第16話 力に囚われた男
「強いて言うなら、君の元仲間の同僚かな。どうぞよろしく」
まどろっこしいセリフを手土産に、黒づくめの男は親睦でも深めるかのように握手を求めて来た。
冗談じゃねえ、こんな奴と誰が仲良くなれるか。俺はそれを払い、距離を取って身構える。
「何のつもりだ」
「君と友達になりたいと思ってね。プレゼントは素晴らしかっただろう?」
「プレゼントってあの貴族達が? 正気かお前。誰がそんなもんで喜ぶ」
「おや。既得権益に溺れ、民から徴収を重ねる悪者を残さず懲らしめたんだ。これこそが人の求める理想という奴じゃないかな?」
「懲らしめるのは理想だろうよ。けれどアレは懲らしめじゃない、ただの虐殺だ」
こいつ、ストーリー・テラーの差し金か?
その偏った思想、アイツが語ったクソみたいな演説にそっくりだ。
「お気に召さなかったか、それは残念だ。けれど予想出来たよ、君はやっぱり潔癖だ」
「これが普通の感性だ。人が死んで喜ぶ奴がいるかよ」
「それが憎むべき悪の権化であったとしても?」
「本当にまどろっこしいな。何が言いたい」
「君の知りたい情報を持っている。ストーリー・テラーの居場所。
……おや、とんでもなくおっかない顔になったね。まるで獲物を見つけた殺人鬼のようだ。それが普通の感性から生まれたものなのかい?」
「どうだろうな。でも、これだけは言える。お前相手なら普通じゃなくても良さそうだ」
蛇の叡智も止めに入る様子はない。俺の意見に賛同してくれている。
そうさ、その名前を出したなら、信憑性が付いてそっち側の奴だと暴露したも同然。こうなるのなんて解ってる筈だ。
だったら俺の事だって分かってる筈だよな。
「さっきまでの正義感の強い優男が嘘みたいだ。血を求める悪魔のように瞳孔が開ききっている。殺気も充分、目が眩みそうだ。ふふふ、やはり貴女の言った事は正しかった」
「吐かせてもらうぜ。お前の知ってる情報、全部。――反物質形状記憶球壁」
全身から粘液を放出し、俺と男を覆うように透明の膜を作り上げた。
ここは反物質によりこの世と断絶された世界。この膜を壊さない限り、もうコイツは逃げられない。
男は俺から距離を採ろうとバックステップを決め込むが、
「なるほど、逃げ場を消したのか」
「情報を吐かない限りここから出さない。覚悟しろよ、おちょくった罪はデカいぞ」
「それは困るな。でも、君といる時間は他の愚図よりもずっと有意義そうだ――なッ!」
消えた直後、眼前に迫る拳。視界を全て覆い尽くし、ゆっくりと俺の体へ減り込む。力が伝わり、顔に痛みが生まれ、肉が潰れたような音の後、俺は吹っ飛ばされた。
反物質形状記憶球壁に叩きつけられ、強制的に衝撃がゼロに緩和される。
この膜が無ければ、この城の壁一発でぶっ壊れてただろうな。
「……無傷か、やはり貴女と同じ。恐ろしいな、夢幻技術というものは」
潰れた顔を回復させ、ゆっくりと体を起こす。
「その力、人間辞めてるだろ。機械によるものか、なんなのか」
「語る必要はない。身を持って知ってもらうからね」
そう言うと、男は俺の背後に回りもう一度拳を振りかぶった。そして放たれた一発は空を切り、バランスを崩して前のめりになったところを足払い。倒れた所に、
「外法雨毒」
右腕が枝分かれし、刃となり、そうして生まれた無数の刃が男を貫き、叩きつける雨のようにひたすら男の体を串刺しにしていった。
顔以外原型も留めない程にぐしゃぐしゃに潰された男は、残った顔で俺を睨み上げる。
「もう動けないだろ。知ってる事大人しく吐け。殺しはしないが、抵抗するなら相応の痛みを伴ってもらうからな」
「ふ、ふふふ。俺をコケにしてるのか」
「力の差だ。知ってるなら解るだろ、並みじゃ俺には勝てない」
「俺を並みだと語るか。思い上がりも甚だしい」
そう言うと、男の首下から大量の導線が飛び出し、四方八方に放たれた。そして触手のように俺を突き破ろうと次々と迫る。
