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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第216話 敵

「俺、大事なことなのに神様の世界の事情を、二人に黙ってた……」


 三月は懺悔(ざんげ)を始めた。

 異世界の仲間たちにさらなる異世界の秘密を黙っていたこと。

 すべてを打ち明けなかったのを今更ながら後悔した。


「アイアノアが魔力切れを起こしたのは俺のせいでもあるんだ。神様の世界の力を使えば、アイアノアに重い負荷を掛けてしまう……。知らなかったとはいえ、アイアノアを危険な目に遭わせてしまった。だから、ごめん……」


 地平の加護と太陽の加護の仕様、と言ってしまえばそれまでだが、いつかのダンジョン探索の際に味わった苦い経験を思い出す。


 神々の異世界の力を行使する三月に呼応し、太陽の加護が真の力を解放した。

 太極を現す形態は、殊更にアイアノアの魔力を吸い出したのである。

 魔力切れを起こして体調不良に陥るほどに。


「エルトゥリン、すまなかった……。いつか、君の大事なお姉さんに魔力を使わせ過ぎてしまったのは、俺が自分の力に無知だったからなんだ……」


 少し離れた位置に立つエルトゥリンに向かって頭を下げた。


 神々の異世界の事情を伏せるため、何故アイアノアが倒れる憂き目に遭ったのかをエルトゥリンは知らなかったはずだ。

 本当の原因が三月にあったとなれば、大切に想う姉に危害を加えられたも同然で、怒りを買ってしまっても仕方がない。


──こんなに面目ない気持ちになるくらいなら、初めから言っておけば良かった。二人を仲間だと思うんなら、どんなことでも腹を割って相談するべきだったんだ。そうすればこんなわだかまりを感じずに済んだのに……。


 三月の心情の吐露(とろ)に、アイアノアもエルトゥリンも黙っていた。

 幻想の宇宙の下、少しの間の沈黙が三人を包み込む。


 と、しょんぼりとしている三月の顔を見つめていたアイアノアは、ため息交じりに微笑すると首をゆっくり横に振った。


「ミヅキ様、私もエルトゥリンもそのようなことを気にしてなどおりません」


 そして、三月の感じていた暗い気持ちは杞憂(きゆう)であることを告げた。

 彼女らは三月の人となりを理解している。

 話し合い、わかり合うということを心得ていた。


「お聞き下さいまし、ミヅキ様。物事には語るべき時期というものがございます。充分な知識と経験を備え、満を持した心構えが無ければいくら言葉で聞かされても本当には理解できず、真意に気付けるものではないのです」


 静かな諭す口調に、三月は呆気にとられつつ顔を上げた。

 アイアノアの柔らかな笑顔が目に飛び込んできて、思わずドキッとしてしまう。

 慈愛に満ちたその表情は、悪さをして謝る子供に接する優しい母のようだった。


「こうして覚悟を決められ、因縁のこの地へ赴いた今のミヅキ様が正にそうです」


「今の、俺……?」


「はい。ミヅキ様はお辛い過去に向き合われ、希望の未来へと歩みを始める勇気を取り戻されました。その灯火をお心にともされたミヅキ様だからこそ、私たちが明かしているとりとめもないはちゃめちゃな事柄をご理解なさっているのです」


