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第193話 心を鬼にして

 みづきは冥子を圧倒していた。

 特質概念を結集し、力を合わせて力押しで牛頭の鬼を仰向けにひっくり返した。


「それじゃ冥子! 悪いけど、そろそろ詰めさせてもらうぞっ!」


 まだ青天井あおてんじょうならぬ金天井きんてんじょうのままな冥子にみづきは叫んだ。


 試合の決着のため、冥子へのとどめの攻勢を始める。

 後方に身軽な動きで飛び、大地の大神から力を借りて超常の権能を振るう。

 当然の如く力を貸す太極天に観客たちはもう驚かないが、みづきが次にどんな技を繰り出すのには期待に胸を膨らませていた。


『特質概念体・《獄卒鬼・馬頭の牢太より技能再現》』

『効験付与・《地獄召喚・合体する双子山ふたごやま》』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!


 次に取り扱ったのは牢太の地獄を呼び出す力である。

 地鳴りを響かせて、試合場の左右に巨大な山が一対、地面からせり出してそびえ立った。

 二つの山は赤く燃えており、それぞれ片面が断崖絶壁だんがいぜっぺきになっていて、冥子を挟み込む形で向かい合っている。


 衆合地獄しゅうごうじごく白羊口はくようこうという山で、地獄の鬼が罪人を山の間に連れていくと双子の山は垂直の壁面を合体させて、間に居る者を押し潰すのである。

 今それが倒れた冥子に向かい、待ったなしで迫っていく。


「なぁんですってぇ!? 獄卒の私を地獄の双子山で押し潰そうってぇのっ!?」


 顔を上げて目をひん剥く冥子は大声で叫んだ。


 本来、この山を使って罪人を苛むのは自分たちの専売特許なのに、これではあべこべもいいところだ。

 地獄の鬼の名が泣いてすたる。

 急いで起き上がるがもう離脱は不可能だ。


「これ以上っ、私を舐めるんじゃなぁいっ!! ふんぬうぅぅぅッ……!!」


 眼前に迫る屹立する壁に向かって絶叫し、力強く両手を広げて仁王立ちをする。

 獄卒のお株を奪われては堪らないと、意地になって渾身でこれを受け止めた。

 全力を振り絞り、自慢の筋肉を総動員して押し潰そうとする山を何とか留める。


 ドオオオォォォーンッ……!!


