第8話 仕事として、人として
「……そろそろ時間か」
「もう、行くかの? もう少し残っていってもいいんじゃないかの?」
「はい、大丈夫です」
「その割にはダンナ、滅茶苦茶顔色悪いぜ。本当に大丈夫か?」
「はい。お気になさらず」
本日のお仕事である帝国救出作戦。
その待ち時間は酒場で会話して嫌な予感だけ植え付けられて終了。言葉にするだけで死ぬ程後味が悪い物に。
とはいえ、これ以上のんびりしてたら五時間というタイムリミットに間に合わない。
俺自身を知る的な意味では良かったけど仕事に必要な情報は殆どなしっていう最悪の結果だ。次の手を打たないと……
「じゃあ、短い間ですがありがとうございました。これで失礼します」
そう言って、酒場を後にする。
一人になった俺は再び浮浪者の痛い視線を搔い潜りながらアドリアナを散策。
ボロボロの人ばっかりだ。
放っておくのが申し訳なくなる。だけど、ここで立ち往生するわけにはいかない。まずは帝国近辺まで移動して、現状把握しよう。それで――
「何で付いてきてるんですか?」
「ほ?」
いや、ほ? じゃねえよ。
しれっと着いてきたらしいじいさんと酒場の店主さん。それもすげえ綺麗でラフな服装という、場違い過ぎる服装。そのせいで、浮浪者達の視線が一斉に俺達へと集中した。
目眩がするわ、何邪魔してくれてんだこのおっさんズ。
というか、店に残ってたんじゃ……?
「いや、面白そうだったんでつい」
「ちょっと待ってください。遊びじゃないんですよ。友人の命が――」
「上辺だけ知っても現状は把握できないぞい」
「そうそう。それに、この国良くしてくれるんだろ? じゃあ協力しない訳にはいかねえよな」
ぐうの音も出ない正論だ。現地人がいるだけで情報収集の精度が跳ね上がるのもまた事実。
いや、何で筒抜けになってんだ俺の作戦。
思考停止であんぐりと口が開く間抜けな俺に、肩をポンと叩くじいさん。
「儂を出し抜こうなぞ、百年早いぞい」
ああ、コレ昔を思い出すわ。
俺の意思に反して他の人達が暴れ散らかして計画が全部オジャンになる奴。それで勝手に話が進んで、大抵悪い方向に転がっていく最悪な奴。
嫌すぎるデジャブに苛まれながら、結局どうすることもできない。ので、しぶしぶ二人を連れて歩くことに。
但し、服装だけは絶対に周りと合わせるように念押しした。これ以上注目されて作戦に支障が出ちゃたまらん。だから、結局また酒場へ戻るハメになるわけだが、何故かじいさんはそれを止めた。
「ちょい待ち。儂に考えがある」
「いや、早く着替えないと目立つんですって……」
「まあ、安心せい。儂の乗り掛かった船じゃ。協力させてくれい。それに」
それに?
