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第108話 ダンジョンと人々

「おぉ、盛況だなぁ。パメラ、邪魔するぜ」


「あら、ゴージィ。珍しいわね、いらっしゃい」


 店の入り口のドアベルがカランコロンと鳴り、今晩はもう一人の来客があった。


 ずんぐりむっくりの小柄ながらもごつごつとした屈強な身体。

 顔には大小様々な歴戦の傷痕が刻まれ、口と顎にはガストンよりも立派な白い髭を生やしている。


 一見して人間ではない種族とわかる彼は老練なるドワーフ。

 仕事終わりの半裸の前掛けの姿、武具屋のゴージィ親分。


「よぉ、ミヅキ、アイアノア」


 店内をきょろきょろ見回し、奥のテーブルにミヅキとアイアノアの顔を見つけると、人懐っこい笑顔を浮かべてのしのしと近づいていく。


 見知らぬドワーフの接近に、じろっと視線をやるエルトゥリンだが、二人の知り合いだとわかると興味が失せたみたいにまたむしゃむしゃ食事を再開していた。


「ゴージィ親分、こんばんわ」


 挨拶するミヅキと、ぺこりとお辞儀するアイアノア。

 着席したままでも、まだドワーフで小兵こひょうのゴージィの目線は下にあった。


「昼間に物々交換してもらった、魔石とドラゴンの鱗だがよ。いい売値が付いたんで、お前らに売った品物と釣り合いが取れなくなっちまってな。ほれ、おつりだ」


 結構な重量のある革袋がミヅキたちのテーブルの上に放り投げられ、硬貨同士が袋の中でぶつかり弾ける音が、どじゃり、と鳴った。


 どうやら律義にも、もらい過ぎていた代金の余りを届けに来てくれたようだ。

 そのまま袋ごと渡してくれたところを見ると、きちんと勘定かんじょう計算までしてくれているらしい。


「わざわざどうもありがとうございます。魔石とかドラゴンの素材って高く売れるんだなぁ。──あっ、そうだ、この蟹の魔物も今日獲ってきたんだ。ゴージィ親分も良かったら食べていってくださいよ」


 ミヅキがテーブルの上の狩りの成果を示すと、ゴージィは愉快そうに笑った。

 ドワーフの彼にもそれがただの獲物ではなく、またパンドラの地下迷宮産の狩猟物であるとわかったからだ。


「がはははははっ! ドラゴンの尾の次はミミック蟹を獲ってきたのか! 勇者様たちに掛かっちゃ、パンドラもただの狩場だな。パメラ、俺も売り上げに貢献してくわ。ミヅキたちと同じものを頼む。エールもジョッキでな!」


 そう言って、ミヅキたちの隣のテーブルの席にどっかと座るゴージィに、パメラは柔らかく微笑んで、はぁい、と返事をした。


 ほどなく蟹料理をキッキが運んできて、まずは木製のジョッキになみなみとつがれたエールに口をつけて一息をついた。

 ふと、ゴージィはミヅキたちのテーブルのほうを見やる。


「アイアノア、俺、お金のことはよくわからんから、持っててもらっていい?」


「えっ? あっ、は、はい。私がお預かりしていてもよろしいのですか?」


「もちろんさ。アイアノアに任せておけば間違いなさそうだし」


「……はいっ、わかりました。責任を持って管理させて頂きますっ」


 さっき自分の渡した硬貨入りの革袋をミヅキに無頓着に手渡され、アイアノアが驚いた風で目をぱちくりさせている。

 そのやり取りを見るゴージィは、何か妙なものでも見た風で目を丸くしていた。


 二人の亜人の微妙な反応を知らず、ミヅキは多少歯応えはあるものの、肉厚で口の中でほろほろほぐれる蟹特有の甘みの味を堪能するのだった。


 ちらりとアイアノアが視線を向ける先のエルトゥリンが、小さく首を横に振っていたことにも気づくことは無く。


「ふーむ、パンドラの危険度は日に日に増していく一方だな……。いや、ミヅキ殿、貴重な体験談を感謝する。パンドラ内部の実情を知れる機会は少なくてね」


 自然と話題はミヅキたちの今日の冒険のことになり、その内容を聞いたガストンは重いため息を鼻から吐き、腕組みして唸った。


 ミヅキが語ったのは、今日のダンジョン探索で遭遇し、戦闘を繰り広げた強力な魔物たちと、執拗なほど侵入者を絡め取ろうとした恐ろしい罠の話。

 今度はゴージィが呆れた口調で言った。


「そんな魔物や罠に出くわしてよく生きて帰って来られたもんだ。ミヅキの言った通りだってんなら、今のパンドラは並みの冒険者じゃひとたまりもねえだろうな」


 そして、じろりとガストンの顔を睨む。

 揶揄やゆする視線と口調は、どういうつもりか幾分かの険を帯びていた。


「こりゃあ、パンドラから魔素が溢れて大量の魔物が湧いて出てくる日もそう遠くねえぞ? そうなる前に王国の奴らが軍を上げて、ダンジョン討伐をやるのも止む無しじゃねえか? どうするつもりなんだ、人間様たちはよ?」


