第10話 限界
「ここが、兵士団寮か」
見上げた先には、赤の外壁を纏い、ドームみたく膨らんだ屋根が乗っかった一棟の建物。アドリアナで見た建物と雰囲気が似てる。
その兵士団寮の門と建物を繋ぐように、縦一列に並ぶ複数のアーチ。鎧を着た兵士達はその下を通って、俺達を追い抜いていく。
ヨウ君の情報によるとブスタン帝国の総力は40万程度。内、5パーセント程度が兵士団寮の各棟に収容されているらしい。
結構な人数が入るわけだからどれ程の規模かと思っていたが……
「やっぱデカいし綺麗だな」
「見てくれだけだよ。中は割と酷い」
「店主さん、知ってるんですか?」
「まあ、ちょっと色々あってな……」
百人以上を収容できる施設。その中でも帝都から一番遠い場所がここな筈なんだが、それでもこんなに出入りが激しいのか。やっぱ帝都周辺なだけあって人口もそれなりらしい。
……って、あれ。じいさんは?
「うおおお、押される押される」
波に飲まれるように遠くへ流されていくじいさん。真っ白な頭がほんのちょびっと見えて消えての繰り返し。おいおい、何やってんだ。
急いで人垣に埋もれていくじいさんを引っこ抜く。ぜえぜえと息を切らした後、真っ青な顔で感謝された。本当に何やってんだ。
ふぃー、と一息着くマイペースなじいさんを後目に人の波は次第に形を潜め最後にはすん、と静まった。
荷物も持った、忘れ物もない。
これで中に入る分には大丈夫だ。
「よし、行きますよ」
俺の合図に応えるように二人は後ろを付いてくる。
「……せめて別々で動きません?」
「その必要はないじゃろ。検問も超えれたしの」
それ、偽装手形とか用意した俺達の賜物です……
が、余りにも無垢な笑顔を見せ、元気にはしゃぐじいさんと店主さん。残念ながら今の俺に制御できる力もないし、言って聞かせるのも無理筋だ。止む無く三人で突入することに。
中に入ると店主さんの言った通りで、中は表に比べて随分と老朽化していた。壁に所々穴が開き、床にヒビがチラホラ。病人らしき人影は特になかった。
「店主さんここの兵士だったんです? 詳しいですね」
「いや、酒を売ってたんだよ。この寮で」
ここでまさかの事実。
詳細を聞いてみると、廃業する前に店主さんはよく兵士団寮に行って酒を売って回ったらしい。というのも兵士達の趣向品が酒らしく、帝都周辺都市であるヘラステナは他の村や街より物価がかなり高い。とても一兵士で手を出せる金額ではないので、そこに目を付けた店主さんは村で売ってる金額より少し高値で酒を売りさばいてた、とのこと。商売上手いなこの人。
「って事は、内部事情にも結構詳しかったり?」
「売ってたのは数年前だよ。果たして知り合いが今もいるかは……保障できねえよなあ」
2、3年もあれば戦争でいなくなる場合が殆どか。
けれど、店主さんの知り合いがいるなら情報を引っ張り出せるはずだ。
「取り合えず、知り合いがいたら儲けものですし。一通り散策して見つかったら連絡お願いします」
俺の提案に二人は了承。そこら中をうろついて4階まで見て回ったが、道中見つけたいくつか部屋は全てもぬけの殻だった。
うーん、こんな人と会わないってあるのか。ひょっとしてさっき出ていった人達の中に従業員も入ってたとか? ぐぬぬ。先が思いやられる。
そう思った矢先、店主さんが診療部という場所を提案してきた。何故かを尋ねると診療部には怪我を負った兵士たちが複数療養していて、療養中の身だから金に困ってる奴も多い筈だから。だと。
乗った。
このまましらみつぶしに人探しするくらいならずっとこうした方がいい。
最初からそうすればよかった、と若干の項垂れを表に出して、直ぐに気持ちと方針を切り替える。で、色々考えた結果、俺達は診療部を目指すことにした。
店主さん曰く診療部は1階にあるらしい。先に言ってくれよという愚痴を喉元までで封印し、大人しく来た道を戻り2階への階段に足を踏み入れようとした――
直後、頭になだれ込む文字の羅列と騒音。
余りの情報量に頭が破裂するような痛みを覚え、ひたすら嵐の様な時間を耐え続ける。それは痛みから形を伴い映像となって、俺にむかって囁かれたのは
『ずっと信じてたのに』
『誰も殺さないと言ったのに』
『お前は偽善者だ』
『何で僕を置いてくの。ねえ』
『力がないと糾弾されておいて、お前もやってるじゃないか』
『嘘つき』
『お前のせいだ。こうなったのも、全部――』
『殺してやる』
『殺してやる』
『殺してやる』
