第4話 現地巡礼
あの日以来、寝る時に必ず見る夢。
仲間と呼ぶ、もしくは呼んでいた人達が向ける白い眼と罵倒の連鎖。
失望した。がっかりした。最低だ。
数々の思いをぶちまけられ、喋ることもできない俺はただ無表情でそれを受け止める。
たまには文句の一つでも言ってやりたいが、布を縫い付けられたように口は動かない。
ただ黙って受け止めるしかできない夢の世界で、言いたい事を吐き出すと必ず俺の前から去っていく。
そのシーンを何回見たことか。そして、
『ゴシュジン』
決まって最後に現れるのはコイツだ。コイツに限っては何を言っているのかわからない。落書きで黒く塗りつぶされた目元、音も無く流暢に動く口だけで一体何が分かるってんだろうか。
『ゴシュジン……』
ずっと一緒にいたからだろうな。それだけは読み取れた気がした。
どうした、俺はここにいるぞ。
さっさと言いたい事吐き捨てろ。そんで、いなくなれよ。
『――』
罵倒すればいいだろうが。全部俺が悪いんだろ。
もう、それでいいよ。だからさっさとご自慢の鋭利な爪で――
『……か―――、――る』
俺を、殺せ。
翌日、俺はヨウ君から渡されたリストをなんとなしに眺めていた。
早く済みそうな案件と、時間が掛かりそうな案件をざっと洗い出して、早く済みそうな奴から片付けようという魂胆である。
というのも、ヨウ君は俺の能力を鑑みて1件に対してどれ位の期間で達成できるかを計算して渡してくれるんだ。弾き出された数字には殆どズレがない。
彼の雑用スキルは本当優秀だと関心する。そんな彼の算出した1件に対する所要時間は、およそ半日。なお、この1件とは、ひとつの戦争を終わらせるという意味での1件である。
「これ、マジ?」
「はい。キール様なら問題ないかと」
「根拠は?」
「民衆が乗り気でないこと。扇動しているのは独裁政権の一派のみだからです」
「それを潰せば終わるってことか。残党がいたらどうする?」
「現状把握に5時間、残存勢力の洗い出しに5時間、全員の処分に2時間という予測です。後は残党集めの方法も考えています」
そう言うと、ヨウ君は耳打ちで残党の集め方とやらを教えてくれた。
自分でも顔が引きつるのがわかる。こんな方法やっちゃっていいのか。いや、蛇の叡智の専売特許だけども。
「出来るだけ被害は最小限に、かつ派手に見せた方がプロモーションとしては効果が高いです」
「は、ははは……君、本当に賢いね」
「いえ、それほどでも」
涼しい顔でえげつない事をやってのける。是非とも正式に仲間へ引き入れたい反面、絶対敵に回したくないと心からそう思った。
一通り打合せが終了したので、必要な荷物を揃え屋敷を出た。その先で出迎えたのは、入り口付近でエンジンを吹かしながら停止する細長でなだらかなフォルムの車体。
里長さんの乗っていたゴツめの黒い奴と違って、人を乗せるのに必要な機能以外は全部取っ払ったような、紫色の薄いボディに仕上がっている。
その横で待機している魔族の方、どうやら彼が今回の運転手らしい。
鈍く光る車にカッケエと感動していると、運転手さんに急かされるように車の助手席へ座らされた。
……現実に戻ります。
「くれぐれも、安全運転で」
今後の将来を賭けたささやかな本気の願いを、運転手さんは「任せてください」と手軽にシャットアウト。
本当に大丈夫かという心配を遮るかのようにドルン。と唸るエンジン音。
「気をつけて」
無表情でご挨拶するヨウ君に、冷や汗ダラダラで首を縦に振る俺。あの里長さん陣営から送り込まれたこの運転手、果たして技量はいかほどに。
「じゃあ、発進します」
「オ、オネガイシマス」
気持ちの整理もろくに出来ないまま、恐怖の二人旅が始まった。
今回被害が発生しているのはフィアット公国。魔族領と人間界を分断する山脈の麓に位置するこの国。
