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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第6章 現実の世界 ~カミナギ ふたつ~

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第206話 鳴り止まないナースコール

 それはとある病院で起きた出来事である。

 消灯時間が過ぎ、入院患者たちが眠りに着いた頃にナースコールが鳴り始める。


 昔ながらの郊外にあるこの病院のナースコールは古いタイプのもので、通話機能はついておらず、使用された部屋はわかるが複数人用の部屋だった場合は誰が呼び出しボタンを押したのか行ってみないとわからない。


 そして、奇妙なことに看護師が部屋を訪問しても誰も呼び出しをした者がいないのだという。

 それも一度や二度ではなく、毎日のように同じ事が起きる。


 単なる機械の故障か、そういった手合いの現象は病院には付きものではあるが、ある時期を境にしてその発生頻度は度を超していた。


「あらやだ、まただわ」


 午後23時頃、夜勤のナースステーションにて、恰幅かっぷくのいいベテランの看護師が顔をしかめて言った。


 視線の先には今日も鳴っている、呼び出し主のいないナースコールの光。

 不思議なことに一度無人の呼び出しがあった部屋からは呼ばれなくなり、怪異は病棟やフロアに偏りがなくランダムで発生している。


 今夜も無人呼び出しがまだ起こっていない病室からナースコールが鳴っていた。

 無駄足になるかもしれないが、本当に患者が呼んでいる場合だってある。


 ナースコールが使われているのは明白なのだから確認をしない訳にはいかない。

 不審且つ不気味ではあるが、これも仕事の内だと言い聞かせるしかなかった。


「……私、行ってきましょうか?」


 ベテラン看護師の背中越し、別の若い看護師の女性が声を掛けた。


 斉藤加代子さいとうかよこ、23歳。

 この病院に就職してから1年足らずの新任である。

 二の足を踏む重そうな腰の先輩に気を遣っての申し出であった。


「ちょっと待って、加代ちゃん」


 しかし、返ってきた声は強ばっていた。

 すぐにナースコールの呼び出し元に出向こうとしないのは、単に面倒だったからという理由だけではない。


「今、鳴ってる部屋、302号室よ……」


「えっ、その部屋って……!」


 怪訝な顔で振り向くベテラン看護師の言葉に加代子は声をあげて驚いた。

 今回の呼び出しは、これまでに発生したことのないケースであったからだ。


「そうよ、302号室に入院してたたちばなさん、つい先日お亡くなりになったのよ。だから今は空室のはずなのに……」


「相部屋じゃなくて、個室、……ですよね」


 そんな馬鹿なと思いつつ、看護師二人は顔を見合わせた。


 その間も302号室のランプは点灯していて、やけに無味乾燥に聞こえるメロディーが鳴り続けている。

 わずかな沈黙の後、加代子は勢いよく立ち上がった。


「私、見てきますっ! 橘のおばあちゃんとはよくお喋りしてたんですっ!」


 説明などはできないが、加代子は虫の知らせめいたものを感じた。

 すでに他界している故人にこれ以上良くないことなど起こりようもない。

 それでも制止の声を振り切り、加代子はナースステーションを飛び出した。


 彼女の行動には訳があった。

 両親が仕事で忙しく、幼少時代は祖母と過ごした時間が長い、所謂いわゆるおばあちゃん子であった。


 しかし、そんな優しい祖母は、少し前に起こった隣市の災害に巻き込まれて亡くなったばかりである。

 だから、入院している年老いた女性らに祖母の面影を見ていたのだろう。


「失礼しますっ……!」


 病室の扉に付いているすりガラスの窓越しに見える部屋内は暗い。

