第3話 ダイブ・イン・ヘル
火傷するような熱意を胸に今日を生きる人は、きっとどんなものより美しい。
体が衰え、魂が荒み、瞳に陰りが生まれようが、焼土の中で踊り狂う姿は、ある種見る人を惹きつける何かがあるからだ。
真似というモノはあらゆる生物が行っている。人も同じように色々なモノを真似ている。
そうして、己に利益をもたらし、また次のステージへと進む。
あの踊りを自分ができたなら。
きっともっと多くの人を魅了できるかもしれない。そうすれば、自ずと顔が売れてもう一度逢えるかもしれない。
だから、真似をしよう。
その代わり、もしこの体が焼け爛れて不燃物になったとしても、この心臓が負荷に耐えきれず破裂しても、どんな結末を迎えてもひたすらに踊るんだ。
踊れ、踊れ、踊り続けろ。
その日まで、この美しくも薄汚い微笑みは絶やさない事を誓え。
鏡の前の男は随分と冴えない顔をしていた。
肩まで伸びた金髪はスカスカの体力ゲージみたく、ひどく萎れている。日々の徹夜がたたって目元の隈も痛々しい。寝ろって怒られても寝付けず、夜更かししまくった哀れな20歳の姿である。
うわぁ、とあくびをすると、目の前のアンチャンも同じようにあくびを始めた。気が合うね、仲良くなれそうだ。
どかり、と椅子に座って自室で昨日やり残した書類整理にいそしむ。
俺は魔族領のとある屋敷を借りた。
人間界との境に位置するこの土地は、砂漠に囲まれてるせいで他の区画とは断絶されている。しかし、付近に地下水脈、半径数キロ圏内に人間の暮らす街があるお陰で、食料調達もそれなりに出来、生活排水にも困らないから割と不自由なく暮らせてる。
そして俺は、そこに構える屋敷の一室で仕事をする事になった。というのが現在。
いつか幻聴さんと話した建国計画。
それをまおうサマに話してみると思ったほか好反応。太陽みたくキラキラした目で任せろと言ってくれた。気を使っていると思って再三同じことを尋ねても、返答は変わらず『オッケーだァ。任せろ!!』
いい人過ぎるだろ、誰だこの人世界の敵とか言った奴。
そういう訳でまおうサマの恩恵により、こうして衣食住整った生活をさせてもらっている。
内心、あまりにもとんとん拍子で話が進むから胃が痛い。
世直しに繋がるならやってみようと発起したとはいえ、国を作る以上そりゃあ大勢の人が動く。人間界で言うなら建国手続き、人材派遣、国の周知……その他もろもろ。ひとりではどうにもならない問題が沢山生まれる訳だ。
それらがクリアされて形になっていくのは凄いと同時に尋常じゃない重圧がのしかかる。リーダーなんてやったこともない奴がいきなり王様を名乗るんだ、ビビッてもしゃあない。許してくれ。
いっそのこと経営とかチャチなことしないで暴力で支配ダァ! で解決するかと言えばそんなこともない。
蛇の叡智は悪事が嫌いだ。もし、それをやってしまおうもんならあっという間に能力が没収される。
すると、どうなるか。
雑魚、無能力者、性格も悪いお手軽サンドバックの完成である。そんな未来、俺は望まないっ!!
