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第136話 迷宮の異世界座談会2

■化け猫パメラの武勇伝


「化け猫パメラ──、誰が付けたのやら面白い二つ名だよ、ほんとにね。かなりの力持ちだったり、炎の魔力を使いこなしてたり、何となくただ者じゃないとは思ってたけど、王国最高峰の冒険者の一人だったとはね。とびっきり料理が上手で、あの美味しさにはほっぺたが落ちそうになるよ」


 雛月は三月と感覚を共有していて、痛み苦しみだけでなく味覚も感じられる。

 テレビ画面にドラゴンの尻尾ステーキ、ミミッククラブの各種蟹料理やらが映り、次にアシュレイの記憶から流入した過去のパメラの姿が映った。


 冒険者時代の化け猫パメラの冷徹な視線が、画面向こうからこちらを見ている。

 職業がアサシンということもあり、きわどい露出度の黒装束を身にまとっていて、茶褐色の長い外套がいとうを羽織り、二刀流の短刀を腰に下げている。


「さぞ、一世を風靡ふうびして活躍した冒険者だったんだろうね。種族間の壁を乗り越え、獣人の身でありながら、人間のアシュレイさんと結婚する道を選んだ。二人の馴れ初めの話も気になるけれど、パメラさんといえば、パンドラの地下迷宮を最も深く潜ったとされる記録保持者でもある。機会があれば、是非とも先輩たちの体験談を聞いてみたいものだよ。だから三月、よろしくね」


「おう、結局そうなるのか……」


 予想通りの雛月からの指示に半ばげんなりしつつも、個人的にも興味のある彼女の話を聞いてみたくもある三月であった。

 と、新たにテレビに映っているパメラの映像をちらりと見て雛月は言った。


「……パメラさんを見て、母親のことを思い出したかい?」


「ん、ああ……」


 生返事気味に答える三月もテレビを見ながら少しぼうっとしていた。


 画面の中に映るパメラは、先ほどの殺伐とした雰囲気とはがらりと変わり、母親の身なりになっていた。

 穏やかな表情で料理をしたり、破れたローブを(つくろ)ってくれたり、パンドラへ出向くミヅキを抱きしめて心配してくれていたり。


 思えばパメラは、迷宮の異世界で行き倒れていたミヅキを保護し、初めてパンドラに向かったミヅキの行き先をアイアノアとエルトゥリンに伝えて間接的に窮地を救ってくれた。

 彼女の存在無くして今の三月は無いだろう。


 三月と雛月は、優しげなパメラの顔を見ながらぽつりと言うのだった。


「やっぱり、お(ふくろ)っていいもんだよな」


「うん、そうだね」



■ゴージィ親分


「パメラさん、アシュレイさんといえば、同列の冒険者であるゴージィ親分のことを忘れちゃいけない。妙な気掛かりをぼくたちに与えてくれたもんだ」


「妙な気掛かり? ああ、アイアノアが誰かに似てるって言ってたあれか」


 雛月の唸るような言葉に三月も思い出した。


 連動して映る映像は、ゴージィがアイアノアと初対面したあのシーン。

 無骨ぶこつなドワーフの問い掛けに、慌てふためくエルフの彼女は顔を外套でぐるぐる巻きにして隠してしまう。


「うーん、初めはエルフの族長様にアイアノアの顔が似てたもんで、素性がばれるのを隠したがってたからだと思ったけど……。記憶の中で見た、族長のイニトゥム様はそんなにアイアノアに似ていなかったんだよな」


