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 地響きと共に地面が割れた。

 凍りついた水たまりを蹴破るような気軽さで、それは現れた。

 蒸気を発する大きな顎門には、鋭い歯がびっしりと並んでいる。

 体皮は岩盤のようにゴツゴツしている。なまくらでは傷ひとつ付けられないだろう。

 大地を踏みしめる脚は前に二本、後ろにも二本。その向こうには丸太のように太い尻尾。

 『火鱗蜥蜴サラマンダー』と呼ばれる魔物がそこにいた。

 わしはラキとイオリを降ろし、少し距離を取ったところで巨体と対峙した。


「まずはわしの実力を見せてやるとしようか」


 そう言うと、わしは手頃な枝を二振り拾った。

 親指の腹を噛みちぎり、血を枝に振りかける。

 わしの血が枝と触れ合い、〈血製〉が発動する。

 わしが目を閉じて、イメージするのは二振りの短剣。

 先程ラキが使っていたわしの短剣ほどとはいかないが、即席の武器にはなるだろう。

 片刃の短剣、長さは5寸(15センチ程度)。

 軽く、身のこなしを邪魔しない大きさ。

 あの硬そうな鱗にもダメージの入りそうな強靭さも欲しいが、媒体がただの枝ではそこまでは高望みしすぎか。

 目を開けば、想像した通りの形状の短剣が二振り、血製されている。


「ふむ。まぁこんなところか……」


  「なんで剣が……ッ?!」というラキの疑問には答える暇はない。

 これ以上は、敵も待ってはくれないらしかった。

 轟音。

 けたたましい唸り声を上げて、『火鱗蜥蜴』一歩を踏み出す。

 それだけで地面が揺れ、圧倒されるようなプレッシャーに、わしは双剣を握り込んで踏みとどまる。

 思えば転生してからは初めてだろうか。

 ……これほどの強者と戦うというのは。

 前世を含めればこういった魑魅魍魎と戦ったことは何度もあったが、まだ子供の身体で太刀打ちできるのだろうか。

 そんなことが頭をよぎった。

 が、しかし――

 一瞬でそんな思考は飛んでいった。

 否、そんな余裕はもうなかった。


 瞬きする間に一瞬で肉薄した蜥蜴はその大きな爪を振り下ろしてくる。

 わしはそれを受け止めきれないと瞬時に判断して、敵の懐に飛び込んだ。

 すぐさま短剣を腹に突き込むが、鱗が刃を通さない。

 わしは歯を食いしばるが、蜥蜴はそんなことお構いなしに大口を開けていた。

 吐き出されたのは胃液だろうか。

 わしは危険な予感を感じてすぐに飛び退いた。

 吐き出されたそれは枯れ草に引火して一気に燃え始めた。

 どうやらマグマのような代物らしい。

 喰らえば火傷では済まないだろう。

 煙を吐きながら、蜥蜴は笑う。

 蜥蜴の表情までは正確に読み取れないが、少なくともわしには笑ったように見えた。

 好敵手を喜ぶような。あるいはおもちゃに興味を惹かれたような。


 わしは後退り、思考を巡らせる。

 この蜥蜴を仕留める方法は二つある。

 一つは龍種には必ず存在するという急所である逆鱗を穿つ方法。

 とはいえ、これはあまり現実的ではない。

 何故なら相手の方も弱点は百も承知。

 対策を取らないわけがないのだ。

 警戒している相手の急所を正確に穿つのは不可能に近い。

 ましてやその場所がどこかもわからないのだ。

 つまり弱点を狙うことは論外である。

 ……となれば、取りうる選択肢は一つしかない。

 即ち……。


 思考の最中だったが、蜥蜴の振り下ろしに思わず中断するしかない。

 余裕を持って躱したが、振り返りざまに尻尾が飛びかかってきた。

 その想定以上の射程の長さに、わしは大きく飛び退るしかなかった。


 射程リーチが長い。

 これは大きな戦略的不利ディスアドバンテージである。

 普通の攻撃は効かず、近づくのも至難の業。

 通常ならば逃げるしかないだろう。

 それが賢い大人の戦略であろう。

 だが、わしはそうではない。

 利口な者が、剣術を極めるか?