「ゴージィ親分、それは軍の機密情報だ。おいそれと口外されてもらっては困る。誰から聞いた話やら、やれやれ……」


 弱った顔で肩をすくめるガストンだが、笑って誤魔化せる話でもないようだ。

 明らかにミヅキとエルフの部外者を気にしている。

 パメラとキッキの顔色をうかがう様子も若干焦っていた。


 当然ながらパンドラの異常事態については、イシュタール王国も関知している。

 いよいよパンドラの地下迷宮が国の脅威となるのならば、来るべきその時の前に大規模な軍事作戦を起こそうとしているとしても何もおかしくはない。


 それを聞いたアイアノアは、勢いよく椅子から立ち上がって抗議の声をあげる。


「こ、困りますっ! これまで散々パンドラから恩恵を受けておいて、都合が悪くなったから壊してしまおうだなんて……! 貴方たち人間は身勝手が過ぎます! そんなことをされては、私たちは使命を果たせなくなってしまう……! どうかそのような暴挙はおやめになって下さいましっ!」


 国の武力の総出をもってのダンジョン討伐、それが意味するのはつまるところ、パンドラの地下迷宮の破壊、封鎖である。


 それが可能かどうかはともかく、現状のように自由に出入りすることはできなくなってしまう可能性が高く、踏破が目的のミヅキたちにとっては大変不都合だ。

 ゴージィは不敵に鼻を鳴らす。


「ふん、どうせまゆつばな噂話だ。もしそんなことをしてパンドラを台無しにしたら、それこそセレスティアルの貴族様はを失くしちまって、お家取り潰しも待ったなしだろうよ! パンドラは大事な大事な金づるだか金のなる木だからな! あんの業突ごうつりどもめが!」


 悪態まみれに言い放ち、エールをぐびっとあおった。

 王国の貴族を良く思っていないのが丸わかりなゴージィに、ガストンは大きなため息をついた。

 そして、取り繕うように緩い笑顔を浮かべるとアイアノアに言った。


「慌てなくても大丈夫だよ、エルフのお嬢さん。さっきは軍の機密情報とは言ったが、あくまでも噂に過ぎない話だ。まったくもってゴージィ親分の言う通り、パンドラを破壊してしまうのは、王国にとっての大きな財産を失うのと同じだからね。事は慎重に当たらなければならない」


「そうですか、わかりました……。それが現実にならないよう祈っています」


 不安そうに座り直すアイアノアを横目にミヅキは思う。


──ふーん、ダンジョン攻略もいつまでものんびりと時間は掛けていられないってことか。パンドラの魔素が溢れるまでが踏破のタイムリミットで、女神様の試練をクリアするに当たっての制約ってところなんだろうな。アイアノアじゃないけど、期限が切れて、ダンジョンに挑めなくなるのは俺にとっても死活問題だ。


 ダンジョン内でアイアノアの言っていた言葉を思い出す。

 その内容は、ガストンやゴージィの話でより現実味を増して感じられた。

 この迷宮の異世界で、真に差し迫った目前の危機である。


『10年前に起こった異変を契機に異常に濃密になった魔素、不必要に強くなってしまった魔物たち。それらは人々の手に負えなくなってこのダンジョンに黄昏の時を招きつつある……。もしかしたら、パンドラの地下迷宮はもう末期状態に陥っているのかもしれません』


──アイアノアの言う末期状態が訪れるのが先か、王国軍の武力介入が先か……。そもそも異世界から来てる俺からすれば、女神様の試練の達成条件だと思われるパンドラの地下迷宮踏破は必達を前提とされている。それなのにダンジョンを壊されたり、出入りが不可能になったりして、いよいよ手詰まりとなっちまった場合、俺の運命はどうなってしまうんだ? クリア条件未達成のため試練は失敗に終わり、最悪元の世界の戻れなくなる可能性さえあるんじゃないだろうな……。