 三月の言葉に合わせて、テレビ画面の映像が変わる。

 森色ローブ姿の子供のような幼い見た目、金髪ポニーテールの落ち着いた感のあるエルフを映していた。


 エルフ種族長、アイアノアとエルトゥリンの実の祖母、イニトゥム。

 度々の神託をエルフの神より受け、太陽と星の加護を孫娘たちに授けたという。


 雛月は顎に手をやり、眉間にしわを寄せて思案顔。


「確かに似てないよね。アイアノアが自分の素性を隠したかったのは本当かもしれないけど、ゴージィ親分はアイアノアが誰に似ていると思ったんだろう?」


 その答えはやはり当人に聞いて確かめるしかないのだろう。


 トリスの街がおこった当時の昔より、この地で武具屋を営む老練なドワーフ。

 彼もパメラと同じく、パンドラを最も深く知る者の一人だ。


 人類が到達した最深部で何を聞き、何を見たのかの興味は尽きない。



■実は重要なイニトゥム様


「とってもお歳を召しているお祖母ばあさんのはずなのに、見た目は少女で若々しい姿のエルフ族長のイニトゥム様。三月もそういうの好きでしょ」


「……雛月、あたかも自分の趣味嗜好が俺と同じだと思うのはよしてくれよ。誤解が生まれたらどうしてくれるんだ」


「あれれ? アイアノアみたいな金髪ロングのエルフの次くらいに好みだと思ってたんだけど……。あっ、もしかしてエルトゥリンみたいなクールなエルフの次くらいに好きだったかな」


「うぅむ、確かにエルトゥリンの次ってなら……」


「ほらぁー、やっぱりー」


「うぐっ……!」


 思わず答えてしまっていた三月はまたまた羞恥に赤面して頭を抱えた。


『ミヅキ、ありがとうっ』


 エルトゥリンが初めて見せた眩し過ぎる笑顔が頭によぎる。

 あの天使の微笑みの破壊力は、三月の思考を惑わせるほど強烈だったようだ。


 そんな三月をよそに、雛月はテレビに投影した小さなエルフをじっと見ている。


「本当、物語の背景に過ぎないって感じだったけど、まさかこんな形で三月の物語に食い込んでくるとはね。感じてる疑問は三月と同じだけど、考えれば考えるほど謎の重要人物だ、イニトゥム様は」


 エルフの神なんていうものは本当に存在するのか。

 イニトゥムが何かを知っていて、エルフの神をかたっているのか。


 頬杖を着いて鼻で、フーッと唸る雛月。


「星の加護はともかくとして、太陽の加護は三月とぼくのためにあるような加護だ。そんな大それた代物しろものを用意できるなんて、絶対に無関係であるはずもない。ああ、もどかしいな。それも三月に調べてもらわないと真実に辿り着けない」


「はいはい、わかったよ……。使命を果たしていけば、いつかお目通りできる日も来るかもしれない。そのときにでも聞いてみればいいだろ」


「うん、よろしく頼むね!」


「……」


 待ってました、とばかりに勢いよく振り向く雛月のキラキラで作為的な笑顔。

 一瞬遅れてテレビ画面に投影されるのは、さっき思い出したエルトゥリンの純粋な笑顔。


 雛月のそれと比べ、何ともそれらは対照的なものであった。



■亜人戦争


「そうだ、雛月」


「何だろうか?」


「イニトゥム様の話で思い出した。雛月は当然、百年前の戦争は知ってるよな?」


「……」


 澄ました顔で押し黙る雛月は表情を動かさず三月を見返す。

 その微妙な反応を見ただけで、何となく色よい返事は聞けなさそうではあるが。

 顔を曇らせる三月に申し訳なさそうにしながら、雛月は可能な範囲で語り出す。


「知らない──、はさすがに嘘が過ぎて通らないか。ぼくこと地平の加護は迷宮の異世界で生まれたからね。うん、亜人戦争のことはよく知ってるよ。あの地の住人たちの歴史を揺るがす大戦であり、異種族間の確執かくしつを生んだデリケートな問題さ」


 百年の昔、当時のイシュタール王家による亜人の領域への侵略戦争。

 しかし、先制攻撃を行い、戦端を開いたのは最強の亜人、フィニスであった。


 事の起こりはともかく、圧倒的勢力の人間による王国軍と、様々な種族が結集した亜人連合軍が数年間に渡り、土地を賭けて熾烈しれつな戦いを繰り広げたという。


 そこにはおそらく、何かしら秘密の数々があるに違いない。


「でも、ごめん。亜人戦争のあらましは、ぼくの中にある程度の記録として残っているけれど、今はまだ教えてあげることはできない。何せ、パンドラの地下迷宮の起源に関わる大事変であり、巡り巡ってあの世界の三月の身体と地平の加護の誕生に関与する重大な出来事なんだ。だからって訳じゃないけど、是非とも三月の身をもって事の解明に当たって欲しいな。この通り、お願いだ」


