表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/295

第131話 勇者の凱旋

 夕焼けの空の下、パンドラの地下迷宮入り口にて。

 扉無き門のすぐ隣に、地鳴りと共に生えてくる物体は前回よりも大きい。

 それは神の世と俗世を隔てる門で、境界面は空間と空間を繋ぐ魔法の扉。


 全高15メートルを超える、巨大な瞬転しゅんてん鳥居とりいが立ち上がった。

 それを見上げる兵士長ガストンは今度はそう驚きはしなかった。


「ミヅキ殿が帰ってきたんだな」


 ガストンは呟くと、勇者の帰還を出迎えようと甲冑かっちゅうを揺らして歩いていく。

 見上げるばかりの鳥居の前に立って、姿勢を正した。

 稀有けうな転移魔法による不思議な建造物も、二度目となれば見慣れたものだ。


 しかし、ガストンは飛び上がって驚くことになった。

 悲鳴にも似た号令を叫ぶ。


「て、敵襲だぁーっ! ゆゆ、雪男が、出たぞぉぉーっ!!」


 それもそのはず、瞬転の鳥居の境界面がぐにゃりと歪み、中から現れたのは巨大な伝説の魔物の姿だったからだ。

 ミヅキの操り人形に成り下がったのを知らず、兵士たちは大騒ぎを始めていた。


「あぁっ!? 駄目だっ、助けてアイアノアっ……!」


「ミヅキ様っ!」


 大騒ぎをしていたのはミヅキたちも同じだった。


 雪男こと、ミスリルゴーレムが通れるくらいの大きな瞬転の鳥居を作り出して、胸の高さくらいに上げさせた両手の平の上で、それを操る術を展開していた。


 ただ、やはりなのか鳥居をくぐってダンジョンを出た瞬間、ミヅキのシキ変身はたちまち解けてしまった。

 身体中の力が抜けて、魔法の制御が不安定になる。


 ぐらりと、ミスリルゴーレムの巨体が揺らぎ、あわや倒れるところだ。

 ダンジョンを出ると魔素の影響を失うのは、魔物だけの事情ではないらしい。


「ふぅ、助かった……。魔石があるから平気だと思ったんだけどな……」


「ふふっ、危ないところでしたね」


 くすくすと笑うアイアノアと手を繋ぎ、何とか巨人の魔物の制御を取り戻した。

 冷や汗を浮かべるミヅキの頭上に、太陽の加護の球体がふわふわと在る。


「うーん、やっぱり複雑な魔法を使うにはアイアノアと太陽の加護に助けてもらわないと俺一人じゃ無理みたいだ……。何て言うか、精度の問題なのかな……。成功させられる可能性がうまく思い描けない」


