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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第212話 異世界の巫女

 間もなく日が落ちる夕暮れの空に、虚無的な風の吹く音が鳴っている。

 10年振りに帰ってきた生まれ故郷は大災害で滅んでいた。

 荒廃した町、天之市神巫女町あめのしかみみこちょう


 町の中心にぽっかりと開いた大穴、巨大クレーター湖の真ん中。

 自分以外誰一人いないと思っていた寂れたこの場所にて。

 現実世界の三月は、異世界の仲間との再会を果たしていた。


「アっ、アイアノアっ……。アイアノアッ……!」


 防毒マスクの呼吸缶越しに、うわずった声で彼女の名前を何度も呼んだ。

 落胆と焦燥に苛まれていた心に一条の光が射し、安堵と歓喜に打ち震える。

 不可思議な力でクレーター湖の水上に沈まずに立ち、同じく浮遊しているエルフの女性と対面していた。


 彼女の名は、アイアノア。

 迷宮の異世界で、パンドラの地下迷宮踏破の使命を帯びる三月の仲間だ。

 アイアノアは三月を見て、にっこりと微笑んだ。


「ご無沙汰しております、ミヅキ様。ようやくお会いすることができました」


 背筋をぴんと正し、上体を傾けてうやうやしくお辞儀をする。

 彼女の動作の度、身体の縁から光の粒子が飛び出してふわふわと舞った。


「そ、その格好は何なんだ……?」


 ゆっくりと顔を上げるアイアノアの姿に、三月は目を何度もしばだたく。


 記憶通りなら、彼女が着ていたのは中世時代を彷彿させる森の青葉色の衣服で、その上から茶褐色の長い外套がいとうをまとっていた。

 しかし、今のアイアノアが身につけているのはそんな洋装とは真逆のものだ。


「うふふ、似合っておりますでしょうか? 見様見真似みようみまねですので、きちんと着付け出来ているか不安なのですけれど」


 袖を持って両手を広げ、おもむきのある装いを披露するアイアノア。


 それは和の着物で、首元から赤い掛け襟が覗く白衣びゃくえを上半身に着ていて、下半身に着用する丈の長いはかまの鮮やかな緋色が目を引いた。

 白い足袋たびと赤い鼻緒はなお草履ぞうりを履いた足先が、波立つ水面に浮かんでいる。


 アイアノアが着ていたのは、神事の女性が身につける巫女装束であった。

 朝陽や夕緋がよく着ていた現実世界の衣服を、異世界のエルフの、アイアノアが着ていたことに三月は高揚感を感じずにいられない。


「似合ってる、すっごく! エルフの女の子に巫女服なんて最高の組合わせだ!」


「お褒めに与り光栄です。頑張って着てみた甲斐がありました」


 身振り手振りで感激を三月が表すと、アイアノアは嬉しそうに微笑んだ。

 朱色の紙紐かみひもで結び、頭の後ろでポニーテールにしている金色の長い髪が、傾げた首に合わせてさらりと揺れた。


 どうしてそんな服装なのかも疑問だったが、三月にはそれよりも気になるところがあった。

 アイアノアの顔である。


「格好はともかく、その顔の光は……」


 夕暮れの茜色に逆光し、エルフの彼女の顔に浮き上がっているのは光の線。

 毛細血管のそれぞれの筋が光っているように見えるそれは、機械的な回路模様を思わせた。

 三月は驚きと共に無意識で感じた。


「その顔、俺と同じ地平の加護の光、なのか……?」


 勇者のミヅキとシキのみづきが、地平の加護を発動させる際に起こる現象。

 パンドラの地下迷宮の魔素、太極の山の神通力を黄龍氣こうりゅうきというエネルギーに変換して全身に巡らせる。


 その時の肉体の発光が何故かアイアノアに表れていた。

 三月自身、顔や身体が光っている様子を鏡で見て確認した訳ではないが、直感的にそれが自分と同じものだとわかった。


「……」


 アイアノアは微笑んだまま少しの間、口を閉ざしていた。

 両手を豊かな胸の前で組み、瞳をすっとつむる。


「この光はミヅキ様がお与えになって下さったものです。今となっては、私の力の源泉となるもの。お陰で世界の隔たりを超え、こうしてミヅキ様と通じ合うことができるのです」