 双方の巨大な山が冥子に激突して轟音をあげて震えた。

 文字通りの大山鳴動たいざんめいどうである。

 と、そのすぐそばに。


「流石は地獄の鬼だな、冥子。こんな大きな山を受け止められるのか」


 不滅の太刀の背で、肩をとんとんと叩いているみづきの涼しい顔があった。

 全身に血管を浮き上がらせ、目を血走らせる冥子を見上げて感心している。


「み、みづきぃ、おのれぇ……!」


 山を止めるのに手一杯の冥子にできることは何もない。

 鼻息荒く、憎たらしそうにみづきを睨み付けるだけだ。

 そんな冥子にみづきは提案を持ち掛かる。


「武器も無いし、手も塞がっちまったな。──なら、ここらで降参しないか?」


「降参なんてする訳無いでしょうがぁっ! 燃え尽きろぉっ!!」


 それは試合の負けを認めるよう促すものであったが、当然冥子は従わない。

 縁に泡を吹く口をかっと開け、燃え盛る火炎を体内より吐き出した。

 震える山間が真っ赤に染まるが、みづきは飄々(ひょうひょう)として難なくそれを躱す。


「おっと! ちょっと御免よ」


 必死な形相で悪あがきをする冥子の懐に飛び込んで、反撃がないのをいいことに股の下をくぐって抜けた。

 そのまま冥子の背後に素早く回り込む。


「なっ!? ……こんの助平がっ!」


 またしても股ぐらを覗かれたと、激怒して背後を振り向く冥子。

 しかし、首だけを捻って見た先のみづきに心中を凍り付かされる。


『対象選択・《シキみづき》・効験付与・《太極天の恩寵》』


「ひっ……!? その光はぁ……!」


 冥子は情けない声をあげて、真っ赤だった顔を一瞬で真っ青にした。


 満を持し、みづきは真なる必殺の剣を撃つ構えを取っていた。

 頭上に真っ直ぐと突き掲げた八相はっそうの構えの刀身が発光し、天に向かって光を伸ばしている。


 荒ぶる神の大地の力を剣にまとい、敵対する相手に直接ぶつける超弩級ちょうっどきゅうの必殺技であり、この神々の異世界では太極天の神威に触れるという強い意味を持つ。

 みづきに数々の技や術があれど、いよいよと真打ちの登場と相成あいなった。


「これが欲しかったんだろ? 思う存分味わわせてやるよ!」


「えっ! うそうそっ! ちょっ、待って……!」


 慌てる冥子に構わず、みづきは迷いなく輝く剣を伴って一気に間合いを詰めた。

 狙うは引き締まった広背筋こうはいきんの無防備な背中だ。

 小細工は無し、奇をてらわず肉薄し、斬り掛かって力任せに剣を振り下ろした。


「あああああああああああああああああああああああぁぁぁァァァーッ……!!」


 牛頭鬼の冥子の断末魔の叫びが響き渡る。

 光の剣が背に走り、眩い閃光が火山の爆発かと錯覚するほどに立ち上がった。


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチィッ!!


 これまでの攻撃とは明白に違う。

 疑いようもない決まり手であった。


「どうなったんじゃ!? 山が邪魔で見えんではないかぁ!」


「どうやら、みづきが太極天の恩寵を使ったようだ。冥子の身が心配だ」


 地獄の双子山に阻まれて、みづきと冥子の様子がわからず日和はやきもきする。

 太極の山が唸り、力強く眩しい光が試合会場にそびえ立った山間から漏れていて、太極天の力が行使されたと多々良は悟った。


 そして次の瞬間、双子の燃える山は一気にひび割れを起こし、内側から破裂して見る間に崩れ落ちた。

 地面に吸い込まれるように消えていく。


 もうもうとした土煙が収まり、視界が晴れるとそこには仰向けに大の字の格好で倒れる冥子と、その頭部の傍らに立っているみづきの姿が現れた。

 冥子は倒れたまま動かず、みづきは健在ですでに剣を下ろしている。


 二人のその様子は、見る者に試合の決着を理解させるのに充分なものであった。

 場内はまたも歓声と拍手の音に包まれる。

 賑わしい喧噪の中で、みづきは冥子の顔を見て言った。


「どうだ、冥子。効いただろ、まだやるか? もうこの辺にしておかないか?」


「ふ、ふん……! 何のこれしきぃ……! 戯れ言はやめてもらえないかしら……。当然、まだやるわよ……!」


 冥子にはまだ意識がはっきりとあった。

 強がる余裕もあるようだ。

 魔を宿すシキに対して、効果覿面(てきめん)な太極天の力を受けた割に随分と元気である。

 先の牢太は即座に気を失い、しばらく試合が不可能なほど衰弱したというのに。


 とはいえ、身体はもう動かせないのか目だけをぎょろりと動かしてみづきをめ上げている。

 そんな冥子を見下ろし、みづきはため息をついて困った顔をした。


──もう勝負はついた、戦いたくないって言っても、冥子は意地でも戦うのをやめやしないだろうな。まみおを助けるのを後押ししてくれたり、多々良さんとの間を取り持ってくれたり、俺にとっては冥子だって恩人の一人なのにな……。


「わ、私は決して諦めないっ……! 最後まで戦い抜くわ……!」


 みづきの気も知らないで、冥子はどうにか起き上がろうと身をよじっている。


「う、動けぇっ、私の身体ッ……! うごけぇっ……!」


 しかし、冥子が再び起き上がることはとうとうなかった。


 意識がまだあるのは、みづきがとどめの一撃にまたも手心を加えたからだ。

 前回よりも太極天の力の使い方に慣れてきている証拠でもあった。


 そうとは知らず、冥子はどうにもならないことを察し、勝手で捨て鉢な台詞を口にし始める。

 みづきはますますと大きなため息をついた。


「みっともなく生き恥をさらすくらいなら、討ち死にをしたほうがましよ……! さぁ、ひと思いにとどめを刺すがいい……! みづき、私の覚悟を甘く見るんじゃないわよっ……!」


「──覚悟、ね。冥子もまみおと同じ事を言うんだなぁ」


 だから、うんざりとした感情を隠さず、呆れた顔で呟くみたいに言った。


「そんなに最後の最後まで戦うのが立派なものなのかね。勝ち目が無いなら、潔く負けを認めて次に繋げればいいと思うんだけどな。ちょっとくらい、みっともなくたっていいじゃないか。死んでしまったら何にもならんだろうに」


