第25話 再会の裏側、友達は仇
体を渦巻く寒気と焦り。
それを気合でねじ伏せ、冷静になった頭でもう一度神経を研ぎ澄ます。
僅かに生まれた余裕を即消費して、やるべきことを再整理。
元々あたし含めてメンバーは8人。内、戦闘不能になったのは3名。
動けるのは魔王様、ムーちゃん、看守さん、あとは魔法が使える兵士1名。
数で押し切るのは諦めた方が賢明か。
それもこれも。
……駄目だ、考えるな。自分のせいとかそんな後悔は後回し。今はただ、目の前に集中しろ。
風を効かせるには、攻撃そのものよりも動きに焦点を当てた方がいい。敵の反応を見ても移動にバフをかけた方がやりづらそうだった。
さっきの火力アップもまるで役に立たなかったし。
なら、あたしは最後までやられちゃいけない。逃げに徹して全員のサポートに集中する。これが一番ベスト。
そして、この作戦で行くなら休み抜きで風を送り続けなきゃいけない。当然色んなことに首を出すのは無理、やることを絞らないと負荷で倒れる。
戦力が薄い以上、割り振りはしっかり考えないと。
「ギアアアアアアアアアアアアアア!!」
前方から爬虫類のバケモノが雄たけびと共に突進。
荒々しく大地を削り取るような接近を、自分に風を纏わせ加速することで回避。
そのまま迂回しながら距離を保ち、乱打を避けつつ仲間達の後ろへ避難。
「お願いします!!」
「任せてください!!」
やるべきことは、極力味方の後ろに隠れること。サポートに徹する事。戦いは全部この人たちに任せる。
拳と拳の鍔迫り合いはさらに激化。ムーちゃんのラッシュと狼の拳がコンマ刻みで交錯。
爆風同士がぶつかり合うような猛攻に、空気はビリビリと震えた。
「ムーちゃん。突っ込んで!!」
「任せろ!!」
突進に合わせて送るのは逆風。ムーちゃんのリズムを一瞬だけ狂わせて、敵のガードが下がった所を。
「風圧爆走ォ!!」
マックス火力で再加速ッ。
風にのった竜は、右腕を革製の服が内から破ける程に一回り大きく肥大、かつ血のように赤く染まる高密度な筋肉に変えて、
「竜の剛拳ァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
竜の全能力を解放した本来の一撃が、狼の左頬にクリーンヒット。顔面へと綺麗に吸い込まれていく。そのままノーガードで直撃を喰らった結果、巨体が乱回転しながら宙へ吹っ飛ばされていった。
「よしッ」
「やるじゃないか、イモウト殿!!」
「風娘、こっちもだッ」
「任せて。二人は絶対横一列に並ばないでください!!」
「わかった!!」
今度は爬虫類と対峙する魔王様と兵士――ではなく、敵へのデバフ。やるべきことは、減速じゃない。
攻撃の軌道を変えることッ。
爬虫類は空高く飛び上がり、炎を纏った拳を上から叩きおろしてきた。その軌道を右斜めにずらし、魔王様達の真横へ向かうよう調整。
落ちて来た所を、袋叩きッ。
「今よっ!!」
「当然っ。紫焔ッ!!」
「氷槍四重奏!!」
全てを燃やす焔と凍てつく槍の散弾が、全弾爬虫類に直撃。
高温で熱された敵の体に水が加わる事で――
――ドッガァアアアアアアアアアアアアアン!!
化け物から爆炎が巻き起こり、踏ん張りそこねたら、簡単に吹き飛びそうな程の衝撃波が拡散。
「やった!?」
「いいや、まだだ!! あの程度では死なん。神威餌を喰った者は……」
爆発による白煙はゆっくりと風に流され、次第に敵の姿が露わになる。
「……くそっ」
「ふふふ。この程度じゃやられないよ、にあァ」
「力が、力がみなぎるウゥ。ようやく制御できるようになってきた」
狼の化け物は回復魔法を発動していた。
二体の傷はゆっくりと癒され、ボロボロになった体は何事もなかったかのように無傷に。
さっきのような獣じみた雄たけびも上げず、知性を取り戻したのか、流暢に人語を喋り始めた。
ここに来て、まだ強くなるっていうの!? しかも回復持ちっていう最悪な状態。
こっちに回復出来る人はいなさそう。爬虫類の爆炎にやられたんだ。顔をしかめる魔王様からもう察するしかない。
形勢は圧倒的に不利。起死回生の手が思いつかない程には最悪の状態。
「にあ。魔族と組むなんて、貴女も堕ちたわね」
「人の恥さらしだな。さすがあのグズの妹といったところか」
「ハンッ。変な薬に頼って誰彼構わず襲うあんた達に言われたくないわよ。それでも世界平和目指してんの? あんた達には無理よ」
ニヤニヤと笑う、随分余裕そうな二体。
反面、あたしは虚勢を張っているけど、正直に言って内心肝は冷え切っていた。
そりゃあそうだ。これまでは動物の本能的な動きで、直進や闇雲な攻撃が多かった。
けど、奴らはそれぞれ人間だった頃の技まで使い始めた挙句、人を煽って隙まで作ろうとしている。
あんなバカげた力に知能まで加われば、人数有利なんて覆るのは簡単。
まだ進化する。その可能性を考えると、もう短期決戦で行くしかない。
そう思った矢先の出来事だった。
「そうだ、にあ。あんた、あの竜と随分仲良さそうじゃない」
狼に変貌したカトレアが厭味ったらしく笑った。
ほんっとうムカツクわね。それがどうしたのよ。
「くくく。その様子だと、何も聞かされていないんだな」
何よ、何がしたいの? でも、とても嫌な予感がする。
ムーちゃんが何だっていうの。
「あのゴミは確かに俺達が捨てた。無能力者なんて足手纏いだからな。理由は他にあるがな」
余程、口に含めた何かを言えるのが楽しみってわけ?
そんなことよりも、あたしはもう一つの出来事に完全に動揺していた。
なんでそんな何かを諦めた顔をしているのよ。
何を勝手に悟った顔してんのよ。一体何があるっていうの?
ムーちゃん、一体何を隠しているの?
「――ッ。耳を塞げ、風娘!! バカ竜、何を呆けているっ。さっさと黙らせろ!!」
魔王様も警戒した? 何かを知ってるってこと? あたしだけ除け者?
一体、この人達は何を隠しているっていうの?
「魔王城へ辿り着く為にはどうしても取り除かなければならない障害があった。」
「ムーちゃん……?」
「イモウト殿、ワシはイモウト殿に謝らなければならないことがある」
何なのよ。一体、どうしたってのよ。
どうしてそんな萎れているのよ。申し訳なさそうにしてるのよ。
いつもみたいに能天気にしてなさいよ。ねえっ。
「ふふふ。なんでアレが生きているのか本当に不思議。でも、それが本物じゃないとしたら合点が付く。だってわたし、この眼でちゃあんと見たもん」
ねえ、あいつらとアンタに何があったっていうのよ。
関係なんてないんでしょ。
ねえ。
耳を塞げという言葉が、頭の中でガンガンと警告のように鳴り続ける。
これ以上は先に行くな、そう本能が訴えているのがわかる。
けど、本能に従った所で、周りがやめてくれるわけでもない。
化け物は、あたしの知っているカトレアの声で、気味が悪い程親しげにこう言った。
「にあのお兄ちゃんを殺したのは、そこの竜だよっ」
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