 答えは否である。

 わしは最強の剣士となる。

 そのためには、全てを踏み台とする。

 神も、転生も、眼の前の化け物も。

 全てはそのための足がかりに過ぎない。


 硬い表皮を持つ敵には、軽量の武器を使うべきではない。

 重量という利点を持って、火力を上げるべきなのだ。

 だが、わしは敢えて短剣を選んだ。

 ラキに剣術を見せてやろうという見栄もある。

 だが、それ以上に。

 この程度の逆境すら乗り越えられない人間に、最強は語れないだろう。

 だから――。


 わしは大振りの攻撃の間隙を狙って、一気に間合いを詰める。

 一触即発。

 敵の攻撃に一瞬でも触れれば、例え前世で剣聖を名乗っていようとも絶体絶命だ。

 だが、そこにこそ活路がある。

 蜥蜴の胸を目掛けて短剣を突き込む。

 弾き返されるが、構わずにもう一本で更に突く。

 うざったい虫を払うような素振りで、蜥蜴はわしを引き剥がそうとするが、来るのがわかっていれば躱すのは容易い。

 宙返りをしながら再度、蜥蜴の胸を突く。

 躱す。突く。躱す。突く。

 徐々に敵の動きが鈍る。

 疲れたのか、ダメージが届いているのか。

 答えはもう、すぐにわかる。

 だが、わしの右腕に衝撃が伝わる。

 即席の短剣はすぐに折れてしまい、刃がぼろぼろになってしまっていた。

 蜥蜴の勝ち誇ったような顔が見える。

 うむ、たぶんそんな顔だろう。

 だが、そんなものを意に返す必要はない。

 もう片方の短剣で再度胸を突く。

 そして遂に鱗を突き破り、短剣の先端が傷をつける。

 咆哮。

 煙を上げながら蜥蜴が憤る。

 だが、もう遅い。

 弱点がなければ、作ってしまえばいいのだ。

 短剣の柄を蹴り上げ、更に内側に食い込ませる。

 暴れ狂う蜥蜴の両腕を躱して、折れた短剣も胸に空いた穴に突き刺してやった。

 更に深くまで短剣が突き刺さり、蜥蜴は慟哭する。

 わしは正拳を握り込んで最後の一撃をぶち込んだ。

 その一撃が短剣を更に奥まで押し込んで、ようやっと蜥蜴の心臓まで到達したらしい。

 蜥蜴はけたたましい絶叫を上げながら、力尽きた。

 即席の短剣はなくなってしまったが、充分な戦果をあげられただろう。

 そう思ったわしは、弟子たちに向き直ったところに――


 鈍い声が、響いた。


 『愚かな人間どもよ……

 我が愛しき子どもを、手にかけるとは……』


 そういえば、失念していたかもしれない。

 50年前に火鱗蜥蜴が現れた。

 だが、今の個体がそのときの個体だと、どうして断言できるのか。

 そして奴らは確か、元来地中で暮らす生き物だ。

 例えばの話、子育てのときだけ地上近くに移動するのであれば……。

 今のが生まれたばかりの仔竜であり、巨大な親が近くにいたのであれば……。


「さすがにこれは、退くべきかもしれんのぅ」


 わしは子どもたちを引き連れて、逃げようとするも……。

 こうも地面が揺れていては、走るのもままならない。

 わしが結論を出しあぐねていると、警笛……のような鋭い音が響いた。


「警備隊! 前へ! 竜を包囲しろ!!」


 号令を出しているのは年若い女性の騎士のようだった。

 このあたりでは珍しい、銀髪白肌の女だった。

 騎士たちは火鱗蜥蜴とも違う竜種に跨っていた。

 騎馬ならぬ騎竜といったところだろうか。

 号令とともに似たような格好の騎竜兵たちが現れ、地響きもものともせずに突撃してゆく。

 地震に強い種族なのかもしれなかった。

 ともあれこの隙を利用するしかあるまい。

 わしは子どもたちを引き連れてその場を後にした。

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