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第106話 皆それぞれ事情がある

「なるほどな、よく出来てる……」


 ミヅキは顔をしかめて、ふーっと息を吐いた。


 ミヅキと地平の加護、アイアノアと太陽の加護は連動していて、この世界に神の力を呼び入れ、何事かを成そうとしている。

 作為的な目的の下に定められた、何者かの意図を感じずにはいられない。


──太陽の加護の役目は、俺のための単なるお助けサービスなのか? それとも、俺とアイアノア、二つの加護を使って、誰かが何らかの目的を遂行させたがっている? 何か気持ち悪いな……。


 地平の加護の凄さを手放しに喜び、その力に甘えることに疑念を感じる。

 含みを持たせて薄ら笑う雛月の悪役風の顔が浮かんだが、ミヅキは一笑に伏す。


 どうせ聞いたって地平の加護は何も教えてはくれない。

 わからないことを考えるより、今はアイアノアの魔力消費のほうが気掛かりだ。


「あちゃあ、こりゃひどい」


 ミヅキは目も当てられない様子に声を漏らした。


 高次元生命体とも言える神の力を扱うには、ただの人間やエルフでは荷が勝ちすぎる状況を知る。

 所詮、自分たちは下界の衆生(しゅじょう)、迷える子羊でしかない。


 神の力を制御して運用するためには、莫大な魔力量とアイアノアの熟練が必要不可欠であるのをまざまざと思い知らされた。


「神様の世界の力を使うと、こんなにも極端に魔力を要求されるもんなのか……」


 ミヅキの目に映っているのは、アイアノアの魔力の使用履歴とその推移状況だ。


 魔力の動きはデジタルな数字の増減ではなく、翠玉色(すいぎょくいろ)をしたエメラルドカットの宝石の輝き、その満ち欠けが表すアナログ方式で確認できる。


 不滅の太刀を抜き、シキの力を使い、瞬転の鳥居を召喚した。

 その度に緑の宝石の光が大幅に失われていたのである。


 際立って、太極天の神通力を呼び込む必殺の一撃にはより多くの魔力を消費してしまっている。


 それに伴い、アイアノアに掛かった身体への負担はどれほどだったろうか。


「……知らんかったとはいえ、アイアノアには無茶させちゃったな」


 ミヅキは呟き、申し訳なさそうにアイアノアの顔を見つめた。

 地平の加護の洞察は、彼女の魔力切れによる健康状態の変化さえ教えてくれる。


──魔力を使い過ぎると、身体は極端に衰弱して生命維持に支障をきたしてしまうらしい。医者じゃないから詳しくないけど、ええと、ショック状態によく似た症状が起こるみたいだ。急激に血圧が低下して充分な血液量を循環できなくなるから、最悪には臓器の病気を引き起こしてしまうのか……。


 ショック状態とは、臓器への酸素供給量が低下し、臓器不全から死に至る可能性もある危険な症状である。

 魔力が減少し過ぎるのは血液循環機能の低下に近く、生命を脅かす要因になる。


──そんなことを知らないまま神様の力を使うのを繰り返して、アイアノアに負担を掛け続けていつかもしものことがあったら……。俺は一生後悔するだろう。


 神降ろしの効験を用いるなら、ここぞというときに切り札として使うのは言うまでもなく、アイアノア自身の魔力キャパシティの問題を解決する必要がある。

 自分の地平の加護だけでなく、太陽の加護の運用方法を考えなければならない。


──いいや、今はそういうのは置いとこう。第一にアイアノアの体調が心配だ。


「……う、んん……」


 と、アイアノアのまぶたと長い耳がぴくぴくと動いた。


 どうやら意識が戻ってきた様子で、目覚めが近いようである。

 こうして見ていれば、彼女の身体の回復状況さえ手に取るようにわかる。

 これも「洞察」の権能で分かったことの一つ、エルフの生態である。


──止まってるのかと思うくらい生体機能が緩やかで、基礎代謝や細胞分裂がほぼ行われないのに、身体はちゃんと元の状態に回復していってる……。もうそういうものだと思うしかないけど、大気中のマナやらの気を体内に取り込んで、自然の力を利用して生命を保っている感じなんだな。だから、エルフは寿命が長いのかな?


