第28話 やり直しの結果
やれることはやった、正しい事をした。
選択は間違ってない、話せばみんな納得してくれる。
運が悪かっただけなんだ。だから――
だから、なんだよ。
俺の手元に残ったのは何だ?
ヒーローは遅れてやってくるとか言う奴がいたけど、今ここで起きているのはヒーローに待ち受けた仕打ちには到底思えない。どう考えても神様とかいう上から偉そうにモノを見るバカが、俺に課した罰にしか見えなかった。
魔王城の表面は大破。中の様子は剥き出し。
土砂降りの雨によって、干からびた土地が嘘みたいに潤っている。
倒れている仲間達。かろうじで息をしている人もいたけど、中には手遅れだった人もいた。
バハムートは茫然と立ち尽くして動かない。声をかけても反応すらせず、震えた声で「済まない」と呟き続ける人形になっちまった。
洞窟で死ぬ前の俺みたいだ。戦えるわけがなかった。
「久しぶりじゃないか。ニュー・ビィイイイイイ」
最悪の事態は続く。
異常気象の中心で、見せしめのように両手を広げ高笑いする真っ白な体をした中背。暴風になびいて乱れるブロンドの長髪。
始め見た時と姿形は変わっても、本能とか言う眉唾な存在で俺はしっかりと理解していた。
こいつは、ストーリー・テラーだ。
幻聴さんの言う通りなら、復活にまではスパンがあると言っていたはずだ。
それなのに、鵜呑みにしたなら確実に起こり得ない出来事が現実になっている。
何でだ、何でこうなってる。
夢だよな? そうだよな、夢だよこれは。こんなの、夢以外にあり得るかよ。こんな都合よく全てひっくり返るような最悪にクソみたいな展開、あってたまるかよ。
どれだけ俺達が体張って頑張って来たと思ってんだよ。
やることなすこと全部命がけだったんだぞ。それなのに、得られる収穫も全然ねえ。それでもバカみたいに世界を飛び回ってよ。世界平和とか、そんな大層なことやってやろうとしてんのによ。
これからまおうサマに戦利品を渡して、柄にもなく自分で国を作るとかそんな計画立ててたのによ。
叶うはずだろ、都合がいい世界なら。とんとん拍子で上手くいくはずだろ。
なあ、何で俺だけこんなのばっかりなんだよ。何で俺ばっかりこうなんだよ。
あ。
「は、はははははは。あはははははっはははあああああああ」
ははははは、気付きたくなかった。
ニアがいない。
「ニアは、どこだ」
いない。いない。
どこだ、どこだ、どこだ。
いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない。
どこにも、いない。
「バハムート、ニアはどこにいった」
「……ゴシュジン」
「ニアはどこだ。一緒に居ただろうが」
「すまない」
「謝んじゃねえよ、誰もそんなもん求めてねえんだよお。なあ、どこにいんだよ。なあ、なあっ!!」
両手で襟首をつかみ何度も訴えてようやく動いたクサレポンコツは、ためらうように、おびえた子犬のように、俺の機嫌でも伺うように、じれったく、恐る恐るゆっくりと答えた。
「アレが、あれが……」
「しゃきっと答えろよ。どこだっつってんだろ。なあ!?」
「ひいっ。あれが、あれが……いもうとどのだ」
震える指の先には、ストーリー・テラーの姿があった。
はあ? ふざけてんのか、お前。
そう言おうとした時、ストーリー・テラーが
「お兄ちゃん。そんな悲しい顔しないでよ」
ニアの声でそう言った。
「なん、で」
「お兄ちゃん。わたしだよ、ニアだよ」
「やめろよ。その声で喋るな」
「ひどい、実の妹にそんなこと言うなんて。わたしのこと、忘れたの?」
違う。何言ってんだよ。何でお前がニアを語ってんだよ。
どう考えてもお前はあのクソ野郎じゃねえか。嘘ついてんじゃねえよ。
なあ、嘘だって言ってくれよ。
なんでお前からニアの面影を感じるんだよお、なあ。
