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竜に喰われてやり直し  作者: 木戸陣之助
第四章 全てを知り、全てを能う
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第1話 俺氏、知らない内にハメられる。

 暗闇に紛れ、冷えた夜の砂漠を歩く人影。

 正体である女は苛立っていた。


 冷や汗と涙のせいで顔に髪が張り付いて取れず、とにかく退けようと顔を(こす)るも、風の強さも相まって流砂までこびり付く。

 取っても取っても消えない汚れに、平常心で蓋をした苛立ちと焦りが表情にまで浮き出る始末。

 

 道行く人なら誰もが見惚れる色取り取りの星空。

 だが、それは今、女にとって恐怖の対象でしかない。


 全く気が休まらない状況下、光が差さず、かつこの身を隠せる場所を死に物狂いで探している。

 そうしないと、()()に見つかってしまうからだ。


「なんで、なんで。全部計画通りだった」


 ウェーブのかかった茶髪が横風に合わせて激しく揺れる。

 装備品のとんがり帽子や黒いローブ、杖、ミリスという名前は不要になった時点で、即廃棄した。

 計画が失敗に終わった以上、女にとって冒険者時代は犬の糞のような黒歴史。消し炭にしてやらないと気が済まなかった。

 

 そういう経緯で、現在身に付けているものは体にフィットする無地の黒スーツのみ。夜に動くことを意識した為の軽装。


 思いつく限りの対策は十分に打った。

 それでも彼女の気は晴れず、何かに怯えながらもようやく見つけた廃墟に身を隠す。


「こ、ここまで来れば……」


 一息つけたからかどっと肺から息が漏れ出した。勢い余って気管に唾が入り込む位には。

 咳が止まらず床に倒れ込み、体を丸め口を抑えてどうにか音を殺すも、壁の反響で肝が冷える悪循環。


「……くそっ、最悪だ」

 

 抑えていた手を開けると、そこには血まみれの掌が。

 それでようやく理解した。

 いくら子供といえど相手は魔王。気づかない内に相当なダメージを喰らわされていた。

 

 女は最後の最後で任務に失敗した。

 上からの指示は遂行が絶対。それが出来なければ使者を送られて再生工場(スクラップ)行き。

 それができなかった以上、狙う側から狙われる側に変わるのは自明。

 

 全部上手く行ったと思っていた。

 それが何だ、このみじめな敗走は。


 この任務は当初、女に与えられるものではなかった。

 当初彼女がこの任務を引き受けた時、外野からは場違いだとか、能力不足だとか散々罵倒された。

 心を許せる仲間なんていない、全員が女を下に見て奴隷のように扱う輩ばかり。


 そんな組織で下位の自分が成り上がる為には、無理をしてでもデカい仕事を引き受けなければならない。

 それを自覚していた女は、顔を踏みつけた足を舌で舐め、日々の罵倒にお礼をし、求められれば身売りする。上層部の気に入る事を全てこなした。


 忠誠心なんてなかった、全て己の野心の為だ。

 野心を胸に歯を食いしばりながら、決して表には出さず地獄を耐え抜く日々。


 薄汚れていくプライドに嘆いている暇はない。

 こんなところでは終わらないと毎日自分を叱咤してやり過ごす。そうだ、全部は成り上がった後で取り返せばいいのだから。


 そんな苦痛の時間を過ごして数年、女にようやくチャンスが巡る。

 絶対に失敗しない、助力もいらない。

 そう豪語して、野心を伏せて旅に出た。


 事前説明として夢幻技術(オリジナル・スキル)についてはいくつか情報を与えられた。


 夢幻技術(オリジナル・スキル)は能力が発現しない限り無能力者と変わらない。19歳の誕生日を迎え、その時にある条件を達成する事で発現する。


 その為、夢幻技術(オリジナル・スキル)を所持している可能性のある人間は、特級戦力になってしまう前にいち早く処理をするのが定石、と。


 とはいえ、この組織が表舞台に出るのはご法度。

 もし、しくじれば確実に組織から消される。

 それならばと、人間のフリをして標的と接触する作戦に切り替えた。敵地の中心に送るよう手引きして、自分の与り知らない所で勝手に死んでもらう方向、これが一番定石だと考えたからだ。


