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第141話 聖地太極山、再訪

「うおおおおおおぉーっ! 何度やってもこれは慣れねえぇーっ!」


 みづきは空を飛んでいた。


 真下から吹き付けてくる突風を全身で受け、飛行しているというよりは自由落下に近い様子で金色の空を高速で降りている最中だ。


 こちらの世界のみづきは修験者を思わせる白い法衣を着ており、胸に付いた菊綴きくとじが風に煽られて激しく揺れていた。


「まぁったく、みづきは相いも変わらず降臨こうりんが下手くそじゃなあ」


 少し離れた隣の空中に、赤紅色あかべにいろの着物姿の女神が優雅に降りてくる。

 前傾姿勢で両手を広げ、言葉そのまま降臨という表現が相応しい飛び方である。


 二つ結いのお団子頭を白いシニヨンカバーに包み、鮮やかな朱色しゅいろ目弾めはじきと口紅で化粧をした少女というには大人びた印象。

 みづきの主たる、日和の普段姿である。


「みっ、見てないで助けてくれよっ! まだ、うまく飛べないんだって……!」


 日和に比べて手足をばたばたさせるみづきは優雅と呼ぶには程遠い。

 必死な形相をして空中で溺れているようだった。


「嫌じゃ。また抱き着かれて無様ぶざまに落ちるのはもう御免じゃからな」


 日和は揶揄やゆの笑みを浮かべ、一定の距離を保ち近寄ってこようとはしない。


 前回、同じ状況で慌てたみづきに抱き着かれ、バランスを崩した日和は地面へと落下する憂き目に遭わされてしまった。

 どうやらそれを根に持って警戒しているようだ。


「この黄金色こがねいろの聖なる空と身も心も一体化せよ。おぬしもシキならば、その程度のことは造作もないはずじゃ。よろず円満えんまん、健闘を祈るのじゃ」


 にこりと微笑み、日和は降りる速度を緩めて上空へと上がっていった。

 それを恨みがましく見送ると、みづきは律義に言われた通りにしてみる。

 空と心と身体を一つにするなどという無茶に挑戦するのであった。


「精神統一……。俺は空気だ……。空気であり、風であり、雲であり……」


 必死なみづきをよそに、周囲は広大な金色の空間が広がっていた。

 神々の異世界の空は眩しいばかりの金一色で、同じ色の雲が浮かんでいる。

 現実世界の空とは様子がまったく異なっている幻想世界そのものだ。


 みづきと日和は昨夜寝所で示し合わせて、観覧と視察を兼ねて神々の闘争が行われる会場へと向かう途中であった。

 即ち天神回戦の場、太極天たいきょくてんやしろへと。


 自分たちの領地である合歓ねむ神社を後にして、空中に浮かぶ浮島うきしまの一つに瞬転の鳥居で転移してくると、スカイダイビング張りに目的地へと飛び降りた。

 神は天から降臨するもの、とは日和の言葉で、今はその最中である。


「ふぅ、何とか落ち着いてきたかな……。それにしても、相変わらず凄い景色だ」


 呟くみづきの見渡す光景は雄大の一言であった。


 眼下にどこまでも広がっているのは空と同じく、金色に輝く茫漠ぼうばくたる雲の海。

 そして、みづきたちが降りていく先、雲海の中心にその堂々たる姿の頂を覗かせている大きな大きな存在があった。


 大地の大神、太極天のおわす大山、太極山たいきょくざんである。

 万物の根源たる無限の力を秘め、深く広いふところはすべてを受け入れてくれる。


 おかえりなさい、みづき。

 意識をすればそう聞こえるかのよう。

 神の山はその雄々しさをもって、みづきの帰還を喜んでくれているようだった。


──俺は、また帰ってきたぞ。この神々の異世界を渡って、きっと朝陽と再会してみせるからな。そのためだったら何だってやってやる!


 みづきは眼下の太極山を見つめ、決意を新たに固めた。

 天神回戦に勝利し、日和の信頼を勝ち得なければならない。

 すべては朝陽と再会するために。


──だけど俺はまだこの異世界のことを全然知らない。パンドラの地下迷宮があるあっちの異世界とはまるで毛色が違うんだ。面倒でもまた一から理解しなきゃならない。今日の試合を観るのだってそのためなんだからな。


 はやる気持ちは抑え、まずはこの神々の異世界のことを知る必要があった。

 行動を起こすにも情報が足りなさ過ぎるのが現状である。

 内なる地平の加護の化身も、新たな情報の獲得に熱が入っているに違いない。


 どたぁっ!


「あ痛っ……! くそう、うまく着地できんかった……」


 何とか地上に降りてきたものの、落下の衝撃に耐えきれず体勢を崩して前のめりに転んでしまった。


 潰れた蛙みたいにうつ伏せに倒れていると、すぐ隣に日和が降臨してきた。

 ふわりと、何とも優雅に降り立ったものである。


「ふふっ、着地の不調法ぶちょうほうは見ておられんが、何とか降臨できたではないか」


「やれやれ……。あんな高い所から飛び降りてきて、こんな程度で済むのが不思議でならんよ、まったく……」


 薄目に笑う日和の横に、みづきはよっこらせと起き上がった。


 目の前にあるのは天上の異世界の、大きな神社の境内けいだいだ。

 だだっ広く長い参道が真っ直ぐと続いていて、奥に御社殿ごしゃでんであり、試合の会場である和風な円形闘技場が巨大にそびえ立っている。


 辺りは賑やかで、天神回戦を観ようと集まった客たちでひしめき合っていた。

 どこで演奏しているやら、明るい祭り囃子ばやしが聞こえてくる。

 参道を中央にして、脇にはずらりと祭り屋台が軒を連ねている。


 昨日に訪れた時は空から眺めるだけであったが、今日は楽しそうな祭りに参加することも可能なのであった。


「ささ、みづきや! 試合を観るのも良いが、祭りと言えば屋台の露店じゃ! 色々な店が出ておるゆえ、一通り見て回ってみようなのじゃ! おぬしも昨日楽しみにしておったじゃろうっ!」


