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第101話 アイアノアと太陽の加護1

「──お前の仕業ね……」


 目に涙を溜め、苦悶の表情をして、アイアノアは見上げていた。

 白と黒の勾玉巴まがたまともえの模様に変化した、自らの太陽の加護を。


──今までミヅキ様と、加護を触れ合わせたときの心地よさとはまるで違う……。荒々しくて、強引で……。私のすべてを揺さぶり動かすみたいな力強さ……。


 赤らめた顔に冷たい汗を滴らせ、真の力を解放する太陽の加護に翻弄される。

 優しさ温かさを度外視した魔力の波動にアイアノアは戦慄していた。


 ミヅキが日和との記憶を思い出し、不滅の太刀を召喚した出来事と。

 太陽の加護が太極図を宿し、アイアノアが神々の異世界を垣間見てから急激な魔力放出を強いられた出来事。


 二つの神秘の出来事は、短い間の内に同時に起こった。

 ミヅキの中の地平の加護は、平常通り機械的に現在の状態を告げる。


『高次元世界・《神々の異世界》との接続経路確保』

『《迷宮の異世界》と《神々の異世界》の同期完了』


「よしっ! ドラゴンの炎もアイアノアの魔法も神様の世界で使えたんだから、日和からもらったこの力だって、こっちのパンドラの世界でも使えるってことだよな!」


 迷宮の異世界と神々の異世界。

 二つの異世界は加護を通して相互関係にあり、それぞれの世界で身に付けた技能はどちらの世界でも使用することが可能である。


 女神より天授された神剣の刃を満足そうに見て、ミヅキの口角は上がる。

 手に吸い付くように馴染む剣は信じられないほど軽く、しっかり意識しないと何も持っていないと勘違いしてしまいそうなほどだ。


 鎧の魔物を容易く両断するほど切れ味は格別で、日和から聞いた話だと刃こぼれしようとも、その名に違わぬ自己修復能力で独りでに直ってしまうらしい。


 女神日和のこしらえ、不滅の太刀、──正しく神の聖剣である。


「──思い付いたからには、これも試さずにはいられないよな! 神様の世界って言ったら、このありがたい力を使わない手はないっ!」


 笑みを浮かべたミヅキは、神々の世界に在りし日の自分を思い出した。


 ある種の宿願とも言える受動的な能力(パッシブスキル)をその身に呼び込む。

 人間の肉体の限界をゆうに超える、生気盛んな全能感を与えてくれるあの感覚をもう一度。


 再び、地平の加護は発動した。

 太極の勾玉巴を宿し、目覚めし太陽の加護の光を伴って。


 全身から金色のオーラを噴き出し、その形態を瞬間的に変化させた。


『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・神降(かみお)ろし・《シキみづき》』


 ミヅキの生物としての肉体が細胞一片一片より入れ替わる。


 異世界の女神によって戦うために創造された忠実なる神のしもべ。

 人のことわりを超越し、魔の神性をその身に秘めた、超人たるもう一人のミヅキ。


 創造の女神、合歓木日和ノ神(ねむのきひよりのかみ)のシキ、玉砂利のみづきである。

 地平の加護が勇者ミヅキに、シキの力を異世界より召喚し、付与する。


「よっしゃあ! 来た来た来たっ、この力がみなぎる感じ! 身体が軽いッ!」


 地につける足先から、手の指先、頭の毛先まで。

 ミヅキの身体すべてが著しく強化され、人の身であった時とはまるで比べ物にならないほどの進化を遂げた。


 歓喜してぴょんぴょんと跳ねるミヅキの跳躍力は異常で、軽くジャンプしているだけなのに2メートル以上は飛んでいる。

 人間が垂直跳びできる記録の1.2メートルを大幅に凌駕していた。


「おっ、作務衣さむえじゃないか。神様の世界で着てた服と違うんだな」


 切り裂かれてぼろぼろになった黒いローブがシキの衣服に変換されていた。

 上半身は黒い長袖の作務衣に、下半身は足首を縛った同色の作務袴さむばかまに変わり、足元は足袋たび雪駄せったという神職や僧侶の雑事衣装に様変わりしている。


「──シキモード、行くぜ!」


 口許に笑みが浮かんだ。


 みなぎる力と闘争心、高揚する気持ちを胸にして。

 和装のミヅキは太刀を構えて飛び出した。


 びゅおッ……!