 失われた魔力が自然と体内に溜まり、意識が覚醒するレベルにまで見る見る内に立ち直っていく。

 外部から自然の力を借り、身体というより生命を再生させ、復元している。


 当然、人間の常識では計れない幻想世界の神秘である。

 これがこのファンタジー世界における、エルフという概念なのだろう。


「気が付いたみたいだな。アイアノア、気分はどう?」


「……ミヅキ様、ここは……。私はいったい……?」


 まだ、ぼぅっとする意識のアイアノアに、ミヅキは事の顛末てんまつを説明した。


 魔力を切らしたと聞くと、彼女の顔色は真っ青になっていた。

 上体を起こし、顔を俯かせてミヅキの顔をまともに見られないでいる。


「ご、ごめんなさい、ミヅキ様……。私、魔力切れを起こしてしまいました……。さ、最後までお役に立つことができず、本当に申し訳ありません……」


 か細い声で謝罪を口にしたかと思うと、アイアノアは今にも泣き出しそうな顔で、荷車と並んで歩くミヅキの腕にすがり付く。


「どうか、どうかお許し下さい、ミヅキ様っ! 次はこんな醜態を晒さないように気を付けますっ! 私にもう一度機会をお与え下さいっ! だから、お見捨てにはならないで下さいましっ……! お願いしますぅっ!」


 またも取り乱すアイアノアにミヅキは驚く。


 しかし、どうして彼女がそこまで必死になっているのかの理由は、先ほどの洞察で「わかってしまったこと」の中にその原因が含まれていると感じた。

 だから、そんなアイアノアをおかしくは思わず優しく答えた。


「まぁ、落ち着いて。まったく、大げさだなぁ。使命は俺の用事でもあるんだから、こんなことでアイアノアを見捨てる訳ないだろ。それよりも身体は大丈夫か?」


「えっ、あ、はい……。一時的に魔力を切らしただけですので、宿できちんと食事を摂り、一晩ぐっすり休めば問題ありません……。で、ですから、明日にでもすぐに今日の汚名は返上致しますっ……!」


 なり振り構わない風でまくし立てるアイアノアに、ミヅキは苦笑いをした。


 三十路が近い自分は、一晩寝ても疲れが取れないことがあるというのに、宿で休めば全回復、というゲーム世界の感が強い宿屋万能説には思わず閉口してしまう。


 怒っているつもりは毛頭ないが、ミヅキは一応釘を刺しておく。


「アイアノア、今日出発する時、安全第一だって言っただろう? 魔力が切れそうだったり、体調が悪かったりしたらすぐに言ってくれないと駄目じゃないか。使命は大事なのかもしれないけど、無理をしちゃいけないよ」


「そっ、それは……」


 びくん、と身体を揺らし、アイアノアは首をすくめる。


「無理をさせたのはミヅキでしょ」


「あっ、そうだった! 二人ともすまん!」


 アイアノアが何も言えずにいると、代わりにエルトゥリンが突っ込んできた。

 言われてみればその通りで、両手を合わせて謝るミヅキは続けて言った。


「ともかく、アイアノアに負担を掛けてしまう力の使い方は俺もよく考えるようにするよ。これでも真剣に心配して言ってるんだから、今度からは何でも思ったことは隠さずに話して欲しいな。俺たちは使命を果たすための仲間同士だろ?」


「仲間……。私を心配して……」


 ミヅキの言葉を聞いて、アイアノアは少しだけ黙っていた。

 しょげてくすんだ緑色の瞳がぼんやりと宙を眺めている。


「はい、わかりました……。お気遣いありがとうございます、ミヅキ様……」


 やがて、弱々しい微笑みがその口許に戻って見えた。

 儚げな横顔は口をつぐみ、夕焼けに照らされた頬はほんのり赤みがさしている。


「……ふぅぅ」


 ミヅキはもう何度目かになるかのため息を漏らした。


 ミヅキは思っていた。

 アイアノアが不自然に心を乱す理由について。

 その一端は、アイアノアの記憶の断片にあると感じた。


 思いがけず、地平の加護を通して見た彼女の過去の一幕。

 心の奥底に焼き付く、辛く悲しい記憶をミヅキは拾い上げてしまっていた。

 強烈に傷として残るそれは、彼女の心から零れだしている。


 真っ暗な森の中にアイアノアは立ち尽くしていた。

 脳裏に浮かぶ記憶の映像は、彼女の姿は幼い少女の時分のものだ。


 手製のくまのぬいぐるみを抱きしめ、胸が張り裂けそうなほどの悲痛な声を張り上げている。



『お父様、お母様……。私たちはこれからどうやって生きていけばいいの?』


『みんな、そんなに怖い顔をしないで! どうして私たちに冷たくするの? どうしてそんなに辛く当たるの? 私もエルトゥリンも何にも悪いことしてないのに』


『族長様、どうかお助け下さい! イニトゥム様、いいえ、お祖母様(ばあさま)ぁ……!』



 遠い過去のエルフの少女は、悲しみの涙をぼろぼろと流していた。

 不条理な何かに懸命に訴え掛け、心震わせて幾度となく叫び続けていた。

 その姿から伝わってくる痛ましさには憐憫れんびんの情を禁じ得ない。


──アイアノアとエルトゥリンは、使命の神託を告げて太陽と星の加護を授けたっていうエルフ族長、イニトゥム様の孫娘たちだったみたいだな。武具屋のゴージィ親分にアイアノアが顔を隠していたのは多分そのためだ。族長様であるお祖母さんの顔に、アイアノアはきっとよく似ていたんだろう。


