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第115話 素敵な夢

「……まだ何かあるってのかよ」


 人間と他種族の仲が悪いのには根深い理由があるようだ。

 地平の加護が反応していて、また増える謎にミヅキは頭を抱えていた。

 そんな心労は知らず、腕組みのキッキは怒り心頭にぷんすかと話すのだ。


「そんな昔に何があったのかは知らないけどさ、近頃の人間嫌いの理由は決まってる! 欲求のはけ口が無責任過ぎるんだよ! 数が多いってだけで偉っそうだし、ほんっと万年発情期のどうしようもない奴らだよ人間はさ! 自分たち以外の種族の女を何だと思ってんだ、まったく!」


 人間嫌いはハーフの話に言及される。

 それは人間の、特に男のだらしない生殖本能の結果が招いた災い。


 そうして大勢の望まれないハーフの子供たちが生まれているのだという。

 そんな世の乱れた社会風紀が問題であるとキッキは大声で非難した。


 おおよそキッキほどの年頃の少女らしくない発言だが、それがこの世界の現状を物語る。


 ハーフは概ね人間との混血児である場合が多い。

 最も人口の多い種族が人間で、次いで獣人が多いことから、必然的に人間と獣人の混血がその大半を占めることになる。


 人口の社会的勢力の格差で、人間以外の種族はその地位が低い場合がままあり、貧しい生活から身体を売るに至ってしまう、獣人を初めとした異種族の女性は少なくないという。


「問題なのは、そうやって生まれた子供が捨てられたり、売られたりして悲惨な目に遭ってるってところだよ。獣人だけじゃなくて、エルフやドワーフとか他の種族にも同じことが起こってて……。そういう可哀想な子たちは、この街にもたくさんいるよ……」


 キッキはちらちらとミヅキを横目で見上げている。

 ハーフの自分が可哀想だと思われたのを激怒したのを気にしている様子だ。


 種族間を気にせず交雑して子孫を増やせる人間の特性はさておき──。

 そんな一時の欲望で、子供たちが泣くような現状を看過できる訳がない。


 ミヅキはまた腹立たしくなって、気が重たくなっていた。


「ひでぇもんだ……。人間はどこの世界でもやることは変わらないな……」


「あっ、言っとくけどガストンさんたちは別だよ。人間だけど大事な常連客だし、商売なんだからそういう好き嫌いの感情は抜きさ。まぁ、うちはそういう店じゃないっていうのもあるけどね。誤解すんなよな」


 キッキは慌てて、今日訪れた人の良さそうな髭の兵士長を擁護する。

 またミヅキの腹の虫の居所が悪くなっては堪らないと、気遣いの作り笑いを浮かべていた。


「──ミヅキだってそうだぞ? ひどい人間だなんて思ってないからな?」


 もちろん、それを打ち明けるミヅキ自身も例外であるのを付け加えて。


──ハーフの子が可哀想だって思われるのは、よくある世知辛せちがらい社会情勢が理由になってるんだな。だけど、アイアノアやゴージィ親分が人間を良く思っていない理由に関しては、昔に起こったっていう大きな出来事が関係してるみたいだ……。どんどん話がややこしくなっていくぞ……。後で雛月に整理してもらうか……。


 長く生きる亜人の種族と比較的若い獣人の種族では、同じ人間嫌いでも捉え方が違うのかもしれない。

 不和の原因となった、このイシュタール王国の人間と他種族との歴史。


 相変わらず、頭の中心あたりがむずむずするのを感じる。

 生き生きと活動する地平の加護の様子から、またしても雛月に歴史の真実を知るよう迫られているのを感じて、ミヅキは大きなため息を吐き出した。


 そんな憂欝ゆううつをよそにキッキは話を続けている。


「ミヅキ、昨日の夕方に来たギルダーのこと覚えてるか? 毛むくじゃらの獣人のおっさんだよ」


「覚えてるよ。街の商工会の会頭で、パメラさんがお金を借りてる相手だよな」


 不意に飛び出した名前は、トリスの街の商工会を牛耳る人物のもの。


 昨日の夕方にミヅキたちの元に訪れた、見た目完全なライオンの大柄な獣人。

 ミヅキが代わりに返済しようとしている借金の貸付主でもある、ギルダー。


 苦々しく表情を歪めると、吐き捨てるようにキッキは言う。


「ギルダーの奴、そういうハーフの子供たちを大勢集めて、自分の息の掛かった店に住み込みで働かせてるんだ。食べるのに困ってたり、行く当てが無かったりする弱みにつけ込んでいいようにこき使ってやがる。もし、借金のカタにこの宿を取られちゃったら、あたしもあの子たちと同じ目に……」


