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第203話 前向きな現状維持

■雛月の役目、三月の気持ち、新たなる旅立ち


 火山の噴火を初めとする災害は数日経ってようやく収まった。

 警察や消防による必死の救助活動が開始されていた。

 そんな中、三月は避難所での生活を送っていた。


 隣の市の山間にある休校中の校舎が、臨時の避難所として機能している。

 体育館の片隅でたった一人、三月は打ちひしがれた心が癒やされることなく日々を過ごしていた。


 少しでも復興に手を貸し、他の生存者と身を寄せ合って生きようとしていた。

 手に着くことは何でもやって身体を動かし、気を紛らわせたかった。

 何もせず、じっとしていたら気がおかしくなってしまいそうだったからだ。


 三月の近い親戚は全滅。

 災害の日を境に、天涯孤独な災害孤児と同様の身空みそらとなってしまった。


 当然ながら大学行きは断念。

 新居を引き払うのは随分と先の話になる。


 そして、もうその頃から夕緋には会っていない。

 風の噂で、著しく体調を崩し、天之市を離れた病院に入院したと聞いた。

 身体が酷く衰弱し、精神に異常をきたしてしまったそうである。


 夕緋も自分と同じだ。

 家族を全員失ってしまった。

 無理もない。


「か、母さん……! これが……!?」


 そして、何日も掛かって収容された母の遺体とは再会することができた。

 避難所がある場所とは別のスポーツ施設が遺体収容所となっていて、広い構内におびただしい数の棺桶かんおけが所狭しと並べられていた。


 棺の窓を開けて三月は絶句した。

 潰れていびつな形になってしまった母、祥子の哀れな姿が納められている。


「ううぅっ……!」


 三月は直視できなかった。

 夕緋が見せてくれた記憶の通りであったのだ。

 母、祥子の火葬は慌ただしく行われた。


「母さん……」


 天之市の機能が失われ、隣の市の火葬場で順番待ちをして事務的に行われた。

 自分たちの番が終われば、すぐに次の遺体が運ばれてくる。


 母との永遠の別れなのに、情緒じょうちょもへったくれもあったものではない。

 少なくとも、放心状態で立ち会った三月にはそう感じた。

 真っ白な骨壺こつつぼを抱え、次の順番の誰かが焼かれる火葬場の煙を見上げつつ。


「夕緋のところは、どうするんだろう……?」


 余裕など無いのに、ふと思ったものだ。

 夕緋は入院中で身動きが取れない。

 神水流の家の犠牲者は誰が引き取り、誰が最後を送るのだろうか。


 結局、朝陽の遺体とは面会できていない。

 いや、できたとしても勇気が出なかった。

 母がそうだったように、夕緋の記憶通りならあんな酷い姿になってしまった朝陽は見たくない。

 それこそ発狂してしまいそうだ。


 発災はっさいから10日、神水流の家の遺体は朝陽も含め荼毘だびに付されたそうだ。

 避難所で再会した友人、宗司がそう教えてくれた。


 その後、何がどうなったか三月は知らない。

 色あせた灰色の時を幾らか過ごし、そうして三月は故郷を離れた。


「──もしもあの時、窓ガラスが割れていなければ……。朝陽と一緒に神巫女町かみみこちょうに帰っていれば、俺だって夜宵の破壊に巻き込まれてどうなっていたかわからない。運が良かった、九死に一生を得たんだと思う」


 セピア色の記憶をテレビ画面で眺めて、三月は泰然たいぜんと落ち着いた調子で言った。

 自分は幸運だったのだ。

 だから助かったのだと自分に言い聞かせる。


「だけど、やっぱり思っちまうのさ」


 しかし、心にしこりが残り続けている。

 このどうしようもないわだかまりは、きっと一生ついて回るだろう。


「こんな思いまでして俺だけ生き残って、この先も孤独な人生を送っていかないといけないんなら……。いっそのこと、俺も一緒に連れて行って欲しかったなって、そう思うんだ……」


