第14話 試練
一本道を遮るように現れたのは、青染めの高そうな服を着た猫背の男。くすんだ金髪を地面に垂らし立ち塞がる。その顔は最早痩せこけ、生気すら感じられない。
但し、男の目は刃の様に鋭利。壁に張り付く俺を射抜く程の鋭さを見せていた。
音の阻害を解除。壁から男の前へ降りて、
「なんだ、まだ人が居たのか。良い子は寝る時間だぞ」
「フフフ、オレガヒトカ」
俺の軽口に対し、男は歯茎が浮き出る程口角を吊り上げて笑った。
「アア、ソウダ。オレハヒトダカラ話セル。兄トハチガウ」
その言葉にただならぬ雰囲気を感じた。対峙する俺を男は無言で見つめ、少しだけ間を置いたかと思えば神妙な様子でポツポツと語り出す。
「欲トハ際限ノナイモノダ。幾ラ求テモ本当ノ意味デ満足スルコトハ絶対ニナイ。一ヲ得ヨウトスレバ、二ヲ求メ、三ヲ求メ、ソレガ無間地獄ノヨウニ止マラナイ。仕舞イニハ自我ヲ喰ワレタ怪物ヘト成リ下ガル」
「何かのおとぎ話みたいだな。教訓でも教えてくれるってか?」
「ソレモイイカモシレナイナ。オレハヒトダカラ」
何度も自分を人だと口にし続ける、何かを噛み締める様に。人にでも執着してるのか? コイツ、一体何があった。
「……デモ、イズレ怪物ニナル」
「怪物って、何かされたのか?」
言葉の単語から連想される一生忘れられない記憶。
薬漬けにされ体が不自然に肥大し、暴走を繰り返す人だった者達。体が壊れても自我を壊され、ただ本能のままに誰かを傷付け続けた。
そんな人達と同じ目にコイツも遭わされたって言うのか? けど、その問いに男は答えてはくれなかった。
「サテ、此処迄来タトイウ事ハ、オ前ハ選バレシ者ダトイウコトダナ」
「何の話か知らないけど、俺は悪さするテッペンを懲らしめに来ただけだ。アンタの期待に応えられる人間じゃないぞ」
「ソレデイイ。此処ニ居ル事ニ意味ガ在ルノダカラ。オレハオ前ヲ試サナケレバナラナイ」
「戦うってのか? 穏便に終わらせたいんだけどこっちは。お互い人間なんだし話でケリ付けようぜ」
「ソウ言ッテクレルノカ。カッカッカ、変ワッタ奴ダ」
「敵意が感じられないからな。そういう人が相手なら穏便に解決したいのが人の情ってもんだろ」
「……ソウダナ」
真っ黒の液体とか人外代表の見た目しといて良く言うもんだ。でも、それでいい。こうやって図々しく居た方が楽だということも経験から学んだ。
自分の聖域は崩さない。それだけで精神もいくらか落ち着く。
「ナラ、人ト言ッテクレタオ前ニ頼ミガアル」
「聞くだけ聞く」
「コノ国ヲ救ッテクレ」
吊り上がった口を震わせて、吐き捨てる様に男はそう言った。
飽くまでも全ては告げず、それでもわかって欲しい。そんな夢物語でも願っているんだろうか。
わかるよ。言葉にして全部上手く行く世界なら、こんなクソみたいな事にはなってない。だったらもう同じ景色を見ている奴に期待するしかないんじゃないかって。
システリアでも同じ事を思ったよ。色んな局面で何度もそう思わされたよ。
だからこそふと思う。
こんな世界、守る価値があるのか。
失敗したんだろうな、俺は。
何も考えず、欲に踊らされず、目の前の事にだけ注視していれば舞台に立つことはなかったし、皆を舞台に立たせることはなかったのかもしれない。
そうして生まれさせられた皆の声が悪夢となって今の俺を駆り立ててるんだとしたら、俺は自分のケツを自分で拭いているに過ぎない。
何時までも子供じゃいられない。義務は果たさなければならない。どんなに逃げたところで、与えられた課題は解き続けなければならないのが人生なのだから。
「任せろ。その為に此処へ来た」
「ソレヲ待ッテタ。デハ、始メヨウ」
顔を無表情に戻し、男は左手を横に翳した。
途端、左手付近の空間が縦に裂けた。
そこからゾロゾロと大量の機械が現れ、そして男を隠すよう横並びに整列していく。
帝都で見かけた人型や鳥型他に、蜘蛛に似た八足の新種もいる。大抵が俺より一回り大きい。中でも蜘蛛型の機械は廊下の向こう側全てを隠す程の大きさだ、とんでもない図体してやがる。
「……信じられねえ量だな」
男が機械の群れで全く見えない。
それを見越してか、機械達はキュイーンと高音を響かせると、それぞれの持つセンサーを赤く輝かせた。無数の光が餌を求めるようにゆらゆらと蠢き、全ての照準が俺へ向けられた時、
『対象者補足。排除対象、殲滅』
警告音を喧しく鳴らして機械達が急接近。一斉に俺目掛けて襲い掛かって来た。
振り上げた刃が照明に照らされて鋭く輝き、鉄の雨のように降り降ろされ――
「反物質形状記憶鎧」
鉄の雨は俺を透過した。
反物質形状記憶鎧はあらゆる衝撃を全てゼロに緩和する。そして俺そのものを形質変化し攻撃を透かすことで、あたかもすり抜けたかのような錯覚まで生み出す。
