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第13話 エルフ、現着

「ミヅキーッ、逃げろーッ!!」


 キッキの声が遠くに聞こえる頃には、やっとドラゴンの炎ブレスは止んでいた。


 地平の加護の力を用い、炎ブレスを真似して返してやった。

 レッドドラゴンは必殺の炎の息で消し飛ばない獲物に驚き、そのうえ同じ威力の炎を繰り出してこられて怯みさえしていた。

 ミヅキを油断のならない相手と定めた様子で、攻撃の手を止め、警戒して唸り声をあげている。


「……はぁ、はぁ、はっ、はぁ……!」


 ファイアーブレスの応酬は終わり、ミヅキは荒い呼吸を繰り返していた。

 未だ淡い光に包まれつつ、顔には回路の光模様を浮かべている。


 ミヅキは身体中から急速に力が抜けていくのを感じた。

 すぐに立っていられなくなる。


「よ、よくわからんけど、何か、繋がったな……」


 尻餅をつき、巨大なる魔物を見上げていた。

 そして、ようやくにして──。


 ミヅキはこの異常なる状況に至った顛末を、今ここに思い出していた。


「はぁ、はぁ……。や、やっと、思い出せた……」


 現実の世界からファンタジー異世界に転移した経緯である。

 正直言って全部が腑に落ちたわけではない。


 今朝、パメラの宿で目覚めた後から今までの記憶と、夕緋にストールを届けようとして突然ドラゴンの前に放り出された記憶は別物だったはずだ。


──もし本当に異世界に飛ばされたって仮定するなら、それはきっと忘れ物を夕緋に届けようと玄関を飛び出した時だ。あの瞬間からの記憶が今に繋がっている。


 ミヅキの意識に不思議なことが起こっていた。

 あり得なかったはずの出来事の記憶が、現実世界を生きていた自分にいつの間にか直結している。

 違和感も忌避感も感じない。


──だけど、行き倒れてあの宿屋に拾われた後の記憶もあやふやだけどある……。俺は確かに、異世界で少しの間を過ごしたんだ。これはどういうことなんだ?


