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第143話 天眼多々良と夜叉の慈乃1

 神々の異世界へ再び招かれ、敵情視察を兼ねて天神回戦を観に来たみづきは真の神、天眼多々良(てんがんたたら)と出会った。

 特等の観覧席にて、隣席りんせきでのやり取りはまだ続いている。


「それにしても、今日も今日とて試合観戦とは多々良殿はひまなんじゃのう。腰巾着こしぎんちゃく慈乃姫しのひめ殿はどうしたのじゃ? いっつも、金魚のふんみたいに付いて回っておるというのに姿が見えんではないか」


 思い掛けず生み出せた自らのシキを自慢できて、気が済むまで跳ねていた日和がきょろきょろしながら言い出した。

 それを聞いた冥子は盛大に吹き出し、空に向かって大笑いをする。


「アーハッハッハッハ! 腰巾着に金魚の糞って、慈乃姫様怒るわよっ!」


「やれやれ、暇とはご挨拶だね。私がここにいる理由はひとつ、私の大事なシキの試合があるからだよ。──そう、今日は慈乃の出番なんだ」


 哄笑こうしょうする冥子の傍ら、多々良は参った風に眉根を下げた。


「慈乃姫様……?」


 みづきは新たに飛び出した人物の名前に眉をひそめた。

 確かその名前は聞いたことがある。

 思い浮かべれば、地平の加護は記憶を呼び起こしてくれた。


『強いシキがいるのは夜宵やよいのところだけではないぞよ。今日の試合で戦った馬頭鬼めずきのシキもなかなかに強かったが、多々良殿には慈乃姫殿というさらなる強さの夜叉やしゃの剣士がおる。神の世界広しといえど、夜宵の四神のシキとまともにやり合えるのは慈乃姫殿くらいじゃろうな。……うぬぬ、あの女狐めぎつねめ、顔を思い出したら腹が立ってきたのじゃ』


