第22話 戦う理由
「キサマ、今から風をつくれ」
風をつくる? へ? どういうこと!? アバウトすぎて意味わかんないんだけど!? って言えればどれだけ楽か。言う訳ないけど。
期待に応えた魔王様にもしここでバカ正直に「教えてください」なんて言おうもんなら、これまでのあたしの発言は全部無責任。
こんなんじゃ、昔と何も変わらない。
思い出せ。何のためにあたしはここに来た――
今から約三カ月程前、あたしが旅に出る前の話。
お兄ちゃんが帰って来てから、タダ飯喰らって部屋でぐーすか寝てばかりのムーちゃんを叩き起こして修行を見てもらっていた時の出来事。
その時、あたしはスキルを覚えたばっかでロクに使いこなせておらず、出来ることといえば突風を一瞬吹かせる、風力も木の枝を何本か折る程度。それはスキルを覚えてからずっと成長しておらず、自分なりに努力しても全く成果が上がらないという、冒険者として致命的な状態になってしまっていた。
ムーちゃんも始めこそ、お兄ちゃんの妹ということもあって色々助力してくれた。けど、あたしの本当の姿を知って愛想を尽かしたのか、助けになることは無くなっていった。
兄は器用だと言ってくれるけど、本当のあたしは不器用で物覚えの悪いただの小娘。褒められるために何回も練習して、やっとそれらしく見せてるだけ。
ただ、それは物事の難易度が上がれば上がる程牙をむいてくるわけで、それが今直面している現実。
全く成長しない自分に嫌気がさしつつ、かといって改善の兆しも見えないまま無意味に時間が過ぎていった。
「まだ続けるのか?」
「当然よ」
あくびをしながら尋ねるムーちゃんに少しイラっとしつつも、風の威力を上げる訓練を続行。
一枚の枯れ葉を拾い、生み出した風で遠くまで飛ばす。より遠くまで飛ばせれば成功。しかし、わずか数メートルという所で枯れ葉はひらりと落ちてしまう。ダメだ、こんな威力じゃ戦力にならない。
それからも威力を上げる為に何回も同じ作業を繰り返した。結果は変わらない、同じ場所で枯れ葉が積もるだけ。
そんなあたしに見かねたのか、ムーちゃんは不思議そうに尋ねた。
「何故、そこまでして強くなろうとする? 水を差すようで悪いが、貴様には伸びしろがあるとは思えん」
グサッと抉るような一撃が精神に突き刺さる。結果が出ていない以上それは仕方のない事だし、目的を果たす為には、受け入れなければいけない。
だからと言って、そんなささいな理由で諦めるわけもないけどね。
「そんなの決まってるじゃない。お兄ちゃんの冒険を終わらせる為よ」
「ゴシュジンは自ら旅に出ることを選んでいる。それを止める理由は何だ?」
「死んでほしくないから」
「死ぬ? 誰よりも強いゴシュジンが死ぬとは到底思えん」
「そう? あたしはお兄ちゃんを見送った時、もう二度と帰ってこないと思ったわ」
初めてお兄ちゃんが旅に出た時、お兄ちゃんは笑っていた。わかりやすい位手が震えてたのに心配させないために、あたしを守る為にから元気を見せていたんだ。
きっと、本当は旅になんて出たくないんだと思う。それでも、大事な人に何か起きてしまうのが耐えられないから旅を続ける。自分よりも他人を優先するから、その障害がある限りお兄ちゃんはずっと戦い続ける。
だから、こうして帰ってこれたのはただの奇跡なんだ。本当なら、もう二度と会えなかったのかもしれない。今の幸せが夢だったという想像をするだけで、怖くて泣きそうになる。
「もう、戦ってほしくないんだ。きっとお兄ちゃんは争いがある限り戦い続けるから」
「それは、兄妹として誇らしい事ではないのか?」
「誇らしくても嫌なものは嫌よ。そこに居ない事の方が、二度と会えない事の方がよっぽど辛いわ」
「そういうものか」
「そういうものよ」
誇らしい兄じゃなくていい。ただ、一緒にいられればいい。
たとえ一緒にいられなくなったとしても、しがらみに巻き込まれないで、楽しくやってくれればそれでいい。
その為なら、どんな分厚い壁だって壊して見せる。
「貴様の覚悟はわかった、少しだけ見てやろう。とはいえワシは要領の悪い奴があまり好かん。最低限のことしか言わないから、どうするかは自分で考えろ」
「助かるわ」
そう言って助言されたのは、とにかく闇雲に練習しないこと。目的を果たす為には必ず過程と因果関係をしっかりイメージすること。
どうしたらいいか分からなくなった時、あたしは過程を考えず結果だけを求めて、無意味に突っ走る。そういう悪癖があることだけ教えてもらった。
「野心だけでは何もできない」
だからこそ、ちゃんと自分で仮定を組み立てて、イメージを形にするんだ。
自分の思いを形にする為に。
そして、今。
またあたしは試されている。野心だけで終わるのか、また一つ壁を破るのか。
今は後ろから二体を誘導している状況。弱体化中に倒せば全部丸く収まる。けど、事情的にそれは無理。なら外に出れば済む話だけど、そうすれば烙印の効果は弱くなる。戦力差も当然ひっくり返る。魔王様が自分に匹敵するといった奴らだ、勝ちの目は当然薄くなる。
魔王様は確かこう言った。風をつくれ。頭の中で何度も繰り返す。
やるべきことは、城の外へ行くまでの時間短縮と、外で戦う時のサポート。作るべき風は二つ。
一つ目は見当が付いている。
この城内はとんでもなく広い。けど、記憶があってればほぼ一直線に繋がっていて、曲がり角もすくない。もしこの先もそうなら直線起動の風を用意できれば一気に前へ進めるはず。
「魔王様。こっから先ずっと直線ですかっ」
「そうだっ。やれるか?」
「まかしてくださいよ!!」
有効範囲からありったけの空気をかき集めてつむじ風を生成。
用意するのはもちろん、全員ッ!!
こんなぶっつけで出来るかなんてわからない。けど出来なかったらどっちみちアウトなんだから。
だったら、もうビビる必要は――ないッ!!
「皆、風に近づいて!!」
用意した人数分の風に各自言われた通り体を預けていく。準備は万端、あとは留めた出力を……解放ッ。
「受け身取ってくださいね、行きますよッ!! 風圧爆走オオオォッ!!」
渦巻いて力を蓄えたつむじ風は、一陣の風となって大砲の如く放出。
先の見えないゴールまでの距離を時を削ったように一瞬で捌き、ついに全員を城の外へ運ぶことに成功した。