「お、おう……。そうだな、ってそんな引っ張るなよっ……!」


 表情をぱっと明るくした日和に手を取られ、露店のほうへ引っ張っていかれる。

 ぐいぐいと引かれつつ、みづきも満更まんざらではない様子だ。


 みづきが育ってきた故郷の土地柄上、祭り行事には縁が深い。

 こうした雰囲気には心が躍った。

 多少の浮かれた気持ちと共に、みづきと日和は祭りの喧噪けんそうに消えていく。


 しかし、この後みづきは思い知ることになる。

 神々の世界の、天神回戦の洗礼せんれい

 試合に出ずに戦わずとも、みづきはそれを目の当たりにするのだ。


「おい、日和……。俺はこんなところに入ってきて良かったのか? 場違い感が半端無くて居心地が悪い……」


「大丈夫じゃ、試合に参戦する神はシキを一人まで同伴させても良いことになっておる。気にせず堂々としておればよい」


 試合を観戦する客たちの歓声が何故か遠く聞こえる。

 ひとしきり屋台を回り歩いた後、みづきと日和はいよいよ天神回戦の舞台の客席に着いていた。


 肩身狭そうにするみづきの座する席には、ふかふかの赤い座布団が敷かれていて、いかにも特等の場所という感じがした。

 周囲に座る面々も一般の客席に比べて、それぞれがおごそかで神聖な雰囲気を漂わせており、とても自分などが一緒に居ていいとは思えなかった。


──多分、ここに居るのはみんな何かの神様なんだろう……。のこのこ日和に付いてきたはいいけど、こりゃあ肝が冷えるなぁ……。


 ここは天神回戦を観覧する特別待遇席である。

 もしかしなくても、周りに座しているのは天神回戦に参ずる神々であろう。


 ただの人間に過ぎないみづきにとっては、本来ならば来てはならない場所に違いないのだ。

 但し、今の自分はそうではない。


「シキは神の代行者じゃ。主の神と同じほど位が高いのじゃから、ふんぞり返っておればよいのじゃ。みづきは間違いなく、私のシキなのじゃからな」


 日和に仕えるシキの身分が今はありがたい。

 天神回戦を勝ち上がる使命のためにも、シキの力や権威は存分に活用するべきであろう。


「お、おう、わかった……! しっかりと試合を観ておくよ」


「うむ、私は忙しいゆえ、みづきが代わりに試合を観ておいておくれなのじゃ」


 と、みづきが意気込む傍ら、隣に座る日和は本当に忙しいのかと言うと。


「このあんもちの甘さときたら絶妙の加減じゃっ。こちらの団子は歯ごたえ柔らかくタレの旨味が堪らぬっ。露店に並ぶ甘味かんみの何と美味であることかぁっ」


 先ほど試合会場である太極天の社に集まった祭りの屋台を回った際、片っ端からかき集めてきた甘いお菓子中心の食べ物をむさぼり食べている。


 ちなみに天神回戦に参加する神とその陣営には、基本的に無償で品物が振る舞われることになっているようだ。


 その特権を最大限に生かし、日和ときたらこれみよがしにお菓子を満喫している真っ最中なのであった。


「さては日和……。今日試合を観に来たのって、実はこれが目的だったんじゃないだろうな……?」


「ぎくーっ!? そ、そのようなことは断じてないのじゃっ! 本当は今までも露店を食べ歩きたかったのじゃが、負けが込んで恥ずかしくて顔を出せなんだなどとは口が裂けても言えんのじゃっ!」


 みづきの指摘に、聞いてもいない腹の内を叫び出す始末だ。


 そういえば、朝食を勧めたのに、要らんのじゃ、と言って食べようとしなかったのはこのためだったらしい。

 女神にあるまじき浅ましい欲望に何とも盛大なため息が漏れてしまう。


「……言っちまってるじゃねえかよ」


 但し、と手元に視線を落として思い出す。

 それは屋台の露店を回ってお菓子をもらっていた時のことだ。


「日和様、昨日の勝利、大変におめでとうございます」

「貴方様の今後に期待を寄せさせております。どうかご健闘下さいませ」

「日和様ぁ、おめでとー! これからも頑張って下さいーっ!」


 会場を訪れている観客や参拝客、露店の店主などから一様に日和は歓迎を受けており、それこそ手に持ちきれないくらいのお供え物をもらっていた。


 落ちぶれているとはいえ、日和の女神としての人気は高いようであった。

 それはお供のシキであるみづきにも同様である。


「新たなシキ様、日和様をどうか宜しくお願い致します」


 太い声でそう言ったのは、団子の露店店主の大柄な鬼の男性だ。

 ぬうっとした赤い肌の店主は、みづきにも団子の包みを渡してくれていた。

 みづきの手には、包みから取り出した団子の串が一本。


──試合を頑張るのは俺の都合だけど、随分と期待されちまってるもんだ。日和が力を取り戻すことがどこまで試練に関係あるのかはわからんけど、ひとまずいけるところまでは上を目指してみるかな。


「神様の世界の団子、うめえ!」


 そうして焼きたての団子を頬張ると、口の中に甘塩あまじょっぱい味が広がった。


 思い掛けずに巻き込まれた、とある女神の盛衰を掛けた戦いに身が震う。

 みづきの心にも、僅かばかりにシキの使命感が宿るのであった。



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