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第124話 星の加護、発動!

「ミヅキ様っ、危ないッ! 下がって下さいましっ!」


 もうアイアノアの悲鳴を聞くまでもなく、ミヅキは迫る危機を感じていた。

 攻撃の標的をエルトゥリンから切り替えた雪男ことミスリルゴーレムは、機械的な殺意を発散しながら身体に変化を見せる。


 ミスリルの体表が露呈した部分に、再び銀色の体毛が生えてきている。

 毛の生え具合がまだらだった身体は、元の雪男の所以ゆえんたる毛深い姿に戻った。


 ざわざわざわざわざわざわ……!


 全身の毛の先端を鋭く逆立たせ、ハリネズミを思わせる外観に変貌する。

 直立したまま両腕を大きく広げ、鋭利な毛先を生やす体面積を大きく晒した。

 次にこの巨人の魔物が何をしてくるのかは容易に予想できた。


「──姉様っ、ミヅキっ!! 駄目ぇッ!!」


 激しい衝撃波ブレスから解放されたエルトゥリンは悲鳴をあげた。

 ミヅキとアイアノア、ミスリルゴーレムの双方の状況を見て顔面蒼白となる。


 迷い無く、ずたずたに壊された床を蹴って飛び出した。

 だが、一歩早く全身の毛を逆立てた巨人の魔物は恐るべき攻撃を開始した。


 束ねた無数の毛を針状に変えて、びっしりと全身に弾を装填(そうてん)し、隙間が無いほど密度高く、凄まじい速度で断続的に撃ち出す。


 小さい敵たちをまとめて葬ることに特化した、言わば対人兵装である。

 水平に一斉に飛来する毛針は、一本一本がダガー相当の長さの刃物そのもの。

 まるで、きらきらと輝く真横に降る雨のようだった。


 ババババババババババババババババババババババババババババババッ……!!


『ウオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!』


 ミスリルゴーレムは雄叫び、嵐の射出音を響かせ、ミヅキたちに逃れようのない必殺の全方位攻撃を仕掛けてきた。


 銃弾にも匹敵するスピードで撃ち込まれる30センチ程度の無数の刃物。

 そんなものを受けようものなら、ただの怪我で済むはずも無く、全身ハチの巣にされて肉塊に変り果てるのは明らかである。


「うおぉっ!?」


「きゃあぁっ、ミヅキ様ぁ……!」


 驚くミヅキと、恐怖に叫ぶアイアノアに一瞬で毛針群は到達した。

 しかし、その刹那(せつな)


「くぅぅぅッ……!」


 二人の前に両手両足を目一杯に広げたエルトゥリンが飛び込んだ。

 全身を盾にして立ち塞がる。


「アイアノアッ──!」


 ミヅキもアイアノアを庇い、毛針に背を向けて彼女に覆い被さって地に伏せた。

 三人に刃物と化した毛の針が次々と容赦無く突き刺さっていく。


「うっ、ぐっ! うぐぅ、ぐぐぐッ……! ……ッ!」


 エルトゥリンはひたすら続く直撃に身体を揺らした。

 決して身をえぐられず、鉄壁の防御力で毛針を弾いて散らす。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ……!!


 彼女の身体に当たるそばから先端が砕けたり、中ほどでへし折れたりして、そこら中にばらばら散らばっていく殺意の塊、一本一本。

 これだけの威力の弾幕でもエルトゥリンと星の加護には傷一つ付けられない。


 しかし、無事で済むのは自分一人だけだ。

 後ろは見えない。


 ミヅキが姉を庇ってくれたようだが、安否がどうなったのか確認できない。

 エルトゥリンは全身を打ち続ける衝撃に耐えながら祈った。


──これだけの攻撃、全部は防げていない! 姉様にはこの攻撃はきっと耐えられない……! こんな真似ができる怪物だったなんて、迂闊うかつだった……! お願い、ミヅキ、姉様を守って……! お願いっ!!


