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竜に喰われてやり直し  作者: 木戸陣之助
第三章 再会と別れ
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第26話 追憶、少女は暴君となりて。

 お兄ちゃんが死んだ。

 化け物の言葉が頭の中で反芻(はんすう)される。それは焼印のようで、平常心を(むしば)むには十分すぎる程の痛み。

 

 落ち着け、これは罠だ。

 アイツらの目的は仲間割れさせる事、デタラメを言ってかく乱する作戦なんだ。

 お兄ちゃんはちゃんとあたしを覚えてた。旅に出るまでずっと一緒にいたんだ。そんなただひとりの家族を偽物と間違えるはずないんだ。お兄ちゃんは……

 

 落ち着け、落ち着いて、落ち着いてよ。

 万一、本当に万一敵が本当の事を言っていたとしても、あたしはお兄ちゃんと話も出来ているし、あたしの知ってるお兄ちゃんだ。思い出だって忘れてなかった筈だ。

 

 わたしの知っているお兄ちゃん……それは揺るがない事実。どんな理由だったとしても、これはあたしを陥れる罠。敵の思惑を忘れちゃダメだ。


「とにかく。話は後にして今はアイツらを倒すことを優先しよ。ね?」


 ムーちゃんの正気を取り戻してケリをつけたい。そう思って発破をかけてみたけど、当の本人は茫然と立ち尽くしている。瞳は弱弱しく震え、声も出せず、かすれた吐息が漏れるだけ。明らかに再起不能だった。


 でも、あたしにはわからなかった。


 嘘と言えば済むのに、どうしてわざわざ答えを渋るのか。ただ否定すれば良いじゃないか。黙ってればいいじゃないか。願っても届かない事実にイライラして仕方がない。そして一番にイライラするのは。

 

 何で、何であんたは今辛そうな顔してるの。ねえ。

 あたし、まだ信じてるんだよ。あんたとお兄ちゃんが楽しそうに旅してるの、後ろで見てたんだよ。


 怒りで内に溜まる熱と、最悪な予想が見せる冷え切った恐怖。これら二つがぐしゃぐしゃに混ざり、脳内で暴れて頭がどうにかなりそうだった。


「ねえ、ちょっと聞いてんの!?」


 檄を飛ばしても生返事のみ。完全に棒立ちの人形状態。

 ねえ、あんたがひよってどうすんのよ。あたしより長く生きて来たんでしょ。色んなものと戦ってきたんでしょ。


 これ位嘘って言いなさいよ。わたしじゃないって言いなさいよ。あんなになついてたじゃん。楽しそうにやってたじゃん。

 ねえ、何とか言ってよ。


「おい、バカ竜。貴様何やって……」


「……な、なんだ」


 魔王様は腑抜けた友への怒りを全面に出し、詰め寄ろうとした。が、相手にいつものような豪快さと覇気は残っておらず、今やその時が来るのをおとなしく待つ牙を抜かれた獣に成り下がっていた。

 

 あまりの弱り切った姿に、魔王様はもう満足に言葉も残せず、口をつぐむしかなかった。


 残る側近さんも統率者の狼狽(うろた)えに飲まれ、動きに迷いが出始めた。当然、フォローする余裕なんて微塵も残っていない様子。命という最も高価なリスクを賭けているというのに、その姿は戦場に放置された迷子のようだった。


 敵の思惑である、パーティの空中分解が成立した瞬間だった。

 

「ダメ、みんな動いて。このままだと、本当にあたしたちやられちゃう」

 

 まともに聞いたらおかしくなる。話は敵を倒して、それからでもいいじゃん。ねえ、早く終わらせようよ、こんな戦い。


 これ以上誰かを疑ってしまう前に。


 わずかに残る理性がじわじわと飲み込まれ、膨れ上がった何かは目を背けたくなる程のどす黒さを宿し、湯水のように精神へと蓄積される。


「お前の兄は無能力者だ。どういう経緯で生きているのかは知らないが、16歳になった時点で能力が開花しなかった者は例外なく、一生力を得ることはない」


 ギルドでスキルについて説明を受ける時、一番最初に伝えられる内容。

 それは人間界での常識で、今更疑いようのない事実。爬虫類はおそらく奴らにとって最高のタイミングでソレを突き付けている。


 最悪なことに、その嫌がらせはしっかり効いていた。


「じゃあ、なぜ兄は生きているのか。そんなのは簡単だ、全てはそこの竜が仕組んだ事なのだから」


 落ち着け、耳を貸すな。デタラメだ。

 きっと偶然だ。ムーちゃんとこいつらの言う竜は別物だ。だから……


「おい、バカ竜!! 早く正気を取り戻せ。さっさとこんな輩、倒すぞ!!」


「この期に及んで口封じか? 流石悪の権化と呼ばれた魔王。どこまでも意地汚い」


「にあ、ねえ。たった数日一緒にいた偽物と、子供のころから一緒に暮らした本物。どっちを信じるの?」


「無能力者の妹。所詮奴等は人外、人を謀ること以外は考えていないぞ? 人間である俺達の方が明らかに正しいというのに、今更何を迷う必要がある?」


「風娘!! 今すぐにその場から離れて耳を塞げ。奴らの術中にハマるな!!」

 