 あれは初陣の試合が終わった後の夕餉時ゆうげじ、日和から聞いたシキの話。


 多々良の隣に居るのは牛頭鬼ごずきの冥子だ。

 こんな恐ろしい鬼の他に、みづきが手も足も出なかった四神のシキと戦える力を持ったシキが多々良の下に控えているらしい。


 どうやらそのシキは、慈乃姫、という名で女性とのことだ。


「──どうやら、次が私たちの試合の番のようだよ」


 多々良がそう言った瞬間、会場中から大きな歓声があがった。

 何事かと思う間もなく、よく通る呼び上げの声が高らかに響き渡った。


「東ノ神! 八百万順列第二位、鍛冶と製鉄の神、天眼多々良様のシキ! 夜叉の慈乃姫殿! おいでなさいませ!」


 次なる試合を戦う者を天神回戦へといざなっている。

 東側の格上陣営から呼び上げが行われ、神のしもべの戦士が入場を果たす。

 どこからともなく笛と太鼓の音色が聞こえてきて、武の祭典を盛り上げた。


 本日の審判官はみづきの知る若き審判官の姜晶きょうしょうではなく、いかにもこの道が長いと思われる立派な白髭しろひげ老爺ろうやであった。

 白の狩衣かりぎぬに紫のはかまという服装は、神職であればかなり上の位であるのを意味する。


「──此度こたびの試合、多々良様のためにお捧げ致します」


 東の戦士入場門をくぐり、日の光降り注ぐ戦いの舞台へ夜叉の姫が登場した。


 透き通るほど白く長い髪が、歩く度にゆらりゆらりと揺れている。

 瞑目めいもくする静かな表情の両の眉上には、一対の真紅の角が生えている。

 ぴたりと肌に密着する袖無しの黒衣と、朱色の袴を身にまとう鬼の剣士。


「どうぞ、この慈乃の戦いをご照覧しょうらんくださいませ」


 天眼多々良陣営いちのシキ、夜叉の慈乃姫、である。


 神々の観覧席に座する多々良へと向かい、深々と一礼をした。

 そして、主の打った自慢の大太刀おおだちを抜き払い、今日も勝利を勝ち取らんと涼やかに意気込むのであった。


 続けて、相対する陣営の呼び上げが行われた。

 多々良のシキの中で、最も強い慈乃が出なければならない大一番おおいちばんの相手とは。


「西ノ神! 八百万順列第六位、死の神の御前みさき様! おいでなさいませ!」


 老爺の審判官の声が響くと、不意に西側の空間がよどみ、ゆがんだ。

 笛と太鼓の調子とは別で、やけに透明なすずの音がちりん、と鳴った。


 相対する神が蜃気楼しんきろうのように現れる。

 白い装束の山伏やまぶしか修行僧の格好に、金輪かなわの飾りが幾つも下がったすげがさを目深く被り、その顔はうかがえない。

 手の金剛杖こんごうじょうにくくられた錆びた鈴が揺れて音を立てている。


 八百万順列第六位という高位に在り、死を司る神、御前。

 荒神こうじんたたり神であるか、漂わせる神通力は天の世界においても異質で、黄泉よみの国を思わせる重い情調を醸し出していた。

 いずれにしても強大な相手であることに変わりはない。


 どん! ちりんッ……!


 御前は手の金剛杖を振り上げ、石突いしづきを地面に突き立てた。

 鈴が鋭く音を鳴らすと、すぐさまに驚くべき事態が起こった。


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご……!!


 地の底から唸るような地鳴りが発生し、会場中を震撼させている。

 かと思えば、御前の背後に巨大な何かが地中から生えてきて立ち上がった。

 それを見て、みづきは驚愕の声をあげた。


「で、でかいっ! 骸骨がいこつの巨人だっ! 手と足があんなにいっぱい……!」


 戦いの舞台に現れたのは、身の丈4丈(12メートル)は下らない巨人だ。

 その全身は肉身ではなく、白く太い骨だけで形成されている巨大な骸骨である。


 みづきが叫んだ通り、しゃれこうべの顔と胴体は一つながら、腕は千手せんじゅの神仏像の如く無数に生えていて、それぞれこれまた巨大な刀を持っている。

 足は多脚たきゃくかにのように、腰部分から複数の対になって地面へと伸びていた。

 頭と胴体には戦国武将さながらの兜と甲冑を装備した、骸骨の化け物である。


 化け物は、千腕せんわんがしゃどくろ。

 見た目通りの名の、御前が使役するシキであった。


 すると御前は、すぅっと人魂みたいに浮かび上がり、骨の巨人の落ちくぼんだ眼前へと移動した。

 そのまま空気に溶け、青白い炎に変じた御前は千腕がしゃどくろの中へ消える。


 瞬間、黒い穴でしかなかった髑髏どくろの目に青い光炎こうえんが、ごおっと燃え盛った。

 抜け殻の骨の人形に、傀儡くぐつとしての命が吹き込まれた瞬間である。


「驚いたかい? 御前殿は配下のシキに直接憑依(ひょうい)して戦われる神なんだ」


「……へぇー、神様とシキにも色々なのが居るんだなぁ」


 第六位という上位の神が、恐るべき刺客を繰り出してきた。

 なのに第二位の多々良は何ら動じていない様子で、感嘆するばかりのみづきにそう言った。


 死の神は亡者の身体を操り、配下のシキと意識と力を合わせて天神回戦を戦っているのだという。

 しかも、いくら傷付いたとて、本体の御前は霊体ゆえに痛痒つうようを感じることはなく、すでに死した身体のシキが滅ぶこともない不死不滅ふしふめつの存在であるのだそうだ。


