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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第223話 逃避行の峠道

「三月っ、もっと速く走るんだ! 今の三月なら全力疾走しても、かなりの時間を持たせられるはずだよっ!」


 三月と並走する雛月は必死の形相で叫んだ。

 この山間の峠道を越えさえすれば、宗司の居る仮設住宅地はもう目の前だ。


 ただ、三月の走る速度が少しずつ落ちてきている。

 今の状態の三月なら良好な体調と瞬発力を持続させ、多少後先を考えずに走っても問題はないだろう。


「ん、ああいや、体力は問題なさそうなんだけど、そのな……」


 三月は雛月のほうを見ながら歯切れ悪くごにょごにょと口ごもる。


 魔物を振り切り、余裕が出てきた今頃に湧いた気掛かりがあったからだ。

 何事かと問い詰めると、雛月は大声をあげて驚いたものであった。


「はぁっ!? あんまり速く走ると一緒に走ってるぼくのスカートがまくれ上がるのが気になってしょうがないだってぇ!?」


 逃げるのに精一杯のこの状況、雛月だって見た目なんて気にせず手と足を大きく振って走っている。

 スカート姿なのだから、脚を上げればまくれ上がるのは当たり前であった。


 健康的な白い脚が、いちいちプリーツスカートの裾からちらちら覗いている。

 三月の目線からは見えないが、周りから雛月が見えるのなら大変に丸見えな光景になってしまっているだろう。


「馬鹿っ! 三月の大馬鹿っ! この生きるか死ぬかの瀬戸際に何を馬鹿なことを言ってるんだい! スカートなんて気にしてる場合じゃないだろっ、馬鹿っ!」


「そう馬鹿馬鹿言うなよ……。俺にとっては重要なことなんだ」


 怒鳴る雛月の顔が真っ赤なのは羞恥ではなく呆れた怒りのせいだ。

 普段は色仕掛けで三月を誘惑するが、時と場合はちゃんと選ぶようである。


 珍しくかんかんに怒っている雛月をよそに、三月は至って落ち着いていた。

 息切れもせず余裕が出てきたのはいいとして、こんな時に呑気なものであった。

 思い出しているのは快活な朝陽の元気な姿だ。


「膝を出したほうが可愛いからって、朝陽はスカートを折って短くするのが好きだったんだよ。風が吹く度にそりゃはらはらさせられてたもんだ」


「うーん、ぼくの姿は思い出の写真の容姿で固定されてるからね。夕緋と違って、朝陽にはちょっと派手目なところもあったよ、確かにね……」


 三月が思い出せば雛月も思い出す。

 やけにしみじみ言われたものだから、雛月も調子を合わせてしまった。

 朝陽が無邪気に走り回っては短めのスカートから下着が見えそうになり、三月はよく周りの目を心配していたものである。


「はしたないからよすように注意はしてたんだけどなぁ。まさか、それが雛月の服の特徴に現れるなんて、目のやり場に困っちまうだろうが……」


「ああもうっ、三月のそういう変に真面目なところ本当に面倒くさいっ! そんなだから、朝陽に三月ちゃんは口うるさいって煙たがられてたんじゃないか!」


「しょうがないだろ、こういう性分なんだ。そんな訳なんで、雛月も行儀良く早めで走ってくれると助かる」


「無茶言うなっ! 勝手にぼくの脚線美でも眺めてろっ!」


 がーっと怒り散らす雛月は三月の言い分など気にせず、なお大股開きで前へ前へと速さを増す。

 握り合う手に力がこもり、熱い体温が伝わったみたいだった。


 朝陽から好意を向けられていたのは間違いないと思うが、三月の苦言によく耳を痛そうにしていた記憶は未だに鮮明だ。

 隣を走る一生懸命な雛月の顔とは似ても似つかないが、三月は微苦笑を浮かべてまた思い出の一幕を思い出すのであった。

 そうして騒々しくアスファルトの峠道をひた走っていると。


「ちっ……! やはりまだ逃がしてはくれないか……!」


 何かを感じ取り、雛月は表情を歪めて呟いた。


 その瞬間、二人を照らす僅かな月明かりが途切れ、大きな影が地面をよぎった。

 頭上を何かが飛行し、三月と雛月の前方へと滑り込むように着地する。

 硬い道路の表面を鋭い鉤爪で抉り、降りてきたものは巨体を反転させて三月たちの前に立ち塞がった。


「うわっ?! こ、こいつは……!」


 三月は前につんのめりながら足を止めて驚いた。


