第23話 裏切り者との約束
『決断は独りにしかできない。だが、選択肢は独りで探るな。己に縋らず、外を見ろ』
まおうサマが人生で学んだ事。その全てが集約された言葉は今の自分に深く刺さった。
自分に縋っていたことを、明確に叩きつけられた。そのせいで視野を狭めていたことを痛い程理解した。
『その選択に後悔はないんだな?』
頭の中で悪魔は囁く。
それは俺が作り出した恐怖心なのか、それとも別の何かなのかは未だにわからない。
だが、一つだけ言わせろ。
後悔しない選択なんてないんだよ。そんなもの、まやかしでしかない。
結局、何かを選べば何かのミスは付きまとうんだ。何かを得るには、何かを捨てなければいけないのと同じように。
俺は、必要な物を手元に残せるように外にも目を向ける。
たとえ残り時間が少なかったとしても、耳を傾けて今をしっかりと理解するんだ。
『それが毒にしかならなかったとしてもか?』
当然だ。
だから、高みの見物かましてるそこのお前。ぬくぬくしてる暇なんて、もう与えないからな。
せいぜい今を楽しんでろ。とびきりキツい難題を用意してやるから。
だが、その前にやるべき事がある。
今を見る為にも、見切れていなかった内を見る為にも、俺は己の全てを清算する。
「よお、裏切り者」
屋敷に備え付けの牢獄。鉄格子の向こうから恨みがましくこちらを睨みつける化け物。
トカゲのような顔付きになってしまった男、アランだ。
かつてアマテラスのリーダーであり、羨望の眼差しを受けた存在。神威餌を喰わされ全てを失った男。
人間だった頃の原型を完全に失った哀れな冒険者は、地べたに座りながら不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、随分と上から見るじゃねえか。無能さんよ」
「無能か。あれから全部変わったけどな、立場も、力も、全部。お前らが逆立ちしたって俺に勝てる事はねえよ」
そう言うと、アランがギロリと睨みつけた。
「俺を笑いに来たのか。昔は鬱陶しい位に世話焼きだったのに。悲しいね、随分とまあ腐っちまったようだ、お前も」
お前は最早人間じゃないけどな。ま、それは俺にも言えたことか。
こんな茶番をする為にここへ来たわけじゃないのに、いつの間にか俺達は減らず口を叩き合っていた。
そうして昔の記憶が蘇って、また一つ虚しさが増えた。
「全部聞いた。神威餌、喰わされたんだろ。ミリスに」
「ヘッ、今更になって全部理解したのか。仮にそうだったとしてどうすんだ? 救いの手でも差し伸べるか?」
「んな訳ねえだろ、ざまあみろって中指立ててやる」
そう言うと、アランは天井を見上げて高笑いした。「そりゃあいい」と返して、
「それでいいんだよ。俺は結局の所、仲間を捨てて裏切った人間くずれだ」
何のつもりだ、コイツ。急に開き直るつもりか。
そう思っていたのに、次に言われたのは随分と肩透かしを喰らわせる内容だった。
「キール。俺はよ、お前みたいな人間が大嫌いだった。大して力も無い癖に理想だけは一丁前でよ。現実なんて見ずに俺達を振り回して、それでちゃっかり人を助けて、結果見向きをされなくても文句一つ言わねえ。
俺とは真逆だったからな、心底ウザったかった。
けど、お前が居なくなってからは毎日思い知らされる日々だったよ。どうにもならない壁がやってきたら俺達はただのガキだった。
どんなに力を持ってても、使う奴が大したことなければ宝の持ち腐れになっちまう。それを嫌と言う程分からされた」
自嘲気味に笑うアラン。
魔族領の魔物は人間界とは比べ物にならん程強い。誰も帰って来れない世界の所以はそこにある。
俺が居なくなってから、壮絶な日々を過ごしてきたんだろう。
「結局、俺は路肩の石と変わらなかった。誰かに利用されて体よく捨てられる。挙句、人間ですら無くなっちまった」
アランが床を叩きつける。その拳は震えていた。
「頼みがある」
拳みたく膨らんだ眼が俺を見つめる。
そこには、かつて憧れてしまった強烈な意思を感じた。
「カトレアは許してやってくれないか」
……ハァ?