「だけど六位の神様か。……ふーん、多々良さんが狙うのは弱い神様ばっかりって訳でもないんだな。あんな強そうな相手ならとどめを刺すには至らなさそうだ」


「みづきっ、しーっ! そのようなこと言ってはならぬっ!」


 ふんと鼻を鳴らして、みづきは臆面おくめんもなく皮肉を言った。


 前回の日和のこともあり、どうにも弱い者いじめをしている感のある多々良に気に食わないところがあった。

 ただ、現状どうひっくり返っても多々良に頭の上がらない日和にとって、みづきの暴言にも等しい言葉には肝を冷やされる。


「ふふっ、何か言ったかな?」


「な、何でもないのじゃっ! 私とみづきの内緒話ゆえ、多々良殿は気にしないでおくれなのじゃっ!」


 無論、多々良がみづきの嫌味に耳を貸すことはない。

 寛大かんだいな神だからか、上位の勝者たる余裕か、天上の男神はまるで揺らがない。


「フッ……」


 揺らがないのは巨大な敵と相まみえている慈乃も同じであった。

 死の神とそのシキに比べ、慈乃は小人に見えるほど小さく頼りない。

 なのに、口許には薄い笑みを浮かべ、僅かにも動じた素振りを見せはしない。


「天眼多々良様のシキ、夜叉の慈乃姫殿、対、死の神の御前様!」


 どんどんどんどん……!


 試合開始を告げる太鼓の派手な律動りつどうが緊迫感を高めた。

 審判官が手の木笏もくしゃくを高々と振り上げ、そして振り下ろした。


「互いに油断無く構えて! いざ、尋常に勝負──、はじめっ!」


 今日もまた、天神回戦の火蓋ひぶたが切って落とされた。

 試合うのは死の神が仕向ける刺客と、鍛冶と製鉄の神の懐刀ふところがたなたる夜叉の姫。


 試合開始と同時に、千腕がしゃどくろは刀を持つ無数の腕を一斉に振り上げた。

 巨体から繰り出される剣の刃は、一歩も動くことなく小さき慈乃にいきなりも到達していた。

 次々と振り下ろされる剣の乱撃はまさに死の嵐である。


 どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどッ……!!


 瞬く間に会場は巻き起こった土埃つちぼこりで何も見えなくなってしまう。

 大きな骸骨剣士が剣を地面に打ち付ける度に、衝撃と轟音が断続的に発生した。


 慈乃の姿は一瞬で呑まれ、剣の暴風の中にあえなく消えた。

 千腕がしゃどくろの有無を言わせぬ乱れ打ち、──死狂しぐる剣嵐けんらんであった。


「うわ、ひでえ……。あんなの食らったらひとたまりも……」


 思わず目を背けたくなる一方的な惨状にみづきは呻いた。


 しかし隣の面々、日和も多々良も冥子も特に動じていない。

 平然として試合の成り行きを静観している。


 その理由はすぐにわかることとなった。


 どすぅんっ……! がしゃんっ! がらんがらんっ……!