 退廃的たいはいてき希死念慮きしねんりょであることはわかっていても、そう思う自分を止められない。

 雛月はそれには何も答えない。

 神妙な面持ちでじっと聞いていた。


「──三月、ぼくは次の役目を果たすのが心苦しいよ」


 そうして僅かな間を沈黙し、逡巡しながらも口を開いた。

 三月の気持ちを理解したうえで、課された使命には従わなければならない。


「ぼくは三月の物語の案内人だ。だから、三月がやらなくてはならないことを伝えなければならない」


 雛月は導く。

 三月が、三月の物語をより良い方向へ進められるように。

 過去を改変し、未来を救うために。


「現実の世界で目が覚めたら、三月には行ってきてもらいたい場所がある」


「雛月、まさか……?」


 出し抜けな雛月の指し示しに、三月は目を見開いて驚く。

 何となくにも雛月が次に自分をどこに導こうとしているかがわかった。


「そう、そのまさかだ。次なる物語が紡がれる因果の場所は、神の祟りの爆心地ばくしんち、──かつての天之市神巫女町あめのしかみみこちょうだよ」


 雛月はそう、はっきりと告げた。

 思い出すだけでは飽き足らない。

 過去に向き合うのならとことんまで。


「あの場所、神巫女町はただ単に天変地異に見舞われただけの土地じゃない。破壊の神が自らの意思で神威を下した約束の大地なんだ」


 すべてが始まり、終わった彼の地、神巫女町。

 残痕ざんこんだらけの跡地にて、三月は記憶を辿る旅へと出なければならない。


 異世界ではない。

 他でもない現実のこの世界で。


「行ったところで何があるかどうかはわからない。何かを見出せるかどうかは三月に懸かっている。ぼくが言えるのはそこまで……。相変わらず無責任でごめん」


 雛月は自分の存在理由と与えられた使命を悔やんでいた。

 今日という今日は殊更に強く。


 こんな能動的ではなく、積極的に三月の力になりたいのに。

 抗えない自分のジレンマを、頭を振って払拭する。


「ようやくここまで三月を導くことができたよ。三月に地平の加護の使い方を気付かせ、タイムリープの旅とその目的を理解させる」


 ここまでは計画通り、それをはっきりと口にした。

 地平の加護としての任務の完遂を。

 すべては三月の力となるために。


「そして、あの10年前の出来事、神巫女町大災害に敢然かんぜんと立ち向かえるよう奮い立たせること。──三月、本当によく頑張ったね」


 力を与え、情報を与え、そして過去のトラウマに向き合わせる機会をつくった。

 雛月は労いの微笑みを浮かべる。


 三月は至れり尽くせりの、この相棒に感謝をする。

 眉尻を下げ、柔らかく顔を綻ばせた。


「そうだな、ここまで来られたのは雛月のお陰だ。だけど、当事者の俺より雛月のほうが泣いてたんじゃ世話もないけどな。はははっ」


「も、もうそれは言わないでくれよっ。三月の味わった悲しさの度合いを甘く見てたのは認めるよ。それはさっきちゃんと謝ったじゃないか」


 不意打ちみたいにさっき泣いたことをからかわれ、雛月は顔を赤らめる。

 ぷくっと頬を膨らませ、照れた風で抗議の声をあげたところ。


「えっ、あっ……?!」


 三月は立ち上がり、無造作に雛月に寄るとしっかりと抱き寄せた。

 気がつくと、雛月は三月の両手の中に収まっていた。

 身体同士は密着し、互いの体温と鼓動が伝わり合う。


「み、三月、どうしたのっ?」


 急に抱き締められ、さしもの雛月もうろたえている。


 多分に漏れず、また朝陽の心を介した三月への愛情が強く刺激されてしまう。

 身体の強ばりと早くなる動悸、熱くなる体温が伝わってしまうのが恥ずかしい。

 雛月の秘めた気持ちを知ってか知らずか、三月は静かに言った。


「雛月、さっきは、泣いてくれてありがとな」


 三月は雛月を抱きすくめ、耳元でそう囁いた。

 それは、10年前の出来事の悲惨さに打ちのめされ、号泣した雛月のこと。


「俺の気持ちを、雛月にわかってもらえて、なんか安心したんだ……」


 言葉を続ける三月の声は震えていた。

 雛月からは見えないが、その目には涙が浮かんでいる。


「俺一人だけだったら、もうあの時の感情を思い出すのは辛くて怖かった。自分の中だけに気持ちをため込んでおくのは本当にきつかったんだ」


 雛月の背に回す両手に力がこもった。

 封じ込めていた感情の発露はつろが、冷えていた心を奥底から熱くする。


「雛月が泣いたのはきっと俺の本心の表れだ。俺の代わりに雛月が泣いてくれた。俺の気持ちをわかってもらえた。だから、嬉しかったんだ。俺一人だけじゃ得られなかったせめてもの救いだよ」