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』
ああ、声が聞こえる。顔が見える。屍になった皆が呻き声を上げて集ってくるのが嫌でも頭に流れ込んでくる。
いつもの夢だ。
どうしてだ、俺はちゃんとやってる。
ずっと私欲を消して働いてるじゃないか。今まで大丈夫だったのに、どうして。
頭の中で定まらない思考がぐちゃぐちゃに混ざり合って、脳内を無理やりかき回されるような嫌悪感。
もっと上手くやってれば、こんな事をして何になるんだ、もう数えたらキリがない位に人の失態を仲間達に吊し上げられて。
そして、誰かと関われば関わる程ソイツらの視線が増えていくんだ。あ、外野がまた二人増えた。
鳴り止まない怨嗟。それは留まる事を知らず、心臓のような形をした俺の精神らしきものが抉られ、串刺しにされ、踏みつけられ、引き千切られた。ぐしゃぐしゃになった精神からは噴水のように血が噴き出してゆっくりと潰れていく。
激痛で立ってられず倒れ込み、早く終われと願っても、永遠にも思える程ひたすら痛みに晒され続けた。聞くだけで辛いことを何度も、何度も、何度も、それで――
夢なんだ、幻なんだって心の中で唱え続けて。とにかく、とにかく嵐が去っていくのをただただ耐え続けて、
静寂。
後、生暖かい吐息が耳元から骨の髄まで染み渡り、
『精々今を楽しめ。必ず、地獄に堕としてやる』
『ひとりだけ逃げられると思うな。裏切られ、捨てられ、全て失って消える。それがお前の運命だ』
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
『解凍率10%。既知のエラーにより異常終了。復旧迄――時間。自動回復機能実行により対策、問題なし。復旧完了次第解凍再開』
眩しさに目が痛み、思わず目を開けると、覗き込むように店主さんとおじいさんの顔が俺を見下ろしていた。
……あれ、俺診療部に向かってた筈じゃ。
何で俺は寝てるんだ。
ってか、ヤベエ時間が。慌てて立ちあがろうとすると、
「――ガッ!?」
身が縮こまるような激痛に襲われた。どっと力が抜けて強制的に仰向けに戻される。身動きが取れない、こんなタイミングでとか本当に最悪だ。
「動くな、お兄さん。体に障るぞ」
「流石にあんなもの見せられちゃ、放っておけねえぜダンナ」
「……俺は、一体?」
「ここは診療部の病室さ。あんた、倒れたと思ったら血相変えて発狂したんだ。助けて、助けて、助けてってずっと大声で喚いて」
何それ、超ホラーなんだけど。
って茶化してやりたい所だがそんな気力もなく、さっきから体に全く力が入らないし悪寒がずっと酷い。軽口を言えるほどコンディションは宜しくなかった。
つっても急がなきゃいけないのは事実な訳で、
「もう大丈夫です。時間がないんで」
無理矢理体を起こそうとすると今度は店主さんに力尽くで抑え込まれた。本来なら簡単に退かせる筈なのに万力と相手してるのかと思う位成す術もなかった。
どうする事もできず抵抗を諦めてベッドに身を預ける。大人しく回復に専念することにした。
静寂が続く。二人は俺の元から離れようとしない。
それは俺を見守るようなそんな優しい物には見えなかった。
監視みたいなもんだ。これ以上俺がやらかさないように最新の注意を払ってるんだと、対象の俺ですらわかる程にこの二人の視線は俺に集中していた。
しばらくの沈黙の後、最初に口火を切ったのはじいさんだった。
「何故、儂が付いて来たか分かるか」
「いや、そんなもの……」
「こうなることが解っていたからじゃ。言った筈じゃぞ、この力は『呪い』だと」
何も言えなかった。
思えば、この力を手に入れて幸せだと思ったことはあっただろうか。確かに生き返る? ことは出来て、家族にも会えたし仲間にも出会えた。
でも、それが全てこの力のお陰かと言われれば素直に同意できない。首を縦に振るには余りに多くの修羅場と地獄が待ち受けていたからだ。
じいさんは知っていたのかもしれない。俺と同じ経験をして、俺と同じ地獄を見て来たのだとしたら。
その末路がわかってるから、こうして手を差し伸ばしてくれているのかもしれない。そうであってくれたなら、嵌められるよりは多少マシだと思う。
そう思わないと整合性が取れない位にじいさんの表情は慈愛に溢れていて、それでいて告げられた言葉はどんな狂気よりもずっと深く突き刺さった。
「お兄さん、もう戦うのは辞めろ」




