第22話 友よ、聞け
バカみたいだよな。
自分だけがマトモだって思いあがってた。
プロジェクト・ユピテル。
その深淵は、余りにもヒトの根本に根付いていた。
操られた歯車達は実体のない者の奴隷となり、そうであることも知らず働かされる。この世界の歪みから意図的に目を逸らされて。
これが正しいとは思えない。
けれど、この歪みが知られたとして、それを補完するだけの力が今の人々に存在するのか。
標が無くなれば、大衆は怠惰になるか暴走するかのいずれか。
それによって、今以上の乱世が始まってしまったら本末転倒。俺のやって来た事は全て無駄になる。
このまま作為的に死を生み出して、平穏を保つか。
それとも、未来に希望を託して歪みを見せるか。
「なあ、俺はどうすればいいんだよ」
力の抜けた声が、誰に伝わるでもなく自室の中で響き、消えていく。
……何を言ってるんだ、俺は。全部俺が始めたんだろうが。こんな所で弱音吐いてどうする。
最後までやるって決めたじゃないか。どんな結末になったとしても。
覚悟を決めて思考を止めようとするが、溶けた鉛のようにへばりついた不快感は全く消えてくれない。
むしろその覚悟すら、選択を迷わせる要素に成り下がってしまっていた。
椅子に座り、ふさぎ込む。
霧は一向に晴れない。もう早く終わらせて欲しい。そんな思いは誰にも――
「おお、帰って来ていたか」
突然の声に頭を上げると、まおうサマが丁度部屋に入り、扉を閉めている所だった。そのままズカズカと来客の椅子に座って、
「待っていたぞ。時間はあるか?」
「は、はい。大丈夫です」
言葉とは裏腹に刃物のように尖った真っすぐな瞳から、自然と目を逸らしてしまう。
そんな自分を殴り殺すように無理矢理笑みを貼り付けて、肯定の返事を返した。
「……貴様、何が見えている?」
前にも似たような質問をされた。
けれどあの日と違って、どうしてだろうな。今度こそ怒りが含まれている気がした。
「質問が抽象的なので求めている応えになってるかはわかりませんが――」
「そんな屁理屈などどうでも良い。思うがままに答えろ」
困惑する俺を無視して、まおうサマは詰め寄る。
「貴様、また独りで抱えようとしているだろう」
「そんなつもりはありません。任せられるものは任せようかと……」
「それは嘘だな。国を作るにも広告が必要だ。その為なら貴様が動くしかあるまい。それでいて、身に余る問題を独りでどうにかしようと考えている。そうでなければ、あの会議は成立しない」
「いや、本当にそんなつもりはないんです。実際、国造りは皆さんにお任せしようと」
「それがズレていると言っている。何故貴様の持ち分が圧倒的に多いのだ。話の規模を聞くに、建国よりもよっぽど難易度も優先順位も高いのだろう」
図星だった。
俺の考えなんて全て透けてるかのように、まおうサマはズバズバと問題点を並べていく。
「言え。貴様は一体何を考えている」
「いや、これは俺が抱えた問題なので。他の人達には関係のないことで――」
そう言った時だった。頬に衝撃が走る。
ぶたれたと理解したのは、その後の剣幕を見て直ぐだった。
「関係のない? ふざけるな。貴様の功績は全て自分だけで積み立てて来たものだと思っているのか。
どれだけの者が貴様と関わり、貴様に助力して来た。思い上がりも甚だしい」
一瞬動揺した。だが相手は一国の主だ。
俺みたいな一冒険者が下手に気を損ねるのはよろしくない。努めて冷静に振舞おう、とした時だった。
下から強引に俺の襟首を掴み、引き寄せて、
「そのすまし顔が気に入らんッ。何故余裕ぶろうとする、もう限界なんだろうッ!」
「そんな事はない。俺はまだ働ける、俺は責任を果たさなきゃいけないんです」
いつの間にか、負けじと俺は魔王を睨みつけていた。不敬じゃん、殺されてももうおかしくねえな。
けれど、そんなクールな思考とは裏腹に、体は勝手に口上を垂れていた。
「これ以上、皆に負担を掛ける訳にはいかない。それに、夢幻技術が関わっているとなれば、もう俺以外にどうする事も」
「――この、馬鹿者がァ!!」
圧で吹き飛ばされそうになる程に、床が踏み抜かれた。
その威力に自室の窓ガラスが全て吹き飛び、衝撃によって家財等が崩れ落ちる。
「貴様、神にでもなったつもりか。安い物差しで勝手に人を測り、解ったつもりにでもなったか。余りに傲慢が過ぎる、それで争いが無くせると思うのか人間。力を得ればかつての信念も全て放り捨てるかッ!」
――好き勝手言いやがって。
一国の王である目の前の奴の襟首を掴み返して、
「じゃあ、誰が連れていけるんだよ。俺でも勝てないかもしれない相手に、わざわざそれ以下の戦力を連れてってみすみす殺せって? 出来る訳ないだろッ!?」
俺が一番よくわかってんだよ。無力なままじゃ何もできない。
どんなに威勢の良い事を言ったって、力が無ければ何も成し遂げられない。
結局、言葉だけ綺麗な事を言った所で何も変わらない。
何かを成し遂げるには力が必要なんだ。俺含めてそんなの足りやしない。けど、可能性があるのは俺しか……
「――いつから、貴様はそこまで弱くなった」
「は?」
「目的の為であれば己の弱さを顧みず、我の元までやって来たであろう。その貴様は一体、どこに置いて来た」
意味が解らない。俺が、弱くなった?
力を得て、責任とも向き合って、クソみたいな現実に嫌という程向き合って来た俺のどこが弱くなったって?
