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第104話 ダンジョンからの帰還

「むぅ……」


 と、ミヅキはエルフの二人を見て、しかめっ面で唸る。


 アイアノアはすっかり意気消沈して座り込み、エルトゥリンは不滅の太刀に不用意に触れてしまい、血の気が引いた体調の悪そうな具合である。

 ミヅキはもう一度大きなため息をつき、少し大きめの声で言うのだった。


「よーし! 今回のダンジョン探索はここいらでひとまず切り上げよう! 下見が目的なら、もう大体パンドラのあらましはわかったしな」


 見渡す二人からは反対の声はあがらない。

 座ったまま複雑そうな顔で振り向くアイアノアは何か言いたそうだったものの、ミヅキ自身もそろそろ潮時しおどきであると感じていた。


「うん、探索を切り上げるのは賛成。でもね、ミヅキ」


 エルトゥリンが困り顔でこの部屋に入ってきた出入口のほうに視線を投げる。

 つられてミヅキも振り返り、部屋の扉があるであろう方向を見た。


「あっ! 扉が消えてる!? いつの間にか閉じ込められてた!?」


 ミヅキの叫び通り、そこに重厚な扉があったのが嘘みたいに、素知らぬ風に何も無い石の壁がのっぺりとあるだけだった。


 ミミック部屋こと、リビングアーマーのモンスターハウスたる、完全な罠の部屋は、一度入ると出口が消えてしまう三重の罠が敷かれた厄介極まるトラップルームだったのだ。


 脱力して肩を落とすミヅキは思わずぼやいた。


「なんか、ダンジョン的にはミミックとモンスターハウスの罠で、俺たちを完璧に仕留めるつもりだったから、逆にやり返されて獲物が生きて帰るところまで考えてなかったんじゃないのか? 普通、条件を満たしたら閉じた出入口はまた開くもんだろ」


 不親切だなぁ、進行不能バグは致命的だぞ、と悪態をついて舌打ちのミヅキ。

 その前に、エルトゥリンがつかつかと歩み出て、振り向かずに言った。


「扉があったところの壁、壊すね。どうせ、あの向こうが元来た通路なんだから」


 左手に持ったハルバードはそのままに、空いた右手をぐるぐる振り回すエルトゥリンは素手で壁をぶち破る気満々である。

 相変わらずの乱暴な力技に、閉口のミヅキは苦笑する。


「ああ、そうだ。ちょっと待ってくれないか、エルトゥリン」


「えっ、待つって、壁を壊すのを?」


 ぱちぱちと瞬く青い目が振り向いた先のミヅキには、一つの妙案があった。


「このシキの──、いや、新しい力に目覚めて思いついたことがあってさ。今後のダンジョン探索の苦労を思うなら、是非とも試してみたいことがあるんだ。うまくいけば、ダンジョンでの食事や寝泊まりの問題やら、行き帰りの往復に掛かる手間を大幅に改善できるかもしれない。エルトゥリンがあの蟹の獲物を持って帰るのもきっと楽になるぜ」


 背後に無残に横たわる巨大な蟹、ミミッククラブを指してにやりと笑う。


 思い出すのは、今回のダンジョン進入の前にアイアノアに講義してもらった探索に掛かるコストの問題である。


 挑むダンジョンの規模が大きくなればなるほど、食料や水、携行する装備の量も増大し、それらの配分を行きと帰りを考えて滞在期間を決めなくてはならない。


 お金が掛かる、荷物が多くなる、不規則且つ不衛生な長期の地下生活、探索行軍の進退を決める難しい状況判断。


 ミヅキはそれらの問題を、地平の加護の力で一挙に解決する。


「アイアノアっ、聞いての通りだけど、もう一回太陽の加護を頼むよ!」


「は、はっ、はいッ……!」


 声が掛かり、アイアノアは過剰に反応してがばっと顔を上げる。

 ふらふらしながらも立ち上がり、自分を呼ぶミヅキを振り返り見た。


 枯渇こかつ寸前の苦しい魔力事情は知らず、ミヅキは思いついたダンジョン攻略法を試したくてしょうがないといった顔でうずうずしている。


 そんな顔をされては、アイアノアはますます魔力不足を言い出せなくなった。


──ああ、ミヅキ様ったら、子供のような無邪気な顔をされて私をお求めに……。ミヅキ様のご期待に応えたい! 魔力切れに恐れをなして拒絶するだなんて私にはできないっ!