 重苦しい衝突音と金属音が間断なく響き始める。

 剣の嵐が織りなす土埃の中から、矢継ぎ早に骨の腕と巨大な刀が飛び出してきて地面に無造作に転がっていく。


 骨の腕は鋭利な切断面を見せて胴体から切り飛ばされていた。

 投げ出された刀はその重量から、地面に突き立ったりえぐったり。


「何だっ!? 何が起こってるんだ……!?」


 一人驚くみづきは信じられない光景を目の当たりにした。


 ありの這い出る隙間も無いほどの濃密な剣の嵐の中、まるで舞でも踊るかのようにして鮮やかに剣を振るっている夜叉の姫の姿がある。


 慈乃は千腕がしゃどくろの無数の剣をすべてかわしていた。


 流麗りゅうれいな動きで紙一重かみひとえに刃を避け、それどころかその度に丁寧に反撃して骨の腕を一本一本切って飛ばしていたのである。


 とてつもない技量と力量──。

 心胆の強さが実現させた極めし者の技であった。


「あ、圧倒的じゃないかっ! あれだけの剣を全部見切ってるのか……!?」


「これっ、みづき。そうはしゃぐでないっ。恥ずかしいじゃろうが……」


 身を乗り出して興奮気味なみづきに、日和は周りの目を気にして慌てている。

 そんな二人を、多々良は微笑ましそうに横目に眺めていた。


 試合は尚も続行されている。

 一方的なのは慈乃のほうで、千腕がしゃどくろは追い詰められていく。


 しかし、腕を幾ら失おうが死の神のシキの攻勢は止まらない。


「あっ、落ちてた剣が独りでにっ! 浮かび上がった!?」


 みづきの驚きも止まらない。


 切られて落ちていた巨大な剣たちがにわかに浮かび上がり、自らの意思を持ったかのように空中を自在に泳ぎ始める。

 胴体から離れた剣を神通力で操り、切っ先を揃って慈乃一人に向け、再びの一斉攻撃を仕掛けていくのであった。


 どすどすどすどすどすどすどすどすぅっ……!!


 図らずもあちこちに散らばっていた剣は、全方位から慈乃に襲い掛かった。

 ただ、一様に突き刺さっていった地面の上に慈乃はもういない。

 羽根みたいに身軽く、垂直に空へと跳躍ちょうやくして凶刃きょうじんの群れから逃れていた。


 その慈乃に目掛けて、千腕がしゃどくろは大顎をがぱっと開けた。

 口腔内に溜まるのは青白く燃え盛る炎の塊だ。


 死霊しりょうを束ねた灼熱の炎を空中に留まる慈乃に吐きかける。

 それは火炎放射というより、空間を撃ち抜く熱線砲のようであった。


 しゅごごごごごごおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!


 青い熱線は一直線に慈乃に向かって伸びた。


 空中では自由に動けない。

 対空攻撃手段が敵にあるなら格好の的となり、悪手でしかない。


 そのはず、しかし──。


「ふ……!」


 慈乃は鼻でわらう。


 とんっ……!


 突き抜ける炎の筋を置き去りにして、軽やかな横飛びで回避してしまう。

 まるで空中に足場でもあり、それを蹴って跳んだかのようであった。


 さらなる追撃の剣が浮かび上がり、慈乃に向かって飛び掛かっていくが結果は同じだった。

 見えない踏み台が慈乃の跳ぶ方向に逐一ちくいち現れ、踏み切っては飛び、自在に空間を駆け回っている。


「すげえっ! まるで空を飛んでるみたいだっ!」


「慈乃姫様は念動力ねんどうりきを操るわ。何もない空間に力場をつくり出して、それを足場にしながら空中を移動することができる。空を飛んでいるようなものよね」


 驚きっ放しのみづきを愉快そうに見ていた冥子が、出し抜けに話してくれた。

 あれは慈乃の念動力を介した異能、空間跳躍くうかんちょうやくであると。


「そんなこと敵の俺にばらしていいのか? 慈乃さんは冥子の上役なんだろ?」


「……みづきはおかしなことを言うのね?」


 出し抜けに慈乃の手の内を明かしてくれた冥子に、みづきは意外そうな顔をして聞き返した。

 しかし、そう問われた冥子のほうがいぶかしそうに見返してくる。


「ばらすも何も、天神回戦は武芸百般ぶげいひゃっぱんのお披露目ひろめの場よ。鍛えた技と編み出した術を余すことなくご照覧頂くことこそ本懐ほんかいではなくて? 慈乃姫様も観客の皆様方に力を見てもらえて本望のはずよ」


 冥子はさも当然のように話すのだった。

 味方が不利になる情報を敵に与えるという利敵行為りてきこういに一切頓着がない。

 みづきが何を言っているのか本気で理解できていないようだった。


「な、なるほど。そういうもんなのか……」


 人間世界の常識や社会通念は、神々の世界では通用しないのだろう。

 少なくとも天神回戦という場では、そうした心配はしなくていいらしい。


 出場者の力と技を広く知ってもらうのは大変に名誉なことで、この武の祭典にはそんな野暮やぼな駆け引きは必要ない。



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