「三月……」


 三月の心が流れ込んできて雛月も涙ぐんでしまう。

 また泣いてしまいそうだ。

 今度はそれをぐっと堪え、明るい調子でおどけて言った。


「やれやれだよ。これは、無感動に澄ましてふんぞり返ってたら、どんなお叱りを受けていたやらわからないな。恥ずかしながら大泣きしてしまったけれど、三月にそう思ってもらえるなら結果オーライだ。よくぞ泣いた、偉いぞぼく!」


「まったく、雛月。お前って奴は……」


 抱き合ったままの格好で微苦笑を浮かべ、三月はため息をついた。


「とにかく、ありがとう、心が楽になったよ」


「うん、よくわかったよ。三月」


 子供をあやすみたいに、雛月は三月の背中をぽんぽんと優しく叩いた。

 それを合図に二人は身体を離し、向き合って互いの顔を見つめる。


 三月は少しだけすっきりとした顔をしていた。

 心の迷いがまた一つ、爽やかな風で霧が晴れるが如くに消えていく。


 人間は感情の生き物であり、他者に共感する生き物でもある。

 相手がどのような存在であろうと関係はない。

 気持ちをわかってもらえれば、それだけで救われることもある。


「俺の分身の雛月がそんなにも悲しんでくれるってことは、俺がそれだけあの時のことを覚えてるってことだ。雛月に言われた通り、過去を忘れて未来に進まないといけないと思ったけど、もうやめた」


 生きていくため、忌まわしい過去との決別をする努力していた。

 しかし、もうそんな努力はきっぱり今日限りとする。

 雛月の存在が三月の気持ちを証明したも同然だったから。


「10年前のことは忘れない。悲しくても辛くても引きずって生きていくよ」


 過去に向き合った結果、三月の出した答えは現状維持だ。

 何も忘れはしない。


 全部を連れて未来へ進む。

 それは、とても前向きな現状維持であった。


「せっかく生き残った俺が親父やお袋、朝陽のことを忘れちゃそりゃあんまりってもんだ。俺を立ち直らせようとした雛月の思惑とは違うかもしれんけど、それでもいいか?」


「ぼくは構わないよ。三月がそう決めたのならね」


 ちょっと弱った顔でそう問い掛ける三月に、雛月は微笑んで答えた。

 三月が自分で選んで、決めた選択肢に口を挟む理由など無い。


「ぼくも三月の気持ちに共感できて良かった。ぼくでよければいくらでも三月の話を聞くよ。もう気持ちをため込まなくていいからね」


 つくられた意思の身なれど、雛月にとっても今回のことは充足を感じる有意義なものであった。

 人間の心というものの理解に近付く。

 三月も雛月の思いやりを快く受け取るのだった。


「ああ、頼むよ。また気分が落ち込んだら話し相手になってくれ。げらげら笑ってわんわん泣いて、親身に俺の気持ちになってくれたら嬉しい」


「──ふふっ、お安い御用だ」


 10年前の惨禍への向き合い方には折り合いがついた。

 しかし、三月がやろうとしていることは変わらず、揺るがない。


「但し! タイムリープで過去を変えるのを全力でやるのは変わらない!」


 意気込み強く三月は宣言をする。

 タイムリープを実現させた暁にあるのは、不幸な過去の修正なのである。

 事を成し遂げられれば、あれらはすべて無かったことになる。


「10年前の出来事と気持ちを忘れないのと、それとこれは話が別だ! パンドラの地下迷宮の底には行くし、絶対に夜宵の暴挙は止めてやる! 大人しくしんみりするのは、何もかも全部が終わった後だっ!」


