第27話 それぞれの凱旋
だだっ広い砂漠の上を、全力で走り抜ける真っ黒に塗装された車が一台。
砂で出来た起伏の上を走るせいで、車体は猛烈に揺れ視界もブレブレ。腹の中のムカムカも発射準備オーケー。もちろん、それを吐き出すのが今じゃない事は自分が一番よく知っている。
助手席と呼ばれる運転席の横に座り、俺は目的地である魔王城へと引き返していた。俺の焦りに応えるよう里長さんはアクセル全開で砂漠を駆け抜け、最短スピードで辿り着くように頑張ってくれている。今、車内は俺と里長さんの二人だけ。残りの皆は先に里へ帰した。
早速切り出したのは里長さんからだった。
「どうして、私が魔王軍の関係者だとわかったんですか?」
「だって怪しいでしょ。自分の里のボディーガード倒したのにこんな簡単に招き入れる訳ないし」
「単純に戦力になると思ったら招き入れるかもしれませんよ?」
白々しいな。
そういう選択が出来る奴は、相当な修羅場くぐってんだっての。それか相当なバカ。
「それに、研究所での戦いっぷりを見たらわかりますよ。明らかに素人じゃない」
いきなり襲ってきた化け物を、一般人があんな綺麗に対処出来たらたまらん。それが当たり前だったら俺の心がバキバキにへし折れる。
「……それもそうですね。ツメが甘かったです」
そう言って苦笑いと共に反省の表情を浮かべるおじさん。
とはいえ、そう振舞える程の余裕がおじさんにはあった。なぜかといえば、それはこの人にとって一番達成すべき事をクリアしたから。
里長さんの目的は、おそらく俺の懐柔。
理由は、ある程度の強さを持った……それも極力魔王と関わりのある奴に取り入って、魔王城に帰る為。
城に帰るまで、砂漠に生息する魔物から守って欲しいとかそういうのもあるけど、本当の理由は、彼にとって最も聞かれたくない内容の一つのはずだ。
それでも俺は聞かなければいけない。この世界に何が起きているのか、知らなければならないから。
車は着々と砂漠を進む。どうやって切り出すかを考えている間にも、少しずつ猶予は削られている。城に着いたらもう聞くことは出来ない。
それなら、
「聞いておきたいことがあります」
そう言った時の里長さんの横顔は何か腹を括ったようにも、覚悟を決めたようにも見えた。ということは、俺がこれから聞くこともある程度察せている筈。
彼の覚悟に敬意を表して、下手な小細工は使わず直球で尋ねた。
「喰ったんですね? アンブロシア」
長い沈黙。響くエンジンの唸り音。
終わらない無言の詰問に観念して、苦笑いと共に里長さんは白旗を上げた。
「全部バレちゃいましたね。そうです、私は神威餌を食べた」
どうして。
どうして、あんたのような人が自分から堕ちるような真似をしたんだ。
「……どうして」
「全ては私の監督能力不足です」
「監督能力不足?」
「はい。一言で言うなら、嵌められました」
裏で動いていた奴がいるということか?
いつか里長さんが教えてくれた迫害のことを思い出した。
戦いに身を置いていた人でさえ凄惨と言わしめる過去。それと関係があるんだろうか。
その疑問は本人によって解消される。
「当時、魔王軍は内紛地帯に駐屯地を置くことになり、私はそこの統括を任されました。過去、似たような形で拠点を敷き、暴動を鎮圧した経験から抜擢されたと聞きまました」
「結構重役ですね」
「ありがたいことに評価を頂きまして。そういう訳で、私は総数350人の部下を引き連れて担当場所――第7駐屯地で鎮圧活動を開始しました。事態は思ったよりひどく、住民たちの大半が神威餌の餌食にあっていました。ひとりひとりが既に兵士の能力と同等、もしくはそれ以上の力を得ていました」
「鎮圧できるもんなんですか?」
「はい。暴動を起こした住民には神威餌に適応できなかった者が殆どでした。そういった接種者は脳神経を破壊されて、力を持て余すだけの廃人になるので知能がありません。複数名で囲えば比較的対応は可能です」
力は得られるけど、人として大事なものを失う。
教材に出てきそうな話だ。楽して手に入れた物は、必ず大事な何かを犠牲にする。
「部隊の主力数名が鎮圧活動中、致命傷を患います。戦時中……そして長引く活動により物資は殆どなく、薬は底を尽きていました。どうにもならない状況、このままだと壊滅する。その時に悪魔は囁いたのです」
「回復術士はいなかったんですか?」
「回復術士達も度重なる治療に限界を迎えて殆ど機能していませんでした。戦いに駆り出され、あげく負傷した仲間の看護もする。働き詰め、疲労もピークの状況でとても致命傷を癒せる程の力は残っていませんでした」
それだけ追い込まれていたのか。