「おっかない性能しているねえ。冒険者だったら死んでるよホント」
「ヤルナ。流石選バレシ者」
「どうもッ、けどここから先は企業秘密とさせてもらうよ。全てを喰らう庭」
体から粘液を大量放出すると機械達へ覆いかぶさり、光一滴も差さない闇の世界を作り上げ、敵全てを幽閉した。
その後、体内から毒液を領域一体に拡散。
オプションの熱検知により視界に赤い靄が浮かぶと、次第に色合いを除いて普段の視界に近いレベルでくっきりと敵の姿が映し出される。
で、こっからが性質付与の真骨頂。
散布した毒液に新たな力が加わる。
それは、
「解除、融解分子剣」
鍛え上げられた魔族ですら簡単に溶かしてしまう強酸。それは金属製の機械ではひとたまりも無く。
スカスカになった金属が、ひしゃげ潰れるような音を延々と立て、比例して熱反応も消え失せた。接近を一切許さず三分の一を消すことに成功。
『敵戦力、測定不能。限定解除、殲滅開始』
生き残った機械達の外殻が次々と剥がれ落ちていく。骨組みが剥き出しになり鉄パイプで繋げたような簡素な体へ変わり、小刻みに動き始めた。
シュン。
音が聞こえた瞬間、人型機械の一体が目前まで接近。ステップで後ろに引こうとすると、頭上から別の人型が踵落としを繰り出した。
体を前方の機械の軸足に絡みつかせ上からの攻撃を回避。そのまま接着した敵の足を融解分子剣で溶解。
バランスを崩して倒れた所に残った足を掴んで、迫る機械達目掛け無造作に振り回す。
鈍い感触と共に機械達が遠くに吹っ飛ばされるのを見て、そのまま掴んでいた奴をぶん投げて追撃。ガシャンという鈍い音と共に一部が巻き添えを喰らって大破。
そして、敵との間にスペースが出来た所、全身から強酸を混ぜた棘を生成。
周囲に一斉放出、敵にぶっ刺さり爆散。
「まだいるな。残り二割って所か?」
生き残った機械達の熱反応を感知。回り込んでたのか横から二体のパンチが迫る。
案外機械ってのも学習しないらしい。俺はそこから一切動かず、
ガキィーーーーーーーーーーーン。
機械達の拳が交差し、それぞれの顔面に衝突。ぺしゃんこに凹んだ顔面からプシュウと音を立てて崩れ落ちた。
後は人型に戻り、一体ずつ殴打と蹴りのコンビネーションで各々をぶっ壊して回る。
逃げようと機械達は後ろに引くが、それよりも早く間合いを詰めて、ミドルキックをぶち込んだ。
全てを喰らう庭と挟まれ衝撃が一点に集中、腹に風穴を空けられ遂に再起不能となった。
「後はお前だけだな」
残りは外殻を厚くしたのか、初見より一回り大きさが増した蜘蛛型の機械。前足二本を飛ばして初手を仕掛けて来た。
が、
「融解分子剣。性質付与、反物質形状記憶鎧」
蜘蛛型に向けて吐いた毒霧は、放たれた前足の穴を経由して敵の内部に侵入し、
『殲滅、失敗。被害甚大――活動続行不可。電源供給フ、カーー』
シュウン。という空気の抜けた音と共に一切動かなくなった。その後、毒霧によって内部は溶解。分厚かった体がヨレヨレになって萎んでしまった。
「これで全部だな」
全てを喰らう庭を解除。
ゆっくりと暗闇が消え、城内の景色が露わになる。
ぐしゃぐしゃに潰れ、溶けてデロデロになってしまった機械達の残骸。残りはもう、いないようだ。
「オ見事」
「試練ってのはこれで終わりか?」
「アア、オ前ハ強イ。十分コノ先ヲ通ルニ値スル」
そう言って、拍手と共に通路の脇に捌けていった。
その横を通り過ぎようとした時、男はさも興味深げに
「ソノ力、最早人ノ域ヲ超エテイル。ドウヤッテ手ニ入レタ?」
「さあね。1回死んだら覚醒してこのザマだよ」
「ソウカ。ナラ、オ前ハアレト同類ナノカモシレナイナ」
「同類じゃない事を祈ってるよ。さっさと仕事を終えて家に帰りたいんだ」
「フフフ。国家転覆ヲ仕事トハ思考スラ人間離レシテイルカ。面白イ」
さっきからこの人、俺に滅茶苦茶興味深々じゃん。心なしか血色も良くなってる気がするし。
でもまあ、そんな事はいいか。俺の仕事はこの人の御守りじゃない。ケネルをぶっ倒して戦争を止める。
もう人間がどうこうってレベルじゃないし明らかに暗躍している奴もいるけど、そんなもんかち合ったらぶっ飛ばすしか解決方法はないからな。
侵入前と同様にもう一度深呼吸。肺の中に新鮮な空気が入り、頭の熱が発散していくのが解る。穏やかな精神と共に平常運転に戻った俺は、気持ちをフラットにして奥へと一歩踏み出した。
「ドウカ、アノ男ニ神ノゴ加護ヲ」
そうして地獄へと進む俺を、見えなくなるその時まで男は見守ってくれた。
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