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第214話 異世界完全攻略法 ~迷宮の異世界編~

■迷宮の異世界、物語の因子


記憶の書庫(メモリーアーカイブ)、思い出の欠片石かけらいし再構築リビルド。──起動スタート


 顔に光の線を浮かべ、アイアノアは小声で呟くみたいに言った。


 おおよそ彼女が口にしそうにない外国の単語が、流暢りゅうちょうな発音で滑り出る。

 すると、三月、アイアノアとエルトゥリンを取り囲み、何も無かった空間に虹色の角張った物体が複数出現した。

 正八面体に近いそれらは空中に浮いてくるくると等速回転している。


「これらは記録の魔石です。地平の加護だけでなく、この心象空間を共有している私とエルトゥリンの加護が集積した情報が詰まっております。使用の目的は情報を精査して、ミヅキ様の物語を正しく進めることにあります」


「あ、ああ、知ってる。雛月と、あっいや、地平の加護といつもやってる……」


 頭真っ白に答える三月に、それは何より、と満足げにアイアノアは頷いた。

 思い出の欠片石と呼ばれた浮遊する魔石は、記憶を映し出す媒体だ。

 三月たちの周囲の多面体が、迷宮の異世界の映像を流し始める。


「では、ミヅキ様。まずは迷宮の異世界、パンドラの地下迷宮を往く世界の因子を集めるため、辿るべき筋道の程を僭越せんえつながら指南させて頂きます」


「わかった。よろしく頼むよ」


 矢継ぎ早に進む状況に置いてきぼり感は否めないが、三月は怖々(こわごわ)と答えた。

 但し、そうして安請け合い気味に先を促したことを後悔もした。

 後でそれらを精査して、行動指針に組み込むのは三月と雛月の仕事だ。


 願いを叶えるため、必要不可欠ではあったものの。

 アイアノアより順々に繰り出される手引きは膨大を極める情報量だった。

 本当に冗談抜きで、物語のラストシーンまでを見越した懇切こんせつ丁寧なアドバイスの数々であったのだ。


「パンドラの地下迷宮の踏破のため、まずはトリスの街との親交をお深めになってください。彼の街と住人の方々は、伝説のダンジョンと強い結び付きがあります」


 パンドラの地下迷宮が大口を開ける山岳地帯のふもと、ダンジョンに関わる仕事を生業なりわいにして発展した街があった。


 街の名はトリスという。

 トリスの街の人々との関係が良好であれば、ダンジョン攻略が円滑に進められるのは間違いのない話だ。


「パメラさん、キッキさんとの縁を育み下さいまし。お二人はミヅキ様の命の恩人なばかりか、パンドラを往くミヅキ様を導いて下さる存在でもあります」


 最初に触れたのは、街で飲食店兼宿屋を営んでいる獣人の親娘、パメラとキッキのことだった。

 街とダンジョンを襲った天災、通称パンドラの異変後、二人はダンジョンの外の森で行き倒れている勇者のミヅキを保護し、介抱してくれた経緯を持つ。

 拾われたミヅキは記憶喪失だったそうで、未だにその辺りは不明のままだ。


「特にパメラさんは、パンドラの地下迷宮を最も深く潜った冒険者のお一人です。パメラさんがそこで何を見たのか、何をダンジョンから授かったのかはミヅキ様に無関係なことではありません。是非に、お話を伺ってみて下さいまし」


 化け猫パメラ──。

 とは冒険者時代のパメラが持つ凄腕たる所以ゆえんの異名である。


 前人未踏の地下世界で、獣人の彼女が確かめたのは果たして何だったのか。

 ただ、進む道は示してくれるものの、実際に行動を起こして情報集めに奔走するのは三月に一任するあたり、アイアノアも雛月と似たところがあるようだ。

 多分、仕方がないのだろうが、これには思わず苦笑してしまう。


「今は亡きアシュレイさんの生き様であり、パメラさんとの種族間を越えた愛の絆はミヅキ様がこれから辿る運命そのものです。先人の遺した道を尊び下さいまし」


 キッキの父、パメラの夫のアシュレイは、故人となった今でも重要な人物のようである。

 異種族同士の恋愛が禁忌とされている世界で、人間と獣人との間で愛情を貫き通し、排他的な気風をはねのけた希望の一例であるから。


「アシュレイ様は素敵な心持ちの御方でした。ミヅキ様にもそのお気持ちはとてもよくわかって頂けると思います。で、ですので、あのその……」


 何か言いたげなアイアノアだが、言葉尻はもにょもにょと口籠もってしまう。


 気になったのは、もじもじと手を揉み揉み、俯いたアイアノアの顔がほんのりと赤く染まっていたことだ。

 何かを恥ずかしがっている様子だった。


 アイアノアだけでなく、エルトゥリンまでも黙ったまま赤らめた顔で気まずそうにしていた。

 今の三月にその理由はわかるはずもない。

 気に留める暇は無く、アイアノアはいそいそと先を進めていく。


「ギルダー様、ガストン様、ゴージィ様たちとの縁をお大事に」


 次に言及されたのは、トリスの街の営為の要たる三人のキーマンについてだ。

 どうしてアイアノアがそんなことまでを知っているのか問うのは愚問だろう。

 雛月が色々な事実に通じているのと同じかもしれない。

 今の彼女には、何故もまさかもありはしない。


「商工会会頭を務められているギルダー様は商い事を牛耳ぎゅうじるだけでなく、街の方々にも広く顔の利く方です。ギルダー様のお悩みを解決して、良好な関係を築ければ必ずやミヅキ様の力になって下さるでしょう。そのうえ、ギルダー様と結ばれた絆はやがてトリスの街全体を救う希望の道へと繋がるのです」