「ミヅキ様には私が着いていないと駄目だということですね。ご安心を、私は常にミヅキ様のお側に控えております。なんなりとお頼り下さいましっ」


「うん、よろしく頼むよ。これからもいい相棒でいてね」


「はっ、はい! これからも末永く宜しくお願い致しますっ!」


 ミヅキの言葉に嬉しそうに喜び、赤らめた顔で鼻息が荒いアイアノア。

 二人は手を繋いで握り合っているが、後ろのエルトゥリンは何も言わない。


 普段なら、大事な姉にべたべたされるとおかんむりな妹なのに澄まし顔のままだ。

 この数日間で、エルフ姉妹との親密度は随分と深まったものである。


「ミ、ミヅキ殿なのかーっ!? これはいったい……!」


「あっ、ガストンさーん! 雪男やっつけたよー!」


 ふと、従わせているミスリルゴーレムの足下。

 こちらを見上げて大声をあげているガストンを見下ろした。

 身を乗り出し、ミヅキはガストンら兵士たちにお願いの声を叫ぶ。


「こいつさ、実はミスリルゴーレムだったんだ! トリスの街に連れて帰って解体したいんだけど、街のみんなが驚くといけないから先導と警護を頼めないかなー!」


「な、なな、なんと!? しかし、危険は無いのかっ!? こいつは伝説の魔物の雪男だぞ!」


「大丈夫、今はもう俺とアイアノアの操り人形だから心配ないよー!」


「わ、わかったーっ! おい、誰か手を貸してくれっ! やれやれ、ミヅキ殿には驚かされてばかりだな……」


 パンドラの異変の悪夢が甦り、肝の冷える思いだったが、ガストンもまたミヅキを信用する一人である。

 すぐに10人以上の先導兼警護隊を編成すると、自分も先頭に立って指揮を執ってくれた。


 かくして、伝説の魔物を討ち取り、それに騎乗して共連れにし、兵士たちと共に街への帰途に着くこととなったミヅキたち。


 ずしん、ずしん……!


 街道の森の木々よりも背の高い魔物を歩かせて悠々と帰る。

 街が見えてくる頃にはそろそろ夜にもなろうという時間になっていた。


 巨体の歩行なのに、思ったほど足音や地響きが大きくないのは、ミスリルが質量の割には他の金属より比重が軽いためだろうか。


──やっぱり、パンドラを離れると魔力が使えなくなる俺には、こいつの制御は不可能だ……。しかも、思った通りに操って、姿勢を維持したまま二足歩行させるなんて芸当、アイアノアと太陽の加護に助けてもらわないとどうしようもない。


 ミヅキは暗くなってくる空を眺めて思っていた。

 常軌を逸した地平の加護にも欠点がある。


──地平の加護はすごいけど、能力を使うためのエネルギー問題は俺が供給源近くに行かないと解決しない。魔法の完成度を高めるにはアイアノアの補助が必要だし、なかなかどうして絶対無敵の全知全能とはいかないな……。


