第6話 夢幻技術
只一人、その異様さを知っているのは俺だけ。
震える俺が異常者みたく思える程に店内で何か起きた形跡は一切ない。そのうえ、店主さんは俺とこのじいさんを見比べては呆けた顔を晒している。
聞き間違いでなければこのじいさん、確かに蛇の叡智と口にした。
当然ながらその名を外に漏らしたことはない。知っているのは幻聴さんだけ。ニアだって知らない。
それなのに、名前すら当ててみせた。
後は、全部が焼き尽くされて、力とか信念とか大事なものを根こそぎ奪われるような実体のない暴力。
いや、もう自分で言葉にしても意味がわからん。というかあれが殺気って何だよ。誰が殺気だけであんな錯覚まで生み出せるんだよ。体が竦むなんて生易しいものじゃない、明確に『死』を意識させられた。
「顔つきが変わったの。そういうことじゃ」
こんな唐突にやってくるもんなのか? 体からどっと力が抜けるのが分かる。
ああ、嘆きたい。
このじいさん、夢幻技術持ちだ。
「納得してくれたかの?」
呑気な問いに、黙って頷くことしか出来なかった。
……落ち着け。ここで日和ってる訳にはいかないんだ、平常心。平常心に戻れ、俺。
「何故この町に?」
「まだ無事な同志が現れるとなれば重い腰もあげるわい」
さっきから耳に残るセリフばかり言いやがるな。
このじいさん、何か知っているのか?
「そう焦りなさんな。言った筈じゃ、儂はお兄さんの味方じゃと」
「何故、そう言い切れるんです?」
「言葉にする必要があるかいの? お兄さんが一番わかっているだろうに」
透かされてるか。というより、そうなるように誘導されたんだろう。
単純明快。このじいさん、信じられん位強い。それも俺なんかじゃ歯が立たない位には。身動き一つ取れなかった。あのストーリー・テラーですらこんな事にはならなかった。それなのに威圧一つで俺の戦う意志はポッキリ折れてしまっている。
格の違いって奴だ。あの爆風みたいな圧力で一瞬にしてわからされた。自分で言ってて悲しくなる。
それにしても手っ取り早いってそういうことかよ。確かに俺みたいな疑り深い奴を黙らせるには実力を示すのが一番だけどよ。まだ、俺が生きている。それが証明だとか乱暴にも程がある。
ただ、幸いなことに今の時点で俺をどうにかしてやろうとは思ってなさそうだ。
味方になる、という言葉を全て信じられる訳ではないけど、敵ではないってのは信用してもいいのかもしれない。
そんな中、退屈そうに俺たちを観察していた店主さんが口を開いた。
「さっきから良くわかんない話してっけどよ。俺にもわかるように話してくれねえか? 蚊帳の外は寂しいぜ」
「悪いけど店主さん。これはちょっと――」
「儂はいいぞい。良い酒の摘みにもなるじゃろうて」
じいさん、正気かよ。
思わず目を向けるとじいさんは軽くウインクをして、早速質問を仕掛けてきた。
「まず手始めに聞かせてもらおうかの。お兄さんは夢幻技術をどう認識している?」
「何って、そりゃあ理外の力だと……」
「理外なモノ等この世には存在せん。あらゆる物事には全て意味がある。儂も、お兄さんもそれは変わらん」
いつか聞いた言葉だな。
何かがあるということはそこには必ず意味があると。今にしてもやたら哲学的な言葉だと思うけど、他人事じゃないとこうも重く感じるか。
「夢幻技術はこの世界において特別な存在。それはわかるかの?」
「そこは大丈夫です。性能から見ても他よりも圧倒的だと思いますし」
「なるほど、そういう見方もあるの。では、もう一つ質問じゃ。夢幻技術と、それ以外のスキルにはどういう違いがあるかの?」
「やっぱ馬力が違いますね。とにかく他を圧倒できる印象です」
「それもそうだが、明確な違いが一個ある。それは夢幻技術には他のスキルにないある制約があるということじゃ」
これもまた見せた方が早いのお。そう言うと、じいさんは握り拳を作って店の床を思いっきり殴りつけた。直後、床から樹木や蔓がうねる様に飛び出し、店内全てを覆い尽くし始めた。
「は、はあ!? おい、じいさん。何してくれて――」
「大人しくせい。すぐに終わる」
店主さんが止めに掛かろうとした途端、今度は生やされた樹木達が炎に包まれ侵食される様に炭へと変わり、粉微塵となって風に流されるように外へと消えていった。最後には跡形もなくなり、店内が壊れた形跡も全くない。幻覚でも見せられたように。
「……お、おれは夢でも見てるのか?」
「夢ではないぞ店主さんや。これは一種の自浄作用じゃの」
「は、はあ……?」
「自浄作用って何ですか?」
「ほう、知っていると思ったが。そうだのお、自浄作用とは夢幻技術特有の制御系統でのお。所有者の行動に反応し、この世界の秩序を乱す行為をしたなら、自動的にスキルの発動を無効化する仕組みを持っておる」
「それって例えば人に攻撃しようとすると、その人の家族みたいな幻が出てスキルが発動できなくなる……ってのも当てはまりますか?」
「形式はどうであれ、突然発動できなくなるのであれば立派な自浄作用。夢幻技術にしかない特性だのお」
これまで色々なスキルを持つ冒険者達に出会ってきたけれど、自浄作用なんて聞いたことが無かった。同類と出会っても人の命を弄ぶ化け物みたいな奴だったし。
でも、このじいさんは話ができそうだ。どうしてか理由もなく怒りを覚えてしまうけれど許容範囲内。これ位落ち着けばどうにかなる。
夢幻技術って奴の正体が分かれば、ひょっとするとストーリー・テラーの居場所も掴めるかもしれない。
そうすればニアだって帰ってくる。そうすればきっと――
『本当に、それでいいのか?』
何だよ。じゃあ他にどうしろってんだよ。
やり残したこと、残ってるって? 言っただろうが、それをやったところで何かが変わるのかって。
『後悔、しないんだな?』
わかった口聞きやがって。だったら後悔しない道って奴を教えてくれよ。
平和って奴を考えてないと満足にモノも考えられなくなっちまった俺によ。
割り切って前に進め。
全部捨てるしか道はないんだよ。
「聞かせてくれますか。この力って一体何なのか」
知りたくない事ってのは、いつも知らなければいけない事だ。
だから俺はあの日逃げたツケを支払うんだ。もう、誰も苦しまないように。苦しませないように。
全部、終わらせる為に。
「夢幻技術とは、人の業。つまり『呪い』じゃよ」
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