「うむぅ、それは確かに……」


 アイアノアの言葉に、三月は唸って納得させられる。

 何も知らないまっさらな頭では、この尋常ならぬ情報量の話は理解できない。

 荒唐無稽こうとうむけいで馬鹿馬鹿しい絵空事そのものである。


 しかし、三月はここに至り、すべてに落ちることができている。


「覚えておられますか? フィニス様を追う隠し事をミヅキ様はお気づきになられていたのに、私たちの事情を鑑みて追求なさらなかったことを」


 アイアノアとエルトゥリン、エルフたちはパンドラの地下迷宮踏破の使命の他、族長たるイニトゥムから密命を帯び、それをひた隠していた。

 亜人戦争来のテロリスト、戦乱の魔女フィニスの捕縛、又は討伐の任である。


「言えずにいた事情を理解してくれたうえ、新しく生きる道までをもお示し下さりました。あれで、どれだけ私の心は救われたものでしょうか……」


 アイアノアは両手を胸にやり、目を閉じると安らかな息を吐いた。

 忌み嫌われたフィニスの肉親であるアイアノアとエルトゥリンは、同族から憎悪を向けられる対象となった。

 そのせいで灰色の百年間を過ごす羽目になる。

 フィニスとの続柄つづきがらを明かし、三月に嫌悪されて怖がられるのを避けたかった。


 三月はそんな閉塞した二人の運命に精一杯の道を示した。

 使命が終わったら、一緒に冒険者になって世界を回ろう、と。

 黙っていたエルトゥリンも、素敵な笑みを浮かべて言った。


「ミヅキが自分で言ったことよ。何でもかんでも腹の内を明かさなければ仲間でいられないなんてことはない。誰にでも言いたくない事の一つや二つはある、って」


 ただでさえ犬猿の仲の人間とエルフの組み合わせのうえ、腹の内に隠し事を抱えたままでは仲間で居続けるのは困難だと彼女は考えていた。

 ただ、三月は心塞ぐエルトゥリンを、利害が一致していて意思疎通ができているなら問題無いと一笑に伏した。

 何もかもわかり合えなくとも、互いを尊重して良好な関係を築くことはできる。


 言われて思い出した自分の考えが、何だか気恥ずかしくて苦笑いが浮かぶ。

 あの時は二人とうまくやっていこうと必死に元気づけようとしたが、今度は逆に自分が元気づけられてしまった。


 アイアノアはそんな三月に輝かしいばかりの微笑みを送る。

 だから三月も彼女たちの優しさを素直に受け取ることができたのだった。


「そのような必要は全くありませんが、もしもミヅキ様が後ろめたさのようなものを感じられていたのならば、──おあいこですね。これで帳消しに致しましょう」


「アイアノア、エルトゥリン……。わかった、ありがとう……!」


 暗く沈んでいた三月の顔に笑みが戻った。

 無邪気な笑顔で安堵する三月を見て、アイアノアは薄く頬を赤くする。

 どこかうっとりとした目をして、聞こえないくらいの声でこそりと呟いた。


「本当、ミヅキ様ったら律儀りちぎな御方。そんなところが素敵なのですけれど……」



神巫女町かみみこちょうを滅ぼす者


「ミヅキ様の故郷、神巫女町が何故このような滅びを与えられたのか」


 ほのぼのとした雰囲気とは打って変わり、アイアノアの顔は再び引き締まる。

 二つの異世界の話を経て、いよいよと三月の物語の核心へと迫っていく。

 緊張感に顔が強ばるのが自分でもわかった。


 大きく分けられた三つの使命の内の最後の一つ。

 神巫女町大災害かみみこちょうだいさいがいの真相の解明。


「もうお気づきになっておられますね? この地を襲った大災害はただの偶然でも避け得られぬ災難だった訳でもありません。直接的な要因は破壊神の神威であったのは間違いありませんが、それが全てではございません」


「……何だって」


 アイアノアが放つ静かな言葉に絶句してしまう。

 超自然が無情に奮った猛威でもなく、破壊神夜宵の超常たる鉄槌てっついが全てでもないとなれば、故郷を襲ったあれはいったい何だったというのか。


 にわかに心がざわつき、考えれば考えるほど正気を保てる自信が無くなる。

 荒れる感情の濁流に押し流されまいと堪え、トラウマと戦って立ち続ける。

 真剣な表情のまま、その様子を見つめるアイアノアは三月が心の傷を克服できることを切に願っていた。


「ミヅキ様は神巫女町に災いが降りかかった理由を知らねばなりません。お辛いとは思いますが、非業の運命をお変えになりたいと願うならば、決して目を背けてはなりません。負けないで下さいまし、ミヅキ様……」


