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竜に喰われてやり直し  作者: 木戸陣之助
第四章 全てを知り、全てを能う
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第21話 正を

 気まずさなんて超越した強烈な静寂。

 それでも俺は目を逸らさない。遠慮する余裕はとうに失せた。


「ほう、変わった質問をするの。一体何を根拠にそう思った?」


「根拠なんていくらでもあります。クオンタム研究所に然り、機械(マシン)に対する知識然り。今の時代じゃ知り得ない事を、貴方は知りすぎている」


『あのう、救世主様。突然の事態に付いていけてないのですが、一体……』


「里長さん。この人は俺達が見つけたクオンタム研究所を知っていたんです。車についても知見を匂わせてました」


『……そうですか。それでさっきの質問という訳ですね』

 

「そもそも俺の力を知っている時点でおかしい」


「そうかいの? 偶然という線もあるぞい」


「偶然にしては出来過ぎです。それにストーリー・テラーすら俺の力は知らない。でも、貴方は知っていた。という事は、研究所の関係者、もしくは――」


「もしくは?」


「生みの親、とか」


 じいさんは、ふむ。と一言唸ると石像のように黙りこくってしまった。慌ただしい脳内を落ち着かせ、黙って相手の言葉を待つ。


 答えは、

 

「お主の想像通り、遥か昔に生を受けて今に至る。だが、生みの親ではない。それは確かじゃ」


「理由は?」


「こんな地獄に自ら飛びこむ馬鹿が居ると思うか?」


「酔狂な奴だっていると思いますが」


 そう言って肩を(すく)めると、じいさんが鼻で笑った。言うまでもないって事ね、了解。

 

「まあ、ええわい。儂も実はお主と話がしたかったでの。知っている事は答える。だから好きに話せい」


 それは僥倖。じゃあ、そのままお言葉に甘えるとしよう。


「まず、クオンタム研究所です。あれは一体何のために造られたんですか?」


「知っておろう。プロジェクト・ユピテルーー神を造るなんて愚かな計画。全てはアレの為じゃよ」


 それは知ってるんだけど、具体的にどんな役割を担っていたんだ。全くイメージが沸かない。神威餌(アンブロシア)の研究を進めてたのは把握してるんだけど。


「実際に見て話せばよかろう。百聞は一見に如かず、じゃ」


「それもそうですね……里長さん、案内できますか?」


『はい! 残骸調査ならお任せあれ!』

 

 じいさんの提案にのり、早速車を飛ばしてクオンタム研究所へ向かった。道中、適当に決めた待ち合わせ先で里長さんを拾い、研究所への道筋を案内してもらう。


 そしてたどり着いた廃墟。

 一年前全てが動き出したあの場所、相変わらず周辺は風化して砂に塗れてと散々な外見。

 緊張の中、研究所へ足を踏み入れる。金属の壁で覆われた質素な部屋と、不自然なまでに青々とした観葉植物が俺達を出迎えた。


「相変わらず何もない。そう見えたこともあった」


「ほう。その様子、仕掛けも解いたのか。なら、この研究の在り方も分かるじゃろう?」


 まあ、一言で言うなら非道、なんだろうな。

 人に隠れて、頭おかしくさせる薬作って、挙句の果てには神を造るって。


「よっぽど頭のネジが外れた奴が作った。それだけはわかる」


 言ってて後味が悪くなる感想に、じいさんは「そうじゃな。間違いない」と、高笑いした。


 それから俺達は昔の記憶をなぞる様に探索を始める。仕掛けを解きながら先へ進むと、途中風穴の開いた鉄の扉を見つけた。

 深く抉られたような傷跡、生々しさは相変わらずか。


「人というのは、己に正義があるとみなせば悪魔にだってなれる。それが正しいと錯覚してしまったなら、どんなに恐ろしい事でも肯定してしまう生き物なんじゃ」


 そうやって思い出されるのは、かつて洞窟で仲間と思っていた人間達に裏切られ、笑って捨てられた記憶。

 

