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第174話 剣士の末裔

■三月と佐倉家と異世界召喚


「それにしても、三月のお父さんには本当に驚きだよ。ただならぬ気合いの剣術を修めた達人だと記録はしていたけど、あんな霊験あらたかな力を秘めていたとは」


 鼻から長い息を吐いて、雛月は三月の父、清楽に言及して唸る。

 仰向けに寝転んだ体勢で天井に向かって何かを両手で握る仕草をすると、その手の中に抜き身の真剣が現れる。

 日和が三月に授けた不滅の太刀だ。


「うおっ、危ねえっ。ひ、雛月、重くないのか? 落とすなよ……」


 不要な心配をする三月を呆れた風に一瞥すると、雛月は刀身に視線を戻す。


「まみおにとどめを刺した最後の一撃を覚えているかい? 光の花びらを散らせたみたいな綺麗で鋭い剣技だった。あれは、間違いなく三月のお父さんから伝わってきた秘剣中の秘剣だよ。お陰で、太極天の破邪の力に耐性を持っている神にも対抗できる、確かな決め手を身につけることができた。ふふっ、清楽せいらく父さん様々だ」


 聖なる神はやはり聖なる力に対して耐性を持っていた。

 あれだけ強烈で膨大な神通力を叩き込まれようが、まみおはふらふらしながらも起き上がってきた。

 太極天頼みの一辺倒では今後の戦いが不安だと感じていた矢先、特質概念の清楽を付与したときに三月の中で必殺の剣は覚醒を果たした。


 輝く花びらを舞わせる流麗な閃き、──神鎮ノ花嵐かみしずめのはなあらし

 その名の通りか、荒ぶる神を鎮めるほどの覿面てきめんな威力を発揮した剣であった。


「雛月……」


「うん、何かな?」


 まみおとの試合を思い出しているのか、三月は重めで真面目な顔をしている。

 何を言い出すのかと思いきや。


「朝陽の顔と声で、俺の親父をおとうさんおとうさん言うなよ。俺と朝陽の関係はそこまで発展してないんだ。そういうの想像したら照れるだろ……」


「──おっと、手が滑った」


 笑顔で不機嫌な雛月の掲げた手から、不滅の太刀が切っ先を向けて三月の枕元に降ってきて勢いもろとも突き刺さる。

 どすんという鈍い音の後に、ぎゃあと悲鳴が上がった。


 身動きが取れず騒ぐ三月の抗議に、雛月は聞く耳を持たない。

 盛大なため息をついて、雛月は話を再開した。


「やれやれ、三月ったら本当にもう……。とにかく、あの神殺しの必殺剣はきっともう三月にだって使えるはずさ。地平の加護にもすでに登録済みだ」


 枕元に刺した刀を抜いて、軽々しくひょいっと持ち上げる。

 白い刃に映る自分の顔を見つつ、雛月は含みを持たせて言うのだった。


「もっとも、今回のことが無くったって、いずれは三月自身の力で呼び起こせた力だったのかもしれないけどね。今までは知らずに眠っていたけれど、清楽父さんの記憶に触れ、とうとう目覚めの時を迎えてしまったんだろうさ」