 豪雨ごううの如き猛攻はしばらく続いた。

 生やした毛量が限界を迎え、装填そうてんした毛針を撃ち尽くすと一旦は収まる。


 射出して減少した銀の毛を再び補っているのか、ミスリルゴーレムはわさわさと全身をざわつかせて沈黙していた。


「姉様っ、ミヅキッ!」


 攻撃が止んだのを見計らい、エルトゥリンはアイアノアとミヅキが無事かどうかを確かめようとすぐさま振り返る。


 そこには埃まみれになり、うつ伏せに倒れたミヅキの姿があった。

 その下から金色の長い髪の毛がはみ出して見えていて、髪の主のアイアノアはわずかに動いて見えた。


「……ミヅキ様ッ、嫌ァァッ!!」


 アイアノアがミヅキの下から這い出て、振り向き見た顔は悲痛の叫びに歪んだ。


 倒れ、意識を失うミヅキの背中には、鋭い毛針が複数本突き刺さっていた。

 エルトゥリンの決死の防御をかいくぐってしまった凶刃(きょうじん)

 派手な出血は確認できないが、どう見ても無事ではない。


「ミヅキ様っ、ミヅキ様ぁっ……!」


 気絶して倒れ伏すミヅキと、悲鳴をあげて傍らにしゃがみ込むアイアノア。


「あぁ、ミヅキ……」


 そんな二人を愕然となって見下ろすエルトゥリンの声は震えていた。

 いつかの朝、約束をしたばかりだったのに。


『何があっても必ず姉様とミヅキを守ってみせる!』


 パンドラの地下迷宮の異常に高まった危険度はわかっていたはずだった。

 このミスリルゴーレムのような恐ろしい魔物が潜んでいたとしても、何ら不思議ではなかったというのに。


「ミヅキ、ごめんっ……!」


 悔やんでも悔み切れない。

 申し訳無さを顔いっぱいに浮かべ、瞳を閉じ込んだ。


 しかし、すぐに強い光を宿した目つきを取り戻し、悲しみに塞ぐ姉に叫ぶ。


「姉様、ミヅキを連れて遠く後ろに下がってて! すぐに魔法で治療をお願い!」


「わ、わかったわ!」


 アイアノアはミヅキを助け起こして肩に背負う。

 ふわりと風の力を身に宿し、アイアノアはミヅキと共に浮き上がった。

 妹をその場に残し、緑色に光る波紋を点々と広げながら後方へと下がっていく。


 その最中、振り向いてエルトゥリンの背中を見た。

 エルトゥリンは振り向かず、敵を真っ直ぐ睨み付けていた。

 アイアノアはぽつりと呟く。


「──使うのね、星の加護の力を」


 二人の姿は、暗い迷宮の回廊の向こうへ消えてすぐに見えなくなった。

 単身残り、小さな彼女は大きな敵に立ち向かう。


「許さない……!」


 災厄をもたらした敵へ剥き出しの闘争心を向ける。

 そして、不甲斐ない自分への怒りで身と心を熱く焦がしている。


 ぎりりっ、と歯噛みする彼女は恐るべき憤怒ふんどの戦神と化した。


「……よくも、よくもミヅキをッ!!」


 エルトゥリンの激情にダンジョン内の空気が一気に張り詰めた。

 びりびりと、生じる重圧がただならない緊張を走らせる。


 尋常ならざる気配を悟ったのか、ミスリルゴーレムも警戒に動きを止めていた。

 一対一で対峙する互いの視線が、空間上で火花を散らしているかのようだ。


「……」


 何も言わず、エルトゥリンは手の武器、ハルバードを無造作に投げ捨てた。


 そして、片側が髪で隠れた瞳をすぅっと閉じる。

 拳を握り、両手を開いた姿勢で真っ直ぐ立ち、いだ海そのものに精神を統一。


 風も無いのにエルトゥリンを中心にざわざわと気流が発生する。

 彼女の肉体に変化が起き始めた。


 白銀色の髪が伸びていく。

 ボブカットからセミロングくらいにの長さに伸びて、毛先が青白い炎のような輝きをバチバチと弾けさせて揺らめいた。


 ゴオォォォッ……!!


