第參刃② 泥棒をやっつけなければならないようです。
イオリが木剣を構える。
構えは一般的な青眼。いわゆる中段の構えである。
あるいは剣道の構えとでも言うべきか。
イオリの気質的に王道の剣術がいちばん合っていた。
イオリは良く言えば真面目。
悪く言えば頭が固い性格で、小器用なことは向いてなかった。
フェイントを入れることもできない。
打つなら打つ。躱すなら躱す。
シンプルでまっすぐな戦い方しかできなかった。
それならそれとして、その気質を活かす戦い方を学ぶべきだ。
そこからイオリの戦い方は、極東式の剣道スタイルとなった。
まぁ、極東式は極東式で剣道以外にもさまざまな流派があるのだが、それは置いておく。
正直でまっすぐな剣を教える。
このやり方がおそらくもっとも上達が早い。
とはいえ、もちろん懸念もある。
それは卑怯な戦術に弱いということだ。
まっすぐで無骨な戦い方では、割に合わない戦いだってある。
多少姑息でも効率的に戦えば被害を抑えられたり、相手に嫌がらせをできたりする。
それで相手が攻めあぐねれば勝機も増やせるし、被害を減らせるだろう。
まっすぐな人間にはそれができない。
だが、それを教えるには時間がかかるだろう。
なにより、わしは剣術しか取り柄もないし、そこを上手く教えられるような器用さはない。
ある意味ではわしもまっすぐで不器用と言えよう。
まぁ、わしは長く生きてきた分、小賢しい戦い方も選べるようになってきた。
しかしそこに至るまでに一体どれほどの時間を掛けたことやら……。
まぁ、そんな課題は一度棚に上げておこう。
今すべきはイオリの修行だ。
わしを唸らせるレベルまで育つかどうかはわからないが、ある程度のレベルの弟子を十人程度育て上げれば、わしの肩慣らしくらいは果たせるようになるだろう。
ひとまずの目標はそこに置いておこう。
わしの年齢は十一歳。
寿命は数百年あるらしい。
時間はたっぷりとある。
剣の頂きを目指すまで、まだまだ急ぐ必要はない。
まずは一人目。
じっくりと育ててやろう。
そんな思考を巡らせていたら、しびれを切らしたのかイオリが攻撃に転じた。
毎日の素振りで鍛えられた一撃だ。
子供の腕とはいえ、その威力は成人男性のそれと同程度の威力がある。
しかしそこは無骨な弟子のまっすぐな振り下ろしだ。
わずかに一歩避けるだけで重心すらほとんど移動せずに躱せてしまう。
修行を始めたばかりだったら、そこから次の攻撃までにかなりの遅れがあったものだが、今ではすぐに振りかぶり直して横薙ぎに転じていた。
わしはそれを木剣で受け止める。
イオリはギリギリと剣を震わせるが、それでわしを押し込めるわけもない。
イオリは悔しげに口角を歪ませると木剣で乱打を繰り出した。
なんの目論見もない行き当たりばったりの乱打でしかない。
わしは間隙を突いてイオリを突き飛ばした。
吹っ飛んだイオリを見下ろしながら次の一撃を待つ。
さて、何分保つだろうか。
わしはイオリのスタミナを探っていた。
結論から言えば、スタミナは前回よりも増えていた。
前回は全力での攻勢を三十分保たせたのだが、今回は四十分だ。
成長は著しい。
半年前くらいからか、修行を休んでは一人で麓の町まで降り、宿屋の女将からバイトをさせてもらっているらしい。
敬語を教わったり、算術を教わったりと、なかなかに忙しくしているようだ。
そうした自主性が見え始めてから、成長ペースは格段に上がっている。
あまりわしも、うかうかしてられんか。
修行のために山籠りをしている身ではあるが、時折麓の町まで降りる必要がある。
わしも鍛冶師の真似事をしてはいるが、冶金に詳しい訳ではない。
あくまで血製魔術の使い手でしかないのだ。
だから鉄製品を買うには町に降りるしかないのだ。
それ以外にも必要なものはたくさんある。
野菜の苗や服もそうだし、調味料なんかもそうだ。
作り方の分からないものは、買うしかない。
食器や家具は適当に作れるのだが……、まぁ餅は餅屋ということか。
今では月に一回(イオリは週に一回)のペースで町に降りている。
降りるたびに少しずつ通り道の足場を固めて行っているので、行き来は多少楽になってきた。
今なら一晩は掛からないだろうが、歩きでは六時間くらい、走るなら三時間くらい掛かるだろうか。
イオリも歩きなら同じペースで着いてこれるようになった。
到着する頃にはいつもヘトヘトになってしまっているが、それでも成長は著しい。
今日は早朝に出発したので、正午には町に着いていた。
イオリはいつものように宿屋に顔を出している。
どうやらいつもここで水浴びと身繕いをさせてもらっているようだ。
ここの女将からは本当の娘のように扱ってもらえているのは、わしとしてもありがたい限りだ。
そんな娘を毎度木刀でボコボコにしているのだから、わしの好感度たるや地の底まで沈んでいるのではなかろうか。
そんなことを考えながら宿屋の受付で待っていると、いきなり手拭いを放り投げられた。
「何そんなところで突っ立ってるんだい。早くアンタも水浴びしてきな。クサイったらないよ!」
わしは少しばかり惚けてしまったが、まぁ、悪い心地はしないわな。
山籠りのさなか、まったく水浴びをしていないわけではないのだが、濡らして顔をこするだけで渡された手拭いがみるみる真っ黒に汚れていく。
わしが上半身を拭い終わったあたりで、背後から女将の声が聞こえてきた。
「そういやアンタ、知ってるかい? また泥棒が出たんだってさ」
泥棒? はて?
「ほら! 何ヶ月か前にもあったろう? アンタが町中で大立ち回りしたやつだよ!」
……言われてみれば、そんなこともあったような……。
町の外れから少し歩くと古ぼけた廃墟群がある。
そこはかつての町の跡地となっていて、とある事情により放棄された土地である。
どうやら廃墟となってしまった町の跡地には、住む場所をなくした者たちが集まり、スラムの様相を呈しているらしい。
そこで食うに困った浪人が悪さを働き、町の住人を困らせているというのだった。
たまたま鉢合わせたわしとイオリは暴れる浪人を取り押さえたわけなんだが、さほど目立つような立ち回りをしただろうか?
まぁ、素人の相手など造作もないわけで、ほとんど記憶から消え失せてしまっていた。
「ふむ、その泥棒がまた現れたと……。じゃが、捕まえたはずじゃろう?」
「ああ、そうさ。王都にしょっぴかれてったよ。今頃は奴隷紋でも刻まれて強制労働でもさせられてるさ」
ということは、今回の犯行はそれ以外の誰かが起こしたということなのだろう。
町跡地……、少し様子を見てみるか……?
「いい加減付き合いも長いからね。アンタが何考えてるかはちょっとは分かるつもりだよ。だから悪いけど、ちょっと様子を見てきてくれないかい?」
「そうじゃな、この町の平穏が崩れれば山で暮らすわしらも困る。相互扶助とも言うしのぅ」
「難しい言葉知ってるねぇ。最近はギブアンドテイクって言うんだよ」
「ぎぶ、あん……?」
わしが上手く発音できなかったのを見て、女将はケラケラと笑っていた。
転生のせいなのか、わしの言葉選びがどうにも古臭いらしい。
実に遺憾である。
まぁ、剣術には影響もないし、問題はないか……。
わしはとりあえずそう思って感じた不満を飲み下したのだった。