 そして、気になるのは彼女が節目節目で発していた心の叫びだ。

 地平の加護が並べ立てる、一言一句違えない言葉と感情を思い返す。


『何かを聞かれても不勉強で知らないわからないじゃ、恥ずかしい思いをするから必死に勉強してきたんじゃないっ! 授かった加護だけしか能の無い薄っぺらな女だって思われたくなかったのにぃっ!』


『はいっ、ミヅキ様……! 太陽の加護は、いつでもいけますっ……! だから、わ、私、頑張りますっ! 一生懸命、頑張って見せますっ!』


『私はまだまだやれますっ! 楽にしていい、だなんてそんなっ! 私、一生懸命にやりますからっ! 足手まといには決してなりませんっ! だから、ミヅキ様はミヅキ様の思うまま好きに振る舞って下さいましっ……!』


『どうか、どうかお許し下さい、ミヅキ様っ! 次はこんな醜態を晒さないように気を付けますっ! 私にもう一度機会をお与え下さいっ! だから、お見捨てにはならないで下さいましっ……! お願いしますぅっ!』


 今の彼女は何かに追い詰められ、強迫観念にも似た衝動で使命に臨んでいる。


 頑張り屋な対抗心、卑屈な劣等感、結果で物を言おうとする実力主義。

 そうした気概にどういった理由があるのかまではわからない。


 ただ、ひりひりと擦り切れそうな感情に苛まれるアイアノアは可哀想に見えた。


「アイアノア──」


 彼女の記憶を垣間見てしまったせいだけではない。

 ひたむきに頑張る一面と、なかなか思ったようにうまくいかない一面に、ミヅキは大切なあの子たち、夕緋と朝陽の姿を重ね見ていた。


 気がつくと、ミヅキは手を伸ばしている。

 その手は無造作にアイアノアの頭を優しく撫でていた。

 苦労を労い、慈しむように無心のまま、綺麗な髪を手の平で擦っている。


「ふぁんっ!? ミ、ミヅキ様、何をっ……?」


「──ん、あっ、ご、ごめんっ、つい手がっ! 馴れ馴れしいな、俺っ!」


 突然の触れ合いに、顔をぼっと紅潮させてアイアノアは慌てた。

 こちらも慌てて手を引っ込めるミヅキは、わはは、とオーバー気味にごまかして笑った。


 思いもよらず、我ながら大胆なことをしてしまったと反省する。


「あ……」


 ただ、アイアノアは引っ込んでしまったミヅキの手を名残惜しそうに見ている。

 恥ずかしそうにしているものの、頭に触れられたのを嫌がってはいない。

 おずおずと懇願する。


「いえ、大丈夫ですっ。お気になさらないで下さいましっ……。だから、あの、よろしければ……。もう一度、頭を撫でて下さいませんか……? お願いします……」


「そ、そう……? そりゃ、お安い御用だよ」


 意識してしまった二度目はとても照れ臭かった。

 また手を伸ばして、ミヅキはアイアノアの頭をゆっくり撫でる。

 彼女の金色の美しいさらさらの長い髪は、夕暮れの涼しい風に吹かれてひんやりとしていた。


「すぅぅ、はぁぁぁぁ……」


 手櫛てぐしで髪をすくってしばらく撫で続けていると、アイアノアは満ち足りたようなうっとり顔で深い呼吸をして言った。


「ミヅキ様の、手……。やさし、い……」


 そして、アイアノアは再び目を閉じた。

 荷車のへりに背をもたえ、安らかにすぅすぅと寝息を立て始める。

 まだ魔力切れの影響による疲労が残っている。


 まだ街まではしばらく時間が掛かる、今は寝かせておいてあげよう、とミヅキは撫でる手の動きはそのままに視線を前にやる。


 すると、荷車を引き続けながら、二人のやり取りをじーっと何とも言えない複雑な顔で見ていたエルトゥリンと目が合ってぎくりとする。

 何か文句の一つでも言われるかと思ったが。


「……ふん!」


 鼻を鳴らしてそっぽを向くみたいに前に向き直り、エルトゥリンはそれ以上もう何も言わずに荷車を引くことに専念する。

 拍子抜けたミヅキは、穏やかに眠るアイアノアを気遣って押し黙った。


 西日の紅い光に揺れる彼らの影は、そうして街の方へと遠ざかっていった。

 新たな力を得たり、エルフの彼女たち二人との交流を深めたり、パンドラの地下迷宮探索二日目は終わりを迎えた。


 但し、女神様の試練、迷宮の異世界の二巡目はまだ終わってはいない。


 ダンジョン攻略が順調に進もうとも、紡がなければならない物語にはまだ続きがあり、煩雑に入り組んで絡み合う事情諸々が待ち構えている。

 エルフ姉妹の秘め事を不思議に思ったのは、始まりに過ぎなかったから。


 今晩、勇者ミヅキはパーティ解散の危機に瀕することになる。



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