 見るからにわかりやすくライオンの顔をした獣人の大男、ギルダー。

 パメラに多額の借金を負わせて返済を迫り、店舗と権利、親娘の身柄を手に入れようとしていた悪漢。

 ではなく、パンドラの異変で困っていたパメラを助けるために出資をして、支援を惜しまなかった彼は実は好漢。


 街の家なきハーフの子供たちを集め、衣食住と職を与えている人格者でもある。

 ギルダーの立場を考えると、彼との団結は今後トリスの街で過ごしていくうえでとても重要な意味を持つだろう。


「王家とゆかりの深い領主に仕え、大勢の兵を束ねるガストン様は、自らと部下の命を救ってくれたミヅキ様に大変協力的な方です。人間の身でありながら、種族間のいさかいを憂う善き人徳を秘められています。そんなガストン様が率いられる兵士の方々個々の力は小さいですが、魔と相対した時にきっとその大勢の力は頼れるものとなるでしょう」


 トリスの街の衛兵の上役でもあるガストンは、パンドラの地下迷宮に迷い込んだキッキ共々、異世界に迷い込んだ三月が初めて人助けをした相手でもある。

 命の恩人だと思う他に、規格外の付与魔法を使う三月を相当高く評価している。


 亜人に毛嫌いされている人間の一人だが、尊敬する冒険者のアシュレイとパメラの絆を目の当たりにし、異種族間の関わりに理解を示した貴重な人物であった。

 彼とその部下たちの助力を請う時がいつか来るのかもしれない。


「ゴージィ様は古き歴史を知る生き証人のお一人です。よわい三百歳を越えておられるゴージィ様なら忌まわしき百年前の騒乱についてもお詳しいはずです。豊富な知識を頼るのもそうですが、トリスの街一番の鍛冶職人の腕前はきっとミヅキ様の助けとなってくれます」


 老齢なるドワーフの戦士にして鍛冶職人、ゴージィ。

 年齢からして、百年前の亜人戦争に何らかの形で関わっている可能性は高い。

 冒険者としての腕も一流で、かつては全盛期のパメラともパーティを組んでいたそうだ。


 もしかしたら、パンドラの地下迷宮を奥まで潜った際にも行動を共にしていた可能性だって充分ある。

 ゴージィの話を聞いてみる価値は高そうである。

 鍛冶職人の技術と経歴にもお世話になることがきっとあるだろう。


「まだ見ぬトリスの街の領主様との関わりに重きを置いてください。イシュタール王国とパンドラの地下迷宮には切っても切れない因果があるのです」


 トリスの街も当然王国の自治体であり、政治を行う役人たちが存在する。

 それを担うのは辺境伯を任されている王家(ゆかり)の貴族である。


 確か、その名はセレスティアルといった。

 街の経済を管理し、衛兵に治安を維持させ、領内のダンジョンを所有している。

 イシュタール王国の一員たる領主はパンドラの地下迷宮と深い関わりを持つ。


「但し、現セレスティアル家当主にはお気を付けを。もうすでにミヅキ様や私たちのことは耳に入っています。街のあちこちから監視の目が光っておりますので留意の程を宜しくお願いします」


 アイアノアの言葉にどきりとさせられる。

 あの世界の最高権力を持つ人間には警戒をするよう雛月にも言われていた。

 地平の加護などというイカサマ能力の実力を知られれば、どんな無理難題を押し付けられるか想像に易い。


 できれば関わりは持ちたくなかったが、どうやらそうもいかないらしい。

 今はまだ見張られているに留まっているが、いつか必ず接触してくるはずだ。


「そして、イシュタール王国には古来より魔が取り憑いております。いつの頃からか魔は王国深くに根付き、よからぬはかりごとを企て、世を刮目かつもくしています。ミヅキ様がトリスの街との親交を厚くし、イシュタール王家の中枢に近付けば近付くほど、魔の存在との対立は避けられない運命となって立ちはだかりましょう」


 アイアノアの話はトリスの街の外に及んでいた。

 イシュタールの王都はトリスの街から遠く南東に位置する、海に面した港湾都市であるとガストンから教えてもらったのだった。


 街の人々と仲良くなり、領主様とお近づきになれば、自ずとやんごとなき王家の貴族様たちとの距離は近くなる。

 ちょっと頭が痛くなったのは本音であった。

 そこに潜む「魔」とは、果たしてどういった存在なのだろうか。


「私とエルトゥリンのお祖母様、イニトゥム様と会談の場を設け下さい。百年前の亜人戦争の真実を知らねばなりません。そのためには、エルフの神からの使命でもあるパンドラの地下迷宮を踏破する実績が必要です」