 加代子は人の気配のしない部屋へとゆっくり身を滑り込ませていった。


「……うっ」


 やはり、部屋の中には誰もいなかった。


 当然電気は点いておらず、窓のカーテンが閉まった個室は真っ暗だ。

 しわのないシーツが掛けられた医療用ベッドが一台置かれているのみである。

 ひんやりとした空気が漂っていて、誰かがナースコールを鳴らした形跡は無い。


 今度もいつものように呼び出し主は不在であった。

 本当に機械が故障しているのかもしれない。


「だ、誰もいないんですか……?」


 恐る恐る、そう加代子が無人の個室に問い掛けたその瞬間だった。


 不意に部屋の中で何かの気配が動いた。

 目には見えない大きな何かが素早く蠢き、窓の外に向かって飛び出した。

 ガタガタガタッと窓枠を揺らして騒々しい音をたてる。


 身体の中を通り抜けていった透明で得体の知れないものに加代子はひぃっと恐怖の声をあげる。

 腰を抜かしそうになるのを我慢し、勇気を振り絞って窓へと走り寄りカーテンを開け放つ。

 窓の外、加代子の目に映り込んだのは──。


「あっ、あぁっ……!?」


 加代子は信じられないものを目の当たりにし、悲鳴をあげた。


 病室の窓から暗い夜空に舞い上がっていく、半透明な黒く長い胴体。

 それが何なのか正体がわからないが、夜の闇より黒い大きな蛇のように見えた。

 まさに妖しげな化け物であった。


 黒く長大なそいつは大きな口に何かをくわえている。


『……助けて、加代子さん……』


 化け物の口から半身をのぞかせている青白い人影が見えた。

 加代子の耳にだけ、か細くしゃがれた声が微かに聞こえた。

 閉まった窓に手を付き、夜空の異様を見上げて加代子は叫んだ。


「橘さんっ! 橘のおばあちゃんっ……!」


 化け物が口腔内に捉えているのは、白装束の年老いた女性の姿であった。

 先日、この病室で亡くなった橘という患者であり、もうこの世のものではない。

 他界して間もなく、未だ病院に留まっていた幽体、魂の残滓ざんしである。


 黒い化け物は死者の魂を噛み砕き、喰らいにきていた。

 その様は天からの迎えとするにはあまりに荒々しく、残酷であった。

 闇空やみぞらへ昇る怪異はすぐに見えなくなり、老婆ろうばの魂と共に消えてしまった。


 茫然自失ぼうぜんじしつしていた加代子だったが、背後から射すほどの視線を感じて硬直する。

 自分が入ってきた病室の扉の近くに何者かが立っていて、当てられる気配は悪寒と呼ぶには生易しい。

 それは、殺気と形容するのが相応しかった。


「ひっ、ひぃぃ……!」


 ひきつった悲鳴の加代子は、後ろを振り返って見てしてしまった。


 横開きのスライド式ドアの前に立っていたのは、銀色の髪の長身な影。

 頭から真横に突き出る特徴的な長い両耳のシルエットに、切れ長の目だけが爛々(らんらん)と光って見えた。


 加代子の膝はがくがくと震え、あまりの恐怖に気を失いそうになった。

 目の前に佇むそいつは人間の言葉が通じる相手ではない。


「──痛いッ……」


 不意に加代子の足に痛みが走った。

 それも一回や二回ではない。


 思わず足下に目をやると、加代子は今度こそ気絶してしまう。

 そこにあるのは、我が目を失うおぞましい光景であった。


 まるで、床自体がうごめいているようだった。

 見たこともない種類の毒々しい体色の蜘蛛が、おびただしい群れで加代子の両足をわさわさと登ってきている。

 走った痛みは、この蜘蛛たちに噛みつかれたためだろう。


「……ッ!? ……っ!!」


 声にならない悲鳴をあげ、加代子は蜘蛛の群れが織りなす絨毯じゅうたんに倒れ伏した。

 正体不明の蜘蛛たちは獲物をゆっくりと取り囲み、次々と牙を突き立てていく。

 長い耳の長身な影はその様子をじっと見下ろしていた。


