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第156話 新たな力とさくらの剣2

変化宿へんげやどし! 亡霊落ち武者、もっともっとでよ!」


 斬られた傷を意に介さず、まみおは体勢を立て直した。

 さらなる変化術を繰り出してくる。


 屈強の具足武者ぐそくむしゃに加え、左右に一体ずつ、最初に呼び出したような野武士のぶしの亡霊を二体呼び出し、新たに従えていた。

 これで剣の強さ、速さ、重さは少なくとも二倍三倍に増強されたことになる。


「こうなりゃ数で押してやる! ちょっとくらい剣が上手くなったからって大勢に囲まれちゃどうしようもねえだろうっ!」


 錆びた刀を振りかぶり、叫びながら飛び込んでくるまみおと──。

 三人の集団となった落ち武者たちがみづきに揃って迫る。


 集団で囲んで棒で殴る、とは原始的ながら効果の高い包囲殲滅ほういせんめつの戦法だ。

 みづきが呼び出した清楽に剣の腕前では敵わないと踏んで、すぐさま数の暴力に頼ったまみおはある意味で正しい。


 いかに剣の達人であろうと、こと一対多の集団戦ともなればたちまち叩き伏せられて、高度な技を発揮できず制圧されてしまうに違いない。

 しかし──。


「あっ! おいこら、みづきっ! 痛ててッ! ずるいぞっ、ちゃんとやれよ!」


「やってるよ! これは勝つための戦い方だっ! まみおだってっ、俺を袋叩ふくろだたきにしようとしてるだろうがよっ!」


 三人の亡霊武者を連れ立ち、斬りかかってくるまみおの密度の高い攻撃。

 速く重く、本当に大勢に襲われているかと錯覚するほどだ。


 対して、みづきはそれらの凶刃の数々に正面から打ち合わず、常に後方へ下がりつつ互いの位置をずらし、まみおの剣から遠ざかる。


 それでいて踏み込んでくるまみおに、逃げながらの一撃をカウンター気味に細かく当てていき、反撃すると見せかけては刀を打ち合わせて間合いを外していく。


 打てるときにだけ打ち、応じ技に返し技を放つ。

 こちらから相手のきょを作り出して、隙を逃さず突く虚実きょじつの攻めにも似た、みづきの洗練された動作が生む攻防。


 敵の集団とはまともに衝突せず、合間の隙だけを攻める。

 それは、多勢相手の喧嘩上手な高い技術の為せる技であった。


『真っ直ぐな剣は気持ちがいいがそれだけでは駄目だ』


質実剛健しつじつごうけんな正道だけでなく、千変万化せんぺんばんか奇手妙手きしゅみょうしゅを併せ持ち、無法に通じることも時には必要だ。戦いともなれば愚直なだけでは勝てはしない』


「これは親父の剣術だけど、さらに精度が上がってる……! こりゃきっと、太陽の加護のお陰だなっ! ただでさえ上手かった親父の剣術をもっと研ぎ澄まして、本当に達人の域にまで高めてくれてるんだっ!」


 クリアな音声で聴覚に甦る清楽の言葉を思い出し、剣戟けんげきの最中に呟く。


 身体を自然に動かしてくれる父の力を感じながら、頭上で輝く加護の霊験あらたかな奇跡には驚きを隠せない。


 太陽の加護はすでに至高の領域にあった清楽の剣の技巧をなお昇華させ、さらなる高みへと至らせている。


 今まで手も足も出せなかった父の剣技に、まだ伸び代があったことに感服するやら呆れてしまうやらであった。


「あちっ!? あちちっ……! 痛えぇ! さっきから、なんなんだよこれぇ!」


 事態はそれだけでは済まなかった。

 まみおは悲鳴をあげていた。


 勢いを増した嵐そのものな剣のやり取りを続けていると、異変が起こり始める。

 みづきの不滅の太刀の白い刃と、まみおの赤錆びたぼろぼろの刃が触れる度。


 ヂッ! ヂリリッ……!