「それくらいチョチョイのチョイ、じゃ!!」
じいさんは俺達を路地裏に連れて行って、掌から茶色の丸い球体みたいなものを生み出した。
「何ですか、これ」
「儂特性、『使うだけで周りに馴染めるすんごい薬』じゃ」
なんだその微妙なネーミングセンス。
「えいっ」
白い眼を向けた俺そっちのけで地面に叩きつけると、球体はパカリと割れて真っ白な煙が俺達を包み込んだ。
喉に煙が入ってむせていると、煙は風にかき消されてじいさんと店主さんの姿が露わになる。
二人の服装からは小綺麗さが消え、ヨレヨレで汚れが付着した上下――言い換えれば、すっかりこの村に溶け込める正装に変わってしまった。
「どうじゃ?」
「すげえ……けど、この汚れって落ちるのかじいさん」
「水で簡単に洗い流せるぞい!!」
「さすがじいさん!! 何者か知らんが凄え!!」
これが夢幻技術の力ってかよ。デタラメ過ぎて何も言えんわ。
当事者の俺が言うのも何だけど、この力理不尽にも程がある。
半ば自分のペースで仕事が進むのを諦めながら、すげー。と気の抜けた声で同調するしかない俺。
二人はキラキラした目で「次の目的地はどこだ?」と迫ってくる。いや、決まってるけど。決まってるんだけどよ……
もう、認めるよ。
俺の周りにはほんっとう破天荒な人しか集まらないらしい。
アドリアナを後にした俺達は次の目的地、ヘラステナを目指した。
ヘラステナは帝都の周辺都市。ブスタン帝国の中で最も人口の多い区域になる。
普通なら働き人が多くライフラインの充実している帝都の方が多い筈。しかし、そうでない理由としてある仮説が立てられている。
それはブスタン帝国の歴代国王が極度に疑い深く、腹心とそれ以外を隔離している。それが色濃く反映されているのがヘラステナという噂。
帝都に貴族以下の階級は住み込みできない。それは例え王族が抱える侍女や騎士であっても変わらない。
居住権のある人は貴族以上の階級だけで、それに属しない人はヘラステナに住まわされるらしい。
いわゆる城下町が都市レベルに拡大したような、そんな形式なんだと。
ってことで、俺達はこうして長い長い道のりを進もうとしている訳だが。
「あの、この人達誰ですか?」
関所前で待機してもらっていた運転手さん。眉間に皺を寄せて、今にもプッツンしそうな顔で後部座席を指さして俺へと詰め寄る。
「すげえ、こんな乗り物初めて乗った!!」
「ほっほ、この快適さ懐かしいのぉ。座席もフカフカで腰が痛まんのじゃ。現代の乗り物とは大違い!!」
そりゃあそうですよねーっ。潜入捜査とか言っといて得体の知れない人間二人持ち帰ってるんですもんねっ。いや、立場が逆だったら俺もそうします。わかります、ほんっとうに良くわかります!!
どーどー言いながら落ち着いてもらって、
「いや、道中で拾いまして。自分でもアホだってわかってるんですけど、そうも言ってられなくなりまして」
だって、このじいさん俺より遥かに強いんだもん。ここで殺されたらたまったもんじゃないし。それに俺が駄目っていっても無理矢理付いてくるし。
それ、わかってくれるよね? ね?
うるうると涙目で同情を誘うと、運転手さんはバツが悪そうに、
「貴方が大丈夫ならそれでいいと思いますけど。任務に支障を来すのだけはやめてくださいね」
「はい、肝に命じます。あの、お二人とも。本当に頼みますよ……?」
「任せろい!!」
「任せるんじゃ!!」
無理だろ。隠密作戦なんだけどこの二人どう見ても素人だし。
じいさんは確かに底知れないけど、好奇心の塊過ぎて隠密行動には無理があるし、店主さんに至っては最早一般人だし。
しかもこの人人間だよね? 魔族絶対嫌いだよね。
神様って本当に何でこうも俺に試練を与えるんでしょうか。思わず頭を抱えましたよ。
で、俺はこの面子でどうやって上手くやり切ればいい?
知るかバーカ。
「発車しますよ」
「すみません。お願いします」
時間は待ってくれない。なるようになるしかない。
っていうのが、俺みたいな弱者にとって一番嫌いな展開だったっけな。
雑魚にとって一番辛いのは臨機応変を求められることだ。何でって、そりゃあ自力が弱かったら対策を思いついたところで、全部ひっくり返って何もできず犬死にがオチだからだ。
今の力が使える前は、そうならないように色々調べたり走り回ったっけなあ。
人ってのは変わる。それが強くなったからなのか、弱くなったからなのかは分からない。
ただ、今の俺はあの頃と違うのだけは確かな訳で。出来ることが増えた部分もあるし、減ったものもある。
アドリアナからヘラステナまでは車で約一時間程度。
これで三時間は消費したことになるから、聞き込みで残された時間はあと二時間。
タイムリミットに対し、俺に残された鍵は現地人の店主さん。そして、俺の上位互換であるじいさん。
この人達をどう活かすか、残り一時間で考えろ。
あとは、なるようにするだけだ。
時間は止まらない。
だから俺も、止まってられないんだ。
俺達を乗せたこの世界の異物は、どるん、と唸る音を立てて、平地の中を走るのだった。
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