 それは、みづきの死生観であり、生き方であった。

 自分が歩んできた四半世紀しはんせいき余りを振り返れば、やはり間違いなくそう思う。

 身近な似た境遇の日和のことを思えばそれは尚のことだ。


「俺が誰のシキなのかよく考えてみてくれよ。往生際が悪くたって、泥臭く戦いを続けてる日和のほうがよっぽど立派だよ。頼んでもらってきてやるから、日和の爪のあかでもせんじて飲んでみるか?」


「なんですって……!? みづき、私の覚悟を愚弄ぐろうするというの!?」


 鼻息荒い冥子は馬鹿にでもされたと思っているのか動かない身体でいきり立つ。

 みづきは黙ったままそれに構わない。

 まみおと戦い、多々良と対峙し、覚悟という言葉にはもう少々と辟易へきえきしていた。


『──優しいのは三月の良いところだけど、あんまり気負い過ぎてはいけないよ。何でもかんでも覚悟を決めればいいってものじゃないからね』


 頭の中で繰り返される雛月の言葉には、本当に救われた気分になったものだ。

 だから、若干に上から目線のしたり顔をして、みづきは言い始める。


「──よくよく考えてみたんだけどさ。こうやって歴然とした力の差を見せつけて勝敗が明らかになってるんだから、生殺与奪せいさつよだつを決めるのは俺の自由であるべきだと思うんだよな」


 いきなりの横柄おうへいな態度と言葉に、冥子はぎょっとして目を丸くする。

 結局のところ、冥子から有効打は一撃たりとももらっていない。

 振り返れば圧勝だったのだからみづきの言い分に間違いはない。


「なんで負けた奴の言うことを勝った俺が聞いてやらないといけないんだ? 勝負はもうついてるのに最後まで戦ってくれとか、勝手に諦めてとどめを刺して欲しいとかさ。そんなわがままが通る訳ないだろう」


 冥子が怯んでいるのがわかり、みづきはずいっと顔を寄せて言い切った。


「有りか無しかは勝った俺が決める。悪趣味な見世物なんかに興味は無いね」


『対象選択・《シキみづき》・効験付与・《太極天の恩寵》』

『記憶領域より技能再現・《神鎮ノ花嵐かみしずめのはなあらし》』


 そして、再び太極天の恩寵を剣に降ろす。

 それに加え、上空を埋め尽くす退魔の光を呼び寄せ、渦巻く花嵐を形成した。

 それらの脅威が、見上げる冥子の目に強烈に映り込んでいた。


 冥子を追撃し、討ち滅ぼす力は限りなく湧いてくる。

 生殺与奪はみづきの思いのまま。


 まさに今──。

 まみおとの対戦時同様に、強者が弱者を自由に出来る特権が発生していた。


 但し、下した相手に望まずとどめを刺し、嫌な気持ちになってしまうくらいならこんな趣味の悪い茶番劇に付き合う必要はない。


──手前てめえの身勝手な覚悟なんて知ったことか。戦いの結果と相手の運命は、勝った俺の意思で左右させてみせる。これは、この神様の世界に対して俺の反骨心がそうさせる、ある意味での答えだ!


「冥子、まだやるってんならさっさと立てっ! いつまでも呑気に寝っ転がってんじゃねえ! これは神様たちに武芸を披露する奉納試合なんだろ!? 覚悟がどうとか言う前にやる気を見せやがれ! それとも、俺に倒れた相手に鞭打むちうつみたいな弱い者虐めをさせるつもりかよ!?」


「よ、弱い……!? 私が弱いですってぇ……!?」


 ひときわ強めの怒鳴り声に冥子は巨躯をびくんっと震わせた。


 挑発的なみづきの物言いを受け、残る闘志に怒りの火をつける。

 ぶるぶると身体を揺らし、何とか起き上がろうとした。

 しかし。


「ひぃぃっ!? あ、あつぅいっ!」


 冥子の悲鳴があがった。


 空からひらひらと灼熱の花弁が舞い落ちてきている。

 見た目の儚い美しさの反面、白い薄片はくへんは冥子の肌に触れるそばから燃え上がり、熱さなど物ともしない地獄の鬼に火傷めいた傷跡を刻んだ。


「い、痛いわっ! や、やめっ、やめてぇ!」


 次々に、しんしんと雪のように降ってくる退魔の光に冥子はのたうち回る。

 確かにそれはみっともなくあり、こんな無様を観衆に晒さなければならない心境を考えれば可哀相としか思えない。

 しかし、みづきは心を鬼にするのであった。



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