「親父や俺がいったい何だって言うんだよ。うちは至って普通の家だぞ」


 危うく頭に刀を突き立てられそうになり、はらはらする思いで三月は横目に雛月を見やった。

 にやりとする目がこちらを見返している。


 いつの間にやら不可思議な世界の事情が自分の家を巻き込んできつつある。

 多少は浮世離れした出自だったのかもしれないが、自分や家族に非現実的で得体の知れない領域が及ぶのは、やはり抵抗があった。


「……第一、雛月は知ってたのか? 親父の剣術にあんな力があったなんて」


「さあね。ぼくはただ、段階的に情報を三月に開示してあげてるってだけだよ」


 問い掛ける三月と煙に巻く雛月とのやり取り。


 雛月は初めから知っていたのか。

 三月の行動によって情報が解放されたから知ったのか。

 それは卵が先か鶏が先か。


「でもさ、おそらく清楽父さんは自分にあんな凄い力があったなんて知らなかったと思う。三月も知る通り、神殺しの剣術なんて見たことなかったろう?」


 確かにそれはその通りで、三月は父に剣の教えを請うていた時もそんな超常現象を見た覚えはない。

 清楽が何か力を隠している様子もなかった。

 雛月はそのまま祖父の剣技にまで、三月に代わって思いを馳せる。


「剣術というなら剣藤けんどうじいちゃんも同じだ。あの剛剣、おおよそただ者じゃないね。単なる骨董の刀剣好きってだけじゃなさそうだよ」


「親父……。じいちゃん……」


 雛月の手にある、不滅の太刀の刀身が鈍く光っている。

 光はいつからそこに居たのか、枕元に立つ幻影の父と祖父の姿を照らしている。

 仕事着のスーツ姿な清楽と、着物姿の好々こうこうやな剣藤が、何かを言うでもなく笑顔で三月を見下ろしていた。


 雛月が不滅の太刀を手品みたいに消すと、淡い明かりと一緒に二人の姿もすっと消えてしまう。

 名残惜しく感じてぼうっとしていると、雛月はもぞもぞと身体を三月のほうへ横向きにして言った。


「清楽父さんと剣藤じいちゃん、今思えば不思議な人たちだったね。いったい何者だったんだろう? 三月は自分の家や、家族について考えたことはあったかい?」


 質問の答えを待たず、雛月はもう一つ三月に確認するように聞いた。


「──少しは、昔を思い出す気になれそう?」


 昔を思い出す、その言葉に三月は暗い顔をして押し黙った。

 家族の記憶を思い返すということは、10年前の「あれ」がどうしても真っ先に思い当たってしまう。

 それが沈痛な気持ちを呼び起こしてたまらなくなる。


「うぅ……」


 両目を閉じて苦しげに呻く三月の横顔を見て、雛月は困り顔で苦笑した。


 三月が過去に受けた心の傷は深く、そう簡単に癒えはしないだろう。

 三月と心を共にしている雛月にはそれが痛いくらいよくわかる。


 しかし、そうして顔を背けていてはいつまで経っても進めない。

 だから、雛月は強く意を決した。


「よしっ、もうこれは教えておこう!」


 雛月はひときわ大きな声をあげた。


 それと同時に、三月の脳裏にある記憶が流入してきて呼び起こされる。

 身体がびくんと反応して跳ねた。


 それは、地平の加護の判断でさらなる情報を開示して、三月が前を向いて先へと進んでいけるよう背中を押すためのものであった。

 想起する記憶の言葉は、まみおとの試合中に思い出した父と祖父のものだ。


『佐倉の剣は特別なんだ。脈々と継承されてきた意思の力……』


『剣術だけなくその剣の心に秘められた力、そして父さんに流れるこの血の思い。それはきっと、三月にも受け継がれている』


『そうだ、みぃ君が大きくなったら、佐倉の家に先祖代々受け継がれてきた凄い剣を見せてあげよう。神様がつくり、神様を鎮めるための聖なる剣だ。我々の一族は剣士の家系、花の名を冠する剣士の血統なんだよ』


「三月、さっき大昔の神と人との話をしたよね。日和と夜宵の側で、蜘蛛の神との戦いを繰り広げたっていう剣士たち、──蜘蛛切くもぎりの剣士けんしのことをさ」


 雛月は片肘をついて上体を起こすと、真上から三月をしっかり見つめた。


「もう単刀直入に言ってしまうから、しっかりと受け止めてくれ」


 地平の加護の疑似人格の口から、三月自身の秘密が明かされる。



「蜘蛛の神を退治した剣士たちはそれぞれ「花」を家名に持っていた。──佐倉、さくら、桜。清楽父さんや剣藤じいちゃん、それよりももっともっと遠いご先祖様は蜘蛛の神を調伏ちょうぶくした蜘蛛切りの剣士だったんだ。三月、君はその末裔(まつえい)なんだよ」