 刀の刃を通して刀身から手へ、手から身体へと。

 火傷をするほどの身を焼く高熱がまみおの動きを顕著に鈍らせている。


 キィンッ、と剣がぶつかり合うと火花が散るように、白く淡い輝きの光の花びらがひらりひらりと空中に舞い上がって見える。

 それらはみづきの剣が生み出した不可思議なる力の残滓であった。


 気付けば、まみおに先ほど与えた袈裟切けさぎりの傷がまだ塞がっていない。

 炎で焼かれたり、神の鉄槌をくらっても立ち上がってきたのに、みづきの剣の傷は深く刻まれたまま。


「いいぞっ、みづきっ! そのままもっと苛烈かれつに攻め立てるのじゃあっ! 不埒ふらちな化け狸に一泡吹かせてやるがよいっ!」


 止まぬ歓声のなか、神の観覧席の日和は串団子を振り回して興奮中。

 赤い座布団の上に立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねている。


「む……」


 ただ、隣の多々良は顎に手をやり、少し奇異そうな顔をしていた。

 格段に練度の上がったみづきの剣術と、それに伴って発生している花びらのような散り舞う光に何かを感じ取っている。


「どうしたんじゃ、多々良殿? 狸ならぬ狐につままれたような顔じゃぞ」


「……」


 日和の冗談めいた声に反応せず、多々良はじっとみづきと剣筋を見ていた。

 みづきの剣は鋭さを増していき、次々と発生する光の花唇かしんが会場中を覆うくらい舞い踊り、その美しい様子は絢爛けんらんな花吹雪を思わせる。


「あっ、ああっ! おいらの変化術がッ……!?」


 一人、また一人とまみおに追従する鎧武者が、みづきの振るう剣に切り裂かれ、かき消えていく。

 頼りの巨躯の具足武者でさえ姿を維持するのがもう精いっぱいで、薄く向こう側が透けて見えるほど消えかかっていた。


「みづきの剣と、この変なひらひらの光に打ち破られていくっ! 術を留めておけねえっ……! みづきぃ、おめえっ、その力はいったい……!?」


 冷や汗をだらだらかきながら、驚愕に顔を引きつらせるまみお。

 痛みか恐れか、両の手で持つ刀がかちかちと震えていた。


「ふぅっ……!」


 みづきは整った息を吐く。


 まみおとは対照的にまったくの震えなく、ぴたりと落ち着いた刀の切っ先。

 化け狸が恐れおののく清楽の比肩する者無き剣術と、霊妙の光の花びら。


 妙に落ち着き払った静かな胸の内には、とある心当たりがあった。

 またかつての父の言葉の記憶が巡る。


『佐倉の剣は特別なんだ。脈々と継承されてきた意思の力……』


『剣術だけでなくその剣の心に秘められた力、そして父さんに流れるこの血の思い、それはきっと、三月にも受け継がれている』


 清楽は自らの剣を特別であると言っていた。

 そして、それは血の流れとしてみづきにも継承されている、とも。


 そうした元来の素養、父との鍛錬の成果があったから。

 みづきの剣術は上達したのである。


 一朝一夕いっちょういっせきの付け焼き刃で、漫然と呑気に異世界を渡っていた訳ではない。

 幼い頃から積み上げた力があるからこそ、地獄の獄卒鬼やファンタジー異世界の魔物たちとやり合ってこられたのである。


 但し、その鍛錬と剣の力は何のためであったのやら。

 少なくとも、みづきはこんな光の花びらのことなんて知らない。

 舞い踊り、ちかちかと輝く白い光を不思議そうに見つめる。


──父さんの剣が特別だってのはよくわかったけど、このひらひらの光はいったい何なんだ? 今までこんなのは見えなかったし、感じることもなかった。


「それに──」


 みづきは戦いの最中にまみおの様子をつぶさに見ていた。


「あちっ、あちちっ! くそっ、あっちいけっ!」


 まみおは後ずさりする、もうこの場に留まれない。

 光の花弁は変化術を打ち破るばかりか、まみおが触れるとじゅじゅっと火傷にも似た傷を付けている。


 それは結構な苦痛になっているようで、まみおは必死にひらひら舞う光を追っ払おうとしていた。


「痛てぇっ! この光の花びら、おいらのことを焼こうとしやがるっ……!」


 花吹雪が如くに空中をひらひら飛び交う光は、触れる先からまみおの神の身体をむしばんで灼熱の熱さで焦がしている。

 なのに、みづきに対しては身体を素通りして、きらきらと綺麗に目に映るだけで何かの影響を与えることもなかった。


「ちくしょうっ、亡霊武者が消えちまった……!」


 苦々しく見やるまみおの背後で、頼みの赤い甲冑の具足武者はとうとう霧が晴れるみたいに霧散して消えてしまった。


 正面にどっしりと剣を構えるみづきにおずおず向き直る。

 まみおは明らかな恐れを抱き、喉を鳴らして途切れ途切れに言葉を漏らす。


「みづき、おめえ……。まさか、みづき……」


 神であるまみおが怯えるほどの正体をみづきに感じた。

 それは神が最も忌避し、脅威を覚える最悪の存在であったからだ。