「ねえ、にあ。わたしたち友達でしょ? きっと誤解があったんだよ。もう一度やり直そうよ」

 

 それぞれの言葉が錯綜(さくそう)して、巨大なうねりと共に脳へとなだれ込む。

 何が正しいかなんて分かるわけないし、考える余裕すらそもそもない。ハッキリしているのは、奴らが確実にあたしの理性を潰しに来ている事。


 そんな中、まだ腑抜けたままずっと申し訳なさそうに伺っているんだ、あたしのことを。

 

「イモウト殿。ワシは……」

 

「……ムーちゃん。それ以上言わないで」

 

 全てが本当なんてことはないのかもしれない。ひょっとしたら真実も含まれているのかもしれない。

 それでもこんな形では聞きたくない。誰かに晒される形で、最悪の形で真実なんて聞きたくなんてない。


 だから、黙って。何も言わないで。

 もし、それが本人によって証明された時。あたしは。


 

「本当に済まない。ワシは、ゴシュジンを喰った」



 この子を許せそうにない。


 心を凍らされて、踏みつぶされたような不思議な感覚だった。それなのに頭は不思議とかなり冷静で、当然目の前の友達が何を言ってるのかも理解出来ている。ただ、気持ちだけが付いていけず、取り残されているのをしっかり把握できている。


 その激情が追いついてしまった時、自分がどうなってしまうか、まるで想像がつかないけど、その時は確実に迫っている。


 違うって言えばいいのに、どうしてこんなことを言っているのか。お兄ちゃんの味方じゃなかったのか。自慢のゴシュジンじゃなかったのか。あんたの優しさは一体なんだったのか。こうして旅をしてるのは、一体何が目的だったのか。


 だめだ、冷静にならなきゃ。――憎い。

 落ち着け、敵の思うつぼだ。――許せない。

 ……ムーちゃん、どうして。――そいつは敵だ。


 そう、あの子は仲間じゃない。

 敵なんだよ、アレは。


 なら、やることは一つ。


「あ、あああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

 言葉の羅列が高速で駆け巡り、憎悪という炎が全てを喰らいつくした時、



 息を潜めた悪魔が目覚める。



 少女を中心に無数の竜巻が発現。システリアで見た惨劇を思い出させる、天にも届く代物。

 それらは遥か天空で交じり合い、この場を一瞬で飲み干して、膨大な雨を宿し、雷を生み出し、空を割った。


 干ばつした大地はわずか数秒で突風と暴雨に晒され、少女の理性は深い闇の底へ流される。沸き立つ怒りは憎悪へ代わり、噴き出す悪意は狂気へ昇華。

 

 一人の少女を依代(よりしろ)に、培った狂気は、満を持して表舞台へ顕現(けんげん)


 少女の左瞳に一輪の薔薇が映し出され、薔薇は生み出した嵐を強引に吸い上げる。それが全身に染み渡った時、狂気は見惚れるほど綺麗な純白の図体を作り上げた。

 

 兄の最終奥義と瓜二つ。但し色は対局であり、属性も意味合いも全て異なる異形の存在。


 ニアは気付けなかった。

 一度侵食されてしまえば、永久に逃れることは敵わないということを。悪魔の持つおぞましい程に底の深い生への執着を。


「この時を待っていたよ。ニュー・ビー」

 

 精神世界で絶望する宿主に代わり、狂気は完全勝利を宣言。少女の言葉は表層に届かない。

 

「長かった、とても長かったよ。このような仕打ちは始めてだ。不快過ぎてしかし、私はそれを乗り越えた。こんなに爽快なことはない」


 醜悪な笑みと共に偶像作家を名乗る者は、震える羊共の前へゆっくりと降り立つ。


「外の空気とはやはり美味なものだ。鬱屈した餓鬼の中は私には狭すぎる」


 偶像作家(ストーリー・テラー)は用意周到である。待ち焦がれたその時のために、形を潜め息を潜めていた。全ての痕跡を隠蔽し、耐え難き屈辱を内に秘めて。


 望みを叶えた悪魔は歓喜に満ち溢れていた。

 それは、悪魔の想像しうる限り絶好の景気であり、キール達にとって想像もつかない最悪の展開となった。

ブックマーク、高評価お待ちしております!!

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