「……知ってる」


「被害者面じゃの。お主もその中の一人じゃろうに」


「そんな事はしてない、つもりだ」


「断言しなかったことは褒めてやろう。だが、お主は今こうしてこの場に立つまでにどれだけの命を奪ってきた?」


「奪ったつもりはない。けれど、救えなかった」


欺瞞(ぎまん)じゃな。殺しているんじゃよ、既に。己の意思で」


 答え合わせのように掘り起こされた、一年前の記憶。

 この場所に現れた異形。溶けた皮膚を剥き出しに、刃物みたく尖った爪で刺し殺そうとしてきたアイツ。

 何体も現れて、トラップみたく調査隊を待ち構えた、あの――


 『敵』。


「あ」


 殺した、この手で。

 そいつらを、笑って殺した。

 新しい技の練習、誰かの真似をしたい。そんな遊び感覚で俺は命を奪っていた。


 つられてまた一つ記憶を取り戻す。

 ルルームの森での出来事。ストーリー・テラーの差し金により大量に襲い掛かって来た魔物の大軍。


 アレの息が掛かったなら仕方ない、だから殺す。

 そう言っておきながら胸が痛む事なんて一切なく、俺はただ埃を(はら)うように、邪魔だと思うように敵を駆逐した。


 飯だってそうだ。飯は誰かの命で成り立っている。動物、植物、虫……数えきれないものを犠牲にして。

 それを俺は、犠牲になった者達へ一方的な感謝を押し付けて己の命を残すことを選んだ。


「結局、己の正義で敵かどうか、必要な犠牲かどうかを判別する。植え付けられた常識や理性を振りかざして、あたかも自分が正しいと証明するように他者を陥れ、生きる事を選ぶ」


 この手は既に綺麗じゃない、誰かの血で染められている。

 それをたかが人を殺さないと誓った程度で潔白になると思いあがっていた。それとも、


 そう、思わされていたのか。


 潔白な生物なんて存在しない。

 誰もが罪を犯し、報いを知らず、罪を置き去りに、生が正だと疑わず、淘汰された者達を平然と踏み潰して歩いている。


 全てを見せよう。

 そう言って、じいさんはひとり先行する。付いていきながら、虚しさと向き合う。その間、接敵は一切無かった。意味のない向き合いをあざ笑うように、考えるのは無駄だと言わんばかりに。


 そして、神威餌(アンブロシア)を見つけたあの部屋に辿り着く。

 部屋を陣取るように中心に据えられた机。その上に置かれた一基のコンピュータ。それを昔から使っていたかのように、じいさんは手際よく使いこなす。


「じいさん、アンタ研究者だったのか?」


「そこを語るつもりはない。自分の目で見て、自分で決めろ」


 そして、モニターに映されるいくつかの情報。

 プロジェクト・ユピテルについての記述。俺が読める旧時代の情報。


「これがプロジェクト・ユピテルの全貌じゃよ」


 イカれてる。こんなもの、こんな事を同じ人間が望んでやったというのか。


「こんなの、人に出来る範疇じゃない。道理に反してる。なんでこんな事……」


「思い上がりじゃよ。自然を、生物を、世界の全てを傘下に置けると、本気でそう思ってしまった気狂い達による、の」


 こんな物の為に、俺は命を賭けたのか。

 こんな物の為に、全部を失ったのか。


 こんな物の為に、俺は。


「そうか、そういうことか。

 常識が歪んでるんじゃない。歪んでるのは――


 この世界そのもの」



 この世界は、綺麗な嘘と醜い本音で出来ている。


 誰かと手を取り合う事も、

 誰かを助ける事も、

 誰かに愛を求め、

 愛を与えるのも、

 悪を憎み、

 悪に苛まれるのも。


 全ては、


「常識や理想とは、本能が生みだした概念でしかない。各々の種が存続の為に造りだしたルール、それを綺麗な言葉に並び替え共感や賞賛を得る。そして最適化された世界を目指す。こうして生まれた秩序こそ、旧時代が編み出したある種の正解じゃ」


 それが、平和。

 プロジェクト・ユピテルが掲げる――否、この世の全てが求める平和。


 神とは、理想。

 全ての生きとし生けるものが掲げる、共通の理想。


 そう信じた旧時代の研究者。

 歴史から神という概念を生み、そこに意味を与え、人は誤解した。


 誰かが死に、誰かが生きるのを願った。

 不必要な死、不必要な生を拒むことを願った。


 だが、分かったところで意味はない。

 触れなければ、何も成せやしないのだ。


 なら、触れるしかない。そして、不必要な接触は取り除くしかない。

 その為に生み出された、大いなる力。

 その力で、秩序を生み、世界に触れる。


 全てを知り得た者が、全てを能える。

 これこそが、



「これこそが、プロジェクト・ユピテル。人口調整の為に神の模造という愚かな真似を働き、世界に己が種の秩序を強制した最低最悪の業じゃよ」


 深淵に触れた時、悪魔がこちらを覗く。


 

『解凍率20%、進行上問題なし。解凍作業継続』

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