 豊でたくましい胸のあたりが、にわかに青く煌めきを放つ。

 同時に、大きく拡大する光を発現させて全身を包み込んだ。


 エルトゥリンは閉じていた目をカッと見開く。

 瞳の中には、星の海たる青と緑の銀河のような炎が荒々しく燃え盛っている。


 そして──、星の加護は真の姿を現したのである。



星形成ほしけいせい光輝天体こうきてんたい!」



 青白く燃える髪の毛と銀河の空色に光る瞳。

 身体が浮かび上がるほど濃密な球状の闘気をまとい、エルトゥリンはさらなる戦闘形態へと変身を遂げた。


 彼女の身体を原子星げんしせいとして、分子の星間ガス雲の代わりにパンドラの地下迷宮の魔素を取り込んだ様子は、燦然さんぜんとした天の明星みょうじょうそのものだ。


「ふぅっ──」


 短く息を吐くエルトゥリンの瞳には、刺すほどの鋭い眼光が浮かんでいた。


 普段の表面的なフィジカル強化の比ではない。

 解放された星の加護の力を行使するエルトゥリンは、その能力の名が指す通りに高エネルギーを爆発的に生み出す恒星そのものとなったのだ。


「お前は絶対許さない! もうさっきほど優しくはないぞッ!」


 怒りの声と共に発散する闘気。

 すぐさま一方的なまでの戦いが始まった。


 ぎゅんッ……!!


 消えたかとしか思えない速さで空間を飛び、一瞬でミスリルゴーレムとの距離を詰める。


 気付けば、光るエルトゥリンは巨人の(ふところ)の中、みぞおちの直前に迫っていた。

 真っ白な光が両腕に収束、急接近の勢いのまま超高速で殴りつける。


「はぁッ!!」


 ズドンッ!!


 輝く拳が魔物の体内深くにめり込んだ。

 派手な破砕音を響かせ、砕いた破片をそこら中に飛び散らせた。


 流星殴(りゅうせいう)ち。

 流れ星そのままな剛拳ごうけんの一撃が敵に突き刺さる。


 腹部に強烈な打撃を受け、ミスリルゴーレムはくの字の形に体勢を崩した。

 下がった頭めがけてエルトゥリンは再加速し、急上昇しながら魔物の大きな顔面を力いっぱい殴打おうだして飛んだ。


「だあぁりゃぁっ!!」


 巨人の上体が反り返る衝撃を与えて上空まで飛び上がる。

 エルトゥリンは上から見下ろすと、今度は反転して急降下しながら光の矢のような鋭い蹴りを放った。


 文字通りの流星蹴りゅうせいげりは、ミスリルゴーレムのがら空きの胸部に激突して凄まじい衝撃を生んだ。


 ガシャァァァァァンッ……!!


 床をばらばらにしながら巨体が仰向けに倒され、地中に大きく沈み込む。


 空中で自在に軌道を変え、尋常ならないスピードとパワーで衝突する──。

 その様は、まさに意思を持った破壊のシューティングスター。


 星の加護の通常状態でさえ無類の強さを誇るのに、覚醒した神秘の加護を操るエルトゥリンはもはや手が付けられない。


 ハルバードを投げ捨てたのは、いかに星の加護の強化能力があったとしても今の彼女の力には武器が耐えられないからだ。

 いや、武器など必要無い。


 赤手空拳せきしゅくうけんで挑む彼女はその全身が凶器の塊と変じている。

 光を伴い、地に沈めたミスリルゴーレムから飛び下がって距離を置いた。


「砕けろ!」


 光に包まれて浮遊したまま両手の平を前に突き出し、攻撃目標に狙いを定める。


 恒星からばら撒かれる元素のように、エルトゥリンの闘気から分裂した小さい光の粒子が周囲の空間に無数に広がった。

 宙に散りばめられたそれらの織り成す様子は、まるで夜空に輝く星の海。


 星屑撃(ほしくずう)ち・(みだ)(つぶて)


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ……!!!