 初めは物語の背景だと思っていたエルフ種族長、イニトゥム。

 アイアノアとエルトゥリンに予言を伝え、霊妙の加護を授けたとされる人物。

 幼い少女のような外見だが、600歳をとうに超える年長のエルフである。

 戦乱の魔女たるフィニスの姉にあたり、二人のエルフの少女の祖母でもあった。


 こうなってはもう無関係ではいられない。

 雛月の言った通り、いつかお目通りが適い、色々と話を聞かせてもらわなければいけない時が来るのだろう。


「エルフ種族長に物申す権限をお勝ち取り下さいまし。イニトゥム様は、いいえ、お祖母様は義には義でお応えになってくださる御方です。ご自分の世界の過去だけでも大変かとは思いますけれど、どうかどうか私たちの世界の過去を探求することも宜しくお願い致します」


 エルフの種族長ともなると、その権威は一国の王にも比肩するのだそうだ。

 イニトゥムと話をするためにも、エルフ側からの依頼であるパンドラの地下迷宮踏破は果たさねばならない。

 そこには悲願でもあるフィニスの捕縛、或いは討伐が含まれているのだから。


 エルフの密命への協力が、イニトゥムの信頼を得る直通の道となるだろう。

 亜人戦争の真実を知った時、三月はいったい何を思うのだろうか。


「パンドラの地下迷宮はただ踏破するだけの対象ではありません。あのダンジョンはミヅキ様に深き関わりのある場所なのですから」


 話はいよいよパンドラの地下迷宮に及ぶ。

 誰しもが踏破を為し得ていない伝説のダンジョンというだけではない。

 災害に遭った神巫女町が、おそらくは転移してしまった因果の場所だ。

 但し、アイアノアの言う三月との深き関わりとは、それがすべてではないのだ。


「あの広大なダンジョンには見えざる秘密の部屋が存在致します。勇者ミヅキ様の記憶喪失の秘密を明かし、お忘れになっていることを思い出すきっかけがその部屋にあるのです。秘密の部屋へは、月の加護より授かりし鍵がきっとミヅキ様を導いてくれますでしょう」


 シキのみづきと違い、勇者のミヅキには一部不明な記憶がある。

 それは現実世界の三月も知らない固有の記憶である。


 勇者のミヅキが誕生し、パメラに保護され、三月の意識が憑依ひょういするまで。

 その間の失われた記憶を取り戻すため、迷宮に秘された隠し部屋へ至る。

 さらに、アイアノアの念押しで悠長ゆうちょうに探している余裕がないことが発覚する。


「そしてご注意下さいませ。かの秘密の部屋を探して、異界の神獣なる魔物どもが日夜蠢いております。魔の者どもに嗅ぎ当てられる前に、ミヅキ様の手で是非とも探し出して下さいまし。魔より先んじることの重要性は、ミヅキ様が秘密の部屋へ至ればご理解頂けるはずです」


 パンドラの異変後、ダンジョンを徘徊し始めた強大な魔物たち。

 聖剣ノールスールに意識を遺したアシュレイは、精霊の意思を通じてその魔物の正体を異界の神獣であると告げた。

 この世界の物では無い、と。


 雪男ことミスリルゴーレム、三月が初遭遇した魔物のレッドドラゴン。

 あいつらこそが異界の神獣であり、迷宮の隠し部屋を捜索しているらしい。


 そういえば、アシュレイの遺志が何かを捜し回っているようだ、と言っていた。

 しかも三月は、異界の神獣にシキと同様の魂の有り様を感じたのだ。

 あの魔物たちとシキの間には、何か特別な関係でもあるのだろうか。


「──最後に、地平の加護の悲願でもある、エルトゥリンの星の加護の洞察を完遂させてください。ミヅキ様は現在、地平の加護の空に太陽の加護をお加えになっているはずです。いつの日か月の加護を加え、星の加護さえ地平線上にお掲げ下さいまし。世界概念の加護の完成、それがミヅキ様の最終到達点となるのですから」


 締めくくりは、仲間であるエルトゥリンの持つ星の加護についてであった。

 洞察に執念を燃やす雛月ではないが、星の加護の絶大な力を地平の加護に加えられれば、正に鬼に金棒である。

 それを成すにはエルトゥリンの洞察が必須。


「……」


 ちらりと視線をやる先の巫女服姿の彼女は何も言わない。

 何を思うのか、挑戦的とも困惑しているとも取れる複雑な表情をして三月を見つめ返していた。


 だけれども、星の加護の洞察とエルトゥリンとの手合わせは、現時点で最も達成が困難なミッションの一つであるのは言うまでもない。

 あの強力なミスリルゴーレムを相手に鬼神の如き戦いを繰り広げたエルトゥリンを思い出すと、とてもではないが相対できる自信はない。


「むぐうぅ……」


 潰れた蛙みたいな声で呻き、無茶な使命に先が思いやられる思いであった。



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