第20話 変身
当時、魔王様が即位する前の出来事。
先代の魔王が統治していた時代に、とある内戦が起きる。
始めは村同士のいざこざ程度だった。いつもなら当人同士の話し合いさえあればその日で解決できるはずだった。しかし、その小さな争いは瞬く間に肥大……小さないざこざは、たった数日で全地域が焦土と化す大戦になる。
容姿が異なるだけで命を狙われる。肌の色が違うだけで迫害される。仲間に属さなければ吊し上げ。
敵が誰かなんて構わず、ただただ自分と違うもの、主義に反するものを皆迫害しあった。
仲間意識が強く、無益な争いを避けて来た魔族達の日常。
それはたった数日で道を歩けば殺し合い、死臭で満ち、血だまりで埋め尽くされるという無間地獄に変わってしまった。そんな目を覆いたくなる現実はおよそ100年にわたり続く。
先代魔王の耳に入った時にはもう各地で争いが起き、領土全域に広がり始めていた。今すぐにでも止めないと国が亡ぶ。そんな可能性すらあった。
当然見過ごすわけにはいかなかった先代魔王は、即座に内戦を喰いとめるべく近衛兵と共に。内戦の発生元へ馳せ参じた。そこで力を揮い、鎮圧を繰り返すことで国の存亡は首の皮一枚繋がる。
犠牲は少なくなかった。それでも、内戦は少しずつ終息に向かっていった。
はずだった。
終わりが目に見え始めた時、それは起きた。
門番の一人が突如暴走。それも鍛え上げられた兵士が束でも勝てない位の力を得て。
理性の失ったソレは、城内のあらゆるものをなぎ倒し、進軍する敵を何千年にも渡り退けてきた屈強な城壁をも破壊。止めようとした周辺兵士達はほぼ全滅。多くの魔族が命を落とした。
それだけでは終わらない。
一人の暴走が認知されて以降、魔王軍の中から不定期に暴徒と化す魔族が現れた。中には魔王の側近もいて、魔王の伴侶もいた。
原因もわからず、暴走した仲間をしらみつぶしに鎮圧する日々。やむなく殺してしまうことも稀ではなかった。
そんな日々を送っていると、当然ある猜疑心が生まれる。今話している奴は、ひょっとすると暴徒なんじゃないか。もしくは、自分がそうなってしまうんじゃないか。
蓄積していくストレスは確実に魔王軍を蝕んでいく。それでも、ここで倒れれば魔族そのものが滅んでしまう。
それだけは避けたかった魔王軍は、恐怖という見えない敵も勘定に入れた状態で、鎮圧を続行することになってしまった。
結果から言うと、鎮圧には成功した。
しかし、犠牲は目も当てられない程に酷いものだった。当時の魔王軍は全体で100万程。そのうち、七割強を失う。先代魔王も度重なる激戦により死亡。周辺地域もほぼ壊滅。
何千年も大戦とは無縁だった国は、たった100年程度の内戦で死の国へ代わってしまった。
そんな悪魔の所業をやってのけたもの。その正体こそ――
「名を、神威餌」
「あん、ぶろしあ?」
「そう。手に入れた者は皆、神の力を得ることから名付けられた」
大層な名前とは裏腹に吐き捨てるように言った魔王様。他の人達もそれに同調する。
長い時間では消し切れなかった怨嗟。表には見えなくなっても、ずっと皆の奥底に残っているんだ。
「自身の身体能力を劇的に向上させ、修練を積んでいない者であろうと他を圧倒する力を得る。戦いを生業とする者なら、誰もが欲しがる逸品だ。その効果は――」
その時。
牢屋の中の二人がユラユラと体を揺らし始めた。どこか様子がおかしい。
「あ、あ……魔王、まおう、マオウ、マ、マ、マ、マママママ」
「コ、コロ、ころじデ、や、ヤル、ァ、ヤヤヤヤヤヤヤヤヤ」
血走った眼でこちらを凝視し、手錠を壊そうと暴れ始めた。血飛沫が舞い、肉が抉れようがお構いなし。奇声と自傷を繰り返す姿は、人の形を保っていても、もう人のそれとは思えない。
「あ、あれ……」
「全員、身構えろッ。敵はワレに匹敵すると思え」