「ふは、あはははは、ヒハハハハハハハハ。最高だ、最高だアアアアアアア!! それが見たかった。開いた瞳孔に緩み切った口。口が開いてる事も気づいてないんだろうなあ。脳みその処理が追いついていないからそうなる。私は知っているぞ、その最っ高の表情ォォォォォォォッ」
何を言ってるのかもわからなくなってきた。
頭も上手く回らん。ただただ、なんかコイツ嬉しそうとか。よくよく見たらニアの顔してんじゃんとか、飯食ってねえとか、やべえ眠たいとか、全部ぶっ壊したいとか、とっとと消えたいとか、もうマジでぐちゃぐちゃで意味が分からん。どうなってんだこれ。
ああ、なるほど。そういうことか。
これ、駄目な奴だ。
「やはり、ストーリーを作るうえで最高の味付けは悲劇だ。こんなに愉快な話はかつてないぞ。これこそが、これこそが私の求める傑作だあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
これ見よがしに、ニアの声でクソ野郎はそう言った。
その後は、もう酷いものだった。
ストーリー・テラーは俺を散々こき下ろしてバカ笑いした後、満足したのか空高く飛んでどこかに消えてしまった。
追いかけようとして限界まで腕を伸ばしたが、かすかに体に触れるだけで接着までこぎつけられなかった。
当然直ぐに竜に飛んで追いかけるよう発破をかけた。しかし動かない、体が硬直して全く動かない。使い物にならない。動かない。こんな時に、こんな時に全く動いてくれなかった。
殺意が沸いて、こいつを殺してやろうと思って、手をナイフの形状に変えた。振り下ろそうとして、できなかった。
ただただ奴がどっか遠くに消えていく姿を睨むだけのクソ野郎に成り下がるしかなかった。
目が充血した狼とギョロ目になったトカゲみたいな奴の二体。そいつらは自分の事をカトレアとか、アランだとかそんなことを名乗っていた。
「キールゥ、無様だなあああああ!? 間に合わなかった、大事な妹も奪われたァ。お前に残ったのはお前を殺した竜だけダァ」
「やっぱり打ちひしがれてる様がお似合いねえ。会えて嬉しいわ、キールぅ。ふふふ……」
「解除」
城を出る前アイツらに飲ませた毒を解放すると、さっきの威勢からバカみたいにのたうち回り始めた。少しずつ体が溶かされながら苦しいとか、助けてとか命乞いをする二体。
ふはは、本当にアイツらなんだなあ。
殺してやりたかったさ。散々人の人生を狂わせたんだ。少しでもイライラをぶちまけてやりたかったさ。
出来ないんだよ、こいつらの家族らしき姿が脳裏に浮かぶんだよ。あったことのある奴もいれば、あったことのない奴もいる。そいつらがやめろって止めてくるんだよ。
皆殺しにしてやりたい。頭はそう思っているのに、体が動かない。動力をプツンと断ち切られたみたいに動かない。
これも本能ってことなのかあ? ふはははは、何が蛇の叡智だ。叡智は感情をも殺すってか。最高にいい機能してやがんなあ、あはっ。
これが夢幻技術かあ。仕返しも満足にできない、大事な人すら守れない。
仲間が倒れている。助けなければいけない。気力がない。
前が見えない、声が出ない、動けない、時間が……止まらない。
ニアがいない。
俺の旅。
争いが無くなれなんて思って始めた旅。
死んだ両親に報いたかった。もう俺みたいな思いを誰かがしてほしくなかった。
いいや、それよりもニアが気軽に外を歩ければよかったんだ。魔物とか、争いとか、そんなものと無縁の平穏な暮らしをしてほしかっただけなんだ。
そんな思いで始めた旅。
やり直したら、こんな結果だ。
涙も出ねえ。声も出ねえ。体も動かねえ。
救えねえ、守れねえ、何も出来ねえ。それでも息する俺。
これこそが。
これこそが、無能が奇跡みたいなチャンスを得て、調子に乗ってやり直した末路だ。
どうでもいいから、さっさと俺を殺してほしかった。
第三章 『再会と別れ』……完
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