第24話 あえかな勇者
戦況は拮抗……いや少しばかり人数差でこちらが有利。
風のブーストで加速する兵士達は、狼と爬虫類の防御を掻い潜り着々と傷を付けていく。皮膚が固すぎて全く有効打が与えられていないのが現状だけど。
「紫焔ッ!!」
掌から紫に輝く焔を生み出すと、魔王様は二体の背後に回り射抜くような一撃で迫った。守れもせず直撃した爬虫類は炎に飲まれ、一瞬で火だるま状態に。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
断末魔の叫び声と共にばたばたとのたうち回る。
が、その状況とは裏腹に、魔王様は渋い顔で「効いてない」と呟いた。
それを象徴するように、爬虫類は火だるまのままゆっくりと立ち上がると、何事もなかったかのようにまた暴れ出した。
「そ、そんな……」
敵は信じられない位に頑丈だった。
魔王様の焔を以ってしても軽く焦げる程度で致命傷にすらなっていない。
どうにかしてあの屈強な鎧を壊して、中身にダメージを与えないと勝ち目はないのに、その難易度は凄まじく、誰も攻略できていないのが現状。
それを見たのか、狼は側近さん達を見限って魔王様へ急接近。ぬうっと目の前に現れると両腕を高く上げ、刃物みたく鋭利な鉤爪をクロスに振り下ろした。
「危ないッ!!」
息も間に合わない一瞬の間、ギリギリの所で風のバフが届き、間一髪、魔王様は寸で回避に成功。
もう一度間合いをとり直し拳を前に構えて、睨み合いの体制へ戻った。
「風娘、聞こえてるか!?」
「風娘って誰よ!? で、何!?」
「ワレは一人で十分。蛇の化け物に専念しろ!!」
「でも、一人じゃ……」
「構わん。これでもワレは一国を納める者。理性を失った輩に後れを取るような真似はしないさ」
構える姿は小さい体だというのに、全てを包み込むかのような安心感を与えてくれた。やはり一国の主なんだと理解させられる。
それに応えた兵士達は爬虫類への攻撃に集中。前方二人が爬虫類の攻撃をしのいで、後方が雷や氷の斬撃で追撃。
統率されたコンビネーションの応酬に敵はみるみる圧されていく。
「このまま攻め倒すぞ!!」
「応ッ!!」
勝機を見出した皆は早々に決着を付けるべく一目散に突撃。その姿を見たバケモノは――
「駄目ええええええっ!!」
爬虫類ノバケモノハ、ニヤリトワラッタ。
全身から爆炎が解き放たれ、兵士達に引火。
その衝撃をモロに受けてしまった数人が宙を舞い、落下。
水魔法を使える無事な兵士達が慌てて火消しにかかろうとするが、狼が遮るせいで近寄れもしない。
殆どが虫の息、残りは無事かもわからない。でも、サポートがあるからこの場を離れられない。本当は助けたいのに。
そんな言い訳に助けられるあたし。
どこまでもみじめだった。
狼の隙を見て魔王様が仲間の元へ駆けつける。
その後仲間に何かを告げると、ひとりで爬虫類へと突進。
「紫焔ッ!!」
走る魔王様の頭上に紫の炎。
蜃気楼が空間を歪ませる異物のように沸き上がり、巨大な火球を生み出してバケモノ達に降り注ぐ。
この時、あたしはとても焦っていた。
何かしなきゃ、何かしなきゃ。何でもいいから、何か行動を。
そんな自分本位な考えで突っ走って、自分の立場、役割すら見失うという最悪の失態を犯した。
……火は風を喰うことでより強くなる。
それなら、あの炎だって。
「風よ、炎の餌となれっ!!」
味方から少しばかりの風をかすめ取って、紫焔を援護。
紫焔は風を喰らってより強く、荒々しさを増して――
「ぐあっ!?」
ぶつかる前に、味方が敵にやられた。
減速したのが、バレていた。
想定外の事態、頭は真っ白。
真正面から直撃を喰らい倒れて動けなくなる兵士の一人に、追い打ちで火を纏った拳が迫りくる。
あ、だめ。だめだ、これ……
最悪な事態が目前に迫った時。
「離れろッ!!」
ムーちゃんの拳が爬虫類の腹に直撃。
不意打ちによって踏ん張れなかったのか、軽々と荒地の向こうへ放り出されていった。
「余計なことをするなッ!! 貴様は援護だけを考えろ!!」
魔王様の叱咤に、から返事で応えるしかできない。
冷や水をぶっかけられた。そんな気分だった。
何を熱くなってるんだ、あたしは。
勝てると思ったか。
場を支配できると思ったか。
横に立てたと思いあがったか。
お兄ちゃんがやれたんだから、その妹のあたしにだってできる。
そんな風にでも思ったか、バカ野郎。
もう、心が折れそうだ。
こんな簡単なミスで、自分が揺らぐなんて。
こんなに弱いなんて思いもしなかった。
「何をしている!? さっさと風をよこせっ」
「くっ、もう耐えられません!!」
さっきまで圧していたのに、もう場は劣勢。戦える人も殆どいない。
皆あたしを必要としている。はやく、はやく助けないと……
体が震えて風の操作がうまくできない。燃料切れみたく風の威力が上がらない。
コントロールができない。何もできない。まずい、まずい。
「大丈夫か、イモウト殿!?」
もう逃げ出したい。ただの村娘が調子に乗って外へ出たから。
こんなことなら、こんなことなら、兄を助けるなんて軽はずみに……
「しっかりしろ、イモウト殿!!」
「あ、ああ。ムーちゃん。ごめん、ほんと。ごめん。あたし……」
「間は持たせる。息を整えろ!!」
棒立ちのあたしを狙う狼相手に牽制するムーちゃん。
こんな状況だというのに心配してくれるのか。
いいや、違う。
心配されているのはあたしだけだ。
皆、それぞれの戦いがある。
当然あたしなんかの為じゃない。色んな思いがあって、過去があって、守るべきものがあって。
命を賭けて、ここに立っている。
『野心だけでは何もできない』
最初っからわかってたじゃん。
所詮あたしは凡人。これから先強くなったとしても、所詮人間レベル。ムーちゃんの足元にも及ばないかもしれない。
この場にいる人たちは、あたしが何十年かけてようやく強くなってもたどり着けないレベルなのかもしれない。
だからこそ、だからこそ。そんな人たちの横に立つため死に物狂いで努力してきたんだ。
指をくわえて見てるのはもう嫌だから。
頬をピシャリと叩く。
後ろを向くな。下を見るな。前を向け。先を見ろ。
終わってたまるか。終わってたまるか。
ここにいる理由、それを果たす為だけに己の全てを捧げろ。
「こんなことで、終わってたまるかぁあああああああああああああああああああ!!」
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