「──記憶が同期しているのか……?」


 妙な感覚にミヅキはぽつりと呟いた。


 現実世界でこれまで過ごしてきた記憶と。

 異世界で素っ裸で行き倒れ、保護してもらっていた間の記憶。

 二つの異なる記憶は完全に一元化されていた。


 自分の中ですっきりと筋が通った実感があった。

 混ざり合ってしまった今となっては、その二つの記憶が元は別々だったかどうかはもうわからない。


「やっぱりそうだ。間違いない……!」


 記憶の整合を見て、ミヅキはようやく気付いた。

 いや、理解できたと言ったほうが正しい。

 ドラゴンを見上げた視線はそのままに、誰に言うでもなく言った。


「これは、俺の身体じゃないな。俺によく似た、他の誰かの身体だ……!」


 この異世界で目覚める前後での感覚の違和感が今になってはっきりした。

 今朝目覚めた時、身体に感じた骨や筋肉が硬かった感覚のズレ。


 いくらキッキが手伝ってくれたとはいえ、あんな重い荷車を引けた自分の力。

 何よりも、身体中に光の回路模様が浮かんで超常の力を行使できる。


 ドラゴンの炎を真似っこして、自分も火を噴いて見せた。

 こんなのが自分の身体の訳がない。


「これが夢じゃないんだとしたら……。俺の意識が、この俺によく似た誰かの身体に入ってしまっているってことなのか……?」


 もうそろそろ認めなければいけないのかもしれない。

 これは夢や幻ではなく、現実に起こっている何らかの不可思議な事件で、信じたくはないが自分は巻き込まれてしまったのではないだろうか。


 そう思うと、この自分とは全く異なる自分の身体が気になってしょうがない。

 一旦気付いてしまうと、もうその違和感は誤魔化せなかった。


「もしそうなら、俺は、この身体の俺は、いったい誰なんだ……? 本当に俺は、異世界なんかに来てしまったっていうのか……?」


 目をぎらつかせる巨竜と視線を交わしながら、ミヅキはそう呟いた。

 すると、いつからそれはいたのだろうか、困惑する視線のすぐ目の前で金色の光がキラッとはじけた。


「貴方様は選ばれし使命の勇者です。あぁ、ようやく巡り会えましたね」


 澄んだ声でそう言ったのは、大きさは手の平サイズほどの不思議な存在。

 淡く金色に光り、半透明な羽根の生えた小さい妖精が空中に浮かんでいた。


 それはさっきの時間が止まった空間で、ミヅキに話しかけてきた光の美女エルフをそのまま小さくしたような可愛らしい姿であった。


「あっ、君はさっきの……!」


「もうすぐそちらに到着致します。だからもう安心ですっ」


 目を丸くするミヅキに妖精はニコッと愛嬌ある笑顔を浮かべ、すぐさまダンジョンの入り口のほうへきらきらと光の軌跡を残して飛び去っていった。

 妖精は高速でダンジョン内を飛翔し、自分を使わした主の下へ戻った。


「良かった、間に合ったわ! 勇者様を見つけたっ!」


 朗らかに弾む声で彼女は言った。


 暗いダンジョン内を風のように真っ直ぐと疾駆する、二つの麗しい姿があった。

 茶褐色の外套をなびかせ、全身に気流を纏って滑走するスピードは速い。


「ありがとう、お役目ご苦労様っ」


 手元に戻った光の妖精、使い魔に笑顔で言った金色の長い髪の姉のエルフ。

 役目を終え、ぱちんと消えた妖精の向こう側、ダンジョンの奥を見据える。


 パメラの店を訪れ、ミヅキの居場所を聞いた。

 尋ね人との邂逅を渇望し、パンドラへと急行してきた噂のエルフの姉妹である。


「……!」


 もう一人、姉に比べて短めな白銀色の髪。

 ハルバードを軽々と片手で持って走る切れ長の目の──。


 妹のエルフはこの先に何がいるのかを悟った。

 振り乱す前髪の間から覗く目には、もうすでに自分が戦うべき魔物の姿がしかと捉えられていた。


「姉様、先に行く!」


 静かに言い放ち、そのままさらに追い風を受けるかの如く加速する。

 姉が風の力を借りて高速移動するのに対し、妹は自前の脚力で力強く走った。


「ええ、お願いっ!」


 答える姉を背後に残し、この先に待ち構える脅威に向かって先行する。

 あっという間に姉を置き去りにすると、信じられない速さで駆け抜けていく。


 走る歩幅が目に見えて広く大きくなって軸足を踏み切り、ダンジョンの床石を砕いて一気に跳躍した。

 まるでそれは弾かれた光の矢のようだった。


「えぇいッ!!」


 到達は一瞬だ。

 ミヅキには後ろから光る何かが、ものすごい速さで飛んできたくらいにしか感じられなかった。


 ひゅんッ、と頭上を瞬く間に通り過ぎてレッドドラゴンに突撃する。

 一瞬で懐に飛び込み、振りかぶったハルバードの斧刃をその胸部に叩きつけた。

 長い前髪の隙間から、殺気を帯びた鬼神の瞳が巨竜を睨む。


 ガアアァァァンッッ!!


 まるで砲弾の直撃である。

 到底ハルバードの一撃とは思えない轟音を響かせ、とてつもない衝撃がレッドドラゴンの巨体を後ろにのけぞらせていた。


「うおおっ!?」


 いきなり目の前で開始された激しい戦いにミヅキは驚愕した。

 ドラゴンも何が起こったのか理解できていない。

 見下ろす足元にはすぐ第二撃目を放とうと、低い体勢で力を溜めているエルフがいるのを混乱の中に見ていた。


 同時に、エルフは消えたとしか思えない速さで跳躍する。

 高い位置にあるレッドドラゴンの横っ面にまで飛び上がった。


 巨獣の赤い目は、エルフの瞳の冷たい視線と交差する。

 刺し貫くばかりの殺意に、竜の本能はすぐに脅威を感じ取ったことだろう。


「ふッ!!」


 短い息を吐き、再びハルバードの重撃を全身を回転させて炸裂させる。

 二撃目はドラゴンの顔面を強打し、巨体を大きくよろめかせた。


 伝説の魔物は苦悶の咆哮を短くあげつつ後じさっていく。

 エルフは軽やかに着地すると、間を置かず間合いを詰めてさらなる追撃に移っていった。


「す、すげえ……!」


 その次元の違う戦いにミヅキは圧倒され、呆気にとられていた。

 現実感の欠片も感じない。


 空想としか思えない物凄いシーンが目と鼻の先で展開されていた。

 巨大な竜に比べれば、小人にも等しいエルフが一方的な攻勢を見せている。


 だから、ドラゴンを相手にまったく臆さず常軌を逸して戦うエルフが、街で見かけたあの力持ちのエルフであると気付くのには少々の時間を要した。


「改めまして、お初に御目に掛かります」


 エルフとドラゴンの激闘に釘付けになっているミヅキに声が届いた。


 エルフとドラゴンの激闘に釘付けになっているミヅキに声が届いた。

 いつの間にか正面に立っていたのはもう一人──。


 金色の長い髪が、伴った風にさらさらと揺れている。

 ミヅキの前に居たのは、満面の微笑みを浮かべた姉のエルフであった。


「私たち姉妹共々、貴方様に出会えるこの時を心待ちにしておりました」


 姉のエルフは躊躇無く膝を折り、ダンジョンの床に片膝をついた。

 ようやく叶ったミヅキへのお目通りの挨拶は恭しく優雅である。


「うわわっ?! 急にいったい何なんだっ? き、君は……」


 瞳を閉じて、深々と頭を垂れるエルフの美しい女性にミヅキは泡食った。


 驚きに目を瞬かせるミヅキに、エルフの彼女は端麗な笑顔をゆっくりと上げた。

 鮮やかな緑色の瞳が、他の誰でもないミヅキを見つめていた。

 それはこれまでに見たこともない幻想的な微笑みだった。


「私は、──アイアノアと申します」



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