 そう言って雛月は両手を合わせ、片眼を閉じて拝むお願いの仕草をして見せる。

 やっぱり可愛く見えてしまうのはあざとさゆえか、三月の錯覚か。


 複雑な思いを渋面じゅうめんに浮かべていると、雛月はにこっと笑って言った。


「機会があれば誰かに聞いてみるといい。ゴージィ親分あたりが詳しいんじゃないかな。彼はトリスの街じゃ一番の長老だからね。三百歳近いよ、彼は」



■セレスティアル家の人々


「イニトゥム様を物語の背景だと思っていたってならさ、ガストンさんやゴージィ親分の話にもちょくちょく出てきてた、トリスの街の領主様もゆくゆくは俺たちに関わってくるんじゃないか?」


 三月が次に思い出したのは、存在だけが囁かれている上層部の人間たちのこと。


 イシュタール王国に属するトリスの街一帯の領主にして辺境伯へんきょうはく

 そして、パンドラの地下迷宮を管理する役目を負う、貴族セレスティアル家。


 雛月はしかめっ面にため息をつく。


「当然ながら近い将来、嫌でも関り合うことになるだろうね。エルフら亜人と敵対していた人間たちの末裔まつえい。きっともう、三月の噂は耳に入っていると思っていい」


 何だかその言い方にはけんがあった。

 目線を向けるテレビ画面には、ガストンと食事をした夜の場面が映っていた。


 大いなる災禍が深刻化すれば、王国軍がパンドラの地下迷宮討伐に動く可能性が有るという。

 ダンジョンが封鎖されれば困る事情を抱えている、セレスティアル家という人間の貴族。

 強い権力を持ち、ガストンたち兵士が揃って仕えているという話だった。


「人間たちは厄介な存在だよ。勝手に妙なタイムリミットを設けてくれたり、数に任せた暴力で好き放題に世界を牛耳ぎゅうじったりして。三月も気を付けないと駄目だぞ。ただでさえ、地平の加護なんてイカサマ能力を持ってて目を付けられやすいのに、文明の未発達なあの異世界に現代の知識を与えようものなら……。それこそ確実に世界がひっくり返るような超技術革新が起こるぞ」


「うむむ、そういうの何か怖いな……」


 雛月の言い方は半ば警告のようだった。

 言われたとおり、大勢の人間の上に君臨して国家の実権を握る者との付き合い方によっては、三月の今後の行動と運命を左右する大事に至りかねない。


 発展途上の異世界で未知の現代文明を流用して、主人公が物語を優位に進めるのはある種の定番でもあるが、いざ自分がそれをするのかと問われれば躊躇ちゅうちょする。


 雛月はさらに釘を刺す。


「三月が自ら特異点となる覚悟があるなら止めはしないけど、異世界渡りをする者としての自覚は持ったほうがいいかもね。どんな技術であれ、確固たる正解を提示されれば、過程を端折はしょってもすぐに驚くべき速度で自分たちの成果として昇華させてしまう。いつの時代にもそういう優れた天才ってのは必ずいるもんだ」


「もしも、セレスティアル家の貴族がそういう種類の人間だったら……」


 三月はまだ見ぬ高位の人間たちを不安に思い、ごくりと唾を飲み込んだ。


 自分がその貴族の人間の立場なら、と考えてみる。

 未知の有用な技術を持った異世界からの来訪者とどう接して、どう扱おうとするのか、それは想像するに容易い。


 雛月はもう一度ため息をつき、三月の今後を案じるように言うのだった。


「三月にとって好ましくないはかりごとで邪魔をされても面白くないな。かといって人間を排除する訳にもいかないから扱いが面倒な連中だよ。物語の運びに都合のいい人間たちであって欲しいけど、それは楽観が過ぎるかな。だから三月、充分に注意を払うんだ。あの世界の確かな権力と実行力を持つ者との接触には、ね」


「わかったよ、肝に銘じとく……」


 ここまででも充分にお腹いっぱいな情報量であったが、今しばらく雛月との言葉の座は続く。

 三月は食傷気味しょくしょうぎみなため息を、ぶはーっと吐き出すのであった。



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