「あんなもののどこが強さだ。口だけの理想語って、結局何も出来なかったじゃねえか。みすみす妹も攫われて、アイツにも酷い当たり方した。
あんなクズのどこに強さがあんだ。あんなゴミのどこが……」
俺は決めたんだ。
本当に危ない事は全部自分でやるって。勝手に理想押し付けて、思い通りにならなかったら癇癪を起すクズになんてなりたくないんだ。
「こんな問題、俺一人でどうするなんて決められるわけがないッ。世界をぶっ壊すか、人が壊れたままにするって、そんなのどう選べる!?」
「……一体何を知った」
「この世界は既におかしくなっちまってんだよ。見えない誰かに腐った価値観を押し付けられた人々が今の世界を作っているんだ。
その間違いを正そうとすれば、多くの人が現実を見る事になる。例外はいない、勿論アンタもだ」
魔族と人間のいざこざも、同じ人種ですら生まれてしまう差別も、目も背けたくなるような排他主義も、弱肉強食なんて腐った思想も。
何もかもが、プロジェクト・ユピテルがこの世界を最適化する為に生み出した幻想だった。
そんな誰かのレールに敷かれた文化を、おかしいすらと思えず生かされて、誰かに操られて、知らないうちに殺し合いさせられてるんだ。
それを知ったらどうなる。もし我に返って、自分の手が勝手に血で染められていたら……
でも、選べない。
だっておかしいだろ。自分の考えも何もかもすべて捻じ曲げられて、誰かの傀儡みたく生きるなんて。
価値観も、生きる意味も全て誰かに決められた人生なんて。
「正解なんて降ってわいてくるわけがない。それでも決めなきゃいけない。誰かが決めないとずっとこの世界から争いが消えない。
じゃあ、やるしかねえだろうがッ。俺が選ぶしかないだろうがッ!」
傲慢な事を言ってのける自分が、ひどく滑稽に見えた。
頭で埋め尽くされているのは、この世界をどうするかという頭でも狂ったかという選択。
必死で探した。こんな二択選びたくないから。
けれど、答えは全く見つからない。それでも敵は動いている。
皆が笑って過ごせるハッピーエンド。
そんなあるかも解らない夢物語じゃなきゃ、到底容認できる訳もなくて。
誰かを犠牲になんて出来ない。したくない。
もう、これ以上周りから人が居なくなるのは嫌だ。
せっかく慕ってくれた人達が居なくなってしまうのはもうこりごりなんだ。
目の前がグシャグシャに潰れて前が見えない。
ちゃんと前を向かなきゃいけないのに、俺は――
「友よ、聞け」
みっともなく吠えるクソガキ風情に、一国の主は真正面から向き合った。
「人は無力だ。情けない事に情よりも欲を優先する。それ故に鍛錬を怠り、目先の餌にぶら下がる」
どうしてこんな話をするのか、俺にはわからなかった。
それでも自然と耳を傾けていた。畏怖だとか恐怖だとかそんなもんじゃない。単純な話だ、救いが欲しかった。自分の限界を理解していたから。
無垢な信徒みたく求めるしか出来なかった。
そんな無様な俺に対して、王はやさしく目を合わせてくれる。
「だが、ワレは知っている。そんな脆弱な者達の中にも、大切な物の為ならば喜んで命を差し出す馬鹿者がいることを」
何でだろうな。俺はこの人とだけ話しているつもりだ。
その筈なのに、この人の後ろに何人もの人達が見えてしまう。まるで大勢が一人を支えるように。一人が大勢を支えるように。
「友が辛酸を舐めているのなら、喜んで共に舐め切って見せよう。苦しみだって共に背負って見せよう」
それが友達だろう。
そう堂々と口にする姿が、とても眩しく見えてしまった。
「決断は独りにしかできない。だが、選択は独りで探るな。己に縋らず、外を見ろ」
少しだけわかった気がする。
この人は最初から自分の弱さを知っているんだ。
だから凄いのか、俺が小さく見えてしまうのか。
「俺、もう嫌ですこんな人生。何で毎日毎日がこんなに苦しいんだ、ゴールのない迷路に閉じ込められているようにしか思えない。でも、ここで諦めたら皆が辛い日々を過ごさなきゃいけない。どうすればいいのか、わからないんです」
みっともない弱音を魔王様は茶化すことなく真摯に聞いてくれた。その暖かさに感化されて、自然と口から一つ一つ弱さが零れだす。
「ようやく、口に出せたな」
「……俺は、弱すぎる。こんな自分が許せない」
「それで良い」
え?
「常に強く有るなど出来るわけがない。だから支え合う、共に背負うのだ。不恰好でも、理に反していても、失敗しても、愚かだと評されようとも。あのバカ竜もそれは変わらん。でなければ何も言わずに行方を絡ますなど、馬鹿な真似はせん。だが、それ以前にだ」
そんなもん、なんだろうか。
「何より、今、この時、この瞬間。ワレはキサマを助けたい。その握りしめた手を開き、ワレに預けろ」
とても、眩しかった。
俺は、俺が嫌いだ。こうしたいと願っても、何一つ叶えられてやしない。誰かの役に立ててるかも怪しい。
その弱さも含めて自分の実力。残念ながら今の俺は常に前を向くことはできない。
俺は弱い。きっと本当の意味で強くなることはないかもしれない。結局誰かに甘えたり縋ったりするしかない日がまたやってくるかもしれない。
それでも。
それでも、前を向かせてくれる仲間がいるなら、最後まで夢を見ても良いのかもしれない。
こんなどうしようもない世界を、救いたい。
「まおうサマ、お願いがあります」
「聞こう」
「助けて、ください」
絞り出した懇願に、王は。
「任せろ、ワレ等は友達だ!!」
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