「ただ今、すぐにっ……!」


 さっきミヅキにかじり付いて懇願したばかりだ。

 まだやれる、そう自分に言い聞かせ、地平の加護の絶大な力を支えるべく、太陽の加護の担い手としての務めを果たすのだ。


 アイアノアは奮起してミヅキに駆け寄ると、太陽の加護も空中を追従してくる。


「よーし、やるぞ!」


 片膝を折り、かがみ込んだミヅキは迷宮の冷たい石の壁に両手を付いた。

 その後ろにアイアノアは立ち、頭上の太陽の加護に両手を広げて、ミヅキの発動させる権能をサポートする態勢に入る。


「アイアノア、一応確認。今から使う魔法は、太陽の加護の形態が変わる類のものだと思う。またおかしな光景を見たり、負担を掛けるかもしれないけど大丈夫?」


「……」


──ミヅキ様にご心配を掛けてしまっている……。頑張らなければいけない……。あと一回だけなら魔力をもたせられるかしら……。情けない、私にできるのはこれしか無いっていうのに……。


「い、いけますっ! 私、(くじ)けませんっ! お気遣い感謝致しますっ! すべてはミヅキ様のお心のままに!」


 ミヅキの背後のアイアノアのその声色と表情、それは明らかな強がりだった。


 だが、悟られないようにそれをひた隠す。

 エルフの彼女にもまた、決して引けない理由があるから。


『三次元印刷機能実行・素材を選択・《ダンジョン構造物諸々》』


 ミヅキの地平の加護発動に合わせて、太陽の加護が随伴ずいはん行動に移る。

 白と黒の勾玉巴まがたまともえを光の中に発生させ、太極の太陽の加護の形態を取った。


 ミヅキはそれをちらりと確認し、エルトゥリンも初めて見る姉の加護の変化に眉をひそめ、アイアノアは予想通りの展開に表情を苦悶に歪めた。


『《瞬転しゅんてん鳥居とりい》・印刷開始』


 三人の思いはそれぞれに、再び神々の世界の力がこの異世界に召喚される。


 ダンジョンを構成する石の床や、床に散らばっている鎧の魔物たちだった残骸を乱雑に巻き込んで素材としながら、広い部屋の天井近くまで立ち上がっていく。

 この国、この世界では決して見られない異世界の建造物。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 部屋中を揺らし、轟音を響かせ、灰色のそれは建てられた。

 神社などに設置され、神域しんいき俗世ぞくせを隔てる門、──鳥居とりいである。


 明神鳥居みょうじんとりいと呼ばれる神々全般を祀る形式のもので、二柱の上に島木しまきを通して、その下に貫通したぬきがある稲荷鳥居いなりとりいの趣きがあり、額束かくつかには何も掛かっていない。


 もちろんただの鳥居ではないその名は、瞬転の鳥居。


 摩訶不思議で説明のできない仕組みの、空間と空間を繋ぐ転移設備である。

 ミヅキが神々の異世界で使用した、魔法にも通じる不可思議そのものだ。


『対象選択・《勇者ミヅキ・眷属のエルフ二名》』

『効験付与・《女神日和めがみひより神性しんせい》』


 床から生えた鳥居の使用条件を満たすため、シキのミヅキを通して、帰属きぞくする主である女神日和の神性が、付与対象の三人に疑似的に授けられる。


 それにより、シキのミヅキの共連れであれば、元来神性を持たない対象でも問題なく転移機能を使用することが可能となる。


「よーし! 成功したみたいだ! これで、すぐに外に──」


 ダンジョンの天井すれすれの高さの鳥居を見上げ、ミヅキは満足気な顔をする。


 どうやら無事に成功した超常の移動手段の召喚の傍らで──。

 懸念されていた事態は、ミヅキの背後でもうすでに起こってしまっていた。


「……」


 目をぐっと強く閉じて精神を集中し、覚醒した太陽の加護を制御するアイアノアの意識はここにはあらず。


「あ、あぁ……。これは……」


 アイアノアの意識は再び幻想の世界へと旅立っていた。


 周囲は見渡す限りの黄金の雲の海。

 今度は小山ほどの小さい島の砂浜にアイアノアは立ち尽くしており、金色の海原の沖のほうを呆然として眺めているところだった。


 そして、力が抜けたみたいに両膝から崩れ落ちて、座り込む。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!


