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第100話 太陽の加護は真の姿を現す

「太陽の加護が……!」


 ミヅキは異変に気づいた。


 すべてが停止している時間の中、頭上の太陽の加護が輝きを増している。

 担い手のアイアノアは止まったまま。

 ミヅキたちを照らす光の球から爆発的なエネルギーが溢れていた。


「わかるぞ……。太陽の加護が、地平の加護に力を貸してくれるんだ……!」


 地平の加護は太陽の加護と力を合わせる。

 この迷宮の異世界へ、新たな力をさらなる異世界から呼び寄せるのだ。


 待ちわびた記憶は想起される。


『これはその礼なのじゃ。私に栄えある勝利をもたらしてくれた勇壮なるシキに、せめてもの戦う力を授けよう』


 脳裏にありありと浮かび上がり、再生された記憶の一片。

 神の社にて、仮初めの美しき姿をした女神と、珍妙な恰好をしたみづきの向かい合った姿が見える。


 女神は二つ結いのお団子頭で、赤紅色の衣をまとっている。

 淡い朱色の口紅、鮮やかな紅の目弾きの愛らしくも整った顔立ち。

 その姿、忘れるはずもない。


 創造の女神、日和である。

 彼女は、修験者のような和装のみづきに、神の太刀の下げ渡しをした。


『私の創造の神通力を込めた、其の名も不滅の太刀じゃ! ちょっとやそっとじゃ傷も付かんし、たとえ刃こぼれしてもひとりでに元に戻る霊妙の業物よ。どうか、受け取っておくれ』


 それを言う次の記憶の場面での日和は、力を使い果たして小さく縮んでいた。

 ゆえあって日和は本来の力を失っていて、神の力を取り戻す日はまだまだ遠い。


 愛嬌のある顔がにこりと微笑み、久しぶりに感じる日和の記憶は名残惜しくも消えてしまった。


「日和……。そっか、俺にはこの力があったな……!」


 ミヅキはゆっくりと目を開けた。

 その途端、再び時間が動き出すのを感じた。


 五感が鋭く刺激され、現実に引き戻された感覚がびりびり神経に響く。

 がちゃがちゃと音を立て、リビングアーマーたちが大挙して接近してくる真っ最中である。


「ミヅキ様ぁっ、危ないッ! 逃げてぇっ!」


「……」


 アイアノアの悲鳴が耳に届いた。

 しかし、ミヅキはまったく動じない。


 何事も無かったかのようにすっと立ち上がると、やや前傾姿勢を取り、股を大きく開いてしっかりと腰を据えた。


 利き腕の右手を左側の腰に持っていくと、何もない空間を握る所作を見せて、左手はその右手にそっと添えた。


「──よし、いける!」


 痺れていた右手の指には再び力がこもっている。

 何も見えないはずのに、柄紐の巻かれた太刀柄を握りしめている感触をはっきりと感じた。


 ミヅキは確信を得た。

 それは、この何もいていない腰の空間から、必殺の剣を抜き払えるという強い確信だ。


 女神日和のこしらえ、不滅の太刀が発現する。

 そこからの出来事は本当に矢継ぎ早であった。


「はッ!」


 息を強く吐き出し、太刀を抜き払う動作を鋭く行った。

 幼少の頃から鍛錬してきたイメージの通りだ。


 無から太刀を抜き払い、さっきはあっけなく剣を弾かれたリビングアーマー相手に居合い斬りを放つ。


 狙いはさっきと同じ、フルフェイスの兜部分。

 鋭い太刀筋が一瞬でリビングアーマーの頭部を薙ぎ払った。


──出たッ!


