第7話 十二の業と一の戒め
「人の業……この力が?」
「力なんてものは争いしか生まん。持っていたところでしょうのないものじゃ」
言い得て妙だと思った。
確かにこの力を得たことで、ようやく俺は幸せになれるんだ、やりたい事ができるんだって思ってた。けれど、待ち構えていたのはより苦しい現実って奴で、平和なんて大それたことを考えたばかりに世界の闇って奴にどっぷり漬かってしまった。もう、平和のことを考えていないと平常心すら保てない。
それが今の俺。
そんな奴が果たして幸せなのか、と聞かれたら二つ返事で首を縦に振るのなんて到底無理だ。
「神を模造し人智を超える。そんな妄執と酔狂に取り憑かれて、それが人の業と言わずして何と呼ぼうか」
はじめてじいさんの本心に触れた気がした。
さっきからずっと余裕のある印象だったのに、伝わったのは明確な怒りと悲しみ。
「さっきからすげー難しい話してんな。俺にゃ到底わからん。ロクに飯も食ってないんだから当然といっちゃ当然なんだけどよ」
降参、と店主は両手をバンザイ。スキルなんて使えればいい、位にしか思ってなかったからまるで話についていけないんだと。
「そういえば、店主さんもスキルって使えるんですか?」
「へ? ああ、熱を作る能力だよ。とはいっても常温を保つ位だけどなあ。あ、ちょっとバカにしたろ」
「いやいや、してないですよ。自分は元々スキルを持ってなかったんで」
「ハァ? スキルってのは16歳で手に入らなかったら、もう手に入らんだろ」
「儂らはちょっと特殊での。スキルの発現時期が他とは違うんじゃよ」
「そんなもんなのか。へえ…… ま、スキルだなんだって言った所で結局ウマい飯が食えることが一番幸せなんだ。今回の飢饉でわかっちまったよ。肝心な時、一番役に立つのは結局飯とか家とか、そういう根本的な何かなんだってな」
「お主の言う通りじゃ。何の憂いもなくのんびり過ごす日常こそ、本当の意味での幸せなんじゃ」
違いないな。
ウマい飯を食って、家族と団らんして、仲間と夢語って、ふとした時に空を見上げて「ああ、暇だなあ」とか呟く一日の方がいっちばん幸せなんだ。
こんな強い力を持った所で大事な物一つ守れないんなら、何のためにあるのかって話だ。
「けど、酒を作る時には重宝するんだぜえ。こんなヘッポコスキルでも捨てたもんじゃねえよなあ」
ニカッと笑う店主さん。
つられて俺も、じいさんも笑ってしまった。
ああ、眩しいなあ。
俺には店主さんがとても眩しく見えた。
さっきまで飢えに飢えてどうにかなってしまいそうだった筈なのに、そんなことも忘れて今はとても楽しそうに俺達と一緒に笑ってる。
果たして俺に、店主さんと同じようなことが出来るんだろうか。……出来てたら、今頃こんなウダウダ悩んでるわけないか。
でも、またこんな風に笑えるなんて思いもしなかった。もうずっと笑ったフリで一生を終えると思ってたし。
そのお陰かな、思い出したよ。何で俺がこんな思いをしてまで旅を続けているのか。
ニアを二度と苦しませたくないとか、大事な奴がいなくなってほしくない。とか、色々あるけどもう一つ。
結局俺は、こんな楽しい時間を大切な誰かと共有したかったんだなって。
俺、やっぱりこの力の事何も知らない。
知る術がなかったのもあるけど、知ることをためらっている自分も確実にいた。それもまたツケの一つなのだから、今の内に清算しなきゃ駄目なんだろうな。
というか、よくよく考えたら俺達人間って意外とスキルについて無知すぎやしないか。
俺も元々は無能力者側だった人間だ。それなのに夢幻技術って存在も知らなかったし、そもそもスキルを使える奴がどうやって発動してるのかもわからん。
幻聴さんからスキルは人工的産物だと聞いた。じいさんも夢幻技術は神を模造した力だって教えてくれた。
何かがあるということは、必ず理由があると二人共教えてくれた。その原点に絡むのは――
ああ、終わりたくない。この時間が。
でも、これを聞いてしまえばまた現実に戻されるんだ。
戻りたくない。もう、あんな思いしたくない。
それでも俺だけのうのうと生きるなんて、できるわけないよな。
「全てを知り、全てを能う……それと何か、関係ありますか?」
じいさんの目の色が変わった。
「お兄さん、それはどこで知った」
やっぱりそうだ。ああ、もう戻れない。
「そこで見つけたプレートみたいな奴に書いてありました。確か名前は……」
「クオンタム研究所か!?」
「知ってるんですか?」
その問いに、今度こそハッキリと顔を顰めて「知ってる」と答えた。
クオンタム研究所――あの砂漠で里長さん達と見つけた遺跡だ。俺達人間や魔族の知らない言葉が羅列された不思議な場所。
あそこには神威餌の知識が情報として残されていた。俺達の知らない機械という文化もあった。それは間違いなく今生きている俺達よりも遥か昔に存在した文化の名残。そこにもやっぱり人という存在がある。
じいさんはあの研究所を知っていた。あそこには神威餌がある。俺達の共通点は夢幻技術。
まぐれにしては奇跡的過ぎる。そこに集約するのは――プロジェクト・ユピテル。
神を模造して人が作り出した力。それがプロジェクト・ユピテルであり、その結果が夢幻技術なのだとしたら。
「お兄さん、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「は、はい」
駄目だ。逃げたい、逃げ出したい。
今俺は最悪な仮説を組み立ててる。こんな事あり得ないって思ってる筈なのに何故か筋道が通ってる気がする。いや、何言ってんだ俺は。こんなの仮説に決まってるだろ、嘘八百に決まってるだろ、何ありもしないこと考えてんだ。
落ち着け。落ち着いてくれ。頼むから。
「な、なあ。じいさん」
「何じゃ?」
「断ってくれてもいいんだ。し、知らないって言ってくれてもいいんだ。俺は知らないでいてくれた方が嬉しい。だけどどうしても聞かないと話が進まないって思いこんじまってる」
言ってて頭が真っ白になる。というか、何を言ってるかもわからん。全く頭が整理できてない。
どんどん体中から力が抜けて、冷や汗がぶわっと噴き出したような、凍ってしまいそうな錯覚に襲われる。でも、聞かなきゃ。聞かなきゃダメなんだ。
「おい、ダンナ。ちょっと落ち着けって。腹括れてないんなら無理するもんじゃねえぞ。何を聞きたいのか知らねえけどよ」
そう言って俺をカウンター側に移動させ、席に座らせてくれた。
ゼェゼェと荒い息が響いて止まらない。それが俺から発したものだという実感がわかない。それでもフラフラとした倦怠感と焦燥感は一向に止まない。
俺、そんな危ないのか?
「それは、もう少し後に聞いた方がいいじゃろう。お兄さんには大事な仕事があるんじゃろう?」
「でも、これ以上引っ張っても……モヤモヤが残るし、そんなもの」
もう逃げたら駄目だって決めたのに、それから先の言葉が出ない。声が出ない。
こればっかりはスキルのせいじゃない。俺のせいだ。
わかってる。恐れてるんだ、俺自身が。
あと一歩。そこまで差し掛かった時。
俺はふと、何故かあの言葉を思い出した。
『安易な選択程、身を滅ぼします。忘れないでください』
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