「まさか、そんな子供たちを捕まえて、奴隷みたいにタダ働きさせてるのか?」


 いかにも悪者というばかりに、下品な笑い方をするライオン顔を思い出す。


 それが本当なら悪徳商人どころの話ではない。

 不当な労働を未成年者に強いて虐待を行う外道、犯罪者だ。


 義憤ぎふんの気持ちが抑えられず、ミヅキは気色ばむ。

 しかし、キッキの返答は想像と全然違っていて。


「そ、そんな訳ないよっ。休みの日は自由だし、働いたら給料もらうのは当たり前だろ。奴隷みたいにタダ働きとか、いくら何でもそれは悪い奴過ぎるだろっ」


「へっ?」


 慌てるキッキの様子に、ミヅキは思わず拍子抜けてしまった。

 ギルダーに嫌気が差し、わざわざ名指しで悪く言った風だったが、思っていたのと違う実情に戸惑ってしまう。


 不幸な身の上のハーフの子供たちを集めて、おそらくは衣食住の世話をして職を与え、生活の支援をしているということだろうか。


 むしろ、それは悪徳の犯罪者ではなく、懐の深い美徳の経営者なのではなかろうか、とミヅキはギルダーの意外な一面の可能性を感じて思案顔。

 何度目かになる、脳裏によぎったむず痒さを紛らわそうと後頭部を擦る。


──えぇ? 今の話も重要なのか? うぅ、ライオンおっさんの顔で頭をいっぱいにするのはやめてくれよな……。借金の弱みにつけ込んで、パメラさんとキッキにちょっかいを出してるただの悪者って訳じゃないのか、ギルダーの旦那は……?


「うーん……?」


 ミヅキが借金返済に名乗りをあげた時のこと。

 眼前に突きつけられたギルダーのライオン顔と、獣臭全開のリアルな匂いまで思い出させた。


 妙に話が脱線したように感じて唸り声を漏らしていると、キッキは不安気なしおらしい表情で視線を床に落としている。


 遠慮がちに彼女が口にしたのは一度は聞いた内容だったが、ミヅキが自分たちをどう思っているかを再確認するための言葉だった。


「ミヅキはさ、さっきエルフのお姉さんたちと話してた時にも言ってたけど……。その、あたしとママのこと変だって思わないのか……? 親の種族が違う混血児とか、獣人と人間の夫婦とか……」


 猫の耳が両方ともぺたんと横に倒れ、手をもじもじさせて横目を向けている。


 当然のように変だと思われ続け、もう今は受け入れてしまっている事実。

 だから、アイアノアに気の毒と言われても、諦めを装って笑うことができた。


 ミヅキはそういうのが気に食わない。

 真っ向から対抗して自分の考えを曲げずに正直に答える。


「さっきみんなの前でぶちまけた通りだよ。別に変だなんて思わない。パメラさんとアシュレイさんの種族の壁を越えた結婚、とっても素晴らしいことなんじゃないかと思うよ。種族が違うと揉めるような社会の中じゃ尚更そうだろ? 第一、そういうのは本人同士がいいって思えるんなら何も問題ないことじゃないのか?」


 言って、フーッ、とため息を一つ。


 この世界特有の事情はよく知らないし、気にするつもりは毛頭ない。

 己の正義に従い、我が道を行くのみだ。


「そ、それは、そうかもだけど……」


 それでもまだハーフの身空みそらを気にしているキッキに、ミヅキはこれまでの人生で身につけた意識観念を伝える。

 自分がそう思い、正しいと感じる気持ちを言葉にした。


「昔っから続いてるっていう仲違いの根っこのとこに、どういう事情があるのかよくわからんから、あんまり軽々しく言っていいかどうかは迷うけど……。人間と他の種族との間に難しい隔たりがあるんだとしたらさ、そんな困難を乗り越えて実を結んだパメラさんとアシュレイさんの愛情って凄いなって思う」