「大丈夫だ、アイアノア……。遠慮無しに続けてくれ……!」


 やせ我慢ににやりと笑い、脂汗を浮かべつつ三月は言ってのける。

 きついことに変わりはないが、もう真実に近付く覚悟は出来ている。

 アイアノアも三月の意思を受け取り、大きく頷くとその事実を告げた。


「この恐るべき滅びの背後には、黒幕となる者がいるのです」


「……っ!」


 それは、虚を突かれた衝撃だったようにも、あらかじめ予想していた結果の確認のようにも感じた。

 全部を偶然で片付けるのは不自然が過ぎるし、単純におかしくなった神様の蛮行ばんこうだと考えるのも何かすっきりしなかった。


 だから、どこかに悪者が居て悪巧みをしている。

 そんな風に考えていた。


 半ば思っていた通りだったのに、身体と心はがくがく、ぐらぐらと震えていた。

 信じられなかった。

 あんな酷いことを望んで起こそうとする奴が居るなどと。


 倒れまいと懸命に足を踏ん張り、アイアノアの声の続きに耳を傾ける。


「何故、この町は破滅の憂き目に遭ってしまったのか。誰がこのような惨状をもたらす運命を招き寄せたのか。破滅した先の世界にいったい何を願っていたのか」


 何者がこんな破滅を引き起こす手引きをしたのだろうか。

 太古の神巫女町の地と人々に恨みを持つ、悪神八咫(やた)の仕業だろうか。

 遙かな時を跨ぎ、今になって復讐を開始したのではないか。

 まかり間違って、異世界のフィニスが絡んでいる可能性は無いだろうか。

 パンドラの地下迷宮を震撼させた、大地震を伴う異変が関わってはいないか。


 それとも災害時に目撃した正体不明の黒い龍が何かをしたのではないか。

 思いつくだけの悪者に想像を巡らせる。

 但し、どれにも確たる証は見出せない。

 

──わからない……。誰が何のためにこんな酷いことを望んだっていうんだ……。アイアノアとエルトゥリンは知ってるんだろうか。災害を引き起こした張本人と、こんなことをしでかしやがった訳を……!


 そんな暴挙は許せない。

 どうあっても許容できるものではない。


 揺れる感情に瞳を震わせ、縋りつく思いでアイアノアを見つめる。

 そんな三月の必死な顔に視線を返しながら、彼女はゆっくり首を横に振った。


「……残念ながら私もエルトゥリンも、その者が何を考え、何を望んでいたのかはわかりません。ですが、明らかにミヅキ様の成そうとする使命とは相反する意思であるのは疑いようもありません。取り返しのつかない破壊が呼び込まれ、ミヅキ様の大切なものがすべて奪われることとなるのですから……」