 そして、アイアノアはそう言った。

 血液の循環さながらに、光の筋を顔や身体に行き渡らせながら。


「暗いところで光って目立ってしまうのが、ちょっと恥ずかしいです」


 おどけた風に困り顔で笑い、可愛らしく舌をぺろりと出した。

 ただ、三月には彼女が何を言っているのかがわからず、理解が追いつかない。


「お、俺が、アイアノアに与えた……? いったい、何の話だ……?」


 妙に乾いた口はうまく動かず、途切れ途切れな喋り方になる。


 何だか頭がくらくらした。

 目まいにも似た感覚に気が遠くなりそうだ。

 異世界に驚かされるのは慣れているはずなのに、初心に返ってしまったみたいな動揺を感じていた。


「ハァー……」


 身体中の息を全部吐き出すほどのため息を漏らした。

 急に足から力が抜けて三月はへたり込む。

 強ばっていた身体の緊張はとうに限界を迎えていたようだ。


「まぁ、いいや……。こんなところにまで来てアイアノアに会えたんだ……。よくわからないことを考えるのは今はよそう……」


 尻餅をついた格好で腰を下ろすと、空気の塊が弾力を持って受け止めてくれる。

 足下に広がるのはクレーター湖の水面だというのに、三月は不思議な力で沈まずに浮遊している状態である。


 それは当然ながら普通のことではなく、アイアノアの使う魔法の空間浮遊レビデーションのお陰なのだが、心身が疲労して想像がよく及ばない。

 兎にも角にも、たった一人の心細さから解放されたことが嬉しかった。

 自然と三月の口許は緩んだ。


「……夢、とか、幻じゃあないんだよな……?」


「私の顔をお忘れですか? 安心してください、ミヅキ様。私は夢でも幻でもなく本当のアイアノアですよ」


「本当に本当のアイアノアかっ!?」


「本当に本当の私ですっ!」


 目を擦ったり何度か見直したりしても、見上げる幻想の彼女は決して消えない。

 茶目っ気のあるアイアノアとのやり取りは三月をさらに安心させくれた。


「はは……。ほんと、無駄足にならんで良かった……」


 肩の力が抜けてうなだれ、力無く笑って魔法の浮力に体重を預ける。

 その様子はひどく疲弊して見えて、アイアノアは心配そうな顔をした。


「……大変なご苦労をなさっておられるようですね。こちらの世界のミヅキ様は身体も心も傷ついて、生命力のオーラがひどく弱まって見えます……」


「それなりにしんどい思いしたんだよ。もう散々さ……」


 三月は目線だけを上げ、お手上げとばかりに両手を広げる。

 慣れないロープワークの真似事で身体中が悲鳴をあげているだけでなく、悲惨な状況の故郷に一人きりだった三月は相当にくたびれて見えた。

 それを見るアイアノアの長い耳はしおれて下がっている。


「おいたわしや、ミヅキ様。抱きしめて差し上げられないのが辛いほどに……」


「はは……。やめてくれ、子供じゃあるまいし。こっちの世界の俺は、もういい歳した大人なんだ。アイアノアにそこまでしてもらう訳にはいかないよ」


「あら、年齢の話をされるのでしたら、ミヅキ様は私たちエルフからすれば赤ん坊とお変わりありませんよ。私には可愛い盛りの男の子と同じに感じますとも」


「ま、参ったな。長生きのエルフには敵わないな……」


 慈愛の笑顔が眩しいアイアノアに、三月はたじたじな笑みを零した。

 そして、優しさのこもった次の言葉には思わずはっとさせられる。


「母親が愛しい我が子を抱擁するのと同様に、ミヅキ様を慰めて差し上げるのも私の務めです。ご両親を不幸にも失い、愛情を充分に受けられずにたった一人で生きてこられたミヅキ様。私とエルトゥリンと同じですね、貴方には心安らぐひとときが必要です」


