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第169話 運命の分かれ道1

三月みづき神水流かみづるの巫女と出会う縁


「どうしてみんな神水流さんの朝陽ちゃんと夕緋ちゃんに手を合わせて拝んだり、お辞儀したりするの?」


 幼稚園に入園し、朝陽と夕緋と出会った三月にはそれが奇異に映ったものだ。

 幼少の時から特別な扱いを受けていた神水流の巫女の二人には、父兄や保育士の大人たちはもちろん、他の園児でさえ接し方が違っていた。


 神水流の巫女様たちは神の使いである。


 この地に住まう人々にとってそれは当然の信仰心の賜物たまもので、尊い存在だとあがめ、別格視されていたことに不自然は無かった。

 そのはずだったのだが。


 三月にはその様子が何故なのかわからなかった。

 もちろん、巫女たちが選ばれた特別な人物であるということは教えられてはいるが、どうにもしっくりこない。


「他の子たちと同じなのに、みんなにぺこぺこされて変なの」


 子供心に反骨心めいた気概を覚え、積極的に朝陽と夕緋との交遊に努めた。

 巫女であるからといって、別に友達になってはいけないという決まりはない。


 一緒に遊んでみれば、確かに妹の夕緋のほうは何とも言えない迫力を感じることはあったが、姉の朝陽のほうはまるっきり普通の女の子で拍子抜けしてしまった。

 何ならちょっとどじなくらいで、三月は度々と世話を焼くようになる。


 朝陽を間に介することで、最初は近寄りがたい雰囲気のあった夕緋と打ち解けていくのにもさして時間は掛からなかった。


「やるね、三月。なかなかどうして、幼稚園児の頃から堂に入った人たらしだ」


「引っ掛かる言い方すんなって。朝陽と夕緋が変に特別扱いされてるのが何となく違和感だったんだよ」


 目の前を三人が楽しげに駆け抜けていくのを三月と雛月は見送った。

 その後も何かと朝陽の面倒を見る三月と、それを見守る夕緋の関係は続いた。


「迷子になった朝陽を夕緋と一緒に探してあげたり、集団での習い事中にトイレに行きたいって言い出せないのを気遣ってあげたり、幼稚園内に紛れ込んできた野良犬から庇ってあげたり──。本当に素敵な騎士ナイト様じゃあないか、あはははっ」


