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第127話 雪男との決戦2

 ミヅキとアイアノアが雪男との決戦に臨む少し前の時間のこと。

 秘策を携える二人のやり取りである。


「ミヅキ様、あなたという御方は本当に凄い……。底無しに計り知れない御方です。これはエルフに伝わる秘術中の秘術……。しかも、これほどの純度と密度の高いものをいとも容易く生み出してしまうなんて……」


「さっきエルトゥリンが戦ってたとき、散らばったのを拾ってくすねててね。これを材料にして、前に見せてもらったあれを作れないかと思って試してみたんだ」


 喉を鳴らして驚くアイアノアの視線は、得意そうに照れ笑うミヅキの手の中に作り出された超希少な魔の結晶に注がれていた。


 エメラルド色に輝く飴玉あめだま程度の綺麗な石が、言い知れぬ存在感を表す。

 ミヅキは地平の加護を用いて、それを使い、それを作った。


『三次元印刷機能実行・素材を選択・《ミスリルゴーレムの破片》』

『パンドラの地下迷宮の魔素を充填・《ミスリルの魔石》・印刷完了』


「ミスリルって、魔法とか魔力との相性が良いんだろ? 魔力ならパンドラの地下迷宮が好きなだけ提供してくれるから、ありったけをこの魔石に詰め込んでみた」


「……はい、恐ろしいほど凝縮された魔力がこの小さな魔石に宿っています……。もしも、これほどの物が誤って暴走でも起こし、内なる魔力が解き放たれようものなら、街一つくらいは簡単に吹き飛んでしまうことでしょう……」


 誇張こちょうでなく本気のアイアノアの感嘆に、冷や汗をかくミヅキ。

 ただ、この高純度魔力結晶体を使えば、様々な問題をたちどころに解決できる。


「やれやれ、マジかよ。まぁとにかく、こいつを使って、例の負担のきつい加護の力を使う。この魔石はいつかのキノコと同じさ。アイアノアの魔力を十分に補ってくれる」


「キノコ──、……あぁぁっ! そ、そういうことですか。わかりました!」


 ミヅキの言葉にぽかんとしていたアイアノアだったが、察し良く何かを思い出して、ぼわっ、と顔を真っ赤っ赤に紅潮させてしまう。


 キノコを食べ過ぎた件と、お尻が瞬転(しゅんてん)鳥居(とりい)に引っ掛かってしまった痴態(ちたい)の記憶がありありと甦ったのだろう。


「……失礼致します」


 そして、恥じらいの表情のまま目を閉じ、魔石のあるミヅキの手におずおず自分の手を重ねる。

 途端、アイアノアの身体は芯から火照ほてり、激しい充足感が全身を駆け巡る。


「ふっ、ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……! これっ、凄いぃーっ! 私っ、みなぎっちゃうぅーっ!!」


 身体を弓なりに反らし、ダンジョンの暗い天井に向かって絶叫した。

 これまでで最高の心地よさに肩を震わせ、びくびくと大きな胸を揺らしている。


「ふぁぁ、ミヅキ様とこうして手を合わせているだけで気持ちが昂ぶります……。全身がびりびりと痺れて、このままでは絶頂に果ててしまいそうですぅ……!」


 薄目を開けたとろんとした表情で艶っぽい吐息を漏らした。

 赤い顔をして、愛おしそうにミヅキの手を魔石ごとぎゅうと握り返すアイアノアはとっても幸せそうに見えた。

 とにかくアイアノアの魔力は限界を超えて引き上げられたのである。


「大丈夫か……? 変な言い方するのは勘弁してくれ……。とにかく、魔石で魔力を補充しつつ、俺とアイアノアの心と身体が繋がれば、お互いをうまく巡り合って魔力を練り上げることができるはずだ。詳しくはないけど道教どうきょう陰陽説いんようせつだよ。太陽の加護の太極図を見て思い出したんだ」


 ミヅキはそのまま溶けてしまいそうなアイアノアに説明をする。

 すると、また大きく全身を揺らし、さらに顔を赤くして卒倒しそうになった。


 何かしらの覚悟が彼女の中で決まってしまったようだ。


「そ、そんなっ、心と身体を繋ぐだなんてっ……! いくら私に一目惚(ひとめぼ)れをされたからといって、急にそのようなことをお求めになられては困ってしまいます……。は、初めてですので、どうかお優しくして下さいましぃっ……!」