「三月、その意気だよ」


 息巻いた三月は自然と立ち上がり、にこやかな雛月を見下ろす。


 身体が勝手に動いている。

 どうやら、本当の目覚めが近いらしい。


 心象空間のアパートの部屋だが、出口の玄関へと足が歩き出す。


「じゃあ、雛月。俺、行ってくるよ」


「待って、三月」


 意気揚々と出発しようとすると、雛月も立ち上がった。


「現実世界の三月は普通の人間だ。だから、くれぐれも気を付けて。絶対に無茶をしてはいけないよ」


 朝陽と同じ身長の雛月の顔が見上げている。

 不安げに眉を下げた表情は、三月の身を一心に案じるものである。


「三月のことが心配だ……。ぼくも一緒に着いて行ってあげたい。だけど、それができないのが残念でならない。実体の無いこの身が歯がゆいよ」


 雛月は、いや、地平の加護は三月と共に行けないと言う。

 いつでもどこでも一緒だと思っていたのに、意外な感じがした。


「そりゃ心細いな。雛月に助けてもらえないのか」


「うん、ごめん。できないんだ」


 しょんぼりとする雛月の顔は、本当に手助けができない事実を告げていた。

 そこには、地平の加護の権能が絶大すぎるがゆえの事情がある。


「現実の世界には、パンドラの地下迷宮も無ければ太極の山も無い。いくら地平の加護が凄かろうと、エネルギーの確保ができなければ何の役にも立たない」


 三月の側から一方的に意思を伝えることはできるだろう。

 雛月の側から何か思い出したい記憶を差し出すこともできるだろう。


 しかし、肝心の全能付与魔法や、記憶格納領域からの特質概念とくしつがいねんの召喚、あらゆる物体を作成可能な三次元印刷は使えない。

 規格外のイカサマ能力を行使するには、絶大な効験に相当する絶大なエネルギーが必要となるのである。


「おまけに……。いや、何でもない」


 雛月は言い淀む。

 何かを言いたげに視線を迷わせ、目を閉じて首を振った。


 それ以上は何も言わない。

 本来、地平の加護は機械的なシステムであるが、雛月という意思が備わっているため、何か悩み事でも抱えているかのように見える。

 機械的だというなら、機能を超える動作の無理強いは保全上ほぜんじょうよろしくない。


「わかった、雛月の気持ちだけもらっとくよ。ここで見守っていてくれ」


 三月はそんな雛月の肩に手を置いて言った。


 手を借りられないのは痛手だが、心の中では常に繋がっている。

 だから、気持ちだけでも一緒に故郷へと連れていく。

 他ならぬ、朝陽と同じ姿の雛月と、今度こそ共立って帰るために。


「久しぶりの里帰りだ。10年振りの挨拶回りといこう」


「……正確には、9年と5ヶ月13日振りだけどね」


 そう一言付け加える雛月は目を開けて三月を見上げ、少し笑っていた。

 まだ何か後ろ髪を引かれる思いを秘めている笑顔だった。


「行ってらっしゃい、三月。しっかりね、行ってらっしゃいのキスいる?」


「い、いらん!」


 雛月はもう一度目を閉じ、顎をくいっと上げると恋人みたいにキスをせがむ。

 たまらず三月は後ずさり、玄関のあるほうへと慌てて向いた。


「──じゃあ、ハグだけにしとく」


 すると雛月は、そんなつれない三月の背中にすっと抱き付いた。

 自然な感じで腰に手を回し、愛おしそうに頬ずりをして。


「本当に気を付けて行ってらっしゃい」


「……ああ、行ってくるよ」


 雛月にふざけたり、おどけたりする気配は無い。

 本心から心配をしてくれているようだった。

 三月も邪険にせず、後ろからの確かな温もりを感じていた。


 そうして、長かった二巡目の異世界巡りは終わりを告げる。

 次に待っているのは、現実世界で果たす物語の続きであった。

 神の祟りで滅ぼされた故郷に至り、三月はそこで何を見るのだろうか。

 

──何が待っていようともう恐れない。悲しみに顔を背けず、捨て置かない。必ず何らかの手掛かりを掴んで、くそったれな過去をタイムリープで変えてやる!

 

 と、力強く意気込む三月の背中に顔をうずめ、抱き付いたままの雛月はくすくすと笑って言った。


「たまにはこういうお茶らけなしなのもいいよね」


「だから、茶化すなって」



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