「――ふざけんな。許せる訳ねえだろ。
お前らのやった事が神威餌のせいだったとして、全部無かったことにできんのか?」
知ってんだぞ。お前、仲間になってから半年で死亡届出したらしいじゃねえか。
最初から殺す気だったのは透けてんだよ。何かと思えば同情誘おうってか、ホントクソみたいな奴ーー
「俺はそう思ってくれて構わない。でも、あいつは違うんだ。カトレアは」
「冗談じゃない。お前らのせいでどれだけ惨めな思いしたと思ってる。普通だったらあのまま死んでたんだ。
文字通り奇跡なんだよ、ここに立ってるのは」
魔王城での事だって忘れねえ。
散々人の事コケにして、人の失態をあげつらって馬鹿にして、ここに来て掌返しか?
力に胡坐かいてここまで来たと思ってんのか。
やりたくねえ事やって、見たくねえものも見て、大事な人も失って、何も信じられなくなって。
それでも歯を食いしばって俺はこの場に立っている。
「俺はな、お前らが羨ましかったよ。心底、本当に心底だ。
最初から恵まれた力持ってて、信用も与えられて、それに応えられるだけの力を手に入れて。俺はそのずっと後ろに隠れて指を差され続けた。
わかるよ、今にしてみればお前らにだって重圧はあったんだろうな。けどな、そうなったとしても得体の知れない薬に手ェ出して自滅するような真似だけはしなかった」
お前らみたいな力があれば、俺みたいな雑魚が味わう苦痛なんてないと思ってた。
同じ立場になってわかった。
そんな事はない、この世界はどうしようもない。どんなに力を持っても、結局それ以上の何かが津波のように押し寄せてくる。
こんな事言ってる癖して、俺が強くなったのも結局運。
この力を持ってなかったら、今頃殺されて当然の存在でしかなかった。
でもよ、それが仕方なかったで許せる程俺はお前らの事他人と思ってなかった。
俺は信じていたんだ。
お前らと一緒なら本当に戦争が無くなるかもしれないって。
「なあ、何で裏切ったんだよ。俺、お前らの事尊敬してたんだ。
弱音一つ言わねえでさ、俺みたいな奴にも手を差し伸べてさ。
どうして、こうなっちまった?」
俺にはわからない。
こいつらの考えなんて最初から分からない。
知ってるのは理屈だけ。
神威餌の効果は理解している。一言で言うなら『好き』が『憎い』に変わってしまう悪魔の力。それを誰かに騙されて口にしたら仕方ない。
こうなってしまったのは全部神威餌のせい。
そう思える程大人になれない俺が悪いのか。それとも裏切られた程度でボロボロになってしまう、もろい自分が悪いのか。
「そのまま悪者でいてくれよ。もう俺はお前らを忘れてえ」
強さなんて外面を外した自分は、本当にみじめだ。
本当なら向き合いたくなかった。そっとしておきたかった。
義務がそうさせるのか、それとも大人になれと理性がはっぱをかけているのか。
殺してやりたい衝動を吐息として吐き出し、必死で堪えてアランを睨みつけた。
そこに返って来たのは、
「俺は許さなくていいから、頼む。カトレアとだけは話をしてくれ」
人間を辞めたデカい図体が、膝をついて頭を下げた。
昔の記憶がぶわっと蘇る。
険しいながらも、ひたすら魔王城を目指す道のりを互いに励まし合って乗り越えた時間。
俺が窮地に瀕した時、身を挺して守ってくれた皆。
皆が窮地に瀕して、俺が機転効かせて助かった瞬間。
過ぎ去った時間は戻らない。
今更過去を懐かしんだところで、こいつらと同じ景色を見る事は二度とない。
それでも、俺が選んだ道だ。
憎くて憎くてしょうがなかったとしても、やるべき事を果たせ。
そう叫ぶ心に従って、俺は。
「わかった。カトレアと話す。これで、お前らとは本当に最後だ」
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