 ミヅキは心の中でぼやきながら、ふと視線を横にやる。


「ふぅ、ふぅ……」


 相棒の、アイアノアの規則正しい呼吸がすぐ隣から聞こえてくる。

 目を閉じて横座りに、淡い光に包まれながら魔力の供給と調節を行っている。


「アイアノア、大丈夫か? 苦しくないか?」


「はい、心配はご無用です。思ったより魔力の消耗は激しいですが、魔石もあるので何とか持たせられそうです。ミヅキ様は魔物を操る術に集中して下さいまし」


「あ、ああ、わかった」


 涼しい夜風の吹く音と、歩行の振動の音だけが静かに響き渡る。

 一心不乱にミヅキの力を支え、魔力を放出するエルフの彼女の姿は神々しい。

 憧れがそのまま具現化したアイアノアにはいちいち心を奪われる。


──アイアノア、ほんっと綺麗だよなぁ……。おっといかんいかん、集中集中。


「……ん?」


 静謐せいひつな雰囲気の中、ミヅキが神秘的な瞑目めいもくのアイアノアに見とれていると──。

 不意に黄色い声の混じった声が騒々しく耳に入ってきた。


 その原因をミスリルゴーレムの上から見下ろして思わず苦笑いしてしまう。


「何だか、街に帰る度に目立っちゃってるなぁ……」


 伝説の魔物である雪男は、街の中心部の北の広場に差し掛かっていた。

 ガストンら兵士に先導されているとはいえ、10年前の恐怖の記憶が新しい街の人々は当然騒いだ。


 街中の視線は、巨人の魔物を駆るミヅキたちに釘付けであった。

 自分の手がアイアノアと繋いだままなのを見られるのが急に恥ずかしくなる。


「うひっ、こりゃ恥ずかしい……。穴があったら入りたい……」


「ミ、ミヅキ様、そんなにお恥ずかしがりにならないで下さいまし……。そう意識をされては、私まで恥じ入ってしまいます……」


「あっ、ごっ、ごめんっ……」


「……ですけど、綺麗だって思って頂けるのは、その、嬉しいです……」


 アイアノアは目を閉じたまま頬を赤くしていた。

 さっき心に思い浮かべた率直な心の感想を聞かれてしまっていたようだ。


「うぅ……。雑念が多くて面目ない……。これは、加護の能力の弊害へいがいだ……」


「うふふっ、ミヅキ様のお心は私にくびったけですから、仕方がありませんとも」


 ばつが悪そうに同じく顔を真っ赤にするミヅキと、偽れない好意を向けられるのを微笑ましく思っているアイアノア。


 こうして手を繋いで心を通わせていると、抱く気持ちも胸の高まりも簡単に伝わってしまう。

 洞察対象から情報をすくい取る権能の副作用のようなものだ。

 相手の漏らす心情や感情を感じられる反面、もしかしなくともこちらの心の内も筒抜つつぬけなのかもしれない。


──やれやれ、こうしてるときは下手なことは考えないほうが良さそうだなぁ……。まったく、その辺りの情報統制は雛月にどうにかしてもらいたいもんだ。


 思うだけなら自由なのだから、何でもかんでも漏洩ろうえいさせるのは勘弁して欲しい、とせめてもミヅキは思うのであった。


 握り合う手の手汗を我慢しながら、前に向き直ってそわそわしていると、見下ろす視界の端に小さな動く姿が複数映った。


「あ、あれは街の子供たち」


 建物の陰から、襤褸ぼろを着た獣人の子供たちが好奇のまなざしで見上げている。

 顔を出したり引っ込めたり、怖々(こわごわ)とした様子が垣間見える。


 キッキから聞かされていた色々なことを思い出した。


 種族間問題で望まれず誕生した、行く当ての無い可哀想な子供たち。

 勇者だなんておとぎ話の絵空事など信じてはいない夢無き弱者であり、被害者。


 びくびくおどおどする視線がミヅキと交差する。


「手でも振ってあげたら? ミヅキは勇者で通ってるんだから」


 振り向く後ろから聞こえてくるのはエルトゥリンの声。

 ミスリルゴーレムの大きな手の平の親指の付け根、母指球ぼしきゅうに背を持たせかけ、片膝を立てて足を投げ出している。


「勇者呼ばわりされてるのは、二人が俺のことをそう言って回ったからだろ……」


「本当のことなんだから構わないでしょ。ほら、勇者の凱旋がいせんよ」


 そう言われて、作り笑いで渋々見下ろす先の子供たちに手を振るミヅキ。

 ただ、それを見た獣人の子供たちは、キャーと悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように一瞬で逃げ出してしまった。