 昔来のこり固まった常識を超越し、種族ではなく、個としての人となりをお互いが見つめ合って最後には手を繋いだ。

 そこには、ミヅキがよしとする父の教示が確かにあった。


「キッキはそんな二人の間に生まれた子供なんだろ? 人間同士よりも、獣人同士よりも、普通じゃ有り得なかった強い絆が頑張った結果、キッキは生まれたんだ。考えてみろよ、それってものすごく尊いことなんだって思わないか?」


 ミヅキはそうして誕生した愛の結晶をじっと見つめ、問い掛けた。


「ミヅキ……」


 口を開けたまま、ぽかーんとするキッキは表情と言葉を失う。

 ミヅキは少しだけ厳しめの顔をして、締めくくって言った。


「あと、それよりな、キッキ。獣人と人間の夫婦がどうとか、混血児がどうとか、そういうのを良くない感じに言ったり思ったりするのはもうやめとけよ。特に、パメラさんの前ではな」


 その言葉とミヅキの顔に、キッキは、びくっとして両肩を揺らした。


「色んな大変なことを乗り越えて、せっかく生まれてきたキッキがそんなんじゃ、……きっと悲しむぜ、パメラさん」


「あっ……!?」


 はっとして我に返ったキッキは、うんうんと何度も首を縦に振っていた。

 自分を不幸だと思う気持ちが、知らない内に母を悲しませていたのではないかと気付き、思い知る。


「ご、ごめんっ、そうだよなっ! あたしは何を今まで変なこと言ってたんだ……。周りに何を言われたって関係ないじゃないか……!」


 世界に当たり前に横たわる現実と、それに伴う周りからの見られ方が、いつの間にやら幼い少女の心にあらぬ誤解を植え付けてしまっていた。

 他人に押し付けられた不幸を跳ねのけ、自分が本当に思う幸福を見出す。


 キッキは大きな声で叫んだ。

 それはまるで、可哀想だと思い込む自分との訣別宣言のようであった。


「あたしはママとパパが大好きっ! 二人の子供に生まれてきて、本当に良かったって思ってる! パパがいなくなったのは悲しいけど、あたしにはママがいる! だから、あたしは全然不幸な子なんかじゃないよっ!」


 凛とした声が、部屋の空間に余韻になって残った。

 キッキは赤らんだ顔のまま、穏やかに口許を緩めるミヅキを見上げる。


「……ミヅキ、お前凄いな……。そんな風に考えられるなんて……」


 感嘆して呟いた後、俯いた顔はさらに真っ赤になっている。

 口をついて出た声は消え入りそうなほど小さかった。


「なんだか、パパみたい……」


 ふさふさの両耳をぴんと立て、丸まった背中に垂直に尻尾を伸ばす。

 ミヅキから見えないように下を向いたキッキの顔には、満ち足りた笑顔が浮かんでいた。


「あっ、ちょっと待て!」


 ひとしきりそうしていた後、何かに気づいたキッキはがばっと起き上がる。

 慌ててミヅキに向き直り、赤くした顔のまま早口でまくしたてた。


「だったらさ、ミ、ミヅキもママのこと、やっぱりそういう目で見てたのか?!」


「そういう目って?」


「い、いやだからっ、相手が人間じゃなくて獣人でもそんなの関係なくて……。本人同士がいいって思えるんなら、す、好きになれるんだろ……? じゃあ、記憶喪失を繰り返すたびにママを何度も口説いてたミヅキも……?!」


「ん、ああ」


 わななくキッキは思い出していた。


 まだミヅキの意識が身体に定着していない頃。

 なかなか記憶が落ち着かなかったミヅキは、パメラの魅力に触れるその都度に調子のいいことを言っていた。


 料理が最高に美味しいとか、笑うと少女みたいに可愛いとか。

 キッキが何を心配しているのかを察してにやりと笑う。


「おう! そりゃ、パメラさんは美人だからな。当然、恋愛対象に見られるぞ」


「だ、駄目なんだからな! ママはあたしとパパのママなんだからな! ああもう、ギルダーだけじゃなくて、まさかミヅキまでママを狙ってたなんて……!」


 頭を抱えて困り果てる猫少女を愉快そうに眺めて言った。

 ミヅキはおどけた調子を交え、キッキが前を向いて母と強く生きていくため背中を押すよう言った。


「そうだなー、どうしよっかなー。キッキがパメラさんを悲しませるようなことをするなら、俺もそういうこと考えちゃうかもなー。もうハーフな自分が幸せじゃない、なんて言わないんなら身を引いてやってもいいかもなー。──何なら、パメラさんと結婚して、俺がキッキのパパになってやってもいいんだぞー?」