 暗い夜道に追っ手の魔物が空から現れた。

 大型の獣の四本の足が地を掻いていて、背の翼を広げれば二車線の道路は完全に封鎖されて先が見えないほどだ。

 鷲の上半身と翼、獅子の下半身を持つ、空想の魔獣、グリフォンであった。


 しかし、大きい。

 本物など見たことはないが、胴のベースになっているとされる、ライオンの体長2メートルよりも三倍以上は巨大だった。


 暗がりに光る猛禽の目が三月を捉え、この先へと逃れるのを許さじとする。

 見るからに明らかな強敵の登場だが、それだけでは済まない。


「三月、危ないッ! 避けてっ……!」


 雛月の必死な叫びが聞こえたかと思うと、後ろから真っ赤な光がやってくる。

 赤いヘッドライトの自動車が急接近してきたのかと思った。


「うぐっ! あ、熱っちぃ……!」


 咄嗟とっさに横へ倒れ込むみたいに転がると、つい今まで三月が居た空間を燃え盛る炎が凄まじい勢いで通っていった。

 同時に顔を背けるほどの熱風が吹き荒れる。


 慌てて起き上がり、炎が放たれてきた後方を見やった。

 アスファルトの道路に走った火の筋の先、猛獣の赤い目が光っている。

 四足歩行の姿勢でそこに佇んでいたのは、こちらも巨大な犬であった。


 ジャーマンシェパード、ベルジリアンマリノアに近似する犬種で、全身が黒い毛で覆われている。

 一目に普通の犬ではないとわかるのが、背筋から尾、足先にごうごうと燃える炎を纏っているところだ。


 地獄の猟犬りょうけん、ヘルハウンドである。

 硬い地面を爪でチャッチャッと掻き、ゆっくりとこちらに迫ってくる。


「くそっ、挟み撃ちって訳か……!」


 前後を見回し、三月は苦々しく言った。


 進行方向の前方はグリフォン、後方はヘルハウンドに塞がれた。

 しかも挟撃された場所が悪い。


 左手はガードレールを挟んで深い谷で、底は岩が剥き出しの沢になっている。

 右手は急斜面の山で、鬱蒼とした木の森となっていて上れそうにない。

 前にも後ろにも、左右にも逃げ道のない大ピンチである。


「ほら見たことかっ! 三月がぼくのスカートに気を取られてぐずぐずしてるから追いつかれてしまった!」


 顔を真っ赤にして怒る雛月だが、その表情は悲壮なものだった。

 もう少しで逃げ切れるというところで絶体絶命の危機にさらされ、焦りと悔しさで顔をいっぱいにしている。


「悪かったって……。だけど、こいつらは他の奴らとは違う……! どっちにしろこのまま逃がしてはくれなかったさ……!」


 但し、三月には何となくわかっていた。

 地平の加護が微弱ながらも活動しているなら、一度は補足した敵の記憶は明確に思い出すことができる。


 このグリフォンとヘルハウンドには覚えがあった。

 正確にはこの魔物たちの核となっている魂に、である。


「……うん、多分ね」


 精神を共にする雛月も、三月の思うことを察して不安げに顔をしかめた。


 町の中心で襲ってきたゴブリンやらオークやらの雑魚とは違う。

 いや、それを言うならグリフォン種、ヘルハウンド種の魔物の中でもこの二体は種の一線を画する特殊個体であろう。

 三月は背筋に冷たいものを感じながら言った。


「こいつらは、あいつらと同じなんだ……! パンドラの地下迷宮を狂わせた伝説の魔物……。異界いかい神獣しんじゅうだ……!」


 今は亡きアシュレイの遺言が示した、異変後のパンドラの地下迷宮に巣くう強力無比な魔物たち。

 その名を異界の神獣という。


 身体を構成する肉体は迷宮の異世界のものだが、魂は別世界から来ている。

 地平の加護が記録している異界の神獣は二体である。


 勇者のミヅキがダンジョンで初遭遇した炎竜、レッドドラゴン。

 そして、激闘の末に撃破した雪男の異名、ミスリルゴーレム。

 さらにアシュレイは雪男のことを精霊の意思を通じ、饕餮とうてつ戟雷げきらいが真の名であると告げていた。


 強襲してきたグリフォンとヘルハウンドからも同じ気配を感じる。

 照合の結果、地平の加護はこの二体も異界の神獣だと断じた。


──こいつらからはシキの感じもする……。どうにもあのミスリルゴーレムは八咫やたの手下っぽかった。じゃあこの二体もそうなのか……? まさか、八咫のシキ……? アイアノアとエルトゥリンもいないってのに、あんなに強い魔物を二体も相手にして、今の俺に落ち目は無い……!