 女にとって人間はそこいらの獣や魔物と大差ない存在だ。

 色目を使えばすぐに堕ちるし、少し善意をちらつかせれば簡単に尻尾を振る。

 そこに知性があるかと問われれば女の答えは迷いなくノー。なら、そういう役割をこなせば自然とうまいこといって掌の中で転がってくれる。そう踏んでいた。


 そういうことを繰り返して三年。

 演じた役が魔王討伐を夢見る冒険者一行から一定の信用を得ていたこともあって、それなりに根拠のある回答だと自負していた。


 アレを除いて。


 標的であるキール・シュナイダー。後二名はオプション。道中で死んでくれればそれでよし。生きていれば利用する。ついで標的が死ねばボーナス。

 実際それを狙って激戦区を洗い出し衝突するよう何度も仕向けた。


 それなのに、


「死なない……全然死なない。クソッ、クソッ、クソォッ」


 信じられない位にあの男はしぶとかった。

 国同士の戦争に送り込んでも何故か戦争自体が終息。自然災害が起きる村へ誘導しても村人含めて全員無傷で避難に成功。


 意味が分からなかった。どんなマジックを使っているんだと発狂しそうになった。そのフラストレーションに比例して、キールという男は着々と実績を上げていく。


 無能力者は人間にとって揶揄されるべき存在だと聞いていた。それなのに、本人は悪評だと決めつけている様子だったが知名度や名声は他の誰よりもあった。

 それにもう一人の男もどういうわけか一目を置き始めている。奴と一緒に居た女は言わずもがな。


 このままでは、失敗する。

 そう思った女は、決死の覚悟でクオンタム研究所から神威餌(アンブロシア)と装備品を奪取。

 口車にのせて二人に神威餌(アンブロシア)を喰わせ、ゆっくりと組織を分断。キールの孤立を目指した。


 事はうまく運んだ、それも予想以上に。

 わずかな亀裂は日を追うごとに深くなり、機が熟したところで竜の元へ連れていく。これでチェックメイト。

 女の頬が吊り上がる。完璧な作戦だという自負からだ。


 後は魔王に二人を挑ませて、やり合っている最中に逃げる。そうすれば全部丸く収まり、晴れて好待遇が手に入る。


 はずだった。


『どうした。死んだはずの仲間が生きてて嬉しいだろ? 喜べよ』


 嬉しい? 冗談じゃない。どうしてお前が此処にいるんだ。

 背筋が凍った。竜に喰われて生きられるわけがない。()()()()()ならば。


 その後発現した、奴の夢幻技術(オリジナル・スキル)

 人間の体が紫の液体に変化すると、足蹴にされようが剣で刺されようが無傷。腐っても究極技術アルティメット・スキルを持つアランを涼しい顔で無力化させる。

 

 デタラメな力で全部無駄になった瞬間であった。


 物陰に隠れてみすぼらしく生きている自身と、覚醒してこれから喝采を浴びるであろう標的を比較する。

 何故、自分だけこんな目に合うのか。やり場のない怒りでどうにかなってしまいそうだった。


 だが、ここで終わるわけには行かない。

 例え組織からつま弾きにされようとも、吐かれた唾を飲み込む事になっても……


「必ず、返り咲いて見せる」


『いいや、ここまでだよ』


 充満する嫌な寒気。耳元からの声に一斉に脳がアラートを放出する。

 今すぐ逃げろ、今すぐ逃げろ。そういう文字で思考が埋め尽くされる中、もたつく足に鞭を打ってその場を離れようとするが。


「……う、動かない」


『暴れるのは良くない。体に応えるからね』


 全身が何か強靭な()のようなもので固定される。体が全く動かない。

 直後、紐状の何かは磔に変化し女を吊し上げた。そして、足元の闇から()()が浮上する。

 闇に蠢くソレは黒い霧で覆われ、人の形をしている以外何も情報が見えない。


「好奇心が強いのはいい事だけど、無鉄砲なのは玉に瑕だ。きれいな体に傷がついてしまう」


 口調こそ失敗を慮る物だが、その言葉の意味を女は知っていた。アレは優しさなんかじゃない、気狂いの言葉遊びだ。

 喉からひゅうと空気の漏れる音がする。これからの結末を想像すると、とても正気ではいられなかった。


「も、もう一度チャンスをください」


 女の願いにソレは、歯を剥き出しにして口元を三日月に歪ませた。

 

 女はとても間が悪かった。

 彼女の持ついたいけな生存本能は、最悪のハズレを引き当てた。


『向上心のある子は好きだ。なら、そうならないようにもっと調整が必要だね。任せてくれ』


 違う、そんな事が言いたかったんじゃない。曲解されていく意思表示に体の震えが止まらなくなる。

 

 どうしてだ。自由に暮らしたいだけなのに、何故運命は自分の邪魔をするのか。

 女は許せなかった。何故、自分ばかりがこういう目に遭わされるのか。


「靴を舐めますっ、体だって差し出しますっ。望みあれば国を襲って金銭も直ぐに用意します。だから()()だけは、アレだけはっ!!」

 

 僅かに残ったプライドすらかなぐり捨ててまで吐き出した生への渇望。

 しかし、女には最初からそんな権利持たされていなかった。


『怖がられるのは心外だ。善意なのだから君はゆっくりと身を委ねるだけでいい』


「嫌だ、いやだあぁ……」

 

 ソレが手を(かざ)す。

 すると、拘束した紐状の何かが纏わりつき、顔を除いた体全てを蓑虫(みのむし)の如く包み込んだ。


 闇へと沈んでいく中、女は恐怖に満ちた形相で助けを求めた。

 それは、かつて自身が地獄へ落としてきた者達の表情とまるで同じ。


 最期、女の耳に残る一言は。


『さあ、化粧(メイク)の時間だ』


 叫び声は届かない、砂漠の風に流されて。

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