 その晩、病院の様子は非常に慌ただしいものとなった。

 いつになってもナースステーションに戻らない加代子を心配して、別の看護師が例の部屋に訪れた。


「か、加代ちゃんっ!? だ、誰かっ……!」


 そして、部屋の床に倒れている加代子を発見した。

 ひとまず命に別状は無かったものの、身体がひどく衰弱しており、引きつけを伴って貧血の症状を起こしていたという。


 意識を取り戻した後も錯乱状態が続いていたため、加代子はしばらく自宅療養を余儀なくされることとなった。


 何があったか聞き取り調査をすれば、耳の長い怪しい人影を見た、無数の蜘蛛に両足を噛まれたと証言した。

 しかし、人影を見た者は他におらず、足にそれらしい傷跡は見当たらなかった。


 何か恐ろしい夢でもみたのだろうと、誰もそれを信じる者はいなかった。

 それを受けてか加代子は口を閉ざし、間もなく病院を辞めてしまった。

 もうあんな恐ろしい場所には戻りたくない、と言い残して。


「加代ちゃんが言ってたこと、もしかしたら本当だったのかしら……」


 今夜も夜勤が続き、陰鬱な気持ちで恰幅の良いベテラン看護師は呟いた。


 他に誰もいないナースステーションで、今日も呼び出し主のいないナースコールが鳴っている。

 明日も、明後日も、それは鳴り止むことはない。

 加代子が病院を去った後も、怪異は収まることなく続いたのである。


「うっ、うぅぅ……」


 同病院の別の棟、精神療養科の一室に入院中のとある少女はうなされていた。

 あの災害があってから精神に異常をきたしてしまい、毎晩のように悪夢に苦しめられている。


 神水流夕緋かみづるゆうひ

 それが入院患者の名前だった。


 悪夢は飢餓きがあえぐ自分の夢だ。

 夢の中の自分は何故か黒い龍の姿になっていて、ひらすら空腹に鳴いている。

 手当たり次第にそこら中にあるものを巨大なあぎとで喰らってみるも、いくら食べても満足できない。


 足りない。

 全然、全く足りない。


「お腹、空いた……。何か、食べたい……」


 眠ったままうわごとを漏らす夕緋の目から涙が流れた。


 食欲はあるのに、何を飲み食いしても飢えが満たされることはなかった。

 過剰に摂食しても、身体が受け付けずに戻してしまう。


 足りないのは物質的な食事ではない。

 身体が欲しているのは別の何か。

 災害のあったあの日から、夕緋はずっと悪夢と空腹に苦しむ日々を送っていた。


 その間も病院では不可解な出来事が続き、容態が急変した患者らの不審死、体調不良を訴える医療従事者が後を絶たなかった。

 保健所や警察の立ち入り調査が何度も行われたが何もわからない。

 神巫女町の災害があった後ともあり、寺や神社のお祓いも執り行われたが何一つ改善しなかった。


 原因不明の収まらない怪異を、いつしか人は「祟り」と呼ぶようになっていた。


 そして、今はもうその病院は無い。

 怪異が起こり始めてから1年もしない内に閉院にまで追い込まれてしまった。

 建物自体も取り壊され、後には更地が残るのみである。


 大勢の患者や医療関係者は知らなかっただろう。

 件の大災害の折りに入院してきた18歳の少女が引き起こした度重なる怪異。

 それらが災いした結果、とうとう病院が潰れてしまった、ということを。


 何せ少女に取り憑き、祟りを起こしていたのは二柱の神である。

 呪われ堕ちた破壊の神と、元より邪悪の神であったのだから。


 蜘蛛が蠢き、龍は飢えた。

 異世界の怪しげな魔人は傍観ぼうかんするばかり。


 かろうじて命と心を繋ぎ、苦しみ続けた巫女は望まない厄災を招いてしまった。

 あの鳴らした者のいないナースコールは、飢えた龍に食い荒らされる亡霊たちの助けを求める声だったのかもしれない。



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