


 口を尖らせて不満げに言う表情は、怒り半分悲しさ半分。

 現地の宗司に根回しをしていたり、位置情報の発信器を忍ばせていたり、完全に三月の言葉を信じていた訳ではないが、裏切られればやはり心は痛む。


「あんまり私を不安にさせないでね。三月にだけはひどいことをしたくないの」


 しかし、夕緋の口には笑みが浮かぶ。

 嘘をつかれたからと、三月にすぐさま憎悪を向けるほど夕緋の愛情は浅くない。


 何をしているのか気にはなるものの、三月が自分の手中に収まると信じている。

 夕緋の自信はこの程度では揺るがない。


「さて、三月も帰るみたいだし私も帰ろうかな。こんなところにいるのがばれたら大変だし、今日も三月の晩ご飯つくってあげなくっちゃ」


 両手を上に伸ばし、んーっと背伸びすると、夕緋は気持ちを切り替えて明るい声をあげた。

 すぅーっと大きく息を吸い込み、形の良い二つの半球を備えた胸を膨らませる。

 その瞬間、信じられないことが起きた。


 ひゅんっ!


 夕緋の身体は重力の制約を脱して宙に浮き、弾かれたみたいに凄まじいスピードで空へと飛び上がっていった。

 消えたかと思うほどの急上昇である。

 真上を真っ直ぐと向き、ごく短い時間で航空機の飛行する高度よりもさらに高い成層圏せいそうけんにまで達した。


 その最中、背後に巨大な黒龍の姿を顕現させる。

 瞬時に地上を飛び立ち、龍と共に空を駆ける。


 これこそが夕緋が神出鬼没である理由であった。

 流れ星が水平に飛ぶように、夕緋と龍は三月の帰る方角へと遠ざかっていった。


「はぁーっ、いい天気っ! 今日も一日、頑張ろうっと!」


 青から黒に変わる星と宇宙の境界線を眺め、高高度の空からさらなる天空の太陽を見上げた。

 並の人間なら生存不可能な低い気温と酸素濃度の中、地上と平行してぴんと背筋を伸ばした格好で空を飛び、夕緋は微笑んでいる。


 渇望する強き願いを胸に、自らが選んだ運命を突き進む。

 霊感が強い、怪異を払える、そんな程度の力の次元ではない。

 女神が直々に最高の才覚と銘打つ神通力は、人知を遙かに超えた域に在る。


 子供の頃に三月が悪気なく揶揄やゆした、七不思議殺しの女に収まるほど今の夕緋は生易しくはなかった。


 八咫とフィニスを従え、黄龍の力を御する彼女は何人なんぴとにも止められない。

 神水流夕緋は、果たして三月にとっての、「何者」なのであろうか。

 ただただ、彼女の想いはひたむきで、純粋そのものであった。


──うふふっ、三月は私のものよ。八咫にもフィニスにも、誰にも邪魔はさせない。私の一生を掛けて、大事に大事にお世話をしてあげる。だから三月、ずっと一緒に暮らしていこっ。仲睦まじくて、最高に幸せな夫婦になろうね。


 ここは夕緋の望む世界。

 三月との愛を結実させられる理想の世界。

 夕緋自身の願いを叶えられる希望に満ち満ちた世界。


 後はこの手につかむだけ。

 余計な変化など、必要はない。



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