「ややっ、やめろっ……! ミヅキがあたしのパパになるとかっ、それだけは勘弁だよっ! わかった、わかったよっ! ハーフの子だからあたしは不幸、みたいなことはもう絶対に言わないよっ!」


「うんうん、そうかそうか、そこまで言うなら仕方がない。辛くて胸が張り裂けそうだけれど、涙をのんで俺は失恋に甘んじようじゃないか。さめざめと男泣きだ」


「何かむかつく! はあーあぁ、もう何の話をしてたんだっけ……」


 さすがに芝居掛かったミヅキの意図に気づき、キッキは盛大なため息をつく。


 その顔には困った笑みが浮かんでいて、仲間との仲直りを遂げた年上の友人に、せめてもの願いを込めて言った。

 死と隣り合わせの危険なダンジョンからきっと帰って来られますように、と。


「──まあだから、せいぜい気をつけてくれってことだよ。せっかくエルフの姉さんたちと仲直りできたんだし、ミヅキまでパパみたいなことになったら、あたし嫌だぞ……? ちゃんと無事に生きて帰ってきてくれよな? 約束だぞっ!」


 とびきりスマイルでにかっと笑い、ぴょんとベッドを飛び降りる。

 とことこと、部屋を出ていこうとする背中がドアの前で振り返った。


「なあ、ミヅキ──」


 キッキの顔は照れていて、笑った顔から可愛らしい八重歯やえばをのぞかせる。

 そして、小さな胸が抱く、大きな野望を自信たっぷりに主張してみせた。


「今は店も大変だし、ママがいるところでは話せないんだけどさ。あたしの夢はね、パパやママみたいな冒険者になることなんだ。この国を飛び出して世界中を回ってさ、冒険者として一人前になったら、いつかあたしもパンドラの地下迷宮に挑もうと思ってる」


 少女は幸せな未来に思いを馳せる。


「──そしたらさ、いつかミヅキやエルフの姉さんたちとも冒険に出かけたりすることもあるかなっ? ううん、絶対一緒に冒険しようなっ!」


「……ああ、いいな、それ!」


 何だかそれは、とっても素敵な夢だと思えた。


 じゃあまた明日、おやすみー、と今度こそ部屋を出ていくキッキを見送るミヅキの顔は自然と笑顔になっていた。

 ドアがばたんと閉まり、階段を下りていく足音が遠ざかっていくと後味の良い静寂が訪れる。


 充足した息をつくと、ミヅキはそのままベッドに横向きに寝転んだ。

 相変わらず固くてごわごわの毛布と枕だったが、今日は気持ちよく眠れそうだ。


「すぅ、はぁ……」


 もう言葉を発することなく、力を抜いて長い息を吸って吐いた。


 迷宮の異世界の二巡目、その一日がようやく終わろうとしている。

 アイアノアではないが、本当に色々な出来事があった一日であった。


 異世界との再会を果たし、改めてダンジョンの脅威を肌で実感した。

 新たに発覚した事実の数々を受け止め、この世界に根付く因果と対峙し、心苦しくも意味のあるやり取りを仲間たちと交わした。


 今度の女神様の試練はこれで終わりだろうか、とまぶたを閉じる。

 目の前が真っ暗になると、急速に意識は闇の中へと落ちていく。


──うーむ……。それにしても異世界くんだりに来てまで、エルフや獣人の女の子に説教じみたことを言ってしまった……。人生を振り返って語るには、まだまだ俺だって大人になり切れてないのに、どうにも偉そうで頂けないな……。それもこれも、あんなハーフの話の最中に、狙い澄まして親父の記憶を放り込んでくる雛月にも責任がある。よぅし、次会ったら文句の一つも言ってやるからな!


 半端な年齢からくる自己嫌悪と、分身への悪態にまみれてとろとろとまどろむ。

 何だかんだ言って、恋人だった朝陽と同じ姿の雛月と会えるのが、楽しみになっている節があると自分で気付く。


 意識が切れる瞬間。

 雛月こと、地平の加護の声が聞こえた。


『迷宮の異世界との同期継続・臨時面会の要求受諾・化身体《雛月》を起動』



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