 二体の殺意に挟まれ、三月は全身に脂汗が噴き出すほど戦慄していた。

 もう少しで人里が見えてくるはずなのに、それを目前にして命運が尽きてしまうのかと絶望に頭がくらくらしてくる。

 三月の焦燥を感じ取り、雛月も沈痛な声で言った。


「どうするんだい、三月……? 思ってる通りさ。残念だけどシキ級のこんな奴らとは戦いにならない。力の差があり過ぎてどうにもできないよ……」


 地平の加護が万全ならもっとやりようもあるかもしれない。

 機能不全な自分の脆弱さを正確に理解する雛月から弱音が漏れていた。

 泣き出しそうな頼りない顔は、何だか在りし日の朝陽を思い出させた。


「またぼくの顔見て笑ってる……! こんなときなのに、もう三月は……」


「ああいや、すまん」


 自然と零れた笑顔を雛月にまた怒られてしまった。

 しかし、三月の笑みはまだ希望が残されている証拠でもある。

 強大な魔物の挟み撃ちに恐怖し、もしかしたらここで死ぬ可能性があると絶望を感じたが、心底から諦めている訳ではない。


「一か八かだけど試してみたいことがある。地平の加護の力と、ここが俺の生まれ育った場所なら、もしかしたら願いを届かせられるかもしれない……!」


 不完全だろうが、地平の加護を使えるのなら三月には考えがあった。

 雛月と再会し、何とかなりそうな気がしたのは本当に気のせいではない。

 三月は地平の加護を、雛月を信頼している。


 グリフォンは退路を抑えたまま微動だにせず、ヘルハウンドは油断なくゆっくりと距離を詰めてきていた。

 放たれた猟鳥と猟犬はここで三月を仕留めるつもりである。


「三月、凄いっ! それは名案だよ! うん、できるかもしれない!」


「雛月、任せた! 今度こそ雛月だけが頼りだ!」


 任されたよ、と明るい顔をした雛月は力強く頷いた。

 三月の考えを理解し、即座に指示を実行に移す。


 その場に両膝をついて跪くと、両手を組んで祈りを捧げる所作をする。

 瞳を閉じて真剣な表情で願掛けをする雛月は、またも朝陽と重なって見えた。


 地平の加護の付与能力と、三月の信じる気持ちが強ければ願いは届く。

 僅かながらの黄龍氣が光って集まり、雛月は効験を発動させた。


「対象選択・《敗北の眠り中の日和》・効験付与・《仮初かりそめの目覚め》」


 地平の加護の力が足りないのなら他から借りればいい。

 付与対象に選んだのは、哀れにも眠りについている大地の女神である。


 存在するかどうかも不明な概念を付与対象に選ぶのは無理だが、居ることを確かめた日和ならば三月次第で効験を届かせることは可能だ。

 望むのも完全な覚醒ではなく、一時の目覚めなら無理なく筋が通る。


 それを表すかのように、瞬時に辺りに漂う空気が変わった。

 ぴりぴりと大気が張り詰め、急に風が吹き始めて山の木々を揺らし出した。

 息がしにくくなった感覚を覚え、三月はごくりと喉を鳴らす。


 緊迫した気配は魔物にも伝わっていた。

 グリフォンは翼を折りたたみ、鷲が警戒する時のキィキィ鳴く声で威嚇する。

 ヘルハウンドは歩みを止め、身を低くして唸り声をあげている。

 その聖なる声は、暗い道路に静かに響いたのだ。


「──私を呼ぶのは誰じゃ? 我が神名しんめい合歓木日和ノ神(ねむのきひよりのかみ)を呼ぶのは誰じゃ?」


 聞き覚えのある声が聞けて、三月と雛月は笑顔を向き合わせて同時に頷いた。

 願いは通じた。

 大地の女神はつかの間に目覚める。



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