そう告げた途端、万人では外すこともできない手錠をあっさりと壊して、地面へと降り立った。
虚ろな目でこちらを見つめると、体を搔きむしりながら小さく嗤い始める。
「ひ、ひひひ」
「にあ、し、しんじてたのに。ききき」
焦点の合わない開ききった瞳孔に、頬が裂ける程に口を三日月状に歪ませ、ひたひたとこちらへすり寄ってくる。
「な、なにあれ……」
「あれが、神威餌を服用した者の成れの果てだ。精神と理性が破壊され、気に入らないもの全てに襲い掛かる。ああなっては……」
途端、目の前の二人がぴたりと止まる。
バキバキバキバキと骨が砕ける音を響かせて、体色が肌色から浅黒く変色し、瞬く間に人の2、3倍にまで肥大。
ベコベコベコベコと奇妙な音を立てて膨れ上がっていく筋肉。それは人の姿を無理矢理変えて、別の何かへと生まれ変わる。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
片方は眼を赤く染め、長い舌を垂らし痙攣する狼。もう片方は蛇のような鱗を身に纏い、拳サイズの瞳をぎょろつかせる爬虫類。
それぞれの動物の頭と、筋肉が膨れ上がった人の体を無理矢理くっつけたみたいな姿だった。
異様にデカいそいつらは、ゆっくりと二本の足で立ち上がる。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
もう一度雄叫びを上げると、今度は柵へと近づき、狂ったように殴る蹴るを繰り返す。
「ちょっと、魔王様!? これ……」
「まずいぞ、これは。全員、退がれッ!!」
魔王様がそう言った瞬間、何人たりとも外に出られないと聞いていた厳重な柵は、目の前の二体によってあっさりと打ち破られてしまった。
「血脈封印!!」
見かねた看守達が封印術を発動。胸に刻まれた烙印が眩しく輝きだす。
術が発動すると二体のバケモノは耳が吹き飛ぶ位の雄たけびを上げて転倒。よだれをまき散らしながら手足をバタバタと動かして苦しみ始める。……が、
「き、ききき。きききききききききききききききき!!」
「バ、バカな……」
話が違うじゃんっ。アイツら動かないどころか、立ってるんだけど!?
烙印は発動しているのに、バケモノ達はよろよろと立ち上がり不敵な笑みを浮かべる。
「ききき。に、にあ。信じてたのに」
バケモノにカトレアの面影なんてない。焦点の合わない瞳をグラグラと揺らしながらゆっくりと近づいてくる。
「ふざけんな。お兄ちゃんを裏切ったのは……あたし達を裏切ったのはアンタだッ!!」
「あんなやつ、なんのちからもない、できそこない。わたしのしたにひざまずく、これがしぜん。なまくらのさいご」
「なまくらはすてる、たいぎのために。これがぼうけんしゃ。ちからあるもの、とっけん」
さっきからニヤニヤとバカにしやがって。これがあんたらの本性か。
「上等じゃない、2人纏めてぶっとばして――」
「待て!!」
間に誰かが割って入って来た。魔王様とムーちゃん、このチームの二大戦力。二人は邪魔しに来たわけではない。あたしに引導を渡しに来たんだ。
「ここはいくらなんでも狭すぎる。広い場所までおびき寄せるぞ。恨みを晴らすのはそれからにしろッ!!」
「そういう訳だ、イモウト殿。少しばかりの辛抱――後は好きに暴れろっ!!」
不敵に笑う二人。
冷静になる程わかる。奴らは腐ってもSランクパーティ。それがさらに強くなったら……普通なら勝てない、無鉄砲に挑むほどあたしだってバカじゃない。
でも、お兄ちゃんがいない今、ギャフンと言わせられるのはあたしだけだ。
意地だけで勝てる相手じゃないのはわかっている。
けど、この意地だけは絶対に通すんだ。
「あんたらが捨てたのは、なまくらなんかじゃない。それを今から証明してやるッ!!」
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