「茶化すなよ……。俺にとっちゃ、これが当たり前の日常だったんだよ」


 冷やかす気満々の雛月に辟易へきえきしている内に、過去の自分たちは小学生に上がった成長した姿になっていた。

 三人の仲は変わらずに続いている。


 親同士の付き合いが親密であることも仲が良かった大きな要因であった。

 市議会議員である三月の父は多くの氏子うじこが属する神社の神主であり、朝陽ら巫女姉妹の父との立場上の深い関わりがあった。

 そのお陰で、学校等のおおやけの場以外でも私的な交流が交わされていた。


「ねえ、今週の日曜日も神水流さん家行くの? じゃあ、待ってる間に夕緋ちゃんと宿題やろうっと。朝陽の勉強も見てやるかな」


 週末は両親とも家を空けることがしょっちゅうあり、三月は自然とその行き先である神水流の家で朝陽と夕緋と過ごす時間が長くなっていた。

 異性を意識した付き合いではなかったにしろ、友達以上の関係であることに間違いはなかっただろう。


 夕緋は小学生の中学年くらいの時期から、女神様の声が聞こえると言っていた。

 母の怜にしか話したことのない秘密を三月に語ってくれたことがある。

 夕緋は突拍子もない話に、三月は信じないだろうと思っていたが。


「えっ、疑ってなんかないよ。夕緋ちゃんはそんな変な嘘は言わないよ」


 三月は疑うことなく、夕緋に強く備わった神通力の素養に感心していた。

 事実、不思議な力を見ている前で何度も披露してくれたこともあり、三月はそんな夕緋を半ばヒーローのように特別視していたほどだ。

 朝陽も一緒になって、巫女として破格の才能を秘めた妹を素直に持て囃していたものだった。


「夕緋ちゃん、凄いっ! 夕緋ちゃんは七不思議殺しの女だぁっ!」


 ついには調子に乗って、当時通っていた小学校のどこにでもあるような怪しい噂の出所を、片っ端からひねり潰して回ったのは今では語り草でもある。


 夕緋にとって七不思議など他愛のない怪異でしかなかったが──。

 七不思議殺しの女などという恥ずかしい異名を、よりにもよって三月に付けられてしまったことが一番のショックだったと後に語る。


 三月が父親のことをけなされ、クラスメイト相手に大喧嘩をしたのもこの時期だ。

 人となりを鑑みず、生まれや出自だけを取り上げ、尊敬する父親の悪口を言われたのが我慢ならなかったのだ。


「父さんを悪口を言う奴は許さんっ! お前ら、何も知らんくせにいい加減なことを言うなっ! 朝陽と夕緋ちゃんのどっちがいいかなんてどうでもいいことだろうがよっ!」


 三月が神水流の巫女姉妹二人ともと仲良くしているのを誰かがやっかんだ。

 どこで聞きかじってきたのか知らないが、父を愛人の息子だと揶揄やゆされたことが激昂のきっかけであった。


 喧嘩は駆け付けた夕緋が止めてくれたものの、普段から温厚な三月が心底怒ったことに周りはとても驚いていた。


 祖父、佐倉剣藤(けんどう)逝去せいきょもこの頃だった。

 剣の修行の時はひたすら厳しかったが、たった一人の孫の三月には優しく、刀剣の知識以外にも色々とあれこれ教え聞かせてくれた良いお爺ちゃんだった。


「じぃちゃん、死んじゃった。これが人が死ぬってことか……」


 三月にとって、明確に人の死に触れたのもこの時が初めてであった。

 予期せず訪れた別離に、もっと祖父の話に耳を傾けておけばよかったと思った。


 色あせない懐かしい思い出の数々を見せてくれるのは何だか嬉しかったが、雛月にそれらを見られているのはどうにも気恥ずかしくて居心地が悪い。

 雛月は得意そうに笑って、落ち着かなさそうな三月を見つめていた。


「──うぅむ、なぁ、雛月。おさらいとは言ったが、俺の思い出なんか振り返って何か意味あるのか? 夕緋はともかく、朝陽のことだけでいいと思うんだが……」


「ぼくは意味のあることしかやらないよ。過去を思い返してみて、何を見出せるのかは三月次第さ。大丈夫、何が重要だったかは後でちゃんと教えてあげるから」


「わかった、頼むよ。雛月が頼りなんだ、恩に着る」


「うんうん。存分に頼りにしてくれたまえ」



■運命の分かれ道


 過去の三月たちは高校生1年になっていた。

 季節は秋頃、日和が見せてくれた現在の時間の流れと同じくらいの時期だろう。


 三月と朝陽の恋仲が進展し始めているのを俯瞰的ふかんてきに眺める格好となっていたが、すぐ隣に朝陽と同じ姿の雛月が居るのは凄く変な感じがした。


 それだけでは済まない。

 自分のいちゃいちゃする様子を見せられ、にんまりとご満悦の雛月にからかわれるのは相当な地獄でもあった。


「皆に隠れて二人で仲良く一緒にお弁当食べて、──あぁっ、朝陽にお口にあーんなんかしてもらっちゃって! もう見てらんない、食べてもないのにお腹いっぱいだよこんなのはさぁ! ここ学校だってこと、忘れてない?」


「ぎゃああああ! こんな恥ずかしいもん見せるんじゃねえっ! プライバシーの侵害もいいところだぞっ……!」


 人目を忍んで人気のない屋上出口前の階段に腰掛け、朝陽がお箸でつまみ上げた卵焼きなどを口に運んで食べさせてもらっている。

 これでまだ正式にお付き合いをしていないというのだから、周りは本当にたまらなかっただろうことは想像に難くない。


「しかも、ぼくは知ってるよ。二人が美味しそうに食べてるこのお弁当、実は朝陽じゃなくて夕緋につくってもらったものなんだろう? 自分が用意したお弁当で、三月と朝陽がいちゃいちゃしてるだなんてさ。夕緋の気持ちを考えると流石に同情しちゃうな」