 アイアノアにもエルトゥリンにも、破壊の首謀者の意図はわからない。

 肝心なところが不明で、三月はがっかりと肩を落としてしまう。


 しかし──。

 はっきりとしたことがあった。


 黒幕の願いは三月の願いとは真逆。

 何を考え、何が目的だったのかなど関係ない。

 端から知ったことではない。


 一切合切いっさいがっさいの、かけがえない大切なものを奪った奴を断じて許せるものか。

 わなわなと握りしめた両拳りょうこぶしを揺らし、三月は言った。


「やっぱりそうなんだな……。敵が、居るんだな……!」


「──はい、敵です。破壊神夜宵の他に、元凶となりし敵が存在するのです」


 三月の言葉に、アイアノアもきっぱり答えた。

 敵は破壊神だけにあらず、夜宵以外に破滅に関与した元凶が存在する。


 ──三月の敵。

 パンドラの地下迷宮で偶発的に遭遇する魔物とは違う。

 勝敗を競う天神回戦の試合相手とも違う。


 三月が叶えようとする願いに対して、明確な敵意を持って行く手を阻む。

 こちらにその気がなくとも、向こうは戦いを仕掛けてくる。

 すべての使命を遂行しようとするなら、あらゆる衝突は避けられない。


「闇に潜んで暗躍する敵の悪しき願いを打ち砕き、神巫女町大災害の真相に至って下さいまし。すべてを解き明かした時、ミヅキ様は真に戦う意味を知るでしょう」


 大きなくくりの三つ目の使命は災害の真相の究明。

 そして、破壊をもたらした黒幕との敢然かんぜんとした対決である。

 真実を追い、敵と戦い、多くの使命の果てに願いを叶える。


「パンドラの地下迷宮を狂わせ、天神回戦の秩序と均衡を傾け、天之市神巫女町に破滅を導き、ミヅキ様の人生を滅茶苦茶にした敵……!」


 アイアノアはとうとう口にしようとする。

 三月の物語の最後に立ちはだかる名状めいじょうしがたい因果の敵、その名を。


 八咫でもない。

 フィニスでもない。

 それでは果たして。


「三つの世界の数多の運命を巻き込み、滅ぼす、災禍の力の根源。元凶と目されるミヅキ様の敵とは──」


 敵の名がアイアノアによって明かされるその瞬間だった。

 三人が交わす言葉の座の上空、世界概念の加護が織りなす宇宙の空間に。

 星空全体を寸断するほどの巨大な亀裂が、稲光が輝くが如くに走り抜けた。


 ビシィッ……!! ビシィィィッ……!!


 力尽くで空間を引き裂き、耳をつんざくばかりの大きな音が響かせる。

 すべてを揺るがす凄まじい衝撃が空間中に走り抜けた。


「きゃあっ……!」


「うわあっ! な、なんだぁっ!?」


 核心に触れようとした言葉は遮られ、アイアノアは悲鳴をあげて座り込む。

 三月もあまりの揺れに立っていられず、後ろ向きに転倒してしまった。


「駄目っ、間に合わなかった……!」


 かろうじて立ったままのエルトゥリンの顔は苦々しく歪んだ。

 彼らの足下、一面の白い大地が氷原にひび割れが走るみたいに砕けていく。


 太陽が、月が、数多の星々が光を失い、記憶を映していた虹色の魔石と共に眩く走った裂け目に消えていく。

 何が起こっているのか、崩壊は瞬く間に概念空間全体へと及んでいった。


「ミヅキッ、姉様ッ! これは敵襲よっ! 私たちは攻撃を受けているっ!」


 迫り来るただならぬ気配を感じ取り、エルトゥリンは叫んだ。

 流氷さながらに分断されていく白い大地を這いながら三月は顔を上げる。

 エルトゥリンを見やるアイアノアの顔は驚愕に真っ青であった。


「こ、攻撃だって……!? いったい、何が……!?」


「そ、そんな!? この概念空間は外部からは不干渉のはずっ! 時の流れだって限りなく緩やかなはずなのにっ……!」


 悲鳴にも似たアイアノアの声に、エルトゥリンは苛立たしげに言い放った。


「──それだけ敵の動きが速かったってことよ!」


 心象の空間に居る間は時間が停止しているに等しい。

 これだけ長く語らいの時を過ごしたが、現実時間は数分と経っていない。


 アイアノアがクレーター湖に世界を隔てて現れた瞬間から、敵は即座に勘付き、迷いなき迅速な妨害行動を開始していたのである。


 しかも、心象空間は三人の意識下にのみ存在する世界なのだから、外から影響を与えることは不可能なはずであった。

 それなのに全部お構いなしで、無理やりに閉じた扉をこじ開けようとしている。


 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァンッ……!!


 星空全体を覆っていた見えないガラスが粉砕したようだった。

 けたたましい破砕音を轟かせ、何も無いはずの空間の壁が大きく破られた。


 何か巨大な物が世界の外郭に衝突してきて、激しい勢いはそのままに三月たちの居る内部へと突っ込んでくる。

 飛び込んできた恐るべき存在を、三月は否応なしに目の当たりにするのだった。



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