「アイアノアもそういうこと言うんだなぁ……。やれやれだ……」


 心なしか嬉しそうに取り乱すアイアノア。

 ミヅキはため息交じりに吹き出すのであった。


 そうして時は現在に至る。


 二人はミスリルゴーレムに向かって駆けていく。

 繋いだ手の中には莫大な魔力を供給するミスリルの魔石があった。

 男と女という陰と陽のが循環し、さらなる魔力を生み出し続けている。


『オオオォォォ……!』


 低く吠えるミスリルゴーレムは、シキへと変じたミヅキと、魔力をみなぎらせるアイアノアに向かって毛針の乱射を開始した。


 エルトゥリンの足止めで弱っているとはいえ、射出される刃物の危険度に何ら変化はない。


「アイアノアッ、風の魔法! 壁を作って防御っ、俺は剣で切り払うっ!」


「はいっ、お任せ下さいっ!」


 ミヅキは走りながら手を真っ直ぐ前に突き出して、何もない空間を右手で掴む。

 追従する太陽の加護がその動作に合わせて形態を勾玉巴まがたまともえに変えた。

 正真正銘しょうしんしょうめいの、神の聖剣を抜くために。


『女神日和のこしらえ・不滅ふめつの太刀・洞察済み記憶格納領域より召喚』


 稲光いなびかりのような閃光が瞬き、ミヅキの手に白刃はくじんが一振り現れていた。


 渋い銀色の柄巻つかまき、太陽をかたどった円環えんかんつば、刃渡り60センチほどの刀身。

 女神日和の拵え、その名も不滅の太刀。


 それも天授てんじゅされた神の力の一端だ。

 但し、合わせた手と手が魔力を巡らせているお陰で消耗はさほどでもない。


科戸しなと太刀風たちかぜ、吹きすさべッ!」


 すでに洞察済みの風の魔法を太刀に付与。

 荒れ狂う数多あまたの空気の刃が、飛来する毛針を次々打ち払う。


「防ぎなさい! もう何人たりとも傷つけさせないで!」


 アイアノアも左の手の平を突き出し、淡い緑の嵐のとばりを展開した。

 ミヅキと巡らし、増幅された魔力が生じさせる魔法の効果は格段に高い。


 防げないと思われていた銀の毛針は風の壁に阻まれ、気流の刃に次々と叩き落とされていったのだった。

 さらに──。


「姉様とミヅキの邪魔をするなッ!」


 直上からエルトゥリンによる、星屑ほしくずの雨の援護攻撃が降りしきる。

 ミスリルゴーレムの迎撃行動は、手をかざす彼女の背後から来る無数の光に阻まれてすぐに停止した。


「行くぞ、アイアノア! 仕上げだ、しっかりつかまっててくれよ!」


「ミヅキ様に委ねます! すべてはあなたの御心のままにっ!」


 視線を合わせ、ミヅキとアイアノアは敵の手前で高く跳躍した。

 風の魔力を放出し、ミスリルゴーレムの頭上に飛翔し、その獣面じゅうめんを見下ろす。

 繋いだ手はそのままに、アイアノアはミヅキの腰に手を回して抱き着いた。


『ウオオォォォ……!』


 飛び掛かってくる二人の敵に、さしもの伝説の魔物も脅威を感じたのだろう。

 それでも最後まで魔の意思に従い、執念で抵抗を続けようとする。


 牙だらけの口をがぱりと開き、空中のミヅキとアイアノアに向かって、エルトゥリンにしたように衝撃の波動ブレスを全力で吐きかける。


 衝撃波の螺旋らせんうずが激流のままに襲い掛かった。

 しかし──。


『対象選択・《勇者ミヅキとエルフアイアノア》』

『効験付与・神降ろし・《太極天降臨たいきょくてんこうりん》』


 ミヅキとアイアノアは、額面通りに神々しく眩い光輝こうきに包まれた。

 太極の太陽の加護が、本当の太陽そのものに赫々明々(かくかくめいめい)とすべてを照らした。


 それは異世界の大神おおみかみ、太極天の恩寵おんちょうを降ろす奇跡。

 攻めに使えば神の鉄槌てっつい、守りに使えば守護神の加護となる。


「姉様、ミヅキ……。凄い……!」


 それを眼下に見下ろすエルトゥリンは感嘆の声をあげていた。


 ミスリルゴーレムが吐き出した波動は、ミヅキとアイアノアに触れる先から見えなくなっていくようにかき消えた。

 衝撃波を無力化し、二人は初めから何もされなかったのと同様に押し通る。


「そこか!」


 叫ぶミヅキには見えていた。

 星の加護の破壊力でも絶命させられなかった、この脅威の魔物の不死の理由。


 頭と胴体の部位の中を転々と移動する小さな塊がある。

 ミスリルゴーレムのコア、それこそがこの魔物の心臓部であり本体。


 地平の加護の一番の味方である太陽の加護と──。

 相棒のアイアノアが身も心も密着しているお陰なのだろう。

 洞察の力は驚くべき速さと精度でそれを教えてくれていた。


『対象選択・《不滅の太刀》・効験付与・《太極天たいきょくてん恩寵おんちょう》』


「止まれってんだっ!」


 ミヅキは手の不滅の太刀を逆手に持ち替え、刀身に神通力をみなぎらせる。

 バチバチ、と火花を散らして発光する刀を真っ直ぐに投げ放った。


 キィィィンッ……!!