 予想通りの反応に引きつった顔で笑い、ミヅキは振り向き直る。

 気のせいか、どことなく疲れた風に見えるエルトゥリンと顔を見合わせた。


「やれやれ……。ところで、エルトゥリンは加護の力を使った身体への反動みたいなのはないのか? あれだけ凄い星の加護なんだから、何か制約があるんじゃ?」


「……制約?」


 姉のアイアノア同様、星の加護の酷使こくしにエルトゥリンへの負荷を心配する。


 あれだけ激しい戦闘を繰り広げたのだ。

 知らないだけで彼女も何らかの代償を支払っているかもしれない。


 ところが、にべもない様子でエルトゥリンは答えた。


「心配要らない。あのくらい身体は何ともないわ。単に疲れて、お腹が空いてよく眠れるくらいのものよ。やり過ぎてダンジョンを壊してしまわないか心配なだけ」


「えぇっ!? 疲れて腹減るだけって……。寿命が縮むとかもないのか?」


「寿命? そんなものであの力と引き換えにできるなら喜んで差し出すわ」


「本当に何ともないんだな……」


 つんとした顔で頷くだけのエルトゥリンは、さっき少しだけ見せた天使の笑顔とはかけ離れ、すっかりといつもの感じに戻っていた。

 同じく加護を持つ身としても、彼女の桁外れな力には驚くしかない。


 恐るべきはやはり星の加護の性能であった。

 エルトゥリンの話が本当なら、縦横無尽じゅうおうむじんに無双の力を使えるだけでなく、使い手に掛かる制約も反動もほぼ無いとのこと。


 いつか雛月が星の加護に脅威を感じていたのと、先ほどの戦いの後に地平の加護が小声で言ったことを思い出してミヅキはまた渋い顔をした。


『星の加護の洞察失敗・引き続きの観測必要』


 それは初めて聞いた、地平の加護のネガティブな声だった。

 あれだけ間近で戦闘を観測しても洞察には至らなかったらしい。

 無感情なはずが、心なしか落ち込んだみたいな暗い口調に聞こえた気がした。


 地平の加護は、じかに戦闘を行えば対象の情報を得られる。

 あの状態のエルトゥリンと戦えば、果たして星の加護の深奥をうかがえるのか。


 それは想像するのも恐ろしく、ミヅキは身震いして顔をぶんぶん振った。


「うおおおおおッ! ミヅキィー!」


 気付けば、見下ろす足元からひときわ大きなしゃがれた声があがっている。

 振り向いて視線を落とすと、先頭を行くガストンと揉み合いになっている興奮した小柄な亜人──。

 ドワーフの姿が見えた。


「ゴージィ親分、危ないから下がって! おわぁっ!?」


「やったなぁっ! 雪男を仕留めたのかぁーっ! 俺たちのっ、アシュレイの仇を取ってくれたんだなぁーっ! ありがとうよぉ、お前さんは最高の勇者だぁっ!」


 持ち前の怪力でガストンを抑え付け、自分の武具屋から飛び出してきたゴージィは大声をあげて英雄の凱旋に歓喜していた。

 大きな手をしきりに振って大喜びする様子には、ミヅキも自然と笑顔になる。


 一度は街を脅かした魔物の討伐。

 それは勇者と称えられるに相応しい善行だ。


 自分のやったことで喜んでくれる人がいるのなら、それにはきっと価値がある。


「……勇者って呼ばれるのも満更まんざらじゃないな」


 そう小声で呟くのであった。


 ミヅキたちが雪男を打ち倒した報は、帰るべきその場所にも間もなく届いた。


「ママーッ! 大変だよ、早く来てーっ!」


「あれは……! そんな、まさか!?」


 外の大騒ぎに宿屋、冒険者と山猫亭からキッキとパメラは表に出た。

 人だかりと喧騒の通りの向こうから、周りの建物よりも大きな物体が夜の暗がりの中を地響きをさせてこちらにゆっくり迫ってきている。


 その姿、パメラは忘れもしない。

 最愛の夫、アシュレイの命を奪った憎き仇の伝説の魔物。


「……雪男! で、でも、あれは……」


 一瞬、久しく見せなかった殺気立った顔を見せる。


 しかし、遠目と夜目の効くパメラは目を見張って驚いた。

 巨人の魔物の手の上に乗っている人物、それは紛れもなくミヅキとエルフの姉妹の姿であったからだ。


「おーい、パメラさーん! キッキー!」


 声をあげて、雪男の手の上のミヅキが何かを高く掲げて見せている。

 振り上げているそれは剣だった。


「ミヅキッ……! それに、あの剣……」


 すぐにそれが誰のものだったのかを思い出し、目の前で起きている事実が何を意味しているのかを悟った。

 ミヅキが成し遂げてくれたことが感無量に胸を打つ。


「……あぁ、アシュレイ。何てこと……」


 もう枯れたはずの涙が両の瞳から溢れ出す。

 ぺたん、とその場に腰が抜けたように座り込んでしまう。


 心配する娘に見つめられながら、パメラは誰に言うでもなく言葉を紡いだ。

 それは彼女にしか意味の知れない独り言だった。


「すべては()()()()()()()()()の言った通りだったのね……。予言の勇者がこの街を、世界さえも救ってくれる……。信じていて良かった……。アシュレイ、見てるかしら? ミヅキは本当に私たちを救ってくれたわ……」


 パメラは涙を拭って起き上がった。

 柔らかい微笑みを表情に浮かべて、娘と手を繋いで並び立つ。

 そうして、英雄たちの帰還を出迎えるのであった。


 賑やかな騒ぎとは裏腹、静かな夜風が頬を撫でた。

 獣人の母娘おやこの長かった夜が明ける兆しが見え始める。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