 ミヅキは心の中で叫んだ。


 瞬くほどの刹那、誰が見ても一目瞭然。

 手品のように現れた一振りの抜き身の太刀が、ミヅキの手の中にあった。


 銀色の柄巻つかまき、太陽をかたど円環えんかんつば、刃渡り60センチ程度の白い刀身。

 ──神剣、不滅の太刀。


 その太刀の真価は美しさだけにあらず、威力もまた神掛かって凄まじい。


 スパッ、という音が相応しいほどに、魔物の鎧は紙でも切っているのかと思うほど容易に切断され、兜の上半分がどこかへ飛んでいく。

 切り口からがらんどうな真っ暗な中身が露わになった。


「えぇいッ!」


 太刀柄を両手で握り直し、返す二の太刀を袈裟切けさぎりに、リビングアーマーの左肩口から斜めに振り下ろす。


 喰らったダメージの意趣返しとばかりに、自分が斬られたのと同じ部位を裂き、鎧の魔物を真っ二つに切り捨てた。

 先に切り飛ばされた兜の片割れが、石の床にがらん、と落ちて転がった。


『女神日和の拵え・《不滅の太刀》・洞察済み記憶格納領域より召喚完了』


 地平の加護の声を心に響かせ、不滅の太刀を構えて雄々しく立つミヅキの姿がそこにあった。

 加護の発動から、居合いの太刀を振るったのはほんの僅かな時間のこと。


 時を同じくして、神の力が顕現したと瞬間にそれは起こる。


 大いなる変化が──。

 空中に浮かぶ光球、太陽の加護に起こっていた。


「えっ!? な、なに……?」


 異変に気付いたのは、太陽の加護の使うアイアノア。

 ミヅキに訪れた危機と、そこからの一転攻勢に移るまで。

 血相を変えて悲鳴をあげていた矢先のことだった。


 これまで太陽の加護は、戦闘の中においても穏やかな光を放つばかりだった。

 それが今は激しく炎を上げ、爆発を起こしたのかと思うほど燃え上がっている。


「きゃあっ! た、太陽の加護が……!?」


 アイアノアはあまりの輝きに顔を背けた。


 眩しい光と燃え立つ炎は白と黒に分かれ、太陽の加護の球体の中でぐるぐると急激な回転を見せている。

 これまでとは何か違うものへと変容していくのである。


「なに、これ……? こんなの初めて……! 太陽の加護がミヅキ様の加護の働きに合わせて、私の知らない形態へ変わろうとしている!」


 自らの加護についてちゃんと理解しているつもりだった。

 なのに、アイアノアは太陽の加護の未知なる変化を目の当たりにして、驚愕に全身を震わせていた。


 ……ゴゴォォォン……!