冒険者の界隈では魔族領へ踏み込む前の最終拠点と言われていて、人間に対しては中立を掲げているので長年国同士の戦争を退けてきた。
が、それが今滅亡の危機に瀕している。隣国であるブスタン帝国の度重なる侵攻が原因だ。
元々フィアット公国は小国でありながら、人間が経営する国家の中でも有数の戦力を持っている。それも国から勇者を選定し部隊を用意し、国のセールスポイントと掲げる位には。
国を挙げての活動なので、俺らみたいな冒険者を都度補充する訳ではなく自前の戦力を作り上げている。当然ピンキリではないし、腕の立つ冒険者より強い奴もゴロゴロいる。
戦力もあり、人間界の悲願でもある魔王討伐にも意欲を持ち、物資補充の拠点も担っている以上誰も手出しできないし、したくない。
だからフィアット公国は他国と中立条約を結び、大国の圧力を避けながら潤沢な資材や戦力を持ちつつ、一定の立場を築いていた。
が、そのバランスは突如崩壊する。
ブスタン帝国が中立条約を無視してフィアット公国に進軍してしまったわけだ。
理由は即位した皇帝ケネルによる暴走。見栄と金と女が好きという、皇帝にしたら間違いなく国が亡ぶワードトップ3を兼ね備えたとんでもなくやべーやつ。
そいつが事もあろうか、フィアット公国を我が物にしたいと言い始めた。
ブスタン帝国の忠臣達は必死に考えた。
国を挙げて魔王討伐を掲げるフィアット公国は一騎当千ばかり。戦力だけなら大国とも渡り合える。闇雲に数を揃えたところで脳死での宣戦は自殺行為だ。
しかし逆らえば一族もろとも殺される。ケネルは気に入らない奴を容赦なく排斥する性分だ。
勝ち目が薄すぎて中には亡命を考える人間もいたが、故郷を捨てたところで地位が無くなるだけ。その後の暮らしなんて何の保証もない。
路頭に迷うか殺されるくらいなら一か八かに賭けるしかない。そう思った忠臣達は、やむを得ず進軍を選択。とはいえ、まともに戦っても勝ち目はない。寝首を掻く為にフィアット公国を徹底的に調べ上げた。
結果、魔王討伐作戦が決行されるという情報を得た。現に、フィアット公国は魔王討伐作戦で主戦力が多く出払っている。弱ってる今こそ、千載一遇のチャンス。
そして今、開戦の狼煙があがっている。
というのが、ヨウ君の情報。
今回戦争をしたい奴はケネルと、ケネルから恩恵を得ている奴ら位。忠臣達からも評判が良くないのは文面からも伝わる。
ケネルを叩けば、この戦争は終わる。
「着きました」
「へっ!?」
一瞬の出来事でビックリしていると窓から外の様子を確かめると、とぐろを巻いた四つ足の龍が描かれた旗が関所の上で何本も揺らめいている。あれはブスタン帝国の国旗だ。
その証拠に車付属の時計も一時間弱経過していた。
「あ、ありがとうございます……」
あまりの快適さに全く気づかなかった。それに揺れない、飛ばない、気持ち悪くない。しゅごい……
俺達が到着したのはブスタン帝国。フィアット公国ではなくここを選んだのは、親玉を叩いた方が早く終わるから。
ボヤを鎮火しても残った火元のせいで別の場所に引火してしまうし、そこに目を取られて右往左往していると状況は悪化するだけ。それを防ぐ為には、取り巻きによるケネルへの供給をストップさせ、身動きの取れない本丸を叩く。
突発的な戦で無理をしている以上、しわ寄せは民衆に向かっているはずだ。数多くの不満が生まれているのは間違いない。
ここで元凶を潰して名乗り上げれば、より多くの人達が俺らの建国計画を支援してくれるかもしれない。
これは、俺にとっても千載一遇のビッグチャンス。失敗なんてしてられない。
「……行くか」
さあ、気合い入れろよ俺。
わくわくヒーローショーの開始だ。
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