 唸りをあげながら島を覆い尽くすほどの水平線一面の大波が、砂浜でしゃがんだアイアノアめがけて迫り来る。


 それは制御不能になった暴走する怪力乱神かいりきらんしん、荒れ狂う黄龍氣こうりゅうきの嵐だ。


 容赦なく押し寄せる黄金の奔流ほんりゅうに飲まれ、瞬く間に雲海の藻屑もくずと消える哀れなエルフの彼女。


「ふっ、ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 身も心も限界を超えて熱く火照ほてり、艶っぽい絶叫をあげながら加護の乱流にもみくちゃにされる。

 その内に、アイアノアの意識はあえなくぷつんと途切れてしまった。


 完全なる魔力切れである。

 かろうじて保っていた一線をとうとう越えてしまった。

 なけなしの魔力が底を尽いた影響は、地平の加護への補助に著しく現れる。


「おわっ?!」


 がくんと体勢を崩し、ミヅキの全身から急速に力が抜けていく。

 地面に両手を付けていたところ、手に力が入らず体重を支えきれなくなり、うつ伏せに顔から倒れ込んだ。


「か、身体が、シキじゃなくなるっ……!?」


 そう感じた瞬間、作務衣さむえ作業袴さぎょうばかまという和装が消失し、切り裂かれた黒いローブ姿に戻ってしまった。

 思った通り、シキ状態が強制的に解除され、元通りの人間の身体に返っていく。


 どうにも地平の加護の権能がブラックアウトしてしまったらしく、機械さながらにその機能が一時的に停止状態に陥ってしまったようだ。


 覚醒した太陽の加護の支援無くしては、神々の世界の力は使えない。

 ただ、ミヅキにとって大変なことはそれだけではなかった。


「アイアノア……? うぎゃあっ!?」


 ふと視界に暗い影が落ちて、何とか身体をひねって振り向いてみれば、気絶したアイアノアがミヅキに向かって前向きに倒れ込んできているではないか。


 身体に力の入らないミヅキの顔の上に、またもやアイアノアの大きなおっぱいが降り落ちてくる。


 何度この立派な胸に押し潰されればいいのだろうか。

 もう三回目ともなれば、四回目、五回目があっても何もおかしくない。


 むぎゅううううっ……!!


 顔に触れた柔らかな感触は一瞬で、ミヅキは覆い被さってきたアイアノアの全体重に押し潰される格好になってしまった。


 彼女の身長は170センチに届くくらいで、同体形の女性の平均体重と同程度の場合、60キログラムほどの重量がのし掛かってきたことになる。


 失神して脱力した人体は重心がずれて離れていってしまうため、実際の目方めかたよりも随分重く感じてしまうものだ。


「もがもがもがッ……! 痛ってぇ! アイアノア、大丈夫かっ?!」


 大きな胸を顔で受け止め、重さと柔らかさに溺れそうになりながらも。


 アイアノアの額を手で押さえて頭を強打するのを防ぎ、背中に回したもう片方の手で身体を受け止めた。

 力が抜けていようとも、ミヅキの女性を庇う精神には脱帽だつぼうである。


 代わりに自分は背中と後頭部を強かに打ち付けて、涙がちょちょぎれる憂き目に遭ってしまうのは我慢する。

 その後の体たらくも何とも無様なものとなってしまったが仕方がない。


「苦しいっ! 身体に力が入らないっ……! エルトゥリンっ、助けてくれぇっ! またおっぱいに潰されるぅ……!」


「ミ、ミヅキっ、何をしてるのっ!? 姉様にべたべた触らないでったら! 早く離れてよッ、このヘンタイ!」


「身体が全然動かないんだよ……! 頼む、早く、俺、三度目の大ピンチ……!」


「馬鹿っ、ミヅキの大馬鹿っ! 私の大事な姉様に何をしたのよもうっ!」


「早くぅ、エルトゥリーン……! 助けてくれぇー……!」


 情けなくも息絶え絶えなミヅキの悲鳴が迷宮内に響き渡る。

 地団駄じだんだを踏んで、憤慨するエルトゥリンの怒号も響き渡る。


 まだまだ神秘の加護の取り扱いに不慣れな勇者ミヅキ一行は、こうして初めてのダンジョン探索に幕を降ろすことになった。


 アイアノアの胸の下敷きになってじたばたともがくミヅキが──。

 上気した顔で眠る姉の姿にドキドキしてしまったエルトゥリンに助け起こされたのは、もうしばらくの時間を要した後であった。



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