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第貳刃 どうやら平和な幼少時代も長くは続かないようです。

 産声を上げながら、わしの第二の人生が始まった。

 生まれたばかりでは、満足に視力も働かないらしい。

 ぼやけた視線で見上げると、そこには母親らしき姿があった。

 黒い肌の妙齢の女性がわしの母親か……。

 そして、その隣で涙ぐんでいるのが父親らしい。

 ガタイは良さそうだが、筋肉に無駄が多いな。

 これでは満足に剣を振るえまい。


 悪いが、両親にはあまり興味はない。

 必要なのは剣を極めること。

 そのための障害になるなら排除するだけだし、邪魔にならないならどこで何をしていようとどうでもいい。


 まず必要なのは筋力だ。

 赤ん坊の身体では、歩くことも立つこともできない。剣を持つなど以ての外だ。

 そのための栄養補給は、母親の乳しかあるまい。


 まずは栄養を蓄える。

 そのうえで筋力を鍛える必要がある。

 幸い、時間は大いにある。

 寿命も長い種族らしいしな。

 幼少時の有り余った時間を筋力トレーニングに割いて、剣を持つまでの準備期間に充てよう。

 少し気がかりではあるが、血製魔術とやらを試すのはもう少し身体が成長してからだな。


 そこからの生活は食事、運動、睡眠を効率よく行うだけの生活だった。

 両親の腕を抜け出し黙々と手足の上げ下げを繰り返した。

 乳児の身体は特に体力が貧弱だった。

 生前のように自由に動かない身体を呪いながら、何度も反復して筋肉を虐め続けた。

 幸い、子供の身体の回復力は凄まじく、筋肉痛を引きずることはそれほどなかった。

 程よい痺れを感じながら、身体の感覚を研ぎ澄ませてゆく。

 そうだ。この感覚だ。

 年老いた時間が長かったせいか、体を動かす感覚が随分と久しく感じられる。


 まずは自らの五体を使いこなせるようにする。

 足運びから体勢を整え、安定させた体幹から一歩を踏み込む。

 踏み込む一歩と重ねるようにして、上半身の動きを合わせる。

 それぞれの動きが邪魔し合わないように腰をひねる。

 引いた腕から放つ攻撃に全体重を乗せる。

 踏み抜いた足とひねった腰と振り抜いた拳。

 全身を一つのバネのように伸縮させ、一つの動作を技と成す。


 ここまでが体術だ。

 剣術はさらにその先にある。

 考えるだけでワクワクするような高揚が抑えられない。

 わしは休憩すら惜しいとばかりに鍛錬に勤しんだ。


 そうしてわしが十才の誕生日を迎えた頃に、それは現れた。

 あまりにも唐突にあまりにも呆気なく、わしの故郷は滅んだ。

 それは、僅か一日足らずの出来事だった。


 それは、凄まじいまでの嵐だった。

 もちろん比喩ではなく、本物の嵐だ。

 吹き荒れる暴風。

 滝のような雨。

 標高の高い地形ではまず見られないような凄まじい嵐だった。

 川は氾濫し、村の男たちは食料を洞窟の中へ移動させ、女子供は家の中に閉じこもっていた。


 わしの知識は剣に関するものばかり。

 ましてやただの子供に指示が出せたとも思わないが、村人たちの判断は正しくなかった。

 起こりうる最悪の事態というものは、大抵想像以上のものになる。

 村人たちは未曾有の事態に対応できなかったのだ。


 突如訪れた土石流に家屋は一気に流された。

 わずか一分程度の時間で災害に怯える村は、材木と土砂で埋め尽くされた。

 村人全員が流され、家族も見知った連中も全員土砂に呑まれた。


 迫りくる瓦礫の奔流を見るわしには考えている時間などなかった。

 用意していたナイフで自らの腕を斬りつける。

 流れ出た血液から血製魔術を発動させる。

 血液が土砂を媒介にして巨大な剣を生成する。


 片刃の巨大剣の長さは村の端にある見張り台と同じくらいの高さだろうか。

 地面に突き刺さっている部分を足せば、全長は更に大きい。

 ……さすがに血を流しすぎたのだろうか、頭がふらつく気配がする。

 とはいえ、この剣のてっぺんまで行けば流されることはあるまい。

 惜しむらくは村人を連れてゆく時間がないことだが。

 悩んでも仕方ない。

 まずは生き残る。

 それが最優先だ。

 

 血製魔術で生成する際に(この際面倒だから血製すると表現することにしよう)、剣の棟の部分にハシゴのような突起を付けておいたのだ。

 このまま登ろう。

 村人は、見殺しにするしかあるまい……。

 そうしてハシゴに手をかけた刹那――。


「おかーさん、どこぉ……」


 路地裏から泣きながら姿を現した足元すらおぼつかない子供。

 年の頃はまだ五つくらいの女児だった。

 逃げ遅れたのか、混乱のさなかにはぐれてしまったのか。

 何処にいるかわからない誰かならともかく、目の前で死にゆく命を放ってはおけなかった。


 だが、この子供を助けていたらわしも流されてしまうぞ!


 わかってはいたが、身体は子供のもとへと向かっていた。

 女児の首根っこを掴み(この際、人の扱いがなってないと言われようが非常時なので知ったことではない)、壁を蹴って反転する。

 やはり想像通り、土砂の洪水が目前になだれ込んでくる。

 足を取られれば諸共死ぬことになる。

 わしは跳んだ。

 無論、飛距離は届かない。

 まだ、距離がある。

 もう一歩、跳躍できればあの巨大剣に辿り着けるというのに!

 そんななか、土砂に流される木材を見つけた。

 取手の付いた扉が流されたものらしい。

 わしはそこに着地した。

 ひっくり返らないよう、両足へ均等に体重をかける。

 そしてバランスを保ったまま再度跳躍!

 どうにか巨大剣のハシゴに手が届いた。

 水位が一気に上がり、わしの足を奪おうと手を伸ばしてくる!

 わしは女児の首根っこを口でくわえて全力でハシゴを登りきった。

 そうして登りきった景色は、最悪の一言だった。


「……なんという有様だ」


 村は元々平和な場所だった。

 優しい両親に騒がしい兄弟たち。

 世話焼きのお隣さんがいて、意地悪なお向かいさんがいた。

 通り過ぎる名も知らぬ村人も、何もかもが濁流に呑まれた。


 轟音と共に、故郷の村は廃屋になった。

 泣き続ける女児を傍らに抱きながら、わしは残酷な神の所業に言葉を失っていた。

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