 鋭い金属音がダンジョンに鳴り響いた。

 浮き彫りにされた魔物の弱点に吸い込まれるように向かい、針の先ほどの不滅の太刀の切っ先がミスリルの硬質な装甲を貫き、突き刺さった。


 がくんッ……!


 途端、ミスリルゴーレムは全身を大きく揺らした。

 見えないはずのコアに神剣は届き、魔物の動きが完全に止まる。


「へへっ、ようやく手が届いたぞ。これは返してもらうからな!」


「妖精剣、ノールスール……。キッキさんのお父様の形見の剣……!」


 すたたっ、とミヅキとアイアノアが着地したのは、なんとミスリルゴーレムの額の上だった。


 そこに未だ突き立ち続けるのは、エルフの聖剣ノールスール。

 亡きアシュレイの執念が食らいついて離さない。


 ミヅキはその剣の柄をしっかりと握りしめる。

 アイアノアもミヅキの手に自分の手を重ねた。


 今一度、洗練された魔力が互いの身体を巡る。

 二人が仕掛ける、ミスリルゴーレムへの最後の攻撃、一手。


『対象選択・《妖精剣ノールスール》・《ミスリルゴーレムのコア》』

『効験付与・《勇者ミヅキの意識》・クラッキング実行、改ざん開始』


 洞察を終えたミヅキにはすべてお見通しであった。


 殺意高い破壊衝動で動き、強大な力で迷宮を侵す者たちをほうむ殺戮さつりくモンスター。

 その実、魔物には頭脳に当たる心の部分は空っぽのがらんどうだった。


 何を思い、何を目的に存在しているのか、ミスリルゴーレムは肉体的にも精神的にも空虚くうきょそのものであったのだ。

 だから、ミヅキは一つの思惑に至った。


──頭の中が空っぽで、何がしたいかもよくわからんままダンジョンを徘徊してるミスリルのゴーレム。ミスリルってやっぱり希少な金属なんだよな。じゃあ、金銭的な価値も高かったりするのかな?


 それは忘れてはならない目的である。

 肩代わりした借金を返すための資金源の確保だ。

 ミスリルが貴重なら、これを頂かない手は無い。


──そうなら、ただ倒すだけってのはもったいない。コントロールを乗っ取って、街に連れて帰って解体、換金できないもんだろうか。伝説の魔物といっても、行動パターンや存在意義はダンジョンの他の魔物と変わりないんだろう。……まぁ、俺とアイアノアの力を合わせれば、暴けないものは何もないってことだ。


 ミスリルゴーレムの頭部に、長くに渡って刺さり続ける妖精剣ノールスール自体にミヅキの意識を付与して伝わせた。

 コアに対して直接的に命令系統の書き換えを行い、都合が良いように変更を加えるクラッキングを実行する。


 割る、ひびが入る、との意味を持つその行為は、コンピュータシステム等の本来の用途を破壊、改ざんをして無理やりに使用することを指す。


 つまり、ミヅキの操り人形に仕立て上げるのだ。


『オオ、オ……! ォォォ……』


 ミスリルゴーレムのは、途切れ途切れの断末魔だんまつまの声を響かせる。

 赤く光る目は、接触不良でも起こした電球みたいにチカチカと明滅めいめつしていた。


「あぁっ、ミヅキ様ッ!」


「ちっ、もう少しで済むんだからじっとしててくれよな……!」


 悲鳴をあげるアイアノアと、冷や汗を浮かべるミヅキ。


 往生際の悪いミスリルゴーレムは、自己修復能力を右腕に集中させ、頭の中をぐちゃぐちゃに改造しようとする不届き者を薙ぎ払うべく手を上げた。

 空っぽな心で感情を感じさせないのに、侵入者に対して最後までしつこく攻撃を繰り返そうとする。


 しかし、それは悪あがき。

 もう決着はついていて、そんな無駄な抵抗は彼女が許してくれない。


「──おとなしくやられろッ!」


 ガシャンッ!!


 まさに降り落ちてくる流星であった。

 エルトゥリンの鋭く速い飛び蹴りが、真上から巨大な腕を砕いた。


 目の前を急速降下していく破壊の権化ごんげとなった彼女の姿を見て、ミヅキはいつか聞いた話を身震いしながら思い出す。


『戦ってるとき、あれだけ飛んだり跳ねたりしてるんだから今更よ……』


 戦いの最中、派手に乱れる衣服やスカートの様子を気にしないと豪語するエルトゥリンには呆れるやら恐ろしいやら。


──あれに見とれるのはやめよう、命がいくつあっても足りない……。寝惚けてまたエルトゥリンを下から覗こうもんなら、あの流星キックがお見舞いされる……。


 と、ミヅキはつくづく思うのであった。


『……』


 かくして、ようやく沈黙し、目の光を失い、動かなくなったミスリルゴーレム。

 盛んに行われていた自己修復機能も止まり、もう微動だにしない。


 トリスの街を恐怖に陥れた伝説の怪物、「雪男」の最期であった。



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