一個の部隊を率いて、なおかつ人が死へと向かう状況で藁にも縋るのは仕方のない事なのかもしれない。
「隊の一人が何処からか人数分の食料を用意しました。食べれば傷が全快するという明らかな眉唾物。全員が止めましたが、自分が犠牲になると静止を振り払い、口に含みました。すると、その兵士は噂通り全快してしまいました。何度かやり取りを繰り返して小一時間様子を見ましたが、特に異常は見られなかったので、その事態に安堵して私達も後に続く決意をしました」
そう言うと、里長さんは突然話を止めた。
「どうしました?」
「貴方は今、相当な苦難に挑もうとされている。違いますか?」
どうしたんだ突然。
取り合えず心当たりはあるので肯定してみる。
「なら、私の失敗は貴方の役に立てそうです。是非覚えて頂けるとありがたいです」
「はあ……」
「安易な選択程、身を滅ぼします。忘れないでください」
心臓がきゅっとなった。
果たして俺がこの人の立場になったとして、正しい選択ができるのか。
その後に教えられた内容。
日を跨ぐと、兵士の何人かが気狂いとなって仲間を襲い始めた。内、何人かは他の仲間や暴走した魔族たちを先導し、駐屯地は内紛同じ地獄に変わってしまった。
とても自力では止められないと判断した里長さんは、正常な兵達を連れ、駐屯地を捨てて報告の為に帰還――できなかった。
「適合した時、人は強烈な力を得ます。その代わり認知機能にズレが生じます」
「貴方も、そうなったんですか?」
里長さんは淡々と肯定した。
過去、魔王城で働いていたのに今もこうして砂漠の中で生きている理由。それは、里長さんの中で魔王という存在が、守るべき主君からこの世で最も憎い敵になってしまったから。
里長さんは運よく自力で自分の異常に気付き、駐屯地に残ることを選んだ。
望まずに得た力を、残された理性と共に内紛の撲滅の為に奮った。味方殺しを繰り返すことで、自分のケツを拭いたわけだ。
「じゃあ、一緒に行くのは駄目じゃないですか」
「そうですね。なので城の前で救世主様を降ろします。私がどうにかなってしまう前に」
争いが無くなって欲しい気持ちは分かる。でも、この人には自分が火種になる可能性という爆弾が存在する。それが発火して主君に仇を成すとか本末転倒にも程がある。
「おかしいよ、アンタ。もっと自分の身を考えろよ。どうしてそこまでするんだ?」
「言ったでしょう? 貴方は私にとって救世主なのだと」
正直、それは通らなくてもいいリスクだ。何故そんなリスクを背負う?
言葉ではそう言っておきながら、俺はその理由を知っている。受付嬢さんにも似たようなこと言われたのを俺はちゃんと覚えている。
だから嫌という程わかるよ、あんたの気持ち。
何度捨てようとしても『まだ持っていろ』って訴えてくるソレは、ずっと心から離れてはくれない。
「本能が訴えるんです、貴方はここで終わる人間じゃないと」
アンタも俺と同類だ。居てもたってもいられなくなるんだ。自分が何かしないとって、外野に甘んじてることが耐えられないんだ。
「私はね、自分が被害者だなんておこがましいことは言いません。ただ、これから将来ある者達が、私のような愚か者になって欲しくないのです。自分の信条を凶器に変えて誰かを傷つけたり、貶めるような、そんなどうしようもない存在に」
真っすぐな瞳に俺は何も返すことは出来なかった。きっと受付嬢さんやまともな人間からすれば、こんな愚かな選択はない。自分から死ににいくなんて気が触れてる奴でも考えない。
そのエゴを受け止められるのは俺だ。
死地へ赴く漢の無謀な凱旋を、俺は横でしかと見届けると決意した、その時。
「救世主様、ちょっと見てください!!」
「え?」
「あ、あれ――」
里長さんの指差す方向へ素直に目を向けると、そこには信じられないモノが映ってた。
遥か遠くで空高く伸びる巨大な竜巻の群れ。その上には層が厚過ぎて、雲と呼ぶには黒すぎる雷雲が広がっている。黒い雲の中を眩しく光る稲妻が無数に駆け抜け、地上へと降り注いだ。嵐を一点に凝縮したような、この世の終わりみたいな光景。
「あそこにあるのって、まさか……」
「ええ、そうです」
「そんな……」
「急ぎましょう、皆が危ない」
そう口にする里長さんの顔は、さっきの悲惨な昔話を話していた時よりずっと険しかった。
みんなのいる魔王城。
ニアがいて、バハムートがいて、まおうサマがいて、ジュラさん、ソウさん、グレイスくん。他にも色々関わった人たちが沢山いる場所。
そこで、何かが起きている。
俺はつぐつぐ自分の間の悪さを呪った。
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