第20話 それはかつて誓った覚悟のようで
「すみません。俺、傭兵国家の王にはなれません」
そう告げると、ほのぼのした雰囲気は一瞬で霧散。張り詰めた空気が場を支配した。
その様子を見て、ヨウ君は手筈通りに補足を始める。
「念の為。王になれないとキール様が仰った理由は、本人の怠慢や精神的負荷に耐えられない軟弱さによるものではありません。
詳細については、今から本人が説明致します」
ワンクッション入れてくれたヨウ君に一礼。
そして、皆の顔を見て、理由を告げた。
「この世界に蔓延る闇を、全て滅ぼします。俺はそれに集中したい」
「どういう事だ?」
「俺、ずっと不思議に思ってたんです。確かに俺達はヴァルヘイムを倒してシステリアから闇を掃った。
けど、国の人達はそんな事がまるで無かったかのように過ごしている。その理由がつい最近わかりました。それは――」
「それは?」
今度こそ全員の目が俺に向けられた。
「これを見てください」
俺はもう一台のモニターを机に置いて電源を付け、ある映像を表示する。映されたのは先の見えない真っ黒な靄。
「これは……?」
「これは俺が昼間ブスタン帝国の調査中に撮った録画で、王室を撮ったものになります。俺はこの奥に広がる世界、これこそが暗躍している奴等の本拠地。そう踏んでいます」
「録画……また分からん仕組みだ。取り合えずそれは一旦置いておく。が、ちょっと待て。理由と言っておいて推測の域を出ないのか? 矛盾してないか?」
まおうサマのご指摘はごもっとも。けれど、もう少ししたら俺の言いたい事は伝わる筈だ。
「今からこの奥に入ります。そこから続く光景が俺の言った事の全てです」
録画の中の俺が黒い靄の中へと進み始めた。ほんの一瞬画面が真っ黒に潰れ、灰色の煙が突風に煽られたように揺れ動く。
それが勢いを潜め、ゆっくりと全貌が露わになった時――
「夜? キールよ、確か先程お前は昼間に撮ったと言っていたよな?」
「そうなんです。この時点で俺は少なくともブスタン帝国とは全く違う場所に移動させられている」
灰色の地面と真っ暗な空が一面に広がっていた。時が加速させられたように分厚い雲達が急ピッチで横へと捌けていく。
周辺を観察すると、少し離れた所に地面へ突き刺さった穴だらけの旗が見つかった。先は見えなかった、夜のせいか暗闇しかなかった。
この時、回していた録画機が吹き飛ばされそうな位、風が荒れてたんだよな。
「ここが本拠地ということか?」
「その可能性が高い。で、ここからが確信に至った部分です」
風が体を打ち付ける中、俺はボロボロの旗を目指した。
先へ進む度に現れる白い光。それらは通り過ぎるとゆっくり消えて、前方に他の光が一つ、また一つと入れ替わるように生み出される。
それに従いながら道なりに進むと、そこには一つの巨大な塔が聳え立ち、塔を囲うように十一の分かれ道が続いていた。道を一つ選びさらに奥へと進むと、そこには城で見たものと同じような黒い靄が立ち込めていた。
意を決して、俺は靄の一つに飛び込む。
そうしてたどり着いたのは、
「……英雄の間、だと!?」
当時俺と一緒に行動した三人は気づいてくれた。
そう、何故か靄の向こう側はシステリアに繋がっていたんだ。
「俺は今までシステリアで暗躍していたのはストーリー・テラーだけだと思い込んでいた。
けれど、それだけじゃなかった。ブスタン帝国にも似たような靄が存在している。そしてこの靄は他の国にも繋がっている。で、システリアで見つけたこの映像が極めつけです」
英雄の間を出た後、延々と続くレッドカーペットをひたすら進んだ。
過去、俺達は実験施設から英雄の間に直行したが、今度はその道をひたすら逆に歩く。そして見つかったのが、薄暗い一室に据えられたバカデカい鉄の塊。その中心には透明な筒がくっついて、中で渦巻く大量の導線達が壁一体に繋げられていた。
『量子コンピュータ……そんな代物がどうしてここに』
「知ってるんですか? この機械」
『はい、救世主様。量子コンピュータとは、通常のコンピュータに比べて何倍もの演算能力を持つ代物です。しかし、ここって人間界なんですよね? なんでこんなものが……』
「俺の推測だと、これこそがシステリアの所持する『教育機関』だと考えています。現にそれがブスタン帝国でも見つかっている」
いよいよ全員の目が驚愕に染まった。
十一の道の内、二つを除いて全て大国と呼ばれる場所に繋がっていた。
つまり、これは裏で暗躍している奴が普段使う移動経路。こいつらはこの靄を使って人間界を行き来していたんだ。
「一枚岩じゃないというのか? ストーリー・テラーと手を組む存在がいる?」
「違うのお、基本的に夢幻技術を持つ者は他と共存は出来ない。恐らく吟遊始神――お主らの言うストーリー・テラーの事じゃが、あ奴がもう片方のシマを勝手に使ったんだろうの」
「ヘルメス……? ストーリー・テラーの別名か何かですか?」
「知らなかったのか、お兄さん。夢幻技術と戦うなら真名の把握は必須ぞい」
まな……、わからん。この期に及んでまた新しい情報が増えた。
「真名とは真なる名と書き、『まな』と呼ぶ。この力の現身であり、真名が解れば夢幻技術を打ち砕くことも敵う」
そんな代物があるってのかよ、当然初耳だ。
って、蛇の叡智もひょっとして、真名に当てはまるのか?
夢幻技術自体があまり人に知られちゃいけない物だと思ってたから、誰かに公言したことは無かったけど……
「そうか。そうか、そういうことか。クソッタレめッ」
また一つ繋がった、最悪な推測が。
「どうした、キール? 一体何がわかった」
「すみません、取り乱しました。取り合えず真名が解れば他の夢幻技術持ちと対等に戦える、という事ですね?」
「理論上は。じゃが、このまま戦った所でお主に勝ち目はないだろうがの」
今更そんな事言ってられるか。
前みたく弱点見つけて特攻するしかない。また一から情報を集めるだとか悠長な事は言ってられない。
「まあ、こればっかりは夢幻技術というよりお兄さん自身の問題だの」
「……この話は後でやらせてください、自分から聞いてすみません。まずは現状の共有を優先します。
裏で暗躍している奴等――黒幕はこの靄を使って世界を操っている。それが何かはわからないけど、何故今になって表立った動きをするようになったか、俺はそれを調べなければいけない」
「ニアとあのバカ竜はどうする?」
「ニアに関してですが、むしろこの作戦を決行すべきだと思っています。
夢幻技術を持つ者はどうしてか互いをいがみ合っている。だから、この件に触れていればいつか会える筈。……それに」
「それに?」
「アイツは、きっと俺となんて関わりたくないでしょう。これ以上無理はさせたくない」
そう答えると、まおうサマは神妙な顔をして
「キール。一つ問いたい」
「何です?」
「貴様には今、何が見えている?」
今度こそ咎められる気がした。
見えているのかもしれない、この人には。俺の弱さが。
「外だけではない。内も含めて、貴様は今何を見ている?」
「ニアが笑って暮らせる世界。それだけは変わっていないつもりです」
自信を持って言える事はこれだけしかなかった。
「忘れるなよ。此処にいる全員、お前に惹かれて此処にいる。
頭ではなく、しっかりと自分の目で理解しろ」
「……はい」
情けなくて自分を殺したくなる。でも、それはもう少し後の話。
弱さは見せるな、やるしかないんだ。
全部上手くやる、どんな無茶を通してでも。
「俺は近い内旅に出ます。早く終わるものでもないので、建国計画には中途半端にしか関われない。
それは流石に嫌なので、今建国計画に関わっている人の中から王を決めて欲しいんです」
「全てにおいて急な話だが把握した。だが、ワレはキール、キサマが一番適任だと考えている。だから代理を決めるのはどうだ?」
「……代理、それもアリですね。わかりました、一旦代理の方を決める方向でお願いします。俺からは以上です」
かくして、会議は解散した。
結局俺はこの人の優しさに逃げることしかできなかった。仕事という言い訳をして、汚い自分の心に蓋をして。
この場に残ったのは俺とじいさんの二人、あとは画面上の里長さん。共有すべきことが終わっただけで大事な話はまだ終わってないからな。仕方ない。
これから俺は、その続きを話す。
腹を括ったのを理解したのか、先にじいさんから口を開いてくれた。
「さて、お二人さん。色々聞きたいことはあろうだろうが……何から聞きたい?」
そうだな、折角の機会だ。
初手は一番の疑問をぶつけてやろう。
「おじいさん。貴方、いつの時代の人間ですか」