「……」


 何とも言えない複雑な顔をしてアイアノアの緑の瞳を見つめ返した。

 胸がどきりと高鳴り、頭の奥がちりちりとうずく。

 秘密にしていた訳ではないものの、知らないと思っていた事実、自身の生い立ちをすでに彼女は心得ているようだった。


──そっか、アイアノアはもう知ってるのか。俺がこんなことになってる事情を。変に意識して黙ってたけど、これからは気楽でいられるな……。


「そうだな……。アイアノアに慰めてもらえれば、少しは気が楽になるのかもな。ごめん、俺、ちょっと参ってるみたいだ……」


 情けない顔でため息交じりに苦笑いを浮かべる。


 自分の過去に何があったのかを理解してもらえているのなら、弱った心を晒してしまっても抵抗を感じなかった。


 慰めの気持ちは素直に嬉しく感じる。

 トラウマと向き合う覚悟はしたはずであったが、一朝一夕いっちょういっせきとはいかないらしい。


 三月は自分が憔悴しょうすいしているのを改めて痛感するのであった。

 アイアノアはその様子に胸を締め付けられる思いに駆られる。


「ああ、ミヅキ様っ……」


 そんな三月を可哀相に思い、アイアノアは堪らずに空中を滑って近寄った。

 両手を広げて慈しみ深く抱き締めようとする。

 しかし。


「アイアノア……」


 何の抵抗も無く身体を通り抜けていったアイアノアを三月は振り向く。


 目の前に居る彼女は正真正銘のアイアノアだが、肉体の身体はこちらの世界には存在していない。

 おそらく精神だけを飛ばしてきているのだろう。

 触れ合うことができず、アイアノアは無言のままにもう一度三月を通り抜けた。

 元の位置に戻り、浮遊する彼女の顔はとても寂しそうだった。


「……ありがとう、気持ちだけで充分だよ」


「はい、ミヅキ様……」


 か細い声で答える幻想の少女と少しの間、物言わずに視線を交わす。

 暮れなずむ空の下、暗い色の湖上で二人はそうして静かに佇んでいた。


 と、三月とアイアノアが物寂しい雰囲気に暮れていると。

 何も無い空間からもう一人のエルフの声が響いてきた。


「姉様、再会に浸るのはそれくらいにして、早く大事なことをミヅキに伝えて」


 声だけであったが、それがいったい誰のものなのかすぐにわかった。

 三月は驚いて声がしたほうを向いて叫んだ。


「エ、エルトゥリンもいるのかっ?!」


 すると、ゆっくりと夕闇に落ちつつある湖面に再び光が溢れ出す。

 すぐに光はアイアノアと同様、収束して人の形を取っていった。


「──いるよ。姉様と同じ、意識だけの身体だけれどね」


 白銀色のセミショートな髪、長い前髪から垣間見える青い瞳。

 見間違うはずもないその姿はアイアノアの妹、エルトゥリンのものだ。

 彼女の備える星の加護は並び立つ者のいない凄まじい強さを誇る。

 サポートに突出した姉とは別の形で三月を助けてくれる頼れる仲間である。


「ミヅキ、姉様の話を聞いて。大事な話だからしっかりと聞いていて」


 訴えかけるように言うエルトゥリンの服装も三月の知るものとは違う。

 アイアノアと同じで白衣に緋袴、赤い鼻緒の草履という和装であった。

 姉に負けず劣らずな美貌のエルトゥリンにも、巫女装束はよく似合っていた。

 馬子まごにも衣装などという失礼な物言いは胸の内にしまい込む。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなり話を聞いてくれって言われても、俺だって色々と聞きたいことやわからないことがあって……」


「待って、ミヅキ。混乱してうろたえてるのはわかるよ」


 凜とした声で、言い掛ける言葉をぴしゃりと遮る。

 エルトゥリンはすぅっと近づいてきて、三月の頬を片手で優しく撫でた。

 やはりその手の感触は無く顔を貫通したが、ほのかに温かさを感じた気がした。


「……心細かったんだよね。一人っきりで、可哀相に」


「エルトゥリン……」


 三月は意外そうに呆然としつつ、同情に眉尻を下げるエルトゥリンを見つめた。

 普段の冷淡な彼女とはどこか感じが違うように思った。


「だけど大丈夫。姉様と私はミヅキを助けるために語りかけているの。だから今は何も聞かずに、安心して姉様の話を聞いて。お願い」


 真剣な声色こわいろなものの、三月を思いやる優しさが込められている。

 切羽詰まった緊張感も同時に伝わってきて、三月は素直に押し黙った。


「わかった、世話を掛けてすまん……」


「ありがと。いい子、ミヅキ。──さあ姉様、急いで!」


 目を細めて薄く微笑むエルトゥリン。

 ほとんど笑わない鉄面皮てつめんぴな彼女は、いつの間にこんな自然で素敵な笑顔を浮かべられるようになったのだろう。

 希少な笑顔に胸を高まらせる間も無く、促されたアイアノアは深く頷くと、自分たちに課された使命を全うし始める。


「それでは始めましょう。ミヅキ様、お心を安らかにしていて下さいまし」


 そう言って再び瞳を閉じ、両手を前に差し出したのであった。



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