「……この時はまだ、夕緋が俺のことを想ってくれてたって知らなかったんだよ。普段から夕緋は、俺と朝陽の面倒を色々と見てくれてたからさ。そもそも、こんな風に朝陽といちゃいちゃするのだって、俺は不本意だったんだ……」


「ふーん」


 と、雛月は三月の言った言葉を聞いてにやりと笑う。


「不本意、と言ったね。確かにいくら三月でも、公共の場でこんな破廉恥はれんちな真似をするなんてちょっと不自然だ。何か事情でもあったのかい?」


「……まぁ、ちょっと、な……」


 三月は表情暗くして口ごもる。


 朝陽が命を落とした過去の悲劇とは別で、三月にはもう一つあまり思い出したくない嫌な出来事があった。

 朝陽と急速に仲が良くなったのもそれが起因している。


「──聞かせてよ。その時のことを三月の口から」


 隣に立つ雛月が暗い顔を覗き込んでくる。


 記憶を司っているのだから、当然その過去を知っているはずだが──。

 雛月は三月自身に想起をさせたがっている。


 他でもない雛月がそれを促しているということは、何かしらの意味がそこにあるのだろう。

 或いは、過ぎ去ったその事実に向き合わせようとしている。

 三月は意に決して語り出した。



「……俺さ、このくらいの時期に、川で溺れたことがあってさ」



 それは三月自身の、水難事故に遭った時の記憶であった。


 神巫女町には町を横断する広大な流域面積を誇る、「母上ははかみ川」という河川が流れている。

 女神社おみながみしゃのある御神那おみな山から伸びてきていることから、女神めがみ川と呼ばれることもある文字通りの母なる河川である。


「高校生1年の秋口の頃、あれは学校の帰り道だった。俺はひょんなことから増水した母上川に入って、油断していたところを上流からの鉄砲水に飲まれてしまったんだ。それで、そのまま行方不明になって大騒ぎになった、らしい……」


 三月は顔色を悪くしながら、重い口調で話した。

 荒れ狂う水流に巻き込まれたところまでは覚えているが、そこからぷつりと意識は途切れて何がどうなったのかはわからない。


 すぐ警察と消防の水難救助隊による捜索が始まったそうだが、濁流だくりゅうに押し流された三月はようとして見つからなかったのだという。

 雛月は深く息を吐く。


「うん──、あれは本当に危ないところだった。三月が助かったのは奇跡といっても過言じゃないよ。……まさに、運命の分かれ道だったんだ」


 意識を取り戻すとそこは病院のベッドの上だった。

 ベージュ色のカーテンがつり下がっている天井の光景は未だに覚えている。


 どうやら助かったのだと理解すると同時に、自分が寝ているベッドに突っ伏して眠る制服姿の朝陽が目に映った。

 三月を看ていてくれたようで、疲れてそのまま寝てしまったのだろう。

 その時のことを振り返り見て、三月は身震いしながら言った。


「後から、目を覚ますまで三日三晩も意識を失ってたって聞いて驚いたよ。朝陽は学校帰りに毎日俺の容態を見に来てくれてたんだ。朝陽にもそうだけど、色々な人にいっぱい迷惑を掛けてしまったなぁ」


 次に思い出すのは、奇跡や幸運と呼べる、不可思議がもたらした結果に命拾いをした記憶であった。


「何より一番驚いたのは、流されて行方不明だった俺を見つけ出してくれたのが、朝陽だったってことだ。警察や消防でも見つからなかったのに、朝陽は俺がどこに居るのかがわかったんだそうだ」