まあ、そういう訳で蛇の叡智については色々調べたとも。能力の特性とか、現状がどういう状態であるかとか。それで分かったこともある。よくよく考えたら、自分の力も満足に知らないで使い続けるとかかなり命知らずだしね。
ただ、肝心の幻聴さんとは全くやり取りできていない。ここ最近ずっと聞こえないんだよな。色々質問しても返事がないんだ。幻聴さんが居てくれた方がかなり助かるんだけど、こうなった以上仕方ない。
それからは、まおうサマの尽力もあって着々と準備が進んでいく。俺みたいに人望のない奴が国を作ったところで人が集まるわけない。なら、顔が広い人に力を貸してもらう他ないわけで、絶賛魔王城の皆さん他多数に協力してもらってる。皆凄い頑張ってくれているんだけど、一人とても優秀な奴もいて――
コンコンと扉がノックされる。噂をすれば、だな。
どうぞ、と言うと扉がゆっくりと開き、薄手の鎧を身に纏った一人の青年が姿を現した。
「失礼します」
彼の名前はヨウ。首元まで伸びた真っ白な直毛と灰色の肌が特徴の魔族だ。
建国計画を立てた時に魔王軍から派遣してもらった兵士で、俺の元でサポートに従事してもらっている。
諜報部隊に居たらしいので主に情報収集を任せてるんだけど、これがおったまげる程の大当たり。信じられない位他国の情報を引き出してくれた。以来、事ある毎にお世話になりっぱなしで、ずっと頭が上がらない。
「キール様。本日の収穫です。イスキエルダ公国とブスタン帝国が間もなく開戦します」
「ありがとう、お疲れ様」
ヨウ君から手渡された紙束に一つ一つ目を通す。
うわーお。近々開戦が予想される国々を一覧にしてくれてるけど、これ普通に二百件以上はあるんじゃね。
「俺達の仕事は当分消えなさそうだ。飯もたらふく喰えるね」
「そうですね。キール様は出向される予定で?」
「おう、半分は俺が引き受けるよ。残りはお前らに任せた」
「相変わらず馬鹿げた戦力ですね。日頃の努力が無駄に思えます」
「いやいや、それこそ馬鹿げてるでしょ。君達がいなかったらこうして国造りすら出来てないんだから」
「それもそうですね」
この子、ちょっとトゲあるくね?
繊細なんだから優しくしてよね。大の大人が泣く姿なんて見たくないでしょ? 目尻に涙を浮かべて上目遣いしてみると――
「……何か?」
「イイエ、ナンデモナイデス」
ふざけんなって話ですよね。仕事しろって事ですよね。大変申し訳ございませんでした。
これ以上ふざけると冷ややかな目で氷漬けにされそうなので、軽く咳払いをして仕事モードに切り替える。
「ちょっと一緒に見てほしいんだ」
「どうしたんです?」
ヨウ君に一枚の用紙を見せてみる。
「これは……」
「良い感じでしょ?」
「そうですね。遅れる可能性もありましたが、皆よくやってくれています」
彼に見せたのは建国までのお手製スケジュール表。各工程とそれにぶら下がる小工程を洗い出し、タスクを可視化する事でしっかり進捗を管理。無理のない締め切りを引くことで、メンバーの負荷も最小限に抑えられる。
昔旅をしていた時も、こういうちまちました作業で心象のボーナス稼ぎをしてたもんだ。無能力者は肩身が狭いからな。狭いから……うぅっ。
そんな苦く悲しい過去に反して予定は順調、どころか当初想定していたスケジュールより二割増しの効率を叩きだしていた。綺麗な結果に満足した俺はスケジュール表を机の引き出しにしまう。
仕事してんなあ、俺。冒険者やってたとか嘘みたいだ。
嘘であったら、そう思う毎日だよ。
「……ニアは?」
「駄目でした。申し訳ございません」
「いいや、大丈夫だよ。いつもありがとう」
そう言うと、一礼して部屋を離れていった。
あれからニアは見つかっていない。
建国作業前は自分の足で探していたけれど、ストーリー・テラーは痕跡すら残さず俺の前から姿を消した。
「……ッ」
鋭利に尖らせた右手で自分の大腿を一刺し。焼き付く痛みで冷静さを取り戻す。
イカれた行為なのは自覚している。だからこの様は誰にも見せていない。引かれるの目に見えてるし。
俺はあの日全てを失った。鮮明に覚えている、嵐の出来事だった。
乗っ取られたニアが目の前にいておきながら、助けることもできず喚くだけしかできなかった。こんな雑魚、何度も殺してやろうと思った。どうすれば強くなれるかも必死で考えた。
メシを食べても味がしない。今まで好きだった飯屋の散策も辞めた。仕事以外でも誰とも会話しない。それ以上の気力がない。
これが幻聴さんの言っていた最悪の事態なら、本当に最悪だよって愚痴りたくなる。
もう、誰もいない。
日々を生きなきゃいけない。果たしてその必要はあるのか。その狭間で惰性に生きる毎日。
違うな、これ以上考えても答えなんて一つしか出てこないんだ。当然、それは周りの人が求めるものではない。
もっと考えるべきことがあるだろって? わかってるさ。
今更どんな顔して会えってんだ。こんなどうしようもない奴が。
全部わかったところでどうしようもない。それから逃げるようにまた仕事に没頭して一日を消化する。ひとりぼっちは久々だなと、無理矢理心に区切りをつけて。
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