「な、何だって……?!」


 面食らった三月の顔を、雛月はおどけることなく真面目な顔で見ていた。


 女神たる日和の記憶に触れ、生来の三月の記憶を司る雛月はその事実を突き止めていた。

 清楽と剣藤の剣術とを照合し、神話と現実が合致したと確信に至った。


 目を丸くして驚いている三月だったが、降って湧いたような突拍子もない話なのに何も言い返す気が起きなかった。

 受け継いだ遺伝子がそれを事実だと受け止めているのかもしれない。


「マジかよ……。いくら何でも出来すぎた話だな……」


 顔をしかめる三月に、雛月は平然とした顔と勢いで言ってのける。

 言われてみれば、それは確かにその通りで、今の自分の状況を考えればぐうの音も出ないほどに納得のできる理由でもあった。


「そうかな? そういう昔話が本当にあったから、今に至ってこの不思議な体験を三月はしているんじゃないか。二つの異世界を行ったり来たりしてるうえ、タイムリープまでしてるのを全部偶然で片付けるつもりかい? 無理筋にも程がある」


 三月の言葉を待たずに雛月は一息に畳み掛ける。


「三月はどこにでも居る何の変哲へんてつもない普通の人間じゃないよ。こんな大変なことになってしまったのにはちゃんとした理由があるんだ。由緒ある神殺しの血統で、当代の神水流の巫女と密接な関係を結び、異世界を巡って過酷な試練の真っ最中。そして、一度は決した破滅の運命を、無理やり書き換えようだなんて途方もない重大事に取り組もうとしている。こんなのが普通な訳ないだろう」


「う……。そりゃ、そうだよな……」


「三月、はっきり言おう。これは偶然なんかじゃあない」


 たじろぐ三月に覆い被さるように圧倒しつつ、雛月の言葉は続いた。

 これは、たまたま舞い込んだ幸運の末に訪れた機会ではない。


「三月は選ばれるべくして選ばれたんだ。少なくとも、ぼくをつくった創造主様は三月を正しく導き、偶然の産物ではなく、三月の意思を持って運命を変えて欲しいと願っている。それはもちろん、ぼくだって同じ気持ちなんだ」


 つくられた心とはいえ、自らが真心だと信じる思いを迷いなく伝える。

 物語の案内人としての役割を果たすため、より良い道筋を模索して示すため。


 無機的な機能をするだけでなく、雛月は三月の人生に寄り添い、隣を歩む。

 三月の閉ざされた心を氷解させたいその一心で。


「だから、三月。──頑張ろうよ。ぼくも一緒に頑張るからさ」


 同じ布団の中で顔と身を寄せ、雛月は愛くるしく微笑みを浮かべた。

 それは本物の朝陽にも負けないくらいの、とびっきりの笑顔だった。


「ひ、雛月……。う、うぅむ……」


 三月はドキリと心臓を高鳴らせ、暗闇でもわかるほど顔を赤くしていた。

 きっとそれは雛月にもばれてしまっているだろう。

 だがもう、そんなことを気にしている場合ではない。


 雛月は応援をしてくれている。

 三月が未来へ目を向け、過去と決別できるように。

 誰のためでもない、三月自身のために。


「──ここでやらなきゃ、男じゃない、よな……」


「うん、そうだよ」


 三月の呟きを漏らさず聞き、雛月は笑顔のまま頷いて返す。


 過去を変えて朝陽を救う。

 もう、そう選択してしまったのだから。


「これがタイムリープだってんなら、昔のことを思い出さないといけない。どうやったって10年前の「あれ」と向き合う必要がある……」


 目を強く閉じて、じっくりと息を吸い、吐いた。

 騒ぐ心を落ち着かせ、三月は再び目を開けると勇気を振り絞る。


「俺の家族や、学校の友達、家や町のこと……。いなくなった朝陽のことも、俺は受け容れないといけないんだ。……正直きついけど、頑張ってみる」


「その意気だ。三月の無理のないペースで構わない。ゆっくりと過去に向き合うといいよ。ぼくだって、ちゃんとサポートするからね」


 神々の異世界のことではなく、迷宮の異世界のことでもない。

 他ならぬ現実世界での、まして自身の問題であり、誰かを頼ることはできない。


 三月の頼みの綱は、今はこの自分のうつし身──。

 雛月しかいないのだ。


「すまん、頼む。この件に関しちゃ、俺は雛月しか頼れる奴がいない。同じ苦しみを味わった夕緋には思い出させたくないんだ。だから頼む、雛月に寄っかからせてくれ。情けない俺をどうか助けて欲しい」


「うん、任せてくれ。大いにぼくを頼るといい。ぼくはそのために存在しているんだからね。三月の信念に従った結果の願いこそが、ぼくの願いでもあるんだ」



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