 先ほどまでの人間ベースの動きとはまるで違い、残像を残しながら人間離れした速度でダンジョンを駆ける。

 意思を持った疾風が吹き抜けたようだった。


「えぇいッ! はッ!」


 剣を振るえば閃光の一撃が間断なく空間を走る。

 その動きは力強いだけでなく、寸分違わず正確無比だ。


 びゅうと風が通り抜けたかと思うと、ミヅキとアイアノアの周りを囲んでいたリビングアーマーたちは出鱈目に切り裂かれ、ばらばらになって崩れていった。


 綺麗すぎる切断面の残骸がそこら中に積み上がっていく。

 鎧の魔物たちは瞬く間に鉄くずの山と化したのであった。


「アイアノア、悪い、ちょっと手間取った! 大丈夫だった?」


 周囲の魔物を葬り、ミヅキは太刀を構えた格好でアイアノアを背にして立つ。

 少しだけ後ろを振り向き、彼女の無事を確認した。


「は、はい……。無事、です……!」


 アイアノアの顔は、赤らんでじっとりと汗が浮かんでいた。


 急に衣服が変わり、一瞬の内に凄まじい攻勢を見せたミヅキ。

 そのお陰で差し当たった危機は去った。


 しかし、アイアノアはそれどころではなかったのだ。

 やせ我慢の笑顔を浮かべ、その身に起こった変化に必死に耐えていた。


 それは二度目となること。

 ミヅキがシキの力を呼び寄せ、その身に降ろした瞬間であった。


「んんんぅぅぅぅッ……!!」


 くぐもった悲鳴がつぐんだ唇の隙間から漏れた。

 ぶるぶると身体を揺らし、身をかがめて下腹を抱える両手に力がこもる。


──また、来たっ……!


 アイアノアは声にならない声でこらえていた。


 今度は予め来るのが予測できたため、さっきのように苦痛に苦しめられることはなかったが、やはり大量に魔力を吸い出されている。

 あまりに莫大な魔力量が消費され、体外へ放出してしまうのを止められない。


──やっぱりだ……! ミヅキ様が御力を使う度に、これまでとは比較にならないくらいの魔力が消費されている……! だけど、今まで私への負担はそこまで厳しくなかったのにいったいどうして……? 太陽の加護の形態が変わったことに関係があるの……!?


 またしても訪れた魔力の甚大な消耗。

 何故なのかと困惑して考えを巡らすが、原因は依然としてわからない。


 太陽の加護が白と黒の勾玉に変化した理由も不明。

 何も理解が及ばないことに、言い知れない焦りが募った。


 そんなアイアノアの苦しみは知らず、ミヅキの中で地平の加護は言った。

 太陽の加護と同じく、静かなる様子で淡々と。


『《太極の太陽の加護》・機能覚醒・高次元世界付与術体系解放』


──太極? 太陽の加護の覚醒? 何のことだ?