 滞空する数え切れない光の弾体が一斉にミスリルゴーレムに向かった。

 さながら断続的な銃撃音を発して超高速で撃ち込まれる。

 先刻の全身毛針射出の意趣返いしゅがえしとばかりに、間断無く直撃の雨を浴びせかけた。


『ウオオオォォ……!』


 大きな的でしかない巨人の魔物は、起き上がる最中の不安定な体勢だ。

 空間を埋め尽くす弾幕に照らされて呻くしかない。


 硬質なはずのミスリルの身体が、次々と星屑の弾丸に破壊されて砕けていく。

 被弾した箇所の銀色の体毛は吹き飛んで剥がされ、自慢の硬い肌は瞬く間にぼろぼろになった。


 終わりなく続く猛撃に、ミスリルゴーレムは巨体を揺らして立ち上がった。

 難を逃れるべく必死の防御対応を取ろうとしている。

 戦いの当初と同じく、両腕から自身の全体を覆う巨大な盾を作り出した。


 ドスン!


 床に接地させる大盾は、湾曲した長方形状のミスリルタワーシールド。

 ミスリルゴーレムの巨体をすっぽり隠してしまった大型の盾は、確かな防御力でエルトゥリンの星屑の嵐を防いでいた。


「しゃらくさいッ!! 無駄な抵抗をするなッ!!」


 突き出していた両手を降ろして叫んだ。

 光の乱れ撃ちを一旦収めるエルトゥリンは、身にまとう闘気を今度は頭部に集中させた。


 髪に隠れた片側の左目を前面に押し出し、前のめりになる。

 青と緑の色に燃える瞳には銀河があった。


 ビカッ……!!!


 瞬時に束ねられる光は星の加護の超高エネルギーだ。

 彼女の瞳をレンズ代わりにして、極大出力で撃ち出される。


 暗いダンジョン内が強烈な閃光に包まれた。

 それは、星の加護を解放したエルトゥリン必殺の生体砲撃せいたいほうげき


 星芒閃せいぼうせん 星明ほしあかり!


 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァァァァァッ!!!


 彼女の左瞳から猛然とした極太のレーザー光線が発射された。

 まばゆい光の大奔流となり、防御態勢のミスリルゴーレムに正面から直撃する。

 

 分厚く強固なはずのミスリルの大盾を超高熱で熔解ようかいさせた。

 貫通した光線は魔物の巨体を激しい勢いで吹き飛ばす。


 ミスリルゴーレムは燃え尽きるミスリルの破片を散乱させながら、背後のダンジョンの壁に激突した。

 直後、大爆発があがって光の柱が立ち上がる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 光の柱はダンジョンの高い天井にまで届き、岩石の瓦礫を降らせる。

 あまりの威力にパンドラの地下迷宮を崩落させ兼ねない。


 本来の意味とはまるで結びつかない絶大な破壊力であった。

 星明かりとは、ほのかな星の光を表す言葉であるというのに。


「……」


 ごうごうと燃え上がる白い炎の光。

 それを見つめるエルトゥリンの髪の毛も青白く燃えている。

 と、その超越の彼女の眉がぴくりと動く。


「そう、まだ立つの」


 冷徹にこぼす声が向いている方向。

 身体に大穴を開け、ばらばらに四肢を欠損させたミスリルゴーレムが自己修復をしながら、蜃気楼しんきろうのように立ち上がる様があった。


 薄いエメラルド色の金属同士がくっつき合い、元の魔物の形状に戻っていく。

 再び物言わぬ破壊衝動の視線が高いところから見下ろした。


 懲りる事なく躊躇なく。

 わさわさと生え変わる銀色の毛が先端を尖らせ、意味があろうがなかろうが機械的に連続発射の反撃を実行する。


 ゴォォォォォォォォォォォォォッ……!!


 しかし、高速で飛来した刃物の毛針群は、今度は彼女に届くことはない。

 触れることさえ許されず、星の加護のバリアに易々と弾き散らされる。


 星風(ほしかぜ)

 恒星の表面から吹き出されるガス流のような輝く気流は、加被対象をあらゆる危害から守護する。


 鉄壁の風に守られながら、エルトゥリンは不敵に言い放った。


「何度でも来るといい! 何度だってばらばらにしてやるからッ!!」


 怒れる星の戦神、覚醒の加護を用いてかくも雄々しく戦えり。

 こうなってしまった彼女には、もはや勝利の星しか許され得ない。



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