 やがて、知る者のいないそれはとうとう真の姿をさらけ出す。


 白と黒の爆発炎をまき散らしながら高速回転していた太陽の加護は、その動きを瞬時にびたりと停止させ、神々しい金色のオーラを発して異様な轟音を発した。


 光の球体の中に、丸い形の模様がくっきりと発生している。

 白と黒の勾玉が合わさった形で描かれる、陰陽勾玉巴いんようまがたまともえ



 太極図たいきょくずである。



 陰陽太極図、太陰大極図と呼ばれている。

 それは、太極の中に陰と陽が生まれた状態を表していた。


 万物が生ずる宇宙の根源──。

 その象徴たる太極の印が太陽の加護の中に発生した。


 太極から陰と陽が生まれ、自然界では太陽と月がその表裏一体の一例に当たる。

 他にも男と女、朝と夜、姉と妹、対となる存在は無数に在る。

 様々な陰と陽が通い合い、無限のを巡らせている。


「……ッ!?」


 太陽の加護の中の太極図を見上げ、アイアノアは息を呑んだ。

 一瞬で目の前が真っ白になり、意識が白と黒の勾玉巴の模様へと引き込まれる。


 危機一髪状態のミヅキ、周囲のリビングアーマーの集団、パンドラの地下迷宮の石造りの光景、全部が白く塗り潰されて見えなくなった。

 突風を思わせる強風が正面から吹き付け、アイアノアは思わず目を閉じる。


「ふっ、ふわぁぁぁぁっ……!? こ、こ、ここはっ……! どこっ……!?」


 そして、再び目を開けたとき、アイアノアはまた驚いて大声をあげた。


 アイアノアは遙か高い空の上にいた。

 吹き続ける力強い風に長い金髪をなびかせて。


 眼下に望むのは、どこまでも続く金色に光る雲の海。

 見上げる空の色は青ではなく、薄い黄金色こがねいろの空間が果てしなく広がっている。

 茫漠ぼうばくとした世界の空に、一人ぽつんと浮遊するアイアノアは不安そう。


「た、高いぃ……! 怖いっ……!」


 幻想の象徴であるエルフの彼女が、さらなる幻想世界へと放り込まれた。


 信じられない光景とあまりにも高い空に恐怖に駆られる。

 長い寿命を生きてきた彼女だろうと、こんなのは見たことがない。


「あっ! あぁ……」


 アイアノアはただただ絶句していた。


 だだっ広い金の雲海の中央、アイアノアの見下ろしている視界の真ん中に──。

 金色の薄もやを突き破り、その天辺をのぞかせているものがある。


 それは高い高い大山だった。


 雄大で威風堂々。

 巨大な大陸のような山の天頂部が、豊かな緑色の自然を茂らせて、大小様々な無数の浮き島を従え、金色の大海原に荘厳なる存在感を露わにしていた。


「な、なんて大きい……! なんて、神々しい光景……!」


 眼下の大きな山を見ていると、自分のちっぽけさを思い知らされる。

 今の自分は、巨大で偉大な存在に寄り添う命の飛沫ひまつ、その一粒に過ぎない。

 大山はそんなアイアノアを存在ごと温かく優しく包み込み、底の無い懐の深さを感じさせてくれる。


 慌てていた心は鎮まり、不安や恐怖の感情は徐々に収まっていった。

 自然と心を通わすエルフの彼女は、この霊妙なる景色に何を感じただろうか。


「あれは、ミヅキ様……?」


 すぅっとさらに引き込まれた意識の先──。


 雄大な大山の山頂部、異国情緒の円形闘技場に猛々しく戦う戦士たちが見えた。

 黒光りする筋骨隆々の巨大な馬の鬼と、それと戦うおかしな恰好をしたミヅキ。

 天高い離れた場所から、アイアノアはぼんやりとそれを眺めていた。


「あっ、待って! この情景は何なのっ? 私と何か関係があるのっ?」


 ただしかし、アイアノアがその世界を見られたのはそこまでだった。


 次第に幻想的な空間は色彩を失い、白い霧に溶け込むみたいに消えていく。

 声をあげて、いるかどうかもわからない正体不明の何かに向かって問い掛けた。


「──消えてしまった……」


 ついぞ何者かが何かを答えることはなかった。

 ただ、アイアノアは自分が神秘的な何かの一端に触れたのを実感していた。


 彼女は知る由もない。


 たった今垣間見た世界が、数多の神々が集い、群雄割拠の大祭を行う高次なる天上の世界であることを。


 現在冒険を共にしている使命の勇者が、別の使命を帯びて、とある大地の女神の盛衰を掛けた戦いに臨んでいる真っ最中の「異世界」であることを。


「──えっ?!」


 瞬きをする合間に不可思議な世界は消え失せ、意識は彼女が住まう元の世界へと戻ってきていた。


 まだミヅキは、異世界より呼び寄せる不滅の太刀を抜き払う前のタイミングだ。

 今まさに、居合抜きの低い体勢の構えを取り、何も持っていない右手から剣の一撃を放つところだった。


 白と黒の丸い模様を内部に刻んだ太陽の加護は、変わらずアイアノアの頭上に浮かんでいる。


 そして、唐突に──。

 それは何の前触れも無く始まった。


「んっ、んぐぅぅっ……!?」


 アイアノアは喉を握り潰されたかのような苦し気な呻き声を発した。


 思わず下腹部を両手で押さえる。

 きゅうっと差し込む激痛が走り、きつく締め付けられる断続的な圧迫感が襲った。


 その苦しみときたら、みぞおちの急所に穴を開けられ、はらわたを引っ張り出されていると錯覚したほどである。


 無論、実際にそんなことは起こっていないが、この苦痛は紛れもなく本物だ。

 アイアノアは自分のお腹を抱き締め、激しく取り乱した。


──なに、これっ……! お腹が、くっ、苦しい……! 引っ張られるっ……! ま、魔物の攻撃を受けて、いるの……!? う、うぅっ、もうやめてぇ……!


 声にならない悲鳴が、荒い呼吸となって口から溢れ出していた。

 かろうじて倒れないように、両足に力を入れて踏ん張ったところで気づいた。


 この感覚は何も初めてという訳ではない。

 特定の行動をするときにいつも味わっている感覚だ。


──これは、私の魔力が外に放出されているときの感覚だわ……! 魔法を使ったり、ミヅキ様の加護の手助けをしたときの感覚と同じ……! だ、だけど、魔力の持っていかれ方が普通じゃ、ないッ……! 考えられないくらいのっ、大量の魔力を吸い出されてるッ……!


「はぁ、はぁっ……。ふぅ、ふっ、んっ……!」


 へその下の下腹部の奥、丹田たんでんと呼ばれる部分に両手を当て、ぐっと力を込める。


 アイアノアは瞳を閉じ、ゆっくりと深く呼吸して、魔法を使うときと同じく精神を研ぎ澄ませ、集中させていく。


 予期せず強制的に始まった極大なる魔力制御を行う。

 それで身体をさいなむ苦痛はどうにか収まったが、魔力の大量放出は止まらない。


「──お前の仕業ね……」


 脂汗を額に浮かべ、涙ぐみながら睨み上げる。

 アイアノアが震える瞳で見ていたのは、太極図を内包した太陽の加護。


 何も答えない神秘の結晶は変わらず超然としていて、白と黒の勾玉巴が時折入れ替わり回転して模様を変えている。


 使命の勇者が本領を発揮し始め、本性を現す太陽の加護。

 秘されていた権能に恐れおののく宿主の姿を、ただ静かに見下ろしていた。



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