 歯を食いしばってまみおは絞り出す声で言った。


「おめえ、まさか……! ──神殺かみごろしかよ!?」


 それは最も業深き罪であり、それを行う者のことだ。

 万物の父母であり、敬服する信仰の象徴、聖なる源を追い落とし、滅ぼす。


 完全なる永遠の存在である不滅の者、本来は誅される存在ではない神を殺す、又は殺せる能力を備えた何者か。


 即ち──、「神殺かみごろし」である。


「はぁ? 神殺し? まみお、何を言ってんだ……」


 しかし、当然ながらみづきにそんなつもりはないし、そうである覚えもない。


 神はまつり、あがめる対象だと古くから教わり、それを遵守じゅんしゅしている。

 敬虔けいけんな信仰を心に持ち、みづきはあの故郷の町で育ち、そうして今まで生きてきたのだから。


 ただ、これは絶好の機会であった。

 変化術は消え、父の剣術で発生した花びらの光がまみおを気圧している。


「逃がさないぞ、まみおっ!」


「こんにゃろめっ、みづきっ……」


 光の花吹雪を振り払って、みづきもまみおを追って飛び出した。

 たまらず逃げ出すまみおは、前を向いたまま後ろ向きに飛び下がる。

 ぎらついた追撃の表情と、追われる焦燥の表情が睨み合った。


 後方の清楽の姿が一旦消える。

 瞬時に光の粒子が集まってきて、清楽と入れ替わり再びエルフの彼女が現れた。

 みづきと動きを連動させて、風の力を従わせた剣を横なぎに振るう。


『対象選択・《シキみづき》・効験付与・《アイアノアの風魔法》』


「アイアノアッ、頼んだ! 撃ち落とせっ!」


 叫んだみづきの剣と同時、遅れ無しに緑の風が巻き上がった。

 手の不滅の太刀に巻きついた風は、意思を持って標的に向かって吹き荒ぶる。


 都度、洞察済み対象を呼び出し、効験を付与をするこれまでの挙動に比べ、加護の発動までの時間が省かれ、運用が非常にスムーズで速い。


「うひっ!? みづきっ、おめえ風の力まで操れるのかッ……!?」


 四方八方から高速で取り囲んでくる疾風を見て、まみおはみづきの多彩さに戦慄を感じてうろたえた。

 剣を介したアイアノアの風魔法エアソードは、うねる大気を刃に変えると怯む標的に一気に襲い掛かる。


変化宿へんげやどしっ! 妖怪ぬりかべっ! あらゆる災いをおいらに通すなっ!」


 慌てて手の刀印を振り回し、まみおは再々の変化術を発動させる。

 空間がぐりゃりと歪み、何もないところから白い毛並みの獅子を思わせる三ツ目の妖怪が姿を現す。


 妖怪ぬりかべ。

 夜道を歩いていると、突然と見えない壁が立ちはだかり前に進めなくなる怪異を起こすとされる妖怪であり、その本当の姿は正体不明な部分が多い。

 大きな壁に顔が付いている姿をしているとも、狸の化けた偽物の壁だとも。


 そんな三ツ目の獅子の妖怪が目を一斉に光らせると、まみおを透明な壁が全方位包み込み、何もかもの害意を遮断する。


 見えない壁の上から継続的にまみおを切り刻もうとする風魔法のエアソードの刃は、見事に防がれてしまった格好となった。


「動くなよ、じっとしてろよ……!」


「み、みづきッ……!?」


 まみおはいつの間にか至近距離にまで迫っていたみづきに表情引きつらせた。

 不滅の太刀を一旦消して収め、今は何も無い腰のあたりに右手をやっている。


 低めの体勢で再び抜刀する直前の動作を見せるそれは、居合抜きの構え。

 じゃりっ、と土を踏みしめる利き足には見た目以上の重量が掛かっていた。


『対象選択・《シキみづき》・記憶領域より特質概念とくしつがいねん構築・効験を付与』


 発動する地平の加護、キャラクタースロットの概念付与。

 アイアノア、清楽に続き、新たなる特質概念を自らの精神世界に確立させる。


 太陽の加護がまた、みづきの思い出の扉を開き、曖昧だった記憶を完全なる情報として明瞭めいりょうに呼び起こすのであった。

 すると、しわだらけの優しい顔が、しゃがれた優しい声で言った。


『みぃ君、元気でね。爺ちゃんに負けない、立派な剣士におなりよ』


 それはもう一人の剣の師の言葉であり、大好きだった家族の言葉でもあった。

 懐かしい人物がみづきの後ろに立っている。


 禿頭とくとうに白くやや長い頭髪、いつも落ち着いた色の着物姿で、同系色のゆったりとした羽織はおりを羽織っていた。


 みづきの祖父、佐倉剣藤さくらけんどう

 次に呼び出されたキャラクタースロットに収まるのは、またも思い出の家族。


 年齢の割にぴんと伸びた背筋、着物から覗く腕は太い筋肉で覆われている。

 手には清楽の木刀とは違い、抜き身の真剣が握られていた。


 父に続き、祖父の力を身に宿す。

 みづきの生家、佐倉の家に伝わる剣は、神々を相手取る武の祭典においても渡り合える力をもたらすのである。



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