 聞きかじった言葉が頭によぎった。

 アイアノアの様子が少しおかしかったような気もする。


 しかし、今は戦いの権化であるシキに身を変えている。

 シキのミヅキは全ての敵を倒すまで止まらない。


 鎧の魔物たちはまだまだ数十体以上は残っている。

 仲間を事も無げに倒されたというのに、まったく意に介さない様子で進軍をし続けてきていた。


 ミヅキはぎらぎらとした目で敵たちを睨みつける。


「日和のくれた太刀と、アイアノアの魔法、合わせて思い知れ!」


 不滅の太刀を高く掲げ、ミヅキは地平の加護を通じて風をまとう。

 シキの力に魔法が加われば、もうそれは鬼に金棒だ。


『対象選択・《不滅の太刀》・効験付与・《エルフ・アイアノアの風魔法》』


 どこからともなく嵐が巻き起こり、ミヅキが振り上げた太刀の刀身にびゅうびゅうと巻き付いていく。


 先のガーゴイルとの戦闘で、アイアノアが見せた風魔法をすでに洞察していた。

 女神日和の神剣と、エルフ随一の魔法の風が力を結集した。


「名付けて、科戸ノ太刀風(しなとのたちかぜ)天ノ八重雲払い(あまのやえぐもばらい)!」


 大祓詞おおはらえことばの一文から抜粋した、風の神の如く、振るう太刀の風が空の重なる雲を払うという意味で名付けたミヅキの剣は、言葉の通りの破壊力を発揮した。

 アイアノアの風魔法、エアソードの能力を不滅の太刀を通して解き放つ。


 塵旋風じんせんぷうのように広範囲を走り抜け、意思を持って荒れ狂う風に容赦は無い。

 リビングアーマーの群れを吹き飛ばし、次々と寸断していった。


「これは、私の風の魔法……?」


「アイアノア、真似しちゃってごめん。俺のこの剣と風の魔法、物凄く相性がいいみたいなんだ! とんでもない切れ味だよ、鎧の魔物を紙みたいに切れる!」


 興奮してまくしたてるミヅキの背を見て、アイアノアは力無く微笑む。

 虚勢を張り、苦しい感情を表に出さずに努めている姿は気丈だった。

 引き続き、身体から力が抜けるみたいに魔力が減っていくのを隠して。


「も、もう、ミヅキ様ったら……。私が苦労して修めた、風の魔法をそんな簡単に模倣されてしまうなんて……。凄いですけど何だかずるいです、うふふ……」


「そういう能力の加護だから勘弁してね。でも、これでこの危機を乗り越えられる」


 戦いに意識を奪われ、ミヅキはアイアノアの異常に気づけなかった。

 ただ、明確に気づいた別のことがあった。


 こうして剣を握り、まともに敵と一戦を交えるとはっきりとわかったのだ。

 それは、地平の加護の戦いの原点であり起点。


「敵と斬り合ってみてわかった! 離れて間接的に洞察するよりも、近づいて敵を斬ったり、攻撃を受けたり避けたり、実践して攻防のやり取りをするほうが、俺の加護の理解する速度が段違いに早い。これは端から、こういう戦い方をするように設定された仕様みたいなもんだと思う!」


 これまでは敵側の出方を見ながら、それに応じる形で地平の加護の権能によって「洞察」を仕掛けていた。

 しかし、それではどうしても受動的で積極性に欠ける戦い方になってしまう。


 ところが、接近戦を行って剣を交えれば、より効率的に洞察を進めらるとミヅキは悟った。

 おそらく相手に損害を与えたり倒したりした際に、一種の制約条件、勝利報酬として敵方の情報を取得することができるのだろう。


「だからもう、こいつらのことは理解完了してる。一気に片付けるから、また太陽の加護をよろしく頼むよ!」


「……」


 急に大きく見えるミヅキの背中を見つめ、アイアノアは複雑な表情をしていた。

 これで危機を乗り越えられるであろう安心とは裏腹、自身に掛かる理解ができない負担を恐れて、おどおどと身体を縮こまらせている。


──あぁ、ミヅキ様がまた私に力をお求めになられているわ……。ちゃんと応えなければ駄目……。で、でも、これ以上魔力を持っていかれてしまったら、私……。


 アイアノアは葛藤していた。

 もうすでに全体魔力量の半分以上を吸い上げられ、消耗してしまっている。


──このまま魔力が底をつけば私は動けなくなってしまう……。そうなれば、他でもない私自身がミヅキ様に迷惑を掛けてしまうことになる……。


 この異常な魔力消費の現状にミヅキはきっと気付いていない。

 何となくアイアノアにはわかっていた。


──ミヅキ様はパンドラの魔素を循環させているに過ぎないわ……。これほどの力を解放されているのに、何の負荷も反動も感じずにいられるだなんて……。


 選ばれし勇者は、そうではない自分とは根本的に違う。

 真に恐るべきは地平の加護の権能であった。


──いいえっ! それでも私はっ、私はっ……!


 だが、アイアノアは負けてなどいられない。

 使命を果たすため、いや、自分のためにも挫ける訳にはいかない。

 どんな目に遭おうとも、絶対に、である。



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