 思わず身震いし、妙な焦燥感を感じて辺りをきょろきょろする。

 のんびり構えていては八方塞がりになる、といても立ってもいられなくなる。


 パンドラの異変について教えてもらうつもりのキッキはまだ仕事中だ。

 だったらせっかくなので、先にガストンとゴージィからも情報収集をさせてもらおうとミヅキは思った。


「ガストンさん、ゴージィ親分、ちょっといいかな? 10年前のパンドラの異変について、色々と聞きたいんだけど……」


 ガストンが振り向き、ゴージィがぎょろりと目だけを動かした。

 そして、各人各様の見聞けんぶんと事実がもたらされる。

 この地に起きた大事変の一部始終が当事者たちによって重々しく語られる。


「話してやるのは構わねえが……」


 語り出す前にゴージィは、カウンター向こうのパメラや接客中のキッキをちらりと見た。

 ガストンも同様に口ごもった様子で唸るようにため息をついている。


「あたしのことはいいから気にせず話してよ。ねっ、いいよね、ママ!」


 気遣われているのに気づき、微妙な空気に堪りかねてキッキが声を張り上げる。

 厨房に立つパメラもこちらを振り向いて、どこか影のある笑顔で頷いていた。


 パンドラの異変の話は今はいないキッキの父親、パメラの夫たる人物に直結する話である。


 しかし、デリケートな話題だが、彼女たちはもうその出来事を乗り越えていて、感情の整理はある程度ついているようにも見える。


 二人の気丈な態度を目の当たりにし、そんなことを聞かなければならないミヅキは申し訳なく思うのであった。

 そうして、ゴージィは髪の毛の後退した額を擦りつつ、静かに話し始めた。


「ふぅ、ミヅキ。お前さんたちはパメラの借金を返すだけじゃなくて、パンドラの踏破も目指してるんだってな。それじゃまあ、あの時のことは知っておいたほうがいいのかもなあ。異変もそうだが、その後に起こったことも含めてな」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、記憶を辿る様子は重苦しい。

 彼の見解はいかにもドワーフのそれらしかった。


「あれは大いなる大地の怒りだ。10年前のあの日、パンドラの地下迷宮の方角を中心にして、そりゃあもうでっかく大地が揺れた。このトリスの街もただじゃ済まなかった。街中の建物が壊れて、犠牲者もたくさん出た。大勢が不幸になったよ。俺たちが調子に乗ってパンドラに好き放題してたせいで、とんでもないしっぺ返しを喰らうことになっちまった」


 やはり、異変は地震を発端に始まっていて、ゴージィはその原因をダンジョンに対して私利私欲を尽くした自分たちへの天罰だったと考えているようだ。


 しかし、種族や立場が異なれば、捉えた事実は同じでも見解は異なる。

 ガストンは首を横に振りつつ口を挟む。


「ゴージィ親分、その言い方だとミヅキ殿が誤解する。あの地震は大地の怒りではなく純然たる天変地異の自然災害だ。あの辺り一帯は昔から鉱山地帯なのだから、古くなったあみの目状の坑道が劣化して一気に崩落した可能性だってある。金銀銅といった鉱物が豊富な鉱山だったのだから元々は火山地帯だったんだ。そりゃ、地震も起こるさ」


 この世界の地質学に基づき、ガストンというか人間の認識はドワーフとは違う。

 パンドラの異変と併せて起こった10年前の大地震は、天罰などではなく天災であるという。

 それを聞く老練なドワーフはえらく不機嫌だ。


「けっ! お前ら人間は大地に対する敬愛が足りねえ! 同じあやかるんでも自然からの恵みをもっとありがたがれってんだよっ! 何でもかんでも賢く気取って、能書き垂れりゃいいってもんじゃねえぞ! だったらよ、あの地震の後にパンドラから溢れ出てきた尋常ならねえ魔素の嵐は何だっていうんだ!? あれこそ大地の怒りだ! 俺たちに向けた罰ってもんだろうが! あん!?」


「亜人の方々が信心深いのは結構だが、ダンジョンが何かのきっかけで凶悪化するのはよく聞く話だ。……とはいえ、それまで外に出てこなかった魔素が地上に噴き出してきた、あの混乱の異常性に関しては我々も同じ意見ですよ。これまで長い時を経て、生きとし生ける者の欲望を閉じ込めていたふたが地震で壊れてしまったのかもしれない。それがパンドラほどの巨大なダンジョンであるなら、解き放たれた魔の規模が桁違いになるのは尚更だよ」


 興奮気味なゴージィと、努めて冷静なガストンの話から新たな事実が判明する。


 大地震後の混乱──。

 パンドラの地下迷宮から、大量の魔素が地上へと溢れ出した。


 確か、ダンジョン内でアイアノアが言っていなかっただろうか。

 魔素が地上に溢れ出し、退治しきれないほどの強大な魔物たちが地上に解き放たれる現象、魔物の大暴走モンスタースタンピード


「魔素が溢れたってことは、じゃあそのときも魔物が街に……?」


 思い出しつつミヅキは息を呑み、言葉が口をついて出ていた。

 ガストンは頷き、ゴージィは重い息を吐いた。



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