 他の誰が探しても発見できなかった三月を見つけ出したのは、何と朝陽だった。

 今となっては理由はわからないが、朝陽は母上川の下流の岸に気を失った三月が流れついているのを探し当てたのである。


 日はとうに暮れていて、明かりも無いのに暗がりの川辺に横たわる三月を見つけられたのは奇跡としか言いようがない。


 当然ながら三月は当時のことを覚えてはいない。

 ただ、意識を無くして死の淵に沈み、二度と覚めないだろう冷たい眠りについていたときに。


 無意識下で見たのかもしれない神秘的な心象を思い描いていた。

 遠い目をして三月は呟くように言った。


「気を失って生死の境を彷徨さまよってた俺が、そんなことを覚えてるはずは無いと思うんだけど──、真っ暗な水の底でずっと上のほうの水面を眺めてた記憶があるんだ。このままここでこうしていたら絶対に助からないって思うんだけど、身体は全然動かなかった。そうやって沈んでいて、もう駄目だなって、いよいよと観念を決め込んでたときだ。水の中を眩しい光が真っ直ぐ俺の所まで下りてきたんだ」


 実際、三月は暗い川底に没していて、意識などある訳がない。

 命さえ風前の灯火で消えてしまう寸前であったのだ。

 しかし夢か現か、空想と現実の狭間で、心の深奥が何か神めいたものに触れた。


「光は人の姿をしてた、と思う。顔はわからなかったけど、肩くらいまでの髪の毛と身体の輪郭だけは何となく覚えてる。……あれは、もしかしたら、朝陽だったのかもしれないな……」


 そして、次に病院で目が覚めた際に、そばには朝陽が付いていてくれた。

 三月を見つけてくれたのも朝陽で、応急処置をして救急を呼んでくれたのも朝陽だったと後に両親から聞かされてそれは驚いたものだった。


 奇跡、と言われ、当の三月は素直にそれを信じ、受け容れた。

 雛月は三月が助かった事実の希有けうさを補足する。


「奇跡はそれだけじゃないよ。本来、溺水できすい後の蘇生そせいまでのタイムリミットは10分と言われている。心肺停止から救護措置開始まで3分も掛かれば、生存率は5割を切ってしまい、それ以上時間が掛かってしまうのなら生還できる可能性は限りなく低くなるんだ。──三月が溺れてから数時間もの経過があり、蘇生は本当に絶望的だとされていた」


 本当ならば三月の命は無かった。

 意識不明で呼吸と脈拍の停止、生死不明な仮死状態。

 生還は望み薄く、もし蘇生したとしても深刻な障害が残ることが予想された。


「だけど、三月は無事に意識を取り戻した。何らかの後遺症が残ることもなくね。朝陽の祈りが天に届いたのかな。神水流の巫女の霊妙の神通力を以て三月が助かることを願った。朝陽の願いは聞き入れられ、三月は無事命を救われた。誰かが言うでもなく、その尊い出来事は瞬く間に真実となって広がった」


 雛月が言葉を切ると、病院での二人の映像は消え失せた。

 再び、高校生時分の三月と朝陽の仲睦まじいお昼風景が映し出される。


 やっぱり、あまりまじまじと見られるのは恥ずかしかったが、三月は優しい目をして昔の幸せだった頃に思いを馳せるのであった。


「朝陽は命の恩人なんだ。朝陽が助けてくれなきゃ、俺の人生はあそこであえなく終わってしまっていた。……まぁ、だからなんだよ」


「なるほどね、だからちょっとくらい恥ずかしいお願いでも三月は朝陽の言う通りにしてあげてたって訳か。それどころか、これはもう一生頭が上がらないパターンなんじゃない? ──ふふふっ、本当に、朝陽には感謝してもし切れないね」


「そうだな。この事件がきっかけで俺は朝陽に好きだって気持ちを伝えて、高校を卒業したらちゃんとした交際を始めようって、約束をしたんだよ」


「素敵なエピソードじゃないか。さすがのぼくでもけちゃうね」


 ひとしきりくすくすと笑った後、雛月は真面目な顔に戻って一息を吐いた。

 薄れ消えてゆく、三月と朝陽の幸せそうな思い出を見送り、眉根を上げた雛月が静かに感情を荒げる。

 三月もその思いにしっかりと答えた。


「尚更悔しいね。二人には希望の未来があったのにさ。本当にもう、取り戻すしかないよ。神様の訳わからないご乱心で全部奪われるなんてあってはならない」


「ああ、身勝手な神様の事情なんて知ったことか! 好き放題に振り回されるのは真っ平ごめんだって思い知らせてやる! ──絶対に朝陽を取り戻す」



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