それを掻い潜るように避け、距離を取り直すと、今度は導線が欠損した体を補填するように集まり、ゆっくりと新たな体を構成し始めた。人の形を取り戻した男は、
「俺は力を得た。そうしてあのお方に認められたのだ。路肩の石とは違う。凡人などとうに超えたのだッ!」
導線で出来た両腕を伸ばして鞭のように撓らせて、それぞれ無造作に振り切った。
もはや鞭の形した剣だというレベルでドームの中を縦横無尽に駆け巡る。
避けに徹してたが、死角からの一撃が横から突き刺さり俺の体は真っ二つに。内、上半身だった部位がびしゃあと水みたく床にぶち撒けられた。
「力の差と豪語しておいてその程度かな? 格下の俺からこんな目に遭わされた気分は……」
お前だけじゃないんだぜ。復活できるのは。
床にぶち撒けられた液体が元の形を取り戻すよう自発的に集合。そして野晒しになった下半身とくっついて、斬られる前の無傷の状態で立ち上がる。
「こんなん日常茶飯事だ。どうとも思わん」
「……面白い」
それからはしばらく飛び道具合戦が続いた。
男は右腕を分離させ、弾丸みたく放出。追撃に伸縮自在の左腕をぶん回して逃げ場を削ってくる。
それに対し俺は氷柱を飛ばして邪魔くさい右腕を除去。隙を見計らって畳み掛ける作戦を選んだ。しかし、右腕の復活スパンが滅茶苦茶早い。破壊しても復活しては俺の退路を消しに襲い掛かる事の繰り返し。
ラチがあかないので今度は左手を潰してみるが、やはり右手同様直ぐに復活。とにかく手数が多く鬱陶しい。
さっきから延々と続く同じ攻防のやりとりに、いよいよウンザリしてきた頃、
「どうだ? この攻撃の応酬、とても避けられまい。何時までその涼しい顔を保てるかなッ」
それを聞いて率直に思ったのは、『あー、コイツやっちまった』だった。
多分この発言が無ければもうちょっと善戦出来ただろうに、非常に惜しい事をしてしまったよ、ホント。
気持ちよくなっちゃったんだろうな。煽るうえで一番やっちゃいけない事の一つをコイツはやらかした。
お陰で俺はコイツへの怖さはもうゼロである。
じゃあ、今以上に畳み掛ければ力負けしてくれるんだな。
「情報ありがとう。じゃあ、締めにさせてもらいます」
反物質形状記憶球壁の上から全てを喰らう庭を生成し、光も音もない真っ暗闇な世界が完成。
当然このままだと俺も敵が見えなくてジリ貧になることは確実。
なーんて。そんなリスク抱えたまま視界を殺すなんてしませんよ。
どういう理屈かは知らんが、コイツは俺対策として熱を放出しない仕組みを持っている。
というのは、殴った感触はある筈なのに熱検知に引っかからなかったからだ。
初見殺しも良い所だけど、俺に時間与えすぎちゃったな。もう色々準備は整ってんだ。
俺の熱検知は確かに敵の熱を情報として扱う。
けどよ、お前が熱を放つ必要は無いんだぜ。
心の中で解除と唱えると、みるみる内に視界で赤い靄が作り上げられた。その靄がより鮮明になり、映し出されたのはわかりやすく狼狽える敵の姿。
俺の熱検知は知りたい情報の熱を見る。例えば、お前に撒いた毒液とかな。
そいつ目掛け、棘やら氷柱やら飛び道具の弾幕をひたすらぶっ放す。何十秒も絶え間なく、いたぶられる姿が映し出された。
その後、闇が解除される。
地べたには体がグシャグシャに潰れ、顔半分のみになって顔を歪める姿が。
「ナ、何故だ、何故ここまでも力の差があるというのだッ。俺は全てを捧げたというのに、こんなっ……」
取り合えず会話能力だけ残ってればいい。後は細工も何個かしてやったからさっきみたいな復活はもう出来ない筈。
これから、じっくりと尋問させてもらいましょうねえ。
「さて、お前の持ってる情報全部吐いてもらうぜ」
そうやって男の元に歩み寄ろうとした